93話 「アイドルじゃなく、友達として」
「あ、陽太くんだ!おはよー!」
教室に戻ると、俺の席の後ろには美羽が座っていて、俺に笑顔で手を振ってきた。
…そういや美羽は午後から登校するって柊がさっき言ってたな。
柊達は…まだ食堂から帰ってきてないみたいだ。
「…お、おう」
俺は美羽と目を合わせる事ができず、そのまま席に座った。
だめだ、どうしても美羽の顔を直接見る事が出来ない。
顔を見るとついあの夜のベランダでの事を思い出してしまう。
「あれ、渚咲ちゃん達は一緒じゃないの?」
「…今日は八神に誘われて、さっきまで八神と食ってた」
美羽が後ろから話しかけてくるが、俺は振り返らずに答える。
「やがみ…あー!あのかっこいい人かぁ。へぇ、仲良いんだね?」
「まぁ…どうだろうな」
「じゃあ…今は2人だけだねっ」
背中をツンツンと触られながら言われ、俺は咄嗟に振り返ってしまう。
するとそこには、イタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべている美羽がいた。
「あ、他にも人いるから2人きりじゃないかぁ〜」
「お前な…」
「ふふ…やっと目が合ったね」
「はいはい…午前中は仕事だったんだろ?お疲れ」
「ありがと!ファッション誌の撮影があったんだ!この夏のデート服はこれ!って感じの撮影だったよ」
「…そういうのって言っていいのか?」
「もちろんダメだけど、陽太くん達は誰にも話さないでしょ?」
「まぁ…」
聞き耳立ててるやつがいるかもしれないのに、無防備すぎやしないだろうか。
「ねね、陽太くんってさ、もし自分がデートするなら彼女に着て欲しい服とかってあるの?」
「着て欲しい服?」
「うん!ほら、色々あるじゃん?カジュアルとか、ガーリー系とか、ストリート系とかさ」
「何を言ってるのかさっぱり分からん。なんだガーリー系って。生姜?」
「それはガリでしょ。お寿司屋さんじゃないよ。んーとね…じゃあ分かりやすく聞こうかな。
ワンピースかスカートかパンツスタイルだったらどれー?みたいな。まぁロングとかミニとか色々あるけど、とりあえずね」
「いや…好きなものを着てくれとしか」
自分が着る服にすら拘りを持ってないのに相手が着る服を希望するなんて烏滸がましいにも程がある。
「もー!好みを聞いてるだけなのになぁ」
「陽太にはそういう話題は無理でしょ」
「陽太はすぐパーカー着ようとするもんねぇ」
美羽と話していると、食堂から帰ってきた七海、春樹、柊が席に座った。
「あ!皆おはよ〜!パーカーも動きやすくていいと思うけどね!オーバーサイズのパーカー着てお揃いコーデとか!」
「あー、たまに街で見ますね。お揃いの服を着てるカップル」
「ね!幸せそうでいいなぁって思っちゃうよね」
美羽と柊が服の話題で盛り上がっていると、美羽が思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ!ねぇ皆、今日の放課後って空いてるかな?私今日はもうお仕事終わりで明日もオフだからさ、皆が良ければ放課後何処かにご飯でも食べに行きたいなぁ…って!私まだ皆とちゃんと遊んだ事ないし、渚咲ちゃんも帰ってきたし」
確かに、美羽を含めたメンバーで何処かに行った事はまだないな。
柊と話をする為に七海の家に集まったのは遊びじゃないからノーカンだろうし。
「私は特に用事もないし良いよ。美羽にスポーツ大会の事話さなきゃだしね」
「僕も賛成だね。陽太と柊さんは?」
「俺も別に良いぞ」
「私も大丈夫です!」
「やったぁ!じゃあいっぱいあそぼ!」
美羽は嬉しそうに笑い、そのタイミングで昼休み終わりのチャイムが鳴った。
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「あわわわわ…あの白雲先輩と放課後に遊べる日が来るなんて…!」
放課後になり、いざ遊びに行こうとした俺たちだったが、七海が一応桃井も誘っておこうと言い、七海がチャットすると桃井はすぐに誘いに乗り、現在桃井は美羽の隣をガチガチに固まりながら歩いている。
「小鳥ちゃん緊張しすぎだよー?ウィッグ被ってるから私って分からないでしょ?」
美羽は現在黒髪ロングのウィッグを被っている。
友達とはいえ、流石にアイドルが放課後に男がいるグループと一緒に遊んでいるのがバレたらまずいからだそうだ。
「見た目がどうとかの問題じゃないんですって…!むしろ変装した白雲美羽が隣に居るって事自体がもう…!」
「ははは…じゃあ、頑張って慣れようねー?」
美羽は急に桃井と手を繋いで歩き始めた。その瞬間桃井が姿勢をピンッ!と正した。
「あ…あぁあわわわ…!ぜ、絶対にお守りしますっ…!」
「…ガチオタクじゃねえかあいつ」
「小鳥は美羽がモデルデビューした時からずっと追いかけてたらしいからね。そりゃあんな反応にもなるよ」
七海が言い、俺は改めて美羽がとんでもない存在なんだと自覚する。
その後も皆で街を歩いていると、春樹が急にニヤニヤしながら俺の肩を叩いてきた。
「そういえば陽太、小学生の時は黒髪の女の子が好きなんだったっけ?確か夏祭りの時に一之瀬くんが言ってたよね?」
春樹の爆弾発言に、美羽は咄嗟に振り返る。
「いやお前…だからそれは昔の…」
「え、陽太くんそれ本当!?」
美羽が詰め寄ってくる。
「なんだそれならそう言ってよー!」
「いやだから昔の話だって…今は別に黒髪とかどうとかは気にしてねぇ」
「えー?でも昔は確かに黒髪好きだったんだよね?どう?私黒髪似合ってる?」
「…まぁ…」
本当にこいつの距離感はおかしいと思うんだ。変装してるとはいえアイドルなんだって事をもうちょっと自覚してほしい。
変装って言ってもウィッグ被ってるだけだから顔の良さは健在だし、そんなに近づかれると反応に困ってしまう。
「…白雲さん、如月くんが困ってますし、その辺にしてあげて下さいね」
柊が間に入ってくれて白雲は「はーい」と言ってまた前を向いて歩き出した。
「はぁ…春樹てめぇわざと言いやがったな」
恨みを込めて春樹を睨む。
「はっはっは、君のいい反応が見れて僕は満足だよ」
「この野郎…あ?七海?急に止まってどうした?」
後ろを向くと、七海が急に足を止めていた。
横には俺達がよく行っているゲーセンがある。
「ゲーセン寄ってかない?美羽と小鳥を交えて来たことなかったし」
確かに、基本的にゲーセンに行くのは俺、春樹、七海の3人だし、柊と行ったのは前にプリクラを撮った時に行った一回だけだったな。
七海の提案に柊は目を輝かせる。
「ゲームセンター!久しぶりですね!行きましょう!」
「おー良いね!セナちゃんとしか行った事無かったから楽しみ!」
柊と美羽も同意し、俺達はまたゲーセンに入る事になった。
ゲーセンの自動ドアが開き、中に入ると俺の隣で柊がビクッと震えた。
「うっ…!この音…忘れてました」
「あー、そっかお前慣れてないからキツイよな」
「はい…慣れる気がしません…耳がおかしくなりそうです」
「渚咲ちゃん大丈夫ー?ちょっと休もうか?」
「い、いえ!大丈夫です!皆さんと遊びたいです!」
白雲が心配して駆け寄ってくるが柊は首を振り、皆でまずはクレーンゲームがある場所に向かった。
「わー!なんか種類増えましたねここ!私も久しぶりに来たんでびっくりです!」
「なんか近々リニューアルするみたいだよ」
「へー!儲かってるんですねぇ」
桃井と七海が前を歩いている中、俺と柊は後ろの方で並んで歩いていた。
柊は相変わらずクレーンゲームの景品達を見て目をキラキラさせている。
柊にとっては慣れない事ばかりだもんな。
「わぁ…スーパーで見た事無いような大きなお菓子がありますね!」
柊の視線の先には、大きいじゃがりこや板チョコ、ポテチなどが獲れるクレーンゲームがあった。
「あー、こういう場所限定の奴だな。中に小袋のお菓子がいっぱい入ってんだよ」
「ふむふむ…じゃあ500円くらいで獲れたらお得なんですね!」
「ゲーセンに来てお得かどうか考える奴はあんまりいないと思うけどな」
「最近はお菓子も値上がりしてますからねぇ。数十円上がっただけでも買うのは躊躇っちゃいます」
「お前お菓子あんまり食わないじゃん」
「如月くんがよく食べるから買ってるんですよ。それにたまに貰ってます」
「…あ、そういやこの前俺のじゃがりこ無くなってたのってもしかしてお前が…」
「美味しかったです。ご馳走様でした」
「まぁ別に良いけど…んじゃあれ獲るかな」
俺は財布を出して大きなじゃがりこがあるクレーンゲームの前に行く。
すると後ろから柊に頭を叩かれた。
「ダメに決まってるでしょう」
「なんでだよ。500円で獲れたらお得なんだろ」
「それを獲ったら如月くんがいっぱい食べちゃうでしょう。お菓子の食べ過ぎは健康に悪いからダメです」
「………食べないって」
「今の間で完全に信用出来なくなりました。ダメです。私は如月くんのご両親からあなたを預かってるんですから」
「親代わりかお前は」
「獲るならぬいぐるみとかにして下さい。お菓子を獲ったら私が全部食べますからね」
「へいへい分かったよ…」
俺は財布をポケットに入れて春樹達の方に向かって歩き出した。
春樹は現在ラジコンを獲るために奮闘しているらしい。
桃井達はそれを応援していた。
「春樹お前いくら使ってんのそれ」
「ま、まだ700円さ!」
「こりゃ3000円コースだな。それは箱自体を持ち上げるんじゃなくてひたすら箱の左側を押してけば獲れるぞ」
春樹はその後俺のいう通りにひたすらアームで押す方式に切り替えた。すると1200円目で見事ラジコンが景品口に落ちた。
「おぉ…!このラジコン欲しかったんだ!ありがとう陽太!」
「あいあい。」
「先輩ってほんとこういうの得意ですよねぇ。射的でも無双してましたし」
「なんでか知らないけど昔からこういうの得意なんだよな」
そのせいで昔の夏祭りではよく風香にあれ取って!あれ取って!ってねだられたっけな。
夏休み中はよく連絡取ってたけど夏休み終わってからは忙しくて連絡取れてないし…元気かな、あいつら。
「…ん?どうした?美羽」
ふと後ろを見ると、美羽が一歩引いたところで見ているのが気になった。
「んー?何も無いよ!」
「…嘘つくな。なんかあるだろ。体調悪いのか?外出るか?」
美羽が明らかに嘘をついてたから追及すると、美羽は笑った。
「陽太くんは鋭いなぁ…。なんか羨ましいなぁって思っちゃってさ。皆仲良いし、私が知らない思い出が沢山あって良いなぁって」
後ろでは春樹が次のラジコンに挑戦していて、それを皆で応援しているから、美羽の声は俺以外には聞こえていないだろう。
美羽は、柊とは別の理由で今まで普通の生活を送れていなかった。中学までは病室暮らし。
病気が治って高校からはモデルとして活動して宮城と東京を行ったり来たり。
東京に来てアイドルとして活動を始めてからはプライベートはあまりない。
さっきゲーセンは黒羽としか行った事がないと言っていたが、きっとそんなのも数えるほどなんだろう。
だから柊と一緒で、純粋に遊ぶ事に慣れてないんだ。
「何気にしてんだよお前」
だからこそ、俺は溜め息を吐いて美羽の背中を押した。
「わっ…!」
「お前はもう皆と友達なんだから気使わなくて良いんだよ。友達だから相手の過去を全部知ってなきゃいけないなんて事はねぇだろ。 もっと気楽に行けよ」
「う…うん」
美羽は普段は明るい。だが、美羽だって365日明るく居られるわけじゃない。
実際に中学時代は病室で凄く落ち込んでたし、手術に対しての恐怖で暗かった。
美羽はアイドルだし、俺達と関わってまだ日が浅いから無意識に線引きしてるのかもしれない。だけど…
「今のお前はアイドルの白雲美羽じゃなくて、俺達の友達の白雲美羽なんだよ。だからお前がやりたい事や言いたい事を遠慮なく言えば良い。 あいつらは絶対受け入れてくれっから」
きっと美羽は、自分から話題を提供したりする事は出来ても、既に出来上がってる輪に入るのというのは苦手なんだろう。
俺だって苦手だ。そこら辺の才能がずば抜けてるのは桃井くらいだ。あいつすぐ距離詰めてくるし分かんない事は遠慮なく聞いてくるし。
美羽の人生は、ずっと途中からの参加なんだ。だから0から会話を生み出す事は出来ても、既に盛り上がってる輪に入る事は出来なかったんだろう。
自分はその時の話を知らないから。
こればかりは他人が言ってどうにかなるもんじゃない。大事なのは、実際にやらせる事。成功体験を積ませてやる事だ。
俺がもう一度背中を押すと、美羽は深呼吸をして自分の意思で一歩ずつ前に歩き出した。
「ね、ねぇ皆…!次ぬいぐるみとか見に行かない…?かな…」
「いいですね!見に行きましょう!」
美羽の緊張しながらの提案に、柊はすぐに頷いた。
「さっきめっちゃ大きい兎のぬいぐるみありましたよ!抱き枕にできそうなやつ!」
「あーそれ私も見た。でもあれ獲ったら持って帰るの大変そうだよね」
「僕も今ちょうど二つ目のラジコン取れたから良いよ。行こうか」
続いて桃井、七海、春樹も続き、美羽は何度も何度頷いた。
美羽は自分の意思で輪に入った。
まだ完全に慣れるまでは時間がかかるだろうが、もう美羽が俺達に変に気を使う事は無いだろう。
「陽太くんも行こう?」
「…お、おう」
美羽が笑顔で振り向き、俺の手を握って歩き出した。




