"ごちかわ先生の奇跡" 後編
薄暗い部屋だった。
ただのビルの一室。だだっ広い一間。
それなのに、訪れた人は皆、一種の不気味さを、鬼胎を抱く。
────それは。
間違いなく、この男の存在あってこそだ。
「クク……ようやく、会えましたね、"先生"」
「………」
ただのビルとは言ったが。
見渡すと、少し不自然な建てられ方をしている。
「一度、こうして会って、話してみたかった」
柱はわずかに軋んでいる。そこまで老朽しているようにも見えないのだが。
「………」
違和感のある部屋。だがその引っ掛かりは、目の前のこの男の異質さに比べれば小さなことだ。
「……おっと。勘違いはやめていただきたい。私は、あなたと敵対するつもりはありません。むしろ……あなたと、協定を結びたいと考えている」
「………」
顔に稲妻のような傷を持つ、黒い男。
見た目とは対照的に、冷静に、諭すように俺に話しかける。
「私のことは"黒服"とお呼びください。私を示すのに適切な名称です。そして私たちのことは"ゲマトリア"と。……私たちはただ、神秘を求める研究者にすぎませんが……しかしその故郷は同じく、このキヴォトスの外です。どうです、我々と協定を結びませんか」
「何を言い出すかと思えば。敵対しないつもりのやり口とは思えんが」
「………クク。現状、あなたには、何もしていません。何も。違いますか?」
「いいや、違う、違うな。お前は俺の生徒を、俺の愛しき生徒を苦しませた。大事な生徒を奪おうとすること、それだけで万死に値する」
「……ほう?解せませんね。全くもって分かりません。あなたがキヴォトスを訪れたのは……つい先日と把握していますが。1ヶ月にも満たぬ日々で、何の主張をしようとしているのでしょう?」
「過ごした月日と、芽生えた絆に隔たりなどあるまい。それがわからぬようでは、やはり貴様に俺の大事な生徒はやれぬ」
「……ほう。詭弁を垂れるのはいいですが、あの届け出を見なかったのですか。小鳥遊ホシノは、もはやもうアビドスの生徒ではありません」
「ふむ。悠長に語るのはいいが、俺の生徒を紙切れ一枚で好きにできると思うなよ」
「残念ですが、紙切れ一枚でそうなってしまう。大人なら誰もが知っている、確かな事実ではありませんか?」
俺は、あの書類を取り出し、
黒服の目の前で、燃やした。
「こうしてもか?」
「……何てことを。……ええ、その原本も私達が保管してあります故、事実は変わりません」
その原本が、今燃やしたものなのだがな。
まあいい、じきにわかることだ。
「……あなたは、どうあっても我々と敵対するおつもりですか」
「つもりではない。既に貴様は俺の仇敵であり、俺は貴様の大敵だ」
「なぜ?闘う手段もなしに」
「ほう、闘う手段がない、ときたか。では問うが黒服よ。貴様に俺を打ち倒せるか」
「断言はできません。今でも、私はあなたと手を組みたいと考えておりますので。……しかし。あなたもまた、我々を倒せないのではありませんか?」
「いいや」
地を踏み締め、真っ直ぐ前を見据える。
ピシ、と床にヒビが入った。
「お前は倒す」
………………………………………………………
「………………」
"何か困難に直面した時。理不尽に襲われた時。必ず、シロコたちを、俺を頼ってくれ"
「………………」
"一人で乗り込むなんてことは、決してしないでくれ。俺が、俺たちがきっと解決してみせる"
「…………っ!!」
脳内で声が渦巻く。
頭の中であちこちに反射して山びこのように反響し、いつまでも、いつまでも消えてくれない。
「あ……ぁあ────」
溢れ出る慚愧の念。
幾多の後悔は遥かに通り過ぎ、ただ悲しみだけが通り過ぎる。
浮かぶ彼女たちの顔。
胸の中に赤い塊が……ズン、とのしかかり、
何かを封じ込めて、離さない。
……重い。でも、それをはね除ける気力なんて、既にない。
「もう……いい……もう、いいんだ……」
黒く渦巻く隴声。
その目を閉じて、ゆっくりと心を閉ざした。
……………………………………………………………
手紙には、こうも書いてあった。
私を探さないで欲しいと。私を放っておいてほしいと。
「そんなこと、できるわけないじゃない……!!」
そう。できるはずはない。
ここにいる4人とも、その想いは同じだった。
だから……最後まで、抗ってやると決めたのだ。
「こっちで、いいんですよね……?」
「合ってる……はずだよ」
この作戦の道筋を考えたのはシロコとアヤネだ。
だが……不安そうに、前を見つめる。
それもそうだ。すんなりと通るはずだったはずのその道が、カイザーPMCによって塞がれているのだ。ざっと、十数人は居る……!
「通るしか……ないですよね」
「いくわよ……!」
言葉に嘘はない。
逃げなどという選択肢はない。
語ることがあるとすれば、目の前の敵をどう打ち倒すのか、ただそれだけだ。
展開されるドローン。
先駆けて翔ぶ、4人の戦士。
「ふっ……!」
「とうっ!!」
先手を取ったのは前線の二人。
一瞬で接近し、重い装甲の上から蹴り上げた。
「な……なんだ、貴様らは……!」
「小娘ども、我々を一体誰だと思って……!?」
訓練されたはずの部隊。
だが、志をひとつにした鋼の戦士の前には、無力なものだ。
「く、総員、迎撃だ、迎撃せよ……!」
「遅いよ。仮にも傭兵なら、接近される前に撃たないと。まあ、今はそれがありがたいけど」
シロコが指揮役の兵士の後ろに回り込み、締め落とす。
手慣れている。兵士たちは戸惑い、陣形を失った。
「態勢を、態勢を立て直すぞ!!一旦、下がって……!」
「いらっしゃいませ〜♪」
待ち構えるのはノノミの回転式機関砲。
一斉照射で薙ぎ払い、装甲にヒビが入る。
「ぐ、おおお………!?」
「や、奴等……"アビドス"だ……!間違いねえ……!」
「なんだと!?なぜ、こんなところに……!」
「よそ見してる暇なんてあるの?」
セリカは縦横無尽に動き回りながら、敵を1人、また1人と制圧している。
そして………
「さあ、道を開けてもらいますよ────!!」
超射程の砲弾。
緻密に計算された砲撃は、残った兵士を1人残さず正確に撃ち抜いた。長い長い距離を、ブレ1つなく。
……そう。
この展開を、離反する兵士たちをも予見し、正確無比に打ち倒す、赤い眼鏡を携えた戦士こそ、
アビドスの技術・後方支援担当、奥空アヤネ。
普段は書記にまとめ役に徹する彼女も、れっきとしたアビドスの不肖の戦士の1人なのだ。
「ぐ、あ────!!!」
最後に残った兵士も、呆気なく腰を折った。
「……よし、行くよ」
「はい!!」
休んでいる暇などない。
すぐに、総員は走り出した。
ここまでは順調。多少のイレギュラーはあれど、最低限の労力でそれらを突破できた。
それなのに。……胸騒ぎが、止まらない。
弱すぎる。
……明らかにガサツで、連携の取れていない動き。
個々で傭兵を雇ったのか?それにしても、戦いに慣れていなさ過ぎではないか。
しかし、そんなことに思いを巡らせてる暇はない……。
「……ここからは、極力交戦を避けて、隠密に慎重に行きますよ……!」
「分かった」
「おっけい……!」
今度はアヤネを先頭として、薄暗い建物の中を行く。
手元の端末には、巡回する兵士、ドローンの動向がリアルタイムで映っている。
それを避けながら進んだ。
そうして十数分。
緊迫した空気の中故に、その十数分は永劫に近く長く感じられた。
「ここで……合ってるんだよね?」
「……間違いありません」
「……ここが」
「……昨日言った通り、この部屋のセキリュティは他より群を抜いて厳重です。何重にも重ねられた侵入防止アラート……私たちのハッキング能力では、せいぜい数分がやっとです。すぐに助け出して、出ないと袋のネズミです……!」
頬を汗が伝う。
扉の前。端末を触る指が小さく震える。
「……分かってるよ」
4人の意は、変わらない。
ピ、ピピ……と機械的な電子音と共に、重厚な扉がゆっくりと開いた────
「あ………」
「うっ……!」
これまでずっと、薄暗い空間を歩いてきたのだ。
扉から差し込む光に、少し目を細める。
直後……
「ほ、ホシノ先輩……!!」
膝を折り、何重にも拘束されたホシノが、そこに居た。
「こ、こんなっっ……!!」
────急がねばならない。
そのことは皆、常々承知だ。
だが、それでも皆、それを前に息を飲んだ。
「…………?」
ピンクの髪が、ゆっくりと動く。
そして閉じていた眼を徐に開けた。
「みんな、どうして、ここに……?」
「どうしてもこうしてもないわよっ!ホシノ先輩、なんだってこんなこと……!」
「そうですよっ!なにも相談せずに……!」
「…………」
ギュ、と唇を締める。
予想通りの反応だ。なのに、心の準備ができていなかった。
「……行くよ。ホシノ先輩」
「ついてきてください」
「……いや………」
「こんな拘束具、ホシノ先輩なら楽勝ではね除けられるでしょ!ほら、早く……!」
「……いいよ。もう……。手紙にも書いたでしょ?こうすれば、みんな助かるんだよ。学校も、アビドスも……。あいつの狙いは私だから。……なにも言わずにいなくなったのは、ごめん」
目を合わせないまま、ぽつ、ぽつと語った。
「ホシノ先輩……」
「……ああ、もうっ!時間がないの、早くここから出て、あいつらを、憎きカイザーをぶっ倒して、アビドスに帰るわよ……!!!」
セリカが、ホシノに手を伸ばす。
「っ……!?」
バチ、という音と共に痛みが走った。何もないところに、壁があるような……
「……まずい、ここにも、あったとは……!」
……瞬間。
電気信号を基点として、ウー、ウーとアラートが鳴り響いた。
音はこの部屋だけではない。先程居た薄暗い廊下にも鳴り響き、赤いランプがくるくると廻る。
「あ……!!」
「やばいっっ……!!」
「早く、早く脱出するよ……!」
すぐにここを出なければ。
総員は焦り、扉を目指した。
「…………」
「………アヤネ!?」
……その中で、たった1人。
これまで口をつぐんでいたアヤネが、
鳴り響くアラートを背に、ゆっくりとホシノに歩いていく。
「アヤネっ!?何を……」
「……アヤネちゃん、早く、急いで……!」
3人の言葉にも振り返らず、スタ、スタと歩を進め、
ホシノの目の前で立ち止まり、頭を下げた。
「ホシノ先輩……ホシノ先輩。助けてください。私たちは……たとえアビドスの借金が無くなっても、カイザーが撤退しても……貴方がいないと、ホシノ先輩がアビドスに居てくれないと、ダメなんです。今……カイザーが各地を占拠し、建物という建物を差し押さえています。ホシノ先輩が居ないと……対処不能です。だから……私たちを助けてください……!!!」
悲痛な声が響き渡り………
そして、その声は無情にもけたたましいサイレンの音にすぐに掻き消された。
「……っ!」
セリカが、アヤネの手を取り、駆ける。
……ホシノがゆっくりと顔を上げた。
最後に、アヤネと目が合う。
その目は、"待っていますからね"と言っていた。
ドタドタと駆ける音。
尚も鳴り響くサイレン。
しかしホシノには、もはやその音は届いていない。
脳内を支配するのは彼女らの声。
渦巻く自責の怨嗟の声をも塗り替え、
けたたましく響くサイレンの中、
"助けてください……!"
このひと声が、脳内に渦巻いていた。
同時に浮かぶのはひとつの淡い思い。
もしかして、言う通り、最初からシロコや先生たちと正面から闘っていたら……?
「……っ」
すぐに首を振った。
そんな都合のいい話があるわけがない。
何重にも、何重にも罠を張り、作戦を練っているであろう奴らのことだ。
付け焼き刃で暴れたとて、どうにもならない。
だからまた心を閉じた。
それでも、さっきと唯一違うのは。
- グ、と縛られていた脚に力が入る -
"助けてください……!"
この声が離れない。
どうしても離れない。
- ギチ、と腕を縛る綱が軋む -
……そう。
“奴らへの復讐をしよう” “奴らの企みを潰そう”
これらの言葉で動かなかった心。
「…………」
- ぎり、ぎりと歯を食いしばり、冷えていた身体を、鼓動を呼び起こす -
だが忘れるな。
元来よりこの体は。この眼は。
- ゆっくりと、前を見据えた -
誰かを……失ってはならないものを、
”守るため”にあったということを────!!
……………………………………………………………
「クックック……落ち着いてください、先生。取引をしましょう」
「私が欲しいものは小鳥遊ホシノ、その神秘、そしてあなたです」
「あなたとホシノを被験体として提供してくれるのならば、アビドスのすべてから手を引きましょう。カイザーコーポレーションによる追い込みもなくなり、あの学校は正しく統治されます」
「ほう、魅力的な提案だな。俺とホシノの命のみで、奴らが助かると来たか」
「なにも命までは取るつもりはありません。……あなたの命と、小鳥遊ホシノのヘイローの絶対なる保障をも約束しましょう」
「ふむ。それだけの犠牲で丸く収まるというわけか」
「その通りです。どうです。前述の通り、アビドスのすべては助かります。他でもないあなただから、これほどの譲歩が可能なのです」
黒服は手を組んだまま俺を見つめる。
稲妻の様に差した顔の傷が、薄く光った。
……答えは、決まっている。
「お断りだ。貴様らに俺たちの一切合切を提供するつもりはない」
「……なぜ。何かを手に入れるには対価が必要だということを、理解していないようには思えませんが」
「対価。対価だと。くく、貴様らが奪った自由を取り戻すために求められる対価だと?どこぞの夜の調律の魔と同じ手口だな。もう一度言おう。貴様らに寄越してやるものなど一片も無い!!」
「……まだ分かりませんか。あなた方にはもはや他の道は用意されておりません。これはビジネスです。ただ我々には欲しいものがある。そのために条件を提示して譲ってもらう。そこに悪意も、恨み恨まれもありません」
「ビジネス、そうか。ならばこちらも、俺なりのやり方で行かせてもらう」
俺は両手を広げた。
黒服が、ほんの少しだけ顔を上げる。
「全面戦争、だ。無論、俺たちと、おまえたちとの、な」
「……ほう。戦争、戦争ですか。先生。私はあなたのことをもう少し聡明な方だと存じていましたが……」
パチン、と指の音が鳴る。
同時に、部屋の隅から3人の兵士が駆け、俺を囲んだ。
一目見て分かる。精鋭だ。それも、とびきり選りすぐりの。
ずっとここに潜んでいたのか。なんたる潜伏力よ。
「……先生。その言葉は、軽々しく言えるものではありません。戦争とはたった一手でこうです。そうなってしまう。……さあ、投降しなさい。さすがにこの状況から対抗しようとするほど、あなたは愚かではないはず」
「………ふむ」
「各地で走り回っているアビドスの生徒たち。なぜかそちら側についている便利屋。彼女らは今頃、カイザーの兵士たちに囲まれていますよ。これはあなたの選択の帰結です」
黒服の話をバックに、
3人の兵士が俺を睨む。
厚い装甲に身を包み、重厚な銃を突きつけた。
「諦めろ。お前が用意した戦力の動向は、すべて監視している。両手を上に挙げ、投降しろ」
しわがれた声。
見た目より、相当に経験を積んでいるのだろう。
「先生。あなたは先程、大切な生徒たちと言いました。結果その大切な生徒たちを戦場へと向かわせ、危険な目に合わせようとしている。……仮に、あなたが指示したわけでないとしても。大人であるあなたには、彼女らを庇護する責任があるのではありませんか?」
「……そういうことだ。観念しろ。癪だが、黒服様と我々の契約でな。貴様を捕えれば、アビドスの連中には手を出さないと約束する。もう一度言う。両手を上げて投降しろ」
俺はその言葉を無視し、ゆっくりと、右手を胸元に持っていく。
「貴様……!」
兵士が、俺に突きつけた銃頭をぐり、と捻じる。
そして厳かに俺を脅す。
俺は、取り囲まれた隙間から、黒服を見据えた。
「黒服。今一度問おう。"先生"とはなんだ?」
「お、おい……!」
「………愚問です。先生とは、"権利"であり"称号"であり"力"。そのすべてが内包され、そして同様にこれらを支配できる特権階級。その、すべてです。その力さえあれば、キヴォトスの支配者となることも容易い。真理も、力も、思うがままです」
黒服が、"まだ撃つな"とハンドサインを出しながら即答した。
兵士たちはかなり苛立っている。
「いいや違う。違うな。大間違いだ、貴様が生徒だったなら落第だな」
空中に左手で✖️を描きながら、俺は続ける。
「……ほう」
「先生とは、ただ生徒たちの可能性を信じ、そしてそのためにすべてを捧げるだけのただのちっぽけな存在だ。俺は大事な生徒たちの可能性を信じて疑わぬ。そして生徒たちは必ずそれをやり遂げてみせる。危険な目だと?笑わせるな、貴様らごとき雑兵に、我が愛しい生徒が倒されると思ったか」
言葉とともに、俺はゆっくりと胸元に手を入れる。
「……黒服様。発砲の許可を」
痺れを切らしたように、兵士がこちらを向いたまま厳かに言った。
元々俺を撃つ許可は出していなかったのだろう。
これほどの歴戦の戦士を、たかが脅しに使うとは、勿体無いな。
……が。
黒服は、吸い込まれるように、俺の手元を観察したまま動かない。一言も、発さないまま。
「黒服様……!!」
「だがそれでも。生徒達が壁にぶち当たったとき。困難を前に、足が竦んでしまった時。その時こそ、先生の、我ら大人の出番だ。それが責任というものだ」
そして、俺はソレを取り出す。
同時に、黒服は組んでいたその手を解いた。
「………禁札……!」
茶色に煌めく、薄い何か。
兵士たちは、俺が拳銃を取り出すとでも思っていたのか、困惑している。
「き、貴様、この状況で何を……!?」
「……先生。なるほど。あなたにはソレがありましたね。ですがそれは諸刃の剣。あなたを削る剥き出しの鋸。あなたの身の安全は保障するというのに……ソレに賭ける意義はどこにあるのですか」
「いやなに。折角"革命零トリガー"使えるというのに、出さねば勿体ないだろう」
「……?」
黒服はシロコ達の、アル達の動向を掴んでいると言った。
そこに嘘はないだろう。だがそれはリアルタイムではない。
だが今の俺なら。
「────"禁札"開放」
あのすべてが、視える。
……黒服の言葉通り、生徒達は囲まれていた。
あの実験室から出た直後。待ち伏せをされていたのか、取り囲む多数の兵士たち。
何とか応戦しているが、少し焦りが見える。
「一体、何を……」
シロコ達が、アル達が倒されるはずはない。
だがこのままでは、皆の綺麗な肌に傷が付いてしまうかも知れぬ。
……俺は禁札の力を使い、語り掛ける。
教鞭を取り、授業を執り行う教師の様に。
「───ハルカ」
『……ぇ、は、はい……!』
「標準型設置式爆雷、2号、3号、7号起爆。その4.8秒後に鎖型爆雷を起動させよ」
『……っ!わ、わかりましたっっ……!』
直ぐにドカ、ドガァと爆音が響く。
完全に同時の起爆。
『な、なんだっ!?』
『ぐあ……!!爆弾だ、投擲型か?備えろ……!!』
タイミングはピッタリだ。蔓延るカイザー兵を爆雷が焼く。不意を突かれ、ダメージは甚大だ。
そして。その場に繋がる橋をも、鎖型機雷が落としてみせた。
くく。
こと爆弾の扱いにかけて、本当に頼りになるな。
「───ノノミ」
『あら、先生……?どうしたんですか?』
「全弾装填せよ。そして坤の方向に一斉掃射」
『……え、でもそこには誰も……』
「いいんだ」
言葉を受けた直後、ノノミは小さく頷いて、
その何もない空間に向けてガトリング砲の引き金を引いた。
……瞬間。岩陰に潜んでいたPMCが飛び出してきた。
『な……!?』
『ぐは……っ、何故、我らの潜伏が……!!』
武田〇柳もかくやという回転率の速射。
兵は、うめき声をあげてバタバタと倒れてゆく。
『わわっ……!』
ノノミは少し戸惑ったものの、矢継ぎ早に出でる兵どもに正確に照準を合わせてゆく。流石だな。
「───ムツキ」
『ん~?先生、どうしたの?』
「地雷の安全装置をすべて解除せよ。そこら一帯の一般人の避難は済ませてある」
『りょうかいー!ま、元々セーフティなんてつけてないけどっ♪』
あやつめ。
帰ったら説教だな。
ドン、ドンと爆煙が上がる。
兵士たちは右往左往だ。
『う……!!』
『ど、どこから……!!』
後方からはハルカの爆弾が押し寄せる。
かといって横に前に散って逃げても、そこら中に仕掛けられた地雷が次々と起爆する。
『あはは♪逃げてる逃げてる〜!』
どうすることもできず、もはや統制を失っていた。
律された軍が崩れてゆく。
「───セリカ」
『先生!』
「敵は統制を失っている。縦横無尽に駆け、攪乱せよ」
『任せといて!!』
ばらばらに走り回る兵士の間を駆ける、彼らのターゲット。
だが今や、至るところで上がる爆煙と爆音、そして地雷により、
思うように動けないものが多数であり……
『あ、“アビドス”の連中だ……!!しっ、仕留めろ!!』
『そんなこと言ったってよ……!!う……!?』
いや。無礙に自在に翔けながら、ヘイトを買いながら、
少しずつ、敵を落としている。
神業だ。敵からすれば、恐怖以外の何物でもないだろう。
「───カヨコ」
『……先生。どうかした?』
「影に潜み、敗走兵を処理せよ。<紅円怖絶> 限定解除、拳恐銃の撃鉄を落とせ。一人足りとて逃すな」
『……分かった。同時に崩壊した指揮体勢を、再構築不能になるまで無力化させるよ。指揮官格の兵は抑えてある』
黒き何かが渦巻く。
これまで何とか正気を保っていた兵士達も、真の恐怖の前に成すすべなく飲み込まれていく。
『う、うわぁあああ……!!!』
『ひ、ひっ、よ、寄るな……!!』
散り散りになった兵たちはさらにその統率を失っている。
こうなれば軍団ではない。ただの個が沢山いるだけだ。
カヨコはこのような追い込みにも、手慣れているのか。
「───シロコ」
『ん、どうかした?先生』
「逃げ惑う兵が視えるか。砂漠を必死に駆ける奴らの足音が聞こえたら、一斉に絨毯光撃を仕掛けろ。なに、ドローン程度の光線でも、ずたぼろの奴らには十分に効果的だ」
『了解。すぐに展開する』
号令とともに、無数のドローンが大空を飛ぶ。
渡り鳥の群れのように空を埋め尽くすソレは、
その任務を全うすべく、光線を照射した。
『ぎ、ぎゃああああ……!!』
『こ、こんなただのレーザー攻撃に……ぐ!?』
それはもはや光の雨。
あちこちで上がる爆炎と数多の地雷に気を付けながら、それを躱すことなどほぼ不可能だ。
その末に。
『ぐ、貴様ら、貴様ら何をしている……!!敵の一人も捉えられずに逃げ惑うばかりなど……!!』
視えた。
この兵士たちを束ねる兵長。総督と言ったか。
これまで巧妙に姿を隠し、身を守ってきたが、漸くこれで孤立した。
今こそが、絶好の契機だ。
「───アル」
『何かしら?先生。狙撃の準備はできているわ』
「完璧だ。だが相手は砂漠にそびえたつ不自然な塔の上。風は強く、視界も劣悪だ。中てられるか」
『ふふ、任せなさい。私を誰だと思ってるの?』
「ふ、愚問だったな。ならば任せよう。一撃で、奴を打ち倒すがよい」
……そのわずか数秒後。
砂漠に轟くいくつもの爆音の中で、
一際巨きく響く轟音を聴いた。
撃法の銘は、『黒惡ノ薔薇』。
緋いロングコートに背負った、その真っ直ぐな信念が、
真の惡の轟然たるを見せつけたのだ。
はは、あの条件下で、当たり前のように有言実行ときたか。
なんて奴だ。あの粒揃いの便利屋をまとめているだけある。
「─────さて」
もう一度黒服に向き直る。
……俺に突きつけられた腕は、ぷるぷると震えている。
「どうだ黒服よ。これが、我が生徒たちの力だ。貴様らごときでは、話にならん」
「……認めましょう。確かに、私はあなたの生徒たちを見くびっていた。しかしここから、この状況をどうしようというのです」
……ギリ、と奥歯を噛む音が真隣から聞こえてくる。
もう辛抱ならぬという表情だ。
「……貴様……!!」
「ほう、撃つつもりか。いいのか?発砲は止められているだろうに」
「……ここまでコケにされてはな。こちらはもう我慢の限界だ。協定に反するが、貴様を抹殺する」
覚悟の決まった顔だ。
ふむ。本当に撃つつもりか。
俺は再び、禁札を手に語り掛けた。
「─────ホシノ」
返答はない。
代わりに、突き付けられた銃の引き金から、手袋から、ググ、という音が鳴っている。刹那にでも、その撃鉄が落ちるだろう。
「敵に囲まれた。大窮地だ。助けてくれ」
「……先生、何を言い出すかと思えば。小鳥遊ホシノは囚われの身。ここにあなたを助けに来る可能性など万に一つも───」
…………瞬間。
ドガァ、と破砕音が響いた。
壁が壊れ、煙が上がる。
「鳥ならば、翼を捥げば這いつくばって飼われよう」
桃色の髪がたなびく。
歴戦の兵士たちは、その腕を、腹部を、脚を瞬く間に撃ち抜かれ、膝を折った。
「人ならば、金を投じれば傅いて従おう」
それでも、食らいつくように発射される弾丸。
その異色虹彩の眼は迫りくる弾丸を見極め、
体を捻じって懐に飛び込み、至近距離で弾を打ち込む。
「───だが、天鷹を縛ることなど、何処の何人にもできやしないさ」
「が、は……!!」
「は……ぐっ!」
「な、なにが……!!」
兵士たちが崩れ落ちる。
倒れ際に放たれた銃弾は壁に跳弾しあらぬ方向から襲いかかるが、ホシノはそれをも盾で弾いてみせた。
俺には、砂片の一つも掛かっていない。
「先生、ケガは?」
「おかげで無傷だ」
「…………なんと……」
黒服は驚きを隠せない様子だ。
組んでいた手が解かれ、立ち上がってこちらを見ている。
当のホシノはと言うと。
俺の無事を確認したきり、俯いてしまった。
「…………ごめん、先生」
「ふむ、何の話だ?アビドスを身をもって守ろうとした。そして現に、俺をも助けてくれた。礼を言わねばならん、感謝するぞ、ホシノ」
「………うん」
そうして、今一度黒服に向き直る。
「さて黒服よ。話の途中であったな。戦争とは、たった一手でどうなるものだったか」
ホシノと俺は、黒いデスクへと一歩進む。
「今一度、教えてもらおうか」
俺の手には尚も"禁札"が握られている。
かすかな輝きをもつ単調なカード。
だがこれこそが、逆転の鍵だったのだ。
「……クク。まさか自力であの拘束を解こうとは。お見事です。先生、小鳥遊ホシノ」
「いやぁ、褒められても銃弾しか出ないよ〜」
ホシノが銃を向け、投降を求める。
目が笑っていないな。
当の黒服は、ひび割れた笑みのままだ。
「あなた方を過小評価していたことを認めましょう。成程、やはり先生、あなたはこのキヴォトスを支配するに能う御方だ。そして小鳥遊ホシノも、筆舌尽くしがたい神秘を持つ者だ」
ゴ、ゴゴ…………と、ビル全体が揺れている。
ふむ、地震ではないな。かといって爆薬でもない。
何か、仕掛けられていたのか。
「先生、伏せて……!!」
そうして。エレベーターに乗っているときの様に、数瞬、体が浮いたような感覚の後。
ビルは堕ち、壁が剥げ落ちていた。
……何かおかしいと思ったが、このビル……ここまでイカれた構造をしてようとは。
……霧が晴れる。
俺とホシノの周囲には、大量の精鋭兵士たちが居た。
10人や20人ではきかぬ。何重もの輪を描いて、全方角を取り囲む。
「っ……!!」
ホシノが周囲を俯瞰している。
圧倒的な威圧感。
黒服は、あの貼り付けた笑みのまま、今動かせる戦力をここに集めていたのだ。
考えてみれば当たり前の話だ。
黒服が真に求めているのは小鳥遊ホシノ、そして“シャーレの先生”。
ならばこの時に。
一挙両得を成せるこの状況に、
全てを賭けることは当然だろう。
「……先生……」
ひとしきり周囲を見渡したあと、ホシノは銃を下した。
数多の戦場を駆けてきたホシノだ。この状況をひっくり返る術などないとでも思っているのか。
「心配するな、ホシノ。俺のそばにいろ」
「…………!」
ホシノは心配そうにしながらも、ゆっくりと首を小さく縦に振った。
「先生。彼らは砂漠のカイザーの兵とは比べ物にならない精鋭揃いです。……そして鎧には高純度セラミック製のバイザーを用意。アビドスの校舎で見せたあなたの切り札は封じています。この状況を、どうするおつもりですか」
いつの間に脱出したのか。
黒服は、大型ドローンに掴まって上空から俺たちを見下ろしている。
「……ふ、くく」
くつくつと、俺は笑う。
「いや、なんだ。あんな小技を対策した程度で大きな顔をされては器が知れるぞ、黒服」
俺は手を伸ばす。あの時の様に。
見据えるのは、この広大な砂漠を煌々と照らす太陽の光。
「皆、よくやってくれた。ここからは俺の番だ。採点は、先生の役目だからな」
あの時と違うのは。左手には、“禁札”が握られていることだ。
禁札の力により、我が最愛の生徒の姿が顕れる。
蒼い髪が揺れる。わずかに、こちらに微笑んで。
手に収束する淡い光。我が愛弟子の力を、少しだけ貸してもらおう。
「─────来い。“靈煌魔剣”」
顕れたのは無骨な刀。
気取った装飾も、きらきらとした配色もない、ただの刀剣。
「…………!!」
だがそれに、黒服は、一瞬魅入られた。
”魔を、悪を打ち倒す”。それ以外の、何の意図も籠められていない、
ただのまっしろの剣。
氷を思わせる、華やかさと無縁なごく普通の刀剣。
綺麗に見えるはずがない。その見た目は剣というより、ただの剣のような形をした鉄のかたまりだ。
だがそれでも。それでもむしろ。その在り様が、黒服にはこの上なく流麗に見え、
ソレを見てはならぬと頭では分かっているのに、
真実、目を離すことができなかった。
「ホシノ。俺のそばから離れるなよ。今から撃つのは俺を基点として放つ技だ。近くに居なければ危険だ」
「……分かった。ここまで来たら、信じるよ」
同時に。
俺が何かをしようとしていることを感じ取ったのか。
「…………撃てぇーーーーーっっ!!!!」
周囲の幾多の小銃が火を噴いた。
「…………っ!!」
ホシノが、ぎゅっと目を閉じる。
まったく。あんなにも強いホシノが、たかが百数十の銃口に囲まれた程度でこうも怯えるとは、存外に可愛いところもあるじゃないか。
俺はホシノの揺れる髪にポン、と手を置き、
靈煌魔剣の力を開放した。
「さて。我が愛弟子の御業だ。とくと視るがいい───」
御魂が共鳴し、剣を中心に、螺旋状の小さな塵が舞い散る。
それは恒星の誕生の先触れのように。
白き塵は互いに鬩ぎ合い、収束して、一つの小さな粒へと至る。
そして粒は内側から急速に膨張し始めた。圧倒的な力の塊が行き場を失い暴れている。
俺は笑みをたたえ、かつて我が師と我が愛弟子の愛用したあの技の名を呟いた。
「──<“極聖天梁叢珠轟烈破”>」
顕れたるは白練の明星。
神々の雫。迫りくる弾丸を灼き尽くす圧倒的な光が、周囲に渦巻いた。
それは理解の及ばぬ天啓。
そして未来を照らす憧憬。
「─────!!!」
「っ…………!?」
「…………!!!!!!!!!!!!!!!!」
取り囲んでいた兵士たちは、声も発せずその光に埋もれ、気を失った。
数刹那の出来事。おそるおそる目を開けたホシノの前に広がる光景は。感じた想いは、どのようなものだろうか。
「…………う、わ~~~」
「─────ふむ。俺が術師である以上、威力はやはり本家本元に比べて大きく劣るな。だが……」
ザシュ、と一歩踏み出す。転がる兵士たちを避け、砂を踏む。
「……このくだらない演劇を終わらせるには、十分な威力だろう」
ソレは終焉の光。
砂漠に渦巻く悪意を穿つ、極大の神光だった。
「が、はっ…………。ク、クク、先生。あなたは、一体…………」
黒服は倒れた兵士たちの上に倒れ込み、天を仰ぐ。
顔の刺し傷が、立ち昇る炎のような形を作っていた。
まだ意識を保っているのか。
存外に頑丈だ。
「…………クックク…………いつかかならず、あなたを研究してみせますよ。その時………は…………」
懲りぬ野郎だ。
神秘を一途に求め続けるその姿勢だけは、評価できよう。
「…………先生。あの兵たち…………生きてるの?」
「ああ。一時的に気を失っているだけだ。もっとも、数日は目が覚めぬだろうがな。……仮に、この技が本来の威力を発揮していたなら、やつらは塵芥も残さず消滅していただろう」
「はは、どんな威力なのさ、それ~」
「いつかホシノにも会わせてみたいものだな、我が愛弟子を」
「楽しみにしてるよ。……でも、あれだけの技を使っておいて、誰も死なせずに、銃弾だけ消すだなんて…………」
ホシノは周囲を見渡して、こちらに向き直った。
震えはもう止まっているはずなのに、髪先がぴょこ、ぴょこと揺れ動いている。
「…………まさに、“ごちかわ先生の奇跡”……だね」
「はは、何だそれは」
ビルが崩れていく。
降り注ぐ瓦礫の雨。
ゴ、ガツ、ドカンといった野太い騒音のさなか、
ただその場所だけ、静かな風が二人を撫でていた。
……そして。
ホシノは一度下した銃を再び構えて装備を締め直す。
静寂と喧噪の入り混じる中で、それでもわずかに、確かに聞こえる声がある。
ゆっくりと、声の方角を向いた。
「……それじゃあ、行ってくるよ、先生」
「おう。行ってこい」
交錯する双眸。
“必ず帰ってこい” “当然。もう迷わない”
言葉を交わさずとも、十二分に意は伝わっている。
かくして大地を蹴る音とともに砂塵が巻き上がり、
天鷹は光となって一直線に翔んだ。
「……みんなっ、今、助け……!」
相手は狡猾な男だ。
十分に武装したPMC兵が大量に配置されている。
皆が脱出した後のあの場所は、敵地のど真ん中。
いくらみんなでも、無事に済むとは限らない────!!!
「……っ、あ、あれ……?」
射撃音の中心には、
さも当然のようにカイザー兵を制圧し、なにやら脅し……??をしている、見知った4人の姿が。
「……は、はは……」
気が抜けた。
引き締めたばかりの武装と頬がゆるみ、無造作に近づく。
「あ………!」
「先輩っ……!!」
「まったく、心配したんだから……!!」
「ホシノ……先輩……!!」
4人はこちらに気づき、次々に言葉を紡ぐ。
……彼女らは一言、文句を言ってやろうと思っていた。
一人で死地へ赴いて、私たちの想いなんて知らないで。
……でも。
ホシノのその顔を見た瞬間に、皆、顔をほころばせた。
「み、みんな……ごめ……ぷ!?」
「先輩っっ……!!」
「よかった……!」
「戻ってきてくれたんですね……!」
「おかえりなさい、先輩……!」
いつの間にか日は落ちかけて、
夕暮れが茜色に染まっている。
黄昏の光が、全員を煌々と照らす。
「……う、へ~~~」
つるべ落としに暗くなってゆく空。
それでも未来は、明るく輝くだろう。
この健気でしたたかな生徒たちが、ここに居る限り。
「…………ただいま……!!!」
「…………ねえ、アルちゃん、最後にあの子たちと会っていかなくてよかったの?」
「ふふ。分かってないわねムツキ。こういう時は、静かにクールに去るのがいいのよ」
「さっ……参考になります…………!!」
「なるほど。確かに洒落ているな」
「せ、先生っっ!?」
「い、いつの間に……」
ホシノたちが再開を喜び合っている中、大人は邪魔者だ。
だから今のうちに、な。
「便利屋68のみんな、今回はよくやってくれた。皆に代わり、礼を言う」
「ふ、ふふ……当然よっ!頼まれたことはなんでもこなすっ、それが便利屋68なんだからっ!」
満天の笑顔だ。これを見に来た、と言っても過言ではない。
「いや、完璧だった。此度の報酬を支払っておいた。後で確認しておいてくれ」
「早いわね。またのご利用をお待ちしているわ」
軽く頭を下げるアルの後ろで、
後でと言ったのに、既にムツキとカヨコがタブレットでそれを確認していた。
「え……?」
「せ、先生、この額……?」
「わ、わわっ…………!」
いつの間にかハルカもその輪に加わっている。
「な、何よ、3人してタブレットを覗き込んで……先生の前で、失礼……よ……」
そう言いながら、やはり気になるのか、
アルも覗き込んでいた。
「な、何よ、この額は……!?!?」
「む?足りなかったか?」
「い、いや、前言われた報酬金より、遥かに……!!」
「そうか。不足していなかったなら何よりだが……確かにそうだな。誤って過剰に払うのもよくないな。ならば、最後に一つだけ頼まれてくれ。余りは、この依頼金だと思ってくれればいい」
「た、頼みって……?」
溢れた分の金額は、元の報酬金の数倍に上る。
一体どんな依頼を達せられるのか、気が気でない様子だ。
「なに。ここまで歩いたのに申し訳ないが、祝勝会に参加してほしくてな」
「あ……」
「……ふ~ん?」
「……なるほどね」
「しゅ、祝勝会……!」
「場所は分かるだろう。では、待っているぞ」
……………………この夜。
あの店では、太陽のような笑顔と、凱旋を称える弾んだ声が止むことはなかったという。
外が明るくなるまで、続いたそうだ。
華の女子高生には、健康に悪いだろうが、今日くらいは大目に見よう。
過ぎ去ったものが沢山ある。
しなくてはならないものも沢山ある。
問題は山積みだ。むしろこれから一層、アビドスは大変になるだろう。
だが、この笑顔がある限り。
この幸せがある限り。
この行く末は、今まさに昇ろうとする朝日のように、
きっと明るいものとなるだろう。
「───ふ」
俺は小さく微笑み、かつて俺を苦しめた砂漠の地を、軽やかな足取りで歩く。
これからは、影ながら見守るとしよう。もう、俺の助けはきっと必要ない。
そして少女たちは店から出る。
はしゃぎすぎたこと、徹夜してしまったことを嘆きながら。
そうして、それぞれの帰路へ。
創られた絆は永遠に。輝かしき星の糸が、彼女たちを繋ぎ止めて離さない。
───道は遥かに。
失ってはならぬもののため、少女達は今日も砂漠を行く。




