22
男が女にお姫様だっこをされている。僕はナナにお姫様だっこをされている。
ナナが僕の膝の裏に腕を滑らせると、両腕で私に掴まってくださいと指示が出た。言われるがままに僕は腕をナナの首に回した。
「いやいやいやいや?! う、腕は?! 右腕!」
「なんとか動くことには動きますったら!」
ナナはそう言うと直ぐ様駆けだした。
混乱と恥ずかしさが波のように押し寄せる。堀が若干笑っている。なんの辱しめであろう。
だがこれは紛れもない真実である。混乱で頭がよく働かないが、これだけはわかる。まさかここに来て、女の子にだっこされるとは思わないだろう。
しかしもっと他に方法があるだろう! どうしてこの形式なんだ!
僕の心拍数は着実に上昇している。この火照った顔はどうしても見られたくはない。
やっとの思いで降ろしてくれとナナに頼んだ。「だって、こっちの方が速いんですもん」
「ふざけている場合じゃないんでしょう」
「ふざけていません」
「いや、いや、本当に、いいです。いいです……降ろしてください……」
わかりましたよとため息。僕を降ろすとナナはまた直ぐに走り出した。少し遅れて僕も足を前に出した。
女の子の腕に抱かれて、僕は何をドキドキしていたのだろう。
おおよそ三階分上がると階段の先がなくなった。ここが到着らしい。
二、三メートル先にあった少し重い扉を開く。強い風が中に入ってきた。
扉の先をナナは歩く。僕と堀もあとに続く。強めの風が僕等の髪を撫でていった。
「やーっときた」
一番最初に目に入ったのは明さんの背で、気配に気がつき振り向いた彼とアイコンタクトを取る。その次が小太りでナナより背の低い男性。ナナの方を見るやその名を小さく呟いた。明さんが、ナナのもとへ行こうとするその人を米山と呼び止めた。「黙れ偽物が」と険悪な顔を見せる。
最後に見えたのがこの中じゃ一番背の高い黒髪の男性。僕の足が止まった。背筋も凍る。暖かかったはずの僕の体は瞬時にして冷却された。僕はこの人をよく知っている。目が彼を捕らえたまま離さない。彼は微笑んだ。ただの微笑みのはずである。
だがしかし非常に胸糞悪い笑顔だった。何度かまばたきをして、無理にそらす。
彼を見てからずっと鳥肌が立っていてどうにも気色が悪い。
案の定堀の足も止まった。表情も凍結した。口許が若干震えている。
「堀……」
僕は堀の肩を支えた。
ナナはジャケットの内ポケットにしまっていたらしい実果さんの銃を構える。ナナの表情が憎悪に染まっているのを確認した。
さっきとはうって変わった殺伐とした空気が僕たちを鋭く刺激する。
僕はゾッとせずにはいられなかった。あれがナナか? 別人に思えて仕方がない。怖い。怖い! 手に力が入らない。堀を支える手が震える。
無表情以外を知ったのは、ついさっきではあるが、知らない表情をするナナが、底知れなく怖い。
「目標相原。明さん、殺していいですか」
やはりあいつが相原か。こんなこと、あまりに残酷だ。こんなこと、あってなるものか。
その声はやけに冷たかった。屋上という場所と強い風が余計にそう感じさせる。
「待て、ナナ、早まるな」
明さんは銃を構えた腕を掴んだ。刹那にして、膨大な力を使って振り払う。明さんはそのパワーに目を丸くさせる。
「嫌です。殺します」
「どうしたんだ、ナナ」
「殺してやるんだ、お前を! そうだお前を!」
ナナが引き金に手をかけた。まずい。まずい。それだけは絶対にいけない。
例え相原がナナにとってどれだけ憎い人間であるとしても。殺したくとも、それだけはダメだろう。だって、だって。
「ナナさん!」
声が出たらしい。無自覚だった。
堀から手を離して駆けるとナナの銃を持つ手を強く掴んだらしい。これもまた無自覚であった。
「なにをするんです! どいてください! 綾小路君でもこればかりは許しません!」
ナナの強い力に押されながらも強くしがみつく。これだけは、ダメだ。
「僕もこればかりは許しません!」
声を荒げる。喉に若干痛みが残る。
「だって、だって……」
ナナは目を丸くして僕を見る。次第に力が弱まる。
「彼は堀の父親ですよ?!」
彼は依然微笑んだままだ。
しばらくの静寂が僕たちを包んだ。




