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しばらくしてナナがまた、電話に出た。相手はまた、明さんだった。内容は相原に会った、というもの、らしい。ナナは、通話をスピーカーにした。
「ナナ、俺の所在地は、わかるね? ひなたちゃんをここに連れてきてほしい」
「あ、あたし?」
動揺を見せる堀に、明さんはそうだと強く念押しする。
「あ! あ! もしかして!」
堀は大きな声で、スピーカーを指さしながらそう言った。何か理解したのか。
「ひなたちゃんが想像してることはわからないけどね、とにかく、おいで」
一方的に通話が切れた。
相原に会った。全く実感が湧かない。相原の情報は聞かされたものの、実際には言葉を交わしたことのない人物故に、自らが相手に感じた情報が何一つないんだから。
それにしても明さんは、危険人物とされる相原の居る場所に、堀を連れてこいと言うのだから、中々酷いもののように感じる。
「さて……じゃあ綾小路君と、堀さん、私に着いて来てください」
「僕もですか?」
「私と堀さんとじゃ心細いかなあと思いまして」
「は、はあ」
確かに、今のナナは腕を負傷している。万一の時、ナナが完全に堀を守れるとは言い切れないからこその指名か。しかし僕は全くの戦力外のはずで、荷物に他ならない気はする。
だが僕が居るというだけで、少しの安心が得られるというのなら喜んで着いていこう。
「では、実果さん。予備の銃は持ってらっしゃいますか?」
ナナはどうしてだか、実果さんに武器を求める。自分の銃では頼りないのか?
「銃? ほんとに予備のしかないけど……いい?」
腕を銃やナイフへ変化させられる戦闘型の実果さんは、誤作動等で使えなくなったときのために、拳銃をひとつ用意してあると言う。
実果さんがナナに拳銃を一丁手渡すとナナはさっき使った自分の銃を実果さんに渡した。実果さんは不思議そうな表情を浮かべる。
僕は既に彼女が人間でないことが頭から抜けていた。
「ありがとうございます。やっぱり万全でいきたいのでね」
なるほど、ナナは消耗していない、謂わば体力が満タンの状態のものを求めたのか。
高橋さんはよっしゃ殺してこいとナナの背中を叩く。
高橋さんはどうやら行かないらしい。僕より高橋さんの方がよっぽど頼りになるっていうのに。高橋さんは僕と目を合わせてきた。「なんだこっちを見て。俺は行かねえぞ」と言われて初めて高橋さんに視線を向けていたことを把握した。
とにかく行きますよとナナ。これから例の相原に会いに行くというのに、ナナは本当にその腕で行く気か。武器は万全でも鎧が万全じゃない。何が起こるか、わかったもんじゃないというのに。
ナナと堀と僕は走り始めた。
地上。死体がショーウィンドウのガラスにもたれかかっている。歩いている人間も、いつもより当然ながらに少ないが、想像していた人数よりかは遥かに多い。画面の割れたスマホが地面にいくつも落ちている。時々踏みそうになる。殺人機械は見当たらない。
死体に対し完全に反応しなくなった訳ではないが、以前より確実にそれに対する感情が薄れている。感覚の麻痺を感じる。まだ現実感が湧かないのかもしれない。
僕の息が切れ出した頃、目的地に着いた。古いというには新しいが、新しいというには古いビルだった。
「殺人機械は全く居ませんでしたね」
「それが一番良いです」
「私達の知る方の事件ですと、もっと派手にやってたんですけど。失敗したんですかね」
失敗であってほしい。心からそう願う。これ以上日常を壊されるのは御免だ。
「被害なんて実際ほとんどが私達の居る地域だけですしね。死者も恐らく想像よりかは少ない。過去に来る意味あったんでしょうか」
ナナがエレベーターに乗り、階数ボタンを押したところでそう呟いた。
敵なのか味方なのかわからない発言だが、ナナの言うことが本当ならば、僕だってそう思う。
「ここ以外の地域なんてね、テレビを通じて、怖い、怖いって言っているだけで、きっと現実感なんて全く持っていないですよ。本当に被害は私達の居る地域だけと言って過言じゃないんです。ここだけが別世界です」
「それでも、他の地域で襲撃を受けているところは受けているんでしょ?」
「そうなのですが……不思議なことに、ここを取り囲む地域でしか受けていませんし、死傷者の数だって桁違いなんですよ」
ナナはどこか一点を見つめてじぃっと考えこんでいる。
エレベーターの扉が開いたので前に進み出した。ナナ曰く、階段で行った方が屋上に近いという。目的地はここの屋上であると今初めて知らされた。
「さあ、走りますよ」
「ええ、ちょっと、待ってくださいよ」
「待ってなんて言っている状況じゃないんです。とにかく、走ります」
「マジですか」
ナナと堀は走り出す。速い。僕があまりにスローペースなため二人の足を止めてしまう。
「あ~~~もう! わかりましたよ!」
固い感触が僕の太股に当たる。とすると僕の体が宙に浮いた。ナナの顔が僕の顔と急接近した。
ナナの方が男の僕よりよっぽど男前でカッコいいものだ。危うく恋に落ちるところだった。
簡潔に説明しよう。
ナナは僕をお姫様だっこした。




