四話
今作から本格的にドロドロしていきます(汗
ドアの外には案の定藤谷が顔を真っ赤にして立っていた
僕に向ける眼差しは怒りと侮蔑を湛え、玄関側にいる僕に対して射殺さんばかりの視線を突き刺していた
「お前さ、いきなりぎゃあぎゃあ叫びやがって、こっちはかなり迷惑してんだよ」
お前の言う迷惑は僕も受けているんだよという本音はおくびにも出さず
すっかりその剣幕に怖じ気づいてしまった僕の口から飛び出したのは謝罪の言葉だった
「そ、それはすみませんでした」
しかし藤谷はそれを聞いてますます機嫌を悪くしたのか
「はァ?聞こえないんだよデブ。こっちは手前のせいでせっかく新曲を試し聴きしていたのに気が削がれちまっんだよ。それにしては誤り方に誠意が足りないんじゃ無いのか?」
どうやら僕に更なる謝罪を要求するらしい
蜘蛛の夢といいバイトの事といい、マンションの隣人であるこいつの事といい、なんで関わりたくもないトラブルに僕ばかり巻き込まれるのか
怒り狂った顔で藤谷は言った
「土下座くらいはしてもらわないとなぁ」
実際は気が進まないうえに屈辱的だったがトラブルを避けられるのなら仕方がない
それに今は気分が悪い、居心地の悪い夢を見た後だがさっさと休みたい
だから僕は地面に膝をつき正座の体勢をとり両手を前に突き出し頭を下げた
「すみませんでした」
こういう奴に頭を下げるのは正直いやだったのだが、しょうがない
これだけやったのだから藤谷もきっと満足だろう
左腕に添えている右腕は相変わらず痒い。だから早く帰ってくれ
しかし
「・・・・く」
藤谷から発した言葉は謝罪を受け入れる台詞ではなく
「くはははははははははははっ!」
先ほどの怒りから一転し、僕の醜態を馬鹿にする嘲笑だった
「え。お前馬鹿じゃね?今時本気で土下座なんかする奴がいるかおい。これは傑作だ!ケータイのカメラで撮っとけば山城に画像送ってやったのによ」
こいつ、今なんて言った?
「山城の奴また喜ぶぜ。これでどんくさいデブをネタにする材料が手に入るってさ」
決して聞き間違いではない
こいつ――藤谷は間違いなく憎き山城の名前を出した
そうなると、もしかしてこいつは、、
「あ、シクった。こいつの前で山城の名前出しちまった」
笑いの余韻を残しながら藤谷が言った
「ま、いっか。バイトのネタに元々こいつの動向調べてくれって頼んだのあいつだし。ま、見返りに女の子紹介してくれるって話だったから乗ってやったんだし、こんな意気地無しの負け犬に知られた所でどうって事ねぇしな」
どうやら山城の差し金らしい。
あいつは藤谷に僕のマンションでの行動を観察させ、それを聞いたあとでバイトの上田や店長にネタとして話していたのか
それはとても許せるものではない
それで店長に冷たく扱われ、上田達に言いように扱われているとしたら
山城のやっている事はとても許容出来ない
出来る事なら奴を殺してやりたい
怒りに身を焦がし、僕はいつの間にか土下座を解いて立ち上がり、両の拳を白くなるまで指を握り締めていた
「おい。何勝手に土下座やめてんだよ」
その声とともに藤谷の右拳が僕の頬を殴り飛ばしていた
「うぐっ!」
不意を付かれた一撃によって僕は玄関前から居間の近くまで藤谷に吹っ飛ばされていた
「お、さすがデブ。山城の言うとおり根性まで負け犬らしいな」
そう言って許可無く僕の部屋に踏み込んでくる藤谷
「ふーん。意外と何もない部屋だな。デブらしいと言えばそうだが、アニメのポスターくらいあるとふんでたんだけどな何しろ見た目がオタク臭いし」
そういいながら足元に転がっている僕をサッカーボールでも小突くみたいに蹴る
「味気のねぇつまらない所だ」
そう言って壁に貼ったあったカレンダーを毟りとり、無造作に投げ捨てる
居間に上がり込みテーブルをひっくり返す
気まぐれで買った造花が飾ってある花瓶を叩き落とす
ガシャンと部屋の中にガラスの割れる澄んだ音が響いた
「悪い悪い。ちょっと会社でイラついた事があった上にデブがうるせぇからついストレス発散しちまったよ。
おいデブ、ここで俺がやったことは誰にも話すなよ。仮に話しても無駄だ。警察なんかに言っても無駄だぜ、山城のオヤジは結構偉いんだ、多少の事ならもみ消せる」
床に倒れたままで憎悪に満ちた目で上目遣いに藤谷を見上げる僕を見下しながら藤谷が勝利を告げるように宣言する
そして部屋の物を蹂躙し、破壊する作業に戻る
僕は許せなかった。藤谷を、山城を、上田を、松田を、店長を、僕を虐めたクラスメイトも、学校の先生も、親も、優秀な兄弟も、僕以外の人類も、こんな運命を与えた神すらも
だがどうすることも出来ない
今、部屋を蹂躙している藤谷を止める事すらも、山城に掴みかかる事も、上田達の押し付ける仕事を断る事も
自分の運命すらも変えることも
手に何かが触れる
嫌でも目に入る赤いグリップ
それは悪夢の発端の道具
あの蜘蛛を滅多刺しにした果物ナイフだ
僕にはそれが自分に対して問い掛けている気がした
このまま負け犬でいるか、藤谷に思い知らせてやるか
選択の余地は無かった
回答を引き延ばすといえのは藤谷の蹂躙を許すと言うこと。つまり山城に一生抵抗出来ずに永遠に虐げられるのと同義
そして僕は選択した
「・・・!」
それを毟りとるように掴む
銀色に輝く刃をグリップから引き出す
不思議な事に、体は何をするかわかってるかの様に動く
頭はびっくりする程に冷静だった
こちらに背を向けて足でベッドを破壊する藤谷の背中は驚く程無防備だった
躊躇は無い
アイツ等は奪う側だ
そして僕は今まで奪われる側だった
ただ、それが逆転するだけのこと
藤谷と僕の関係が
立ち上がり鋭い刃をあいつの背中に向け走り出す
残り3メートル
まだ気付いていない
残り2メートル
藤谷はベッドから抜きとったパイプで未だに家具の破壊活動を続けている
馬鹿な奴
感想はそれだけ
残り1メートル
ようやく藤谷がこっちを向く
驚いている
当然だろう、今まで散々見下していた奴がナイフを持って反撃に出たのだから
残り50センチ
あいつが手にしたパイプにようやく力を込める
残り25センチ
藤谷がパイプを振り上げる
その顔は子供の様に怯えていた
残り0センチ
果物ナイフが奴の脇腹に深く、僕の狙い通りに突き刺さる
藤谷は持っていたパイプを取り落とす
どんくさいのはお前の方だ。ざまあみろ
僕は生まれてから初めて他人を嘲笑した
だが、藤谷はまだ倒れなかった
信じられないといった表情で水道の蛇口を思いっきり捻った水の如く噴き出している自分の血液を眺めている
やがて、脇腹を右手で押さえながら前向きに崩れ落ちるようにして藤谷が倒れた
「え?嘘だ、、ろ?俺には山城だっ、、て付いて、いるんだ。こんなに、、理、、、不尽な、事、が、、、」
藤谷は前かがみに倒れたまま、最後の力を向けて僕の方を向いたあと、途切れ途切れに負け惜しみを吐いて
それっきり動かなくなった
僕はそれを静かに見ていた
勝ち誇るでもなく、死した藤谷を罵倒するまでもなく
ただ平静に次にするべき行動を取った
藤谷の体を仰向けにし、剥き出しの喉にナイフを突き立てる
ごぼり。と音をたてて噴水みたいに虚ろに開いた口から僅かに血が溢れた
死んだ後に血が溢れたのは生命活動が停止したばかりの心臓によって送り出された血液の流れが若干残っていたのだろうか?
それともトドメ前の最初の一撃で藤谷を殺し切れてなかったのか?
ともかく藤谷は死んだ
脇腹の大量出血の後に喉を完全に破壊されたのだ。生きている筈が無い
死んだ。
それを確認した後に湧き上がった感情
それは大蜘蛛を惨殺した際にも感じたモノ、渇いた心を一瞬で満たす程の高揚感。いや、達成感
僕以外の奴に理不尽な死を与えてやった
生まれて初めて他人の運命を支配した
「ははっ」
自然に笑いが漏れる
それは歓喜
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
大口を広げて哄笑する
気持ちが良かった
さっきまで自分を蹂躙していた奴に思い知らせてやったのだから
正直に告白すると
今の僕は間違いなくハイになっていた。
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