二話
アシダカグモ(作中ではアシタカグモ):元々日本に生息していない亜熱帯に住む蜘蛛で、船等に紛れて本土に運ばれてきたといわれる。その気持ち悪い外観と大きい個体では13センチをもある巨体、そしてカサカサと素早く天井や壁を這い回る姿からゴキブリ等を駆除する益虫であるとは知らずに殺虫剤等で毒蜘蛛として殺されることもしばしば見られる。しかし基本的に臆病な蜘蛛であり人が近づいただけで逃げ回るため、素手で体を掴む等危害を加えなければ噛み付かれる事もない。よく知られる「蜘蛛の子を散らす」という言葉はこのアシダカグモの習性から来ている。
ちなみに私の地元では夏場に頻繁に姿を見せ、コガネグモと 共に子供時代のトラウマと化している。
作中に出したのは目にした際のあまりに強烈なインパクトから。
あれから僕は自宅に戻った
無論右手の痒みは全く治ってない
それどころか右手から更に広範囲へと広がっている気がする
そして、これは発疹が皮膚に発生してそこで生じる炎症とも違った気がした
いうならば何かが右腕の中を這い回って擽りたくて痒いような、そんな痒み
その何か、例えばーーー蜘蛛とか
「馬鹿馬鹿しい」
先程殺した蜘蛛の呪い?
いや、そんなことがあるわけがない
ただストレスが溜まっているから多少の疲れが体に出たのだろう
たちの悪い藪蚊に刺されたに違いない
今日は早く寝よう
寝室へ行き、電灯を消す
無論痒みは収まらない
すると壁の向こうから大音量のポップスが流れてきた
そこで溜め息をつく、恐らく隣人の藤谷だろう
最近の音楽には全く興味が無いがニュースなどでもよく流される曲だった
普通マンションで隣人が煩いときは壁を叩くのだろう
しかし僕にはそれが出来ない
以前あいつが引っ越して来た時、今の様に大音量で音楽を垂れ流している藤谷が、僕の部屋へ乗り込んで文句を言ってきたからだ
それでも抗議すると殴られた
こんな言葉を言い放って
『臭いくせに五月蝿えんだよ。オタク風情が!』
僕は暴力を振るわれるのが怖かったので渋々と引き下がってしまった
以来あいつは好き勝手にお気に入りポップスを大音量で流す
僕の部屋から見て藤谷から反対側の隣人は友人らしく、当然文句すら言わない。それどころか一緒に下手な声でデュエットまでする始末だ
他の住民も文句を言って来ないのは僕同様に脅されたからだろうか?
大人し過ぎる管理人はトラブルを嫌って何も言わないらしく事なかれ主義で藤谷を無視している
暴力を振るわれるのが怖いのだろう
結局の所、住人の苦情を聞くより我が身が大切な様だ
そして、そいつの風体はバイト先の気に食わない山城に似ている気がした
何処に行っても必ず気に食わない奴は居るものだ
例えば、学校のいけ好かないクラスメート
例えば偽善しか吐けない教師
例えば兄弟と比べて能力的、外見的に劣っている方の世話をしない親
気が付くと時計は午後10時を指していた
早く寝ないと明日のバイトに差し支えてしまう
そこで眼を閉じるが痒みが気になってなかなか寝付けなかった
かゆい
掻かなければいずれ収まると思っていたソレは時間が経つにつれ次第に右腕全体に広がっていた
我慢出来ない
左手で右腕の疼く箇所を掻き毟る
そのたびに皮膚が赤く腫れ、それでも掻くと皮膚の薄皮が破け、血が滲み出す
だが、それは痒みを痛みに変えるだけの行為であり、全く無駄であ有るとしか言えなかった
痒みは収まる気配を見せず、それどころか右手を蝕む炎症は更に広範囲に拡大していく兆しさえ見せていた
結局昨日は一睡も出来なかった
そして痒みは少しも治まらなかった
だからといってバイトを休むわけには行かない
眠気を無理やり押さえ込み、服を着て玄関に立つ
痒みは一晩中あったので意識に耐性が付いたのか、右腕の肘辺りまでに広がっているだけで痒みそのものは若干収まったのか、元々それ程酷くは無かったのかは知らないがバイトに支障が無い程には我慢できるようになっていた
そして
靴を履こうとしたときそれを見た
蜘蛛だった
しかし昨日のやつとは違い家でもよく見る脚部が長いイエグモ(本名アシタカグモ)だ
しかし大きい
昨日の大蜘蛛程ではないにせよ脚まで考慮した大きさは15?くらいだった
そいつが靴のつま先に張り付いている
履くのに邪魔だったので手で追い払おうとしたその時だった
なんと、僕に飛びかかって来たのだ
イエグモはそのまま僕の左手に噛みついた
「ひっ!」
びっくりした僕はその手を振り蜘蛛を叩き落とした
「何だ、今の蜘蛛は・・・」
イエグモが落ちた辺りを見てみるが、何もいなかった
有り得ない
普通イエグモはこちらが危害を加えようとして近づけるとすぐさま逃げて箪笥の裏などに隠れるものではなかったのか?
自分より遥かに巨大な人間を襲うなんてとても信じられない話だ
噛まれた左手を見るとそのまま腕時計まで目に入る
「ヤバい!遅刻だ」
バイト先はいつも通りだった
山城は仕事そっちのけで同期の女子二人と喋っており、その分の仕事は、勿論僕に回って来た
これもいつもと同じ
しかし今日の僕は一睡も出来なかった上、昨夜から謎の痒みに苛まれている
コンディションは実に最悪だった
実際、眠気と痒みで仕事が進まない
それだと言うのに
「おい。これも並べとけよ」
いけ好かない山城は僕にビデオテープの入ったダンボールを押し付け、偉そうに命令する
「・・わかった」
「早くやれよ」
あいつの仕事を手伝ってやってるのに、それがさも当然というばかりに山城はレジ後ろに入っていく
そして休憩室に入るその間際
「くせぇ」
ここまで聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で吐き捨てる
これは最近いつも言われる
山城が入ってきた最初の頃は一昨日知ったばかりだが陰口だけだった筈だ
それを見てレジに立っていた雌豚二人が僕の方を向いてクスクス笑う
店長に見せる媚びた笑いとは明らかに別種の完全に相手を下に見て蔑んだ嘲笑
その内の一人。ツインテールの茶髪がもう一人のポニーテールに耳打ちして何かを相談した後、山城と同じにやにや笑いを顔に貼り付けてこちらにやって来る
個人営業の田舎のビデオ屋で働くにしてはやけにケバい臭いが鼻につく
「じゃあ、これもやっといてねー」
とあいつと同じように仕事を押し付けてくる
その後去り際に
「うわぁー。臭い」
と、山城と異なりあからさまに僕に聞こえるように呟く
(僕からすればお前らの方が臭いんだよ。香水付けすぎてるんじゃねぇ、こんな田舎で男漁りでもするつもりか?)
とは思ったものの言い返せない
女子による報復が怖かったからだ
小学校五年生の頃クラスの女子一同に無視されたただけでは無く、ランドセル以下教科書、体育服、上履きすらドブ川に棄てられた虐めを思い出す
僕はストレスと右腕を苛む痒みプラス眠気を押さえながら仕事をこなした
その最中にミスを連発しその度店長に怒鳴られた
「何をやってるんだ!」
「仕事に身が入って無いんじゃないの?」
「同じミスを何回も繰り返すなよ!」
「後輩の山城達は頑張っているのに、お前ときたら役立たずだな」
この店長は山城一同が入ってくる以前はたまに喋ったり、珈琲を差し入れで貰ったりしたものだ
それが今となっては山城達に僕の悪口を吹き込まれてこの有り様である
大抵の人間は必ず強者の下につく
山城達は上手く店長に取り入って楽をしている
だから僕があいつらに仕事を押し付けられても知らんぷりを通している
人間とは薄情なものだ
虐めにあっている僕を慰めてくれた教師もこんな感じだった
最初のうちは虐めのリーダー達に話を付けようと色々取り計らってくれたものの、それだけでは虐めが収まらないと知ると一転して僕に無関心になった
だから朝の会や発表会なんかで僕が意見を言ってそれが無視されたり、馬鹿にされても知らんぷりで通すようになった
どうやら自分の処理能力を超える面倒事には顔を突っ込みたくなかったらしい
では、僕みたいに強者の元に付くことすら出来ない最下層の人間はどうすれば良いのか?
一生虐げられたままなのだろうか?
そんな事を考えている内に
時計はようやく5時を回り、バイトが終わる
僕はやっと苦痛の時間から解放された
筆力向上の為に是非とも感想、評価をお願い致しますm(_ _)m




