過去
-8-
私は幼い頃から両親が共働きで、ほとんど家では一人で過ごした。
親がしょっちゅう私のことを心配してきて
「寂しくないか?」
「何か欲しいものはないか?」
とよく言ってきたが、子供の私から見ても親が忙しいのは見ていて分かっていた。
だから
「ううん、大丈夫。平気だよ」
と嘘をついてごまかし続けた。
小学校や中学校に上がっても同じで、授業参観や学校行事にも両親はほとんどこれなくて、一人で過ごしていた。
そんな生活が私を早熟させたのだろうか。
学校の成績はいつも上位で、友人も沢山出来た。
ただ寂しさを紛らわすために、他の事に熱中していただけだったが、周りから見たら優秀な人間に見えたらしく、いつの間にか私は、優等生と言われるようになっていた。
最初は悪くないと思っていた。だって、今まで一人でいた私に沢山の人がかまってくれるのだから。
だが、そんな生活も長く続かなかった。
私は、同年代の中学生たちと話す他愛のないことについていくことができなかった。
何故なら家に居るときは、なるべく両親に迷惑をかけないように本を読んだり勉強をしたりしてばっかりで、テレビやケータイ電話なんてものの知識に疎かったからだ。
でも私は別に寂しくはなかった。
なんで、この人たちは、意味のない会話を平然と出来るのだろう。
なんでこんなに子供っぽいのだろう。
親のためにとか考えないのだろうか。
そんな疑問を薄々と感じていたので、とりあえず表面上の付き合いだけに絞って中学生生活を過ごした。
そして学校生活を通して、私が欲しいのは友人ではなく、親との時間だということに気づいてしまい、さらにどうでもよくなってしまった。
進学先は両親のことを考えて、家から近い澄川高校に通うことにした。
さいわいにも、偏差値は高い方だったので、よけいなことを考えずに勉強に没頭できそうだったのが決め手だった。
しかし、そんな私の姿を見て、両親がだんだん喧嘩をするようになり、私は頭を悩ませた。
なんで、両親のためにと思って人生を選んできたのに、それが悪い方向に行ってしまうのだろうか。
私はただ、お父さんお母さんのために頑張って、誉めて欲しかっただけなのに。
高校に入学したあとも、両親の関係は悪くなる一方で、私はそのことから逃れるように勉学にひたすら励んだ。
授業中も本当に集中して何も考えないようにしていた。
そして、私の隣の席の男子が授業をまったく聞かずによく寝ている生徒だった。
私は、なんで人生の中でも大切なこの時期にのんきに寝ているのだろうと呆れたが、自分の時間を優先して気にかけないようにした。
ある時、珍しく起きていた彼が、ノートを取っていなくて困っていたらしく、隣の私に声を掛けてきた
「すまん、化学のノート写させてくれないか」
表面上は友好的な態度をとることにしていた私は
「はい、どうぞ」
と素直に渡し見せた。
彼は、すらすらと書き写した後私にお礼を言って、売店で買ってきた昼飯を食べ始めた。
その姿を見て私は何故か気にかかり、
「君の名前は?」
「寺井昇、寺に井戸の井、昇格の昇だ」
「寺井くん、よろしくね」
思わず名前を聞いてしまった。
毎朝出席を取るときに聞いているはずなのに、私は全く覚えていなかった。
そのことから。そこまで私は余裕がなかったということに、そのとき気づいた。
そう思っていて落ち込んでいると
「お前は梶田……だっけか」
「うん、そうだよ」
「……あんまり、無理しない方がいいぞ」
まるで私のことを見透かすようなことをいわれ、私はその時初めて、他人に心配された気がした。
それから、なにかと寺井が話しかけてくるようになり、私も最初は表面上だけで話していたが、次第に自分の内面を素直にさらけ出すようになっていた。
寺井がいつも疲れていてだるそうなのが気になっていたが、向こうも私の問題に深入りしてこなかったので、お互い触れないように過ごす暗黙のルールみたいなものが出来ていた。
私は寺井と一緒に弁当を食べたり、体育館で遊んだり、空を眺めたりする時間が大切で、深入りすることによってそれがなくなるのが嫌だったので、見てみぬ振りをしていた。
だけど、ある時、恐れていたことが発覚してしまう。
寺井が丁度私の家の近くを通ったときに、両親が大喧嘩していたところを目撃されてしまった。
私は、もう自分のせいで親が悩むのを見ていたくなかったので、両親が押す離婚届を何も言わず見ていた。
これで、この二人が幸せになれるならこれ以上幸せなことはないと思って、悲しかったけど了承した。
しかしその時、寺井が突然家にやってきて、私の両親を説得し始めた。
私がどんな態度で授業に臨んでいるか、俺と話すようになるまでクラスメイトからどのように見られていたのか、いつも寂しそうな目で空を見上げていること。
寺井は洗いざらい私のことをお父さんお母さんに伝え、激しく説得した。
それを聞いてた私は、親にさえこんなに心配してもらって行動してもらったことがなかったので、思わず目の前で泣いてしまった。
それを見た両親も、泣いた。
結局離婚は取り消しになり、寺井は私の両親に気に入られ、よく家に来るようになった。
私も悪い気はしなかったし、彼のおかげで両親が仲直りしたのだから、心の奥底から感謝した。
私は、寺井がそうしてくれたように彼の力になってあげたいと思い、前よりも自分から話しかけることが多くなった。
ある時それをみていたクラスメイトから、付き合っているのかと聞かれた。
私は、付き合ってないときっぱり答えたが、周りからそう言う風に見られていることを知り、とても悩んだ。
私自身、誰かに恋したり愛したりしたことがなかったので、どういう行動がそれに値するのか全然知らなかったからだ。
私は寺井を始めてできた大切な友人をして見ているはずなのに、どうして周りからは恋愛感情のように見えてしまうのだろう。
いくら悩んでも誰にも相談できず、寺井を前にすると妙に緊張するようになり、いつも通りに接することが出来なくなってしまった。
あるとき、まだ寺井の家に行ったことがなかったので、奴に秘密で後をつけてみた。
着いたところはボロボロの一軒家で、小さい子供が三、四人いる大家族だった。
家に帰ってきた寺井は、すぐに工事現場用の作業服に着替え家を出て行った。
そこでやっと私は、彼が授業中に寝ている理由が分かった。
そして、私のこの気持ちが、彼にとって重みになってしまうことを理解した。
それから、私は彼のことを避けるようになり、屋上での別れに繋がる




