7 怪談Ⅱ
激しい雨が降っている。
焼け落ちた城跡に、泥だらけの一人の武者が潜り込んだ。
雨音が、ぜいぜいと整わない息を消してくれる。
ここまで逃げた痕跡も消してくれるだろう。
負け戦だった。
身の振り方を考えねばならない。
寄進していた寺に逃げ込んで一旦身を隠すか、敵方と犬猿の中の山向こうの領主のところまで落ち延びるか。
疲弊した体に鎧が重かった。
うとうとしかけると、ひそひそと声が聞こえた。
「首じゃ」
「首がついておる」
はっとして抜刀するが、辺りに人影はない。
この焼け跡が呪われていると近隣の民に忌避されていることを思い出す。
昨年起こったそれは、見せしめの意味もあってかそれは酷い虐殺であったらしい。
城中の者は誰一人として助からず、女子どもまで見逃されることはなかった。
「首でござる」
「首つきでござる」
また声がした。
「そこな御仁、我らに首をかしてたもれ」
「奥方様が若様をお探しめさる」
「お嘆き遊ばしておられるが、首がどこかに行ってしもうて探しにゆかれぬ」
首のない女人たちがひょこりひょこりと柱の影から遠慮がちに胴体を順番に表した。
コロコロと別のところから、髭面の男たちの首が転がってくる。
「やあやあ、そこもと、我らに体をかしたもれ、主人を害せし者共にせめて一太刀浴びせて参る」
「足が無ければ討ち取りもできぬ」
「忌々しい囲い棘の丸紋を踏みにじってくれるわ」
がしゃがしゃと首のない甲冑姿の群れも現れてくる。
「わしの体はどれじゃ」
「切り口を合わせてみればわかろう」
「焦げておる」
「腐り落ちておる」
「やはりそこな御仁の体を借りるが良かろうぞ、わしのは腕も刀も欠けておる」
「かしてたもれ」
「かしてたもれ」
「寄越せ」
武者はこれはたまったものではないと逃げ出そうとするが、わらわらと斬られた手や足や頭や指や胴体があちこち出て来て邪魔をする。
刀や槍を、頭のない体がでたらめに振り回す。
転がる頭があそこだ、そこだと野次を飛ばす。
ひゅっ、と背中から一太刀、首に一閃を浴びた気がした時は心底肝が冷えた。
ほうほうのていで逃げて逃げて、なんとか敵にも武者狩りにも遭わず寺に逃げ延び、怨霊たちのことを僧に語る。
「やはり幽霊というものは生身ならず、人は殺せぬものなのでしょうなあ」
感慨深げに斬られた気のする首をさすりながら語った直後、じわりと首に赤い線が浮かび上がり、ころりと武者の首が転がり落ちた。
寺は、それが武者の本当の頭と体なのか、それとも既に入れ替えられてしまったのか確信が持てぬままに、武者がこれ以上怨霊たちに取り込まれないよう頭と首をしっかり結び付けて固め懇ろに弔ったという。
五体揃わぬままでは成仏できずに地上に留まり、辺りに障りを残すことを懸念したのだ。
今では寺が廃れ、縛り塚と呼ばれる武者の墓のみが残っている。
激しい雨の夜には近づいてはならぬとか。




