6 コンプレックス
「 ナニコレ。投稿者選抜のヤツかな? なんで選ばれたんだろ。……怪談としてはなんか薄くて唐突でいまいちなのに、舐めてんの 。こんなの単なる律儀でフレンドリーな話じゃん、なんか腹立つな」
しよみが眉を寄せて不満そうに感想を吐く。
「いや、頭おかしくて怖いやろ。むしろお前の感想の方がホラーやけど」
こいつの感覚はたまにマジでわからない。
「えー、これくらいでいいの? 初々しい人ってこれで怖いんだ? あ、そっか。今 ガチに体験してるから怖さがマシマシの濃いめに楽しめた感じ?」
「人の不幸をメリットみたいに言うなや! お前、たまに人の心持ってんかほんま疑わしい時があるな」
「もうっ! 飲み物追加していい? いより君もなんか飲もうよ。コースターランダムだからさ、お戦ちゃん出たらちょうだい。すみませ~ん」
しよみが照明を明るくしてインターホンで店員を呼び出す。
俺は、明後日の方を向いて無闇に部屋や人形ケースを観察していた。
店員が飲み物を置いて出ていくと、しよみはまたもや外したらしく頭を抱えていた。
今日は、お戦ちゃんの帯と同じネイルをしている。
白地に血痕が飛んだみたいな模様。
なんとなくさっきの怪談と合わせて初対面の日の爪を思い出した。
あの時はナチュラルカラーに先っぽに控えめパール。
少し前に見た弥生さんのものと全く同じデザインだったからやたらと印象に残っている。
流行もほどほどに取り入れるおとなしいタイプかとはじめの一瞬は思ったのだった。
速攻で思い込みはぶち壊されたが。
「んー……、いより君ってさ、」
立ち直ったしよみがストローをくわえ、俺を眺めた。
「な、なんや」
必要以上にじろじろ見てしまってありもしない下心を疑われたかと、たじろぐ。
「店員とか他の人だと何とかして目を合わせないようにしてるのに、なんかアタシだと気にしないよね~、なんで? アタシ、どう他と違う? 優しそうで親しみ感じるとか?」
俺はとっさに手を動かしてアザを隠してしまった。
気にしているように見えるからその動作は極力しないようにしていたのに。
相手に弱みを握られているみたいで嫌だった。
「ああ、なるほど。実はアザ気にしてるのか。男の子だし、わたしだと平気だから、そんなもんかと思ってた」
しよみがゼロオブラートでずけずけと言う。
俺には生まれつき顔に額から右目にかけて目立つアザがある。
対面は苦手だった。
人がまずアザを見る視線を感じるのが嫌だった。
被害妄想と分かっていても俺が違うヤツだと振り分けられるのを感じる。
俺も、自分が違うヤツだと思い出す。
このアザのせいで施設の前に置き去りにして捨てたのかもしれないという、不安も。
俺が劇団にいるのは知り合いだった滝川さんに誘ってもらったものである。
俺のいた施設にボランティアに来ていたのだ。
福祉に関心があるらしく、関連がありそうな分野も手広く学んでいるらしい。
俺は普通を知らない。
置き去りにされたのを発見されて、何の手がかりもなく施設で育った。
普通に皆知っているのが当たり前の誕生日も保護された時の推定のものだ。
人付き合いを苦手とするのは、その引け目もかなりある。
『普通』を話す雑談がすれ違ってしまって疲れてしまうのだ。
相手も困らせてしまう。
普通は、遠い。
差別でもイジメでもなく、相手が普通に扱ってくれても、なんだか違う生き物を装わなければならないような居心地の悪さを覚える。
多分、本当に違うから。
だから、人が苦手な自分にはとんでもないと思いつつ、そういう《《フリをする》》のが当たり前な劇団に入る気になった。
劇団といっても無論俺が舞台に立つわけもなく、主に滝川さんがいる時だけ顔を出して大道具の手伝いだの雑用をしている程度だ。
演劇セラピーなるものにも誘われるが、断っている。
劇団の人間にも、誰にも、特に話していない。
ハッキリしたレッテルより、ただの寡黙な変なヤツでいた方がマシだから。
だから人と直接目線が合うのを極力避ける。
誰かの視線がアザを確認するのを見ると、自分がいてはいけない気になるから、人は背景のようなものと言い聞かせ会話も厭う。
「そんな気にしてんのに整形とかしないの? 別に気に入ってる訳じゃないんでしょ」
デリカシーの欠片もない。
本当に全く無い、しよみらしい発言だった。
避けられるのも納得する遠慮のなさだ。
俺は気にしていることも知られたくない。
だから、髪や他のもので隠すこともしてなかった。
「お前こそなんで他のヤツみたいに気にせんのや」
大抵向こうが気まずそうになるというのに、しよみは会ったときからスルーを決め込んでいた。
「昔、一緒に暮らしてたヤツにボコられてた記憶あるからさ。顔が変形して色も変わってパレットみたいなってた時あるんだよね。皮膚の色って色々あんなーって、鏡見て感心してた。そういえばいより君みたいな色もあったな~って、ちょっと思い出すくらいだね。だってそんな感じのアザ、見慣れてるし」
しれっと重い話を返される。
殴られたことがあるなんて信じられないようなツルンとした顔をしているのに。
「顔、変えたからさ」
俺の心の声が聞こえたように、しよみが平然と笑ってそう答えた。
「えいやって勢いつけてやっちゃえばそれまでだよ。意外にあっけない。ま、そのままでいる気持ちもわからんでもないけど。アタシもたまにナーバスになるからね。生き別れちゃった家族いるけど、顔も違うしもうアタシのこと見つけらんないかな、って。いより君も迎えに来てほしいんでしょ、捨てられちゃった親に」
「お、お前、それ」
「そんなんなんとなくでわかるよ。皆だっていつの間にか噂してるもんだしさ。だってあの親切っぽい──滝川さん? しょっちゅう保護者不在の子の面倒見てるし」
ばん、とテーブルを叩く。
「この話はしまいや」
気まずくなった中で、飲み物が運ばれてくる。
店員が去るとしよみは特に何か言うでもなく、次の怪談のスイッチを押し、照明を落とした。
俺は暗さに感謝する。
確かに俺は心のどこかで待っていた。
施設に俺を捨てた親が、この目立つアザを目印にしていつか思い直して迎えに来てくれる日を。
ざざっとノイズの後にザーザーと今度はどしゃ降りの音とともに怪談が流れ出す。




