3怪談カフェ
「あ、いより君こっちこっちー」
夕刻近く待ち合わせ場所の駅前で合流する。
しよみをショウウインドー側にして、カフェに向かう。
自分の姿を映すものは昔から苦手だ。
いつも所在無さそうに自分を見返すから。
「そろそろ暑くあらへん?」
わりと暑い日なのに、首元がレースでごてごてした長袖服を着ているしよみを見下ろす。
「お肌弱くてすぐ傷んじゃうんだよ、わたし。この暑さ続くならマジで生きながら腐りそうでムリ過ぎ。てか、お約束としてイベントの気合い服の女の子はまず褒めときなよ? この付け襟、推しのグッズなんだから」
人混みも外出も苦手だがしよみの喋りは気が紛れる。
周りにお構い無しのこいつといるとなんだかちょうど良く普通みたいで気が楽だった。
「君ッ」
突然しよみがスーツの男に腕を掴まれる。
「あの時一緒にいた子だよね!? あの子がどこにいったか知らないか!?」
呆気にとられていると、
「人違いなんで失礼します、出かけるところなんで」
しよみがきつめに言って男を振り払い、こっちと腕を絡ませて強引にぐいぐい歩き出した。
チラと振り返ると男はただ立ち尽くして俺たちを見送っている。
「……なんや、あれ。──困ってる人ちゃうん?」
「あんなんナンパか勧誘の新手でしょ。そうじゃなくてもどうせ知らない人だもん。知らないのに寄ってくる大人なんか大体悪い人だよ。さ、行こ行こ」
面倒そうにしよみが言い捨てる。
俺としても、外と人混みは得意ではないので異存はない。
「お戦ちゃんの部屋だからね」
「は?」
「この子だよ」
予約チケット付きの特典リーフレットをずいと見せられる。
日本人形に西洋人形、ぬいぐるみやロボも混じって様々な人形の写真が並んでいる。
ただし背景が全部廃墟で、全員可愛らしさを削ぐ要素を備えている。
「人形?」
「んもう、説明したじゃん。ここは基本お人形さんが怪談語ってくれるの。好きな子選べるんだよ。個室で怪談聞きながらカフェできるから、ぼっちの会話ベタにも優しいのだ」
〈ここはかつて惨劇の場にいた人形たちが捕らわれている隔て世の館。
人形たちから怪談を収集して、彼らの惨劇の真相を紐解き、彼らを解放するための過去に辿り着こう!
ただし、気をつけて。
暴く真実によっては、人形が魔物に堕ちて襲ってくるかも。
──これは、君を葬る物語〉
というのが、コラボカフェを開催する「傀儡庭園」のゲーム内容らしい。
一応ストーリーあるんや。
しよみのスマホのゲーム画面で、なんや怪物が胃袋吐いて べちゃっと視界を肉色で塞いどった場面しか知らんけど。
しよみが嬉しそうに指さしているのは、ごつめのサバイバルナイフを握った日本人形である。
迷彩柄の着物に、白い帯には、デザインなのか返り血なのか分からない赤が飛び散っている。
襟元と袖に確かにしよみのと同じレースが付いている。
焼け焦げて露になった右脚で、足元に積み上げられた銃を踏みしだいていた。
「わりかし荒ぶってる方の子やな……」
「でしょお、可愛いでしょっ?」
……まあ、比較すると。
隣は白無垢の日本人形。
背中から人間の手足と蜘蛛の足とミミズを生やし、それに飽きたらず伏せた顔のほっぺからムカデ生えかけとるし。
さらに反対隣は、頭が斧で割られているオレンジのクマのぬいぐるみ。
割れた部分にモザイクがかかっているがなんかグロいもんがモザイクを貫通している。
ガチリアルに人間に見える写真もある。
「あ、それは本物で、ゲームイベントでコラボしたことある人形自認の怪談師YouTuberさん。変な客に絡まれないように座敷牢設定の部屋だね。一日限定プレミアのやつ」
「さらに馬鹿高い値段になるんかい、そっちのが恐ろしいな。そんなんいるんや?」
「でも座敷牢の着物の可愛い女装子さんってちょっと萌えちゃうよね~♪」
「これ男か!」
「このゲームグロやろ、人気あるん?」
「有名な人形作家さんたちがキャラデザに関わってて、めっちゃ美麗なのにグロなのが良いんだよね。しかも」
しよみがルンルンで説明する。
「恋ゲー要素アリで、全キャラ攻略OK! そうすると、人形の秘密の私室が解放されて、そっちもドール関係の人が監修してるから細かいところまで見ごたえあるんだよ。限定グッズもおしゃれだしさ。自由度高くて恋愛も結婚も、浮気まで可能」
「頭の漏れでたクマとも?」
「あ、この子は即死スキルで徘徊するメンドい子なんだけど、回避アイテムのかぼちゃパイが中々入手出来なくて。ハニトラ戦法で恋愛で陥落させれば戦闘スルーできるの。三角関係作ると、もつれてデバフかけられるし」
……敵だけでなく倫理も風紀も、殺していくスタイルらしい。
怖い界隈過ぎる。
ほんでもって、ちょっとしたハプニングはあったものの「戦国カフェ 邑落─ゆうらく─」と、立て看板のある古民家風の建物につく。
「『傀儡庭園』コラボ開催中!!」の幟もはためいていた。
武者人形や合戦のジオラマなど戦国ものの作品のギャラリーを兼ねたカフェの一角を借りたコラボだそうだ。
内装は竹林の草庵コンセプトである。
店に兜だの槍だの戦国絵巻の地図が飾ってあり、店員も籠手などつけている店内に入って少し気分が落ち着く。
劇団と同じようにフィクションで成り立つ場所に馴染みと安心を感じる。
「こーいうんも、ええな」
「そ?」
しよみはざんばら髪の武者が取っ組み合っているフィギュアの入ったガラスケースの映りで前髪を直しながら、妙に冷めた声を返す。
「立派な格好してるだけで、殺すし、カツ上げするし、武士の誉れどうとかですぐ逆上して刀出していちゃもん付ける最悪な輩でしょ 」
……イヤ、お前先祖武士に殺されでもしとんのか?
他の客もおるし、俺はお前に連れられてここに来たんやけどな!?
「あんな、」
文句を言いかけて、とっさに言葉を飲んだ。
ガラスケースにしよみの、顔がない。
自慢していたレースの付け襟から下だけが映り込んでいる。
後方から耳元に囁きが聞こえた。
『切り落として』
ばっ、と振り返る。
「いより君、何やってんの?」
「いや……、なんでもあらへん」
「あー、あっちのコラボ展示ちょっと行ってくる!」
「おう」
生返事をしながらふと不安を覚える。
「あいつにまで、変な影響あらへんよな……」
ガラスケースに目を戻すと、顔をしかめる自分の顔。
目を逸らそうとして、見つめ返した。
……改めて思うが、既にない首を切れとは一体何の謎かけなのだ。
あの姿を見れば悲劇的な最後を遂げたと思われるが、首を探せ ではなく 切れ とは。
他人とろくに顔も合わせられない、自分の姿もろくに見つめられない俺なんかに、なぜそんな事を頼むのだ?
それを正面から聞きたい気がした。
「 お待たせ~、こっちこっち。お待ちかね、生首パフェだよ。きっと生首系の怖い話、お戦ちゃんが聞かせてくれるよ!」
しよみは武者アートには冷淡だったが、コラボ用の展示パネルで写真を撮りまくり限定品の購入で上機嫌になっている。
店員に応対されて、笑顔でこっちを手招く。
にっこにこだ。
あいつ、ほんま好き嫌いがはっきりしているというか、興味ないもんとあるもんの落差激しいやっちゃな。
コラボ場所は店の奥の半地下になっている個室らしい。
鎧のレプリカが飾ってある狭い通路は薄暗くて、既に怪談の雰囲気が出ている。
店はほどほどに混んでいるが、奥は静かそうだ。
これから俺は首のない幽霊に祟られている身でありながら、生首パフェなるものを食べて、生首の怪談を聞こうとしているのか。
確かに自分のやってることが異様過ぎて夢の不気味さが薄れた気はするが。
しかし、幽霊をおちょくっていると見なされてパワーアップされたらどうしたもんだろう。
さっきのはひょっとしてそういう警告か。
……申し開きできる気が、しない。




