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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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7/21

魔法制御試験

 ブリジッタは、朝が弱い。

 だからベッドまで朝食が運ばれることもあり、寝ぼけ眼のまま口元にスプーンを運ぶ――セドリックが。

「僕も朝の用意があるんだけど?」

 困り顔の抗議もなんのその、今日もブリジッタはマイペースにお腹を満たす。

「着替えは自分でしてよね!」

「……うん」

 さすがにそれはわかっており、渋々頷くブリジッタ。

 セドリックが出て行った部屋を見渡すと、壁のハンガーには、真新しい夏服がかけられていた。

 窓から差し込んでくる高い朝日の眩しさに、ようやくブリジッタの目が冴えてくる。

 そうして思い出す。

 王立魔法学院入学後、初の大きな行事、魔法制御試験。

 今日はその当日。



 試験の日は、学院裏に位置する演習場が解放される。

 演習場は、魔法発射位置と的を直線で繋ぐ演習エリアを複数備えた、実用性重視の施設だった。

 ゆえに、各エリアと演習場全体を隔てるのは、対魔力、対物理に特化した魔力の障壁となっている。

「……障壁が透明なのは、お互いを刺激するためなのでしょうか」

 クラウディアの感想通り、各エリアは隔てられているものの、見通し自体はよい。

 誰からも見られるという事実は、クラウディアの気を重くさせた。

 近くにいたブリジッタが呟く。

「不慮の事故を考えてのことかも」

「……おっしゃる通りかもしれませんね」

 独り言に、しかも王女殿下から反応が返ってきて、クラウディアは少し驚いた。

 それが少しは親密になれた証拠のようにも思えて、不敬とむず痒さを同時に抱く。

 ごまかすように周囲を見渡すと、同級生をはじめとして多くの生徒がいた。

 すでに練習に入っている彼らの士気は高く、張り切っているのが目に見える。

 思案するクラウディアをどう見たのか、王女の傍らにいた執事の少年が、その背景を想像して見せる。

「高評価者は女王陛下に称えられるので、それも影響しているのでしょうね」

 それはわかりやすい誉れである。

 そして、入学から少し経って緩む気を引き締める行事としては、ちょうどよいのだろう、とクラウディアは納得した。

 今日の生徒たちの服装はいつもと違い、防護を考えた厚手の実習服で、男女関係なくズボン姿だった。

 足回りも丈夫なブーツである。

 その装いは否が応でも普段とは違う雰囲気を生み出し、緊張感を高める。

 だからか、多くの演習エリアでは力の入った魔法――地水火風の攻撃魔法を、ここぞとばかりに生徒たちが振るう。

 しかし、この試験は魔法の制御を測るもの。

 評価されるのは、属性発現、命中精度、出力調整、再現性。

 そして、周囲への影響をどれだけ抑えられるか。

「着弾後の散りが広すぎる」

「一回目は良好、二回目以降に揺らぎあり。再現性に課題」

 など、火力以外の項目も採点対象となり、試験の名に相応しく緊張を強いてくる。

 クラウディアもそれをわかっていて、気負わないように水の魔法を刃に変えて打つ。

 命中精度は悪くなかった。

 しかし慎重さが悪く響いたのか、展開速度に難あり、という評価をいただいてしまった。

 それでも自分の番が終わったことに安堵して、その場を退く。

 入れ替わってその場に立ったのは、赤い髪が印象的な男子生徒だった。

「次、ミハエル・トランジェスト殿」

 呼ばれた彼の実演は、クラウディアが目を見張るほどだった。

 火力は申し分なく、だからといって過分でもなく、展開も早い。

 自分とは大違いだ、と内心で自嘲してしまうほど、そつがない。

 試験官の表情もそれを物語っており、クラウディアにも高評価は間違いないと思えた。

 炎魔法を家名とともに受け継いでおります――という、彼の自己紹介を自然に思い出させる実演だった。

 彼自身も手応えを感じたのだろう、仰々しい礼を試験官に捧げ、その場を譲る。

 ――次の生徒を、意味ありげに見やりながら。

「次、セドリック・アルヴェイン殿」

「はい」

 視線が集まる。

 単純に、王女殿下の執事の実力はどんなものか、という観察。

 生活魔法ごときでどこまでやれるか、という見下し。

 クラウディアが見たところ、その割合は二対八くらいかと思われた。

 そうと悟った途端、クラウディアの内心に、重い感情が沈殿する。

 今まで接してきて、セドリックがどのような人物かを少しは知ったつもりだ。

 誠実、真面目、礼儀正しい。

 要するに、好ましい人柄だということ。

 そんな彼に対する悪意は、クラウディアの眉をひそめさせるに十分だった。

 しかし彼自身はなんら臆することなく踏み出し――そして、身をかがめた。

 その動きに多くの人間が怪訝そうにし、次いで嘲笑へと変えた。

「なんだあいつ、石を拾ってるぜ?」

「まさか、あれを投げるつもり?」

「いや、届くわけないだろ」

 囁きどころか聞こえるような声が言う通り、セドリックの手には指の先ほどの大きさの小石があった。

 そして、嘲笑が波打つ中、セドリックが振りかぶる。

 投げられるところまでは、想像通りだった。

 しかし、その結果は大半の人間の予想を裏切った。

 手から放たれた小石は誰の目にも留まらぬ速度で宙を撃ち抜き、着弾と同時に的を砕け散らせたのだった。

 しん、と静まり返る会場。

 一瞬後、それを断ち切ったのはブリジッタの小さな拍手だった。

「すごい、セドリック」

 主の称賛に、執事は恭しい礼で返す。

 対照的に、何が起こったのかわからず、色濃い戸惑いがざわめきとなって会場を満たす。

 それを実際に問いにしたのは、試験官を務めていた数学教師、ペルーゼン・ラドフォードだった。

「アルヴェイン殿、少しよいか」

「はい、なんでしょうか」

「端的に問おう。何をした?」

「魔力を纏わせて放ちました」

「それだけではないように見受けられたが?」

「魔力を推進力としても使いました。そして回転させて軌道を安定させ、着弾の際に一気に炸裂させました」

「……なるほど」

 理解の色とともに、顎髭を撫でたペルーゼン。

 そして彼は、ともに試験官を務めていたトビアス・ノイハウスを振り返った。

「トビアス、お主はどう見た」

「素晴らしいの一言だよ、ペルーゼン! いいものを見せてもらった気分だね。変則的に見えただけで、実に合理的な魔力の使い方だと思うよ?」

 手を広げ、満面の笑みで肯定するトビアス。

 しかし対するペルーゼンは、悩ましげだった。

「同意ではある。が……」

「認めるべきではありません」

 その抗議は、担任として生徒たちの様子を見ていた、コレット・ネーベックが発したものだった。

 苦さと冷たさが同居したその声に、二人の教師だけではなく、聞きつけたその場の全員の注目が集まった。

 割り込む形となったコレットは、自分を律するように毅然と言い募る。

「この試験は、魔力を属性として発現し、その制御を問うもの。先ほどの過程は、その基準から明らかに外れております」

「……むう」

 それにペルーゼンは反論できない。

 しかし、トビアスは面白そうに笑う。

「ネーベック先生は試験官でもなんでもないよね? どういう権限でねじ込んできてるの? しかも、相手は自分が担任の生徒なのに」

「そ、それはそうなのですが。しかし、試験は基準ありきのもの。それなくして規律は保てません。わたくしは、それをどうしても見過ごしがたく」

「それは認めるところではあるのだが……」

 難しい態度を崩さない、主任試験官のペルーゼン。

 そこに近づいてきたのは、渦中のセドリックだった。

「お騒がせして申し訳ありません。しかし、私の行いで試験を止めるのは忍びなく」

 頭を下げるセドリック。

「どうか、いったん私の結果は置いて、次の方に進めていただけないでしょうか」

「僕らより、よっぽど大人な意見だね!」

 トビアスはけらけらと笑いながら手を叩き、コレットは恥じ入ったのか視線をさまよわせる。

 ペルーゼンは頷きつつも、セドリックに問うた。

「二射目と三射目が残っているが、それはよいのか」

「結果は同じかと」

「あいわかった。次、王女殿下」

「――はい」

 一歩踏み出したブリジッタ。

 それに呼応するように、下がるセドリック。

 セドリックを認めない空気が広がったことに、クラウディアは内心で恐々としていた。

 ブリジッタに不機嫌の兆候がないことにほっとしていた彼女だったが、不意に寒気を感じて袖口をさすった。

 おかしい。

 先ほどまで、袖口にはかすかに汗が滲んでいたはずなのに。

「お、おい」

 誰かの戸惑いの声を追うと、見上げる姿がある。

 そして、同じように見上げる者が次々と増えていく。

 いつの間にか、灰色の雲が空を塞いでいた。

「――王女殿下」

「わかってる、セドリック」

 そんなやり取りが近くから聞こえなければ、すぐにでも逃げ出していたかもしれない。

 だからクラウディアは、一時激しくなった胸の鼓動を落ち着けることができた。

 しかし周りの生徒はそうではなく、小さくない動揺を見せ続ける。

 ちょうど、ブリジッタ以外の実演は終わったところだった。

 だから影響はその程度にとどまったが、そうでなければ一時中断になっていたかもしれない。

 そんな中、ブリジッタは魔法発射位置に立つと、的に向かって手をかざした。

 その刹那、雲と大地が光で繋がれた。

 閃光と轟音。

 ブリジッタに割り当てられた演習エリア全体が、光に満たされた水槽のように、たわんで見えた。

 一瞬後、現れたのは焼け野原のようになった演習エリアだった。

 大地は抉られ、的などひとかけらも残っていない。

「こ、これこそまさに。まさに、わたくしが目にしたかった神威……!」

 熱を孕んだ声を上げたのは、コレットだった。

「……す、すごい」

 あまりに一瞬だったため、逃げる暇もなかった周りから、口々に畏怖の声が漏れる。

 しかし。

「出力過多。標的破壊は達成したが、指定範囲を超過」

「だねえ。魔力収束は抜群に早い。発動後の残留魔力処理もキレイなんだけどなー」

 冷静な試験官の評価は、まさに水を差すものだった。

 ペルーゼンは、使い物にならなくなったエリアを見て、ブリジッタを促す。

「王女殿下、隣のエリアへ」

 頷き、従うブリジッタ。

 それにいつものごとく、影のようについていくセドリック。

 ブリジッタを追いながら、セドリックは考える。

 どうすべきか、と。

 このままでは大きな減点のまま、試験は終わる。

 それを気にする主ではない――が。

 そこで、ふと気になったのはずっと張りついてくる視線だった。

 ミハエル・トランジェスト。

「何をする気だ?」

 その目は、そう問いかけてくるようだった。

 それを無視し、()()()()()()()雷を導くのはたやすい。

 が、それはおそらく、いつまでも続かない。

 ――いや、続けてはいけない。

 ならば、自分が行うべきは。

「王女殿下、しばしお待ちを」

「セドリック?」

 セドリックは試験官――ペルーゼンに駆け寄ると、手の中のものを提示して承諾を求めた。

 ペルーゼンは首を傾げたが、それが魔力増幅具の類ではない、何の変哲もない品だと判断すると、問題ないと頷いた。

 セドリックはすぐさま駆け戻り、二射目の発射位置につこうとしているブリジッタのもとへ向かう。

 もう、怪訝そうに見てくるミハエルには構っていられなかった。

 セドリックは、戸惑いの色を瞳にたたえたブリジッタの前に跪くと、それを差し出した。

「これを、――代わりに」

 セドリックの言葉に、ブリジッタは息を飲んだ。

 そこにあったのは、セドリックが愛用している万年筆だった。

「……これは」

「ペルーゼン先生からは、許可を得ております」

「……そう」

 ブリジッタは、セドリックの手を包み込むようにしてから、そっと万年筆を持ち上げた。

 そして、それをしげしげと眺めやり――その先にある、セドリックの顔へ視線を向けた。

「――とても、心強い」

 緩んだ目元と口元。

 それは明確な笑みの形であり、多くの生徒たちが初めて見る姿だった。

 セドリックですら見とれた。

 次の瞬間、歩き出した主に従おうと、慌てて立ち上がる。

 もうブリジッタの表情は、いつものようだった。

 すなわち、力みのない、平坦な表情。

 それは、指先から伝わってくるセドリックの熱を、わずかも残さず感じ取るため集中しているからだった。

 そうして、発射場へ立ち、万年筆を振りかざす。

 思い浮かべるのは、そう。

 いつも自分を支えてくれる、優しい手。

 ブリジッタの額に、汗の球が浮かぶ。

 そして――視界をキャンバスに見立てて、ペン先で雲と的を繋ぐ。

 今度は、雷の帯。

 的がある一角だけを、地面ごと焼き払う一撃だった。

 息を吐いたブリジッタは、試験官に目配せ。

 次のエリアに移動するように促され、そしてまた、ペン先を動かす。

 今度は、一筋の雷が落ちる。

 直撃された的、そして焼けた周囲の地面。

 それが、ブリジッタの成し遂げたことだった。

 万年筆を持った手がだらりと垂れ下がり、顎まで伝った汗が、雫となって落ちる。

 佇むブリジッタを前に、演習場は静まり返ったままだった。

 黒髪の執事は、跪いてハンカチを差し出した。

「――お見事でございました、王女殿下」

「……うん」

 疲れを滲ませたブリジッタが、受け取ったハンカチで汗を拭うと、それを合図としたように、その場が動き出す。

「……そう言えば、雷魔法って前例ないよね。評価の指針、どうするつもり?」

「神威をああして制御されている。試験の趣旨に照らし合わせれば、優秀寄りであろうよ」

 面倒そうな顔を隠そうともしないトビアス、考え込むペルーゼン。

 そのやり取りが試験終了の合図となり、他の試験官たちが生徒の退場を促していく。

 クラウディアは、ブリジッタとセドリックに近づいた。

「お疲れさまでした、お二人とも」

「……うん」

 言葉少なく頷いたブリジッタは、セドリックの肩に手をかけて自分の身体を支える。

 その時、ブリジッタの視界に入ったのは、セドリックの胸ポケットだった。

 それと同時に、手の中にある万年筆に意識が集まる。

 気怠い感覚の中、ブリジッタは何気なくセドリックの万年筆を持ち上げた。

 ブリジッタは、小首を傾げて――万年筆に、唇を落とした。

「――王女殿下?」

 呆然とするセドリックとクラウディアの声もなんのその、ブリジッタは万年筆をセドリックの胸ポケットに突っ込んだ。

「……眠い」

 今にも寝落ちしそうなその声で我に返ったセドリックは、クラウディアと一緒にブリジッタの身体を支えながら、演習場を後にした。

 ――その一部始終を見ていた男子生徒と女性教師がいることに、気づかずに。

読んでくださり、ありがとうございました。

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