表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷姫は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

生活魔法はかわいい

 セドリック・アルヴェインの朝は早い。

 夜明け前に目を覚まし、身支度を整えると、与えられた部屋をそっと抜け出す。

 敷地内を軽く駆け、夜勤の者たちと挨拶を交わし、戻ってからは授業の予習。

 そうして日が昇るころ、セドリックは担当の廊下へ向かった。

 掃除用具入れを開け、窓拭き用の道具を手に取る。

 もう片方の手を軽く振ると、箒や布巾、はたきが、号令を待っていたかのように飛び出した。

 道具たちは小さな行進のように、軽やかにセドリックの後をついてくる。

 すでに見慣れた光景らしく、すれ違うメイドや侍従たちは驚きもしない。

 ただ、混じっていた新人らしきメイドだけが目を丸くした。

「あの、あれって……?」

「セドリックの生活魔法よ。便利で羨ましいわ」

「あの方が、セドリック様……」

 興味津々に見送る新人に、先輩メイドは苦笑する。

「ちょっかいは出さないほうがいいわよ。あの子、王女殿下の幼馴染で――殿下にとって大切な方、だから」

「わかってますよ。ここ、お給金いいんで、追い出されたくないですもの」

「それはそうでしょ。お城なんだから」

 そんな会話などつゆ知らず、掃除と片付けを手早く終えたセドリックは自室へ戻った。

 真新しい制服に袖を通し、髪を整え、服のしわを伸ばす。

 鏡に映る黒髪と濃紺の瞳の自分を確認して、軽く息を吐いた。

「よしっ」

 鞄を手に部屋を出る。

 奥まった一角へ進み、女性騎士が見張りを務める扉の前へ辿り着く。

 馴染みの女性騎士に会釈を返し、セドリックは躊躇いなくその扉を開いた。

 部屋に入り扉を閉めると、視界は薄暗さに満たされた。

 セドリックは部屋を突っ切ると大きな窓に近づき、カーテンを開いた。

 差し込む朝日が、部屋全体の基調である薄桃色を浮かび上がらせる。

 そうしていつものように、大きなベッドに歩み寄って覗き込む。

「ジッタ」

 そう呼ぼうとして、セドリックは口を噤んだ。

 ベッドで眠る少女。

 その頬にある涙の跡。

 そして、時折弾ける雷の糸が、威嚇する獣のように見えた。

 セドリックは、そこに躊躇いなく近づく。

 雷は容赦なく、近くにあるものに襲い掛かろうとする。

 セドリックは、冷静にその行き先を見定めた。

 そして、自らの魔力で優しくエスコートするように導き、足元に落としていく。

 幾本もの雷の糸をそうして導きながら、セドリックはそっと、何かを求めて力尽きたような小さな手を取った。

「ジッタ」

 その呼び掛けに、涙を溜めた少女の瞼が震えた。

 ゆっくり開いた瞳は、セドリックの顔を映し出す。

 同時に収まる雷の糸。

「セドっ……!」

 次の瞬間、ブリジッタはぎゅっと目を閉じ、大粒の涙を落とした。

 そしてセドリックの手を引き寄せ、胸の内に抱え込む。

 小さく嗚咽を漏らして、しがみつくように身体を折り曲げるブリジッタ。

「僕はここにいるよ」

「うん、うん。よかった、セド……!」

 その姿に、自らも胸を押しつぶされそうになりながら、セドリックはブリジッタの頭を撫でた。



 花の香りを強く感じるのは、入学式から二週間を過ぎて、ようやく余裕が出てきたからだろうか。

 二人して王城から馬車で学院へ通う、という日常にも慣れてきた気がする。

 簡素ながら品のよいつくりの馬車の中、向かい合うように座席が配置されている。

 セドリックは、自分の太ももにある温もりを見下ろした。

 そこには、頭を預けてわずかに寝息を漏らす、大事な幼馴染の姿。

 表情からは力が抜けており、安らかであることに、ほっとする。

 ここ最近は落ち着いていたはずなのに、今朝は久しぶりにうなされていた。

 環境の変化だろうか、とセドリックは考える。

 だが、馬車の揺れ方が変わり、学院に近づいたことを知らせてくる。

 考えを中断し、セドリックはブリジッタの肩を揺り動かした。

「ジッタ。着いたよ、ジッタ」

「……ん」

 ゆっくりと瞼を開いたものの、頭はセドリックの太ももに預けたままのブリジッタ。

 それどころか、セドリックの手を引き寄せ、その甲に唇を落とした。

「ジッタっ!?」

 思わぬ行為に、セドリックは跳ねる心臓を強引に無視して、咄嗟に周りを見渡す。

 窓の覆いは下ろされており、見られた気配はない。

 安堵している間に、手にはブリジッタの額が押し当てられていた。

 しっとりしたその感触に、セドリックの動悸は収まる気配がない。

 伏せたまま、ブリジッタが小さく言葉を紡ぎ出す。

「――もう大丈夫」

 その言葉の温度は、いつものブリジッタだった。

 だからセドリックも、いつもの呼吸を取り戻せた。

 そしてブリジッタは、名残惜しげに身体を起こす。

 二人の間が、自然と開く。

 やがて馬車は止まり、扉は外側から開かれた。

 セドリックは先に降り、そして手を差し伸べる。

「王女殿下、お手を」

「うん、セドリック」

 王女殿下をエスコートする、執事の手。

 そうして今日も、学院での一日が始まる。



 その授業は、いつもの教室ではなく、いくつものテーブルが配置された実習用の教室で行われた。

「はーい、文句があるなら退学覚悟のこの授業。ずばり、それは生活魔法! それについての学びの時間だよー」

 その教室の中央から、軽薄な声が響き渡る。

 生活魔法の担当教師、トビアス・ノイハウス。

 四十歳前後だというのに、妙に子供じみた言動が目立つ優男で、細い目が眠たげに見える。

 ゆったりとした白い衣服は学者を連想させるのに、自己紹介から続いた説明はまったく筋道立っていなかった。

 それどころか、挑発的な熱が、教室を色めき立たせた。

「――質問をよろしいでしょうか」

 努めて冷静さを保とうとする声が、トビアスのすぐ近くから上がる。

 赤い髪の男子生徒、ミハエル・トランジェストであった。

 トビアスの顔には、へらへらとした笑みが貼り付けられている。

 ミハエルは続きを促されたと解釈し、不満を噛み殺しながら声を押し出した。

「……生活魔法を学ぶ意義を、ぜひとも教示願いたい」

「残念、ぎりぎり文句じゃないね!」

 そう言いながら、トビアスは面白そうに吹き出して手を叩く。

 その様子に、ミハエルの顔は赤くなるばかりだった。

 くっくと笑いながら、トビアスはゆるりとした足取りで、ミハエルに近づく。

 トビアスの手には指示棒。

 その先端が、トン、とミハエルの肩をついた。

 教室の生徒たちは見た。

 ミハエルの制服が、袖から肩口にかけてほつれて何十本もの糸になり、空中に漂うさまを。

「――な」

 ミハエルが息を飲み、片袖だけがなくなった光景に唖然とする。

 一瞬後、トビアスが指示棒を引くと、今度は逆回しのように、制服が肩口から編み直されていく。

 そして、なにごともなく制服は元通りとなった。

 ミハエルはぎこちなく腕を動かして、制服の感触を確かめているようだった。

 そこへ、軽薄さを崩さないトビアスの声がかかる。

「こうやって、生徒を驚かせることができる。それだけでも、学ぶ意義はあるんじゃない?」

 自分を実験台にした答えを返され、ミハエルは呻いた。

 それは他の生徒たちも同じで、腑に落ちていないようだった。

 例外は教室の奥に陣取る、同じテーブルを囲む三人の生徒だけだった。

「セドリック、今度あれでぬいぐるみ作って」

「……挑戦し甲斐がありそうですね」

「で、できるんですか?」

 普通の声量で話すブリジッタに対し、声を潜めたセドリックとクラウディアだった。

 そちらを一瞥した後、トビアスはテーブルの間を練り歩く。

「それに、君らは散々、その恩恵を受けているはずだよ?」

 怪訝そうな空気が満ちる中、トビアスは飄々とした態度を崩さない。

「その制服は縫製魔法で仕立てられている。教科書は写本魔法で配布され、机には長持ちさせるための保存魔法がかけられている」

 トビアスの声が、教室に響く。

「君らが乗ってきた馬車の車輪にも、壊れにくくするための強化魔法が使われている。だから、乗り心地はよかっただろう?」

 トビアスは教室の真ん中で、生徒たち一人一人の表情を確認するように見渡していく。

「さて。君らはどの口で生活魔法『ごとき』と言うのだろうね」

 君らごときが、と言われたような気がして、またも一部の生徒の顔が歪む。

「僕に言わせれば、発露の仕方が違うだけで、生活魔法も、地水火風の攻撃魔法も同じだよ」

 その極端な意見を、すぐに飲み込めた生徒はいなかった。

「片方は、ささやかだが緻密な制御。もう片方は、大出力だが大雑把。違うのはそこだけ」

「……な、不敬な!」

 ようやくトビアスの発言の意図が浸透し、教室中が色めき立つ。

 彼らの意識の焦点は明らかである。

 この場にいらっしゃる至上のお方が振るうお力に対して、なんたる無礼か。

 それは敬意――あるいは権威をあてにした抗議の形。

 しかし期待していた援護は当然ながら与えられず、気概は穴の空いた袋のようにしぼんでいく。

 対照的に、トビアスの笑顔は崩れないままだ。

「本質を語っているだけだよ。――さて。これ以上は他の先生方に怒られそうだから、そろそろ真面目に授業を進めようと思うんだけど……まだ質問はあるかい?」

 指示棒の先が、からかうようにくるくる円を描く。

 その動きは、なにをされるかわからない不気味さとなって広がり、生徒たちの口を縫い止めていく。

 それを満足そうに眺めやり、トビアスはただでさえ細い目を、さらに細くするのだった。



 少なくとも、表面上は静かに授業は進む。

 トビアスは一通り説明を終えると、レポート作成を命じて壁際近くの椅子に腰掛けた。

 そのまま眠りにでもつくかと思いきや、苦戦する生徒たちを眺めやりながら煽るのだった。

「書き終わったら退室していいよー。ただし、僕が納得いく内容だったら、の話だけどね」

 そんな物言いが、さらに拍車をかける。

 もはや怒気に昇華しそうな雰囲気が満ちる教室。

 そこから外れたテーブルで、悩みのため息が漏れた。

「……苦手だなあ、こういうの」

 口調が崩れたセドリックであった。

「私も」

 便乗したように眉をひそめるブリジッタ。

 二人の手元のペンの動きは重く、まだ一行も書けていない。

「……意外ですね、お二人とも」

 対してクラウディアのペンは軽やかで、その成果はもはや束になりつつある。

 セドリックからは羨ましげに、ブリジッタからは恨めしげに見られ、咳払いで逃げるクラウディアだった。

 ずるい、という抗議を聞いた気がして、つい言い訳のように言い募る。

「得意分野ですし……あと、大変、興味深いお話でしたので」

「生活魔法のこと?」

「ええ、まあ」

 無表情のまま、わずかに身を乗り出してきたブリジッタに、やや驚きながらクラウディアは頷く。

「どのあたりが?」

 ブリジッタがまた前に出てくる。

 その分だけ、クラウディアは背筋を反らした。

 そして続いた言葉は、周りの反応を考慮して小さかった。

「……今まで、ずいぶん助けられていたのだな……と」

 あれもそうかもしれない、これもそうかもしれない。

 そう思い返しているうちに、気づけばそれらが文章として積み重なっていた。

 嬉しそうなセドリックに目をやったブリジッタは、ほんの少し目元を緩めて、こくん、と頷いた。

「そう。セドリックの魔法はかわいい。そして、それがわかるフェルネス嬢はいいひと」

「……お褒めにあずかり、光栄でございます」

 かわいい、なんて言っただろうか。

 クラウディアは内心で首を傾げるが、わざわざ王女殿下の機嫌を損ねることもないので、言葉にしないこととした。

 その代わりに進言してみせる。

「……私でよろしければ、お手伝い申し上げますが」

「助かる」

「ありがとうございます、お願いします」

 ブリジッタは資料を探し、セドリックは会釈する。

 そうして教え始めると、二人――特にブリジッタが、クラウディアの思っていた以上に素直だと気づく。

「王女殿下、そこは、その」

「間違ってた?」

 ブリジッタは、反射的に指摘したクラウディアに反発することなどなく、どこを間違えていたのかを確認して教えに従う。

 セドリックも同様で、クラウディアに教えを請い、みるみる吸収していく。

 真摯で熱量のあるその姿勢を見ていると、「地味な作業なのに」と自嘲していたクラウディアの心もほぐれていく。

 しかし、クラウディアには気がかりなことがあった。

「セドリック、この書き方で合ってる?」

「いかがでしょうか、フェルネス嬢?」

「大丈夫です、合っております」

「うん、よかった」

 王女殿下は、執事に頼る。

 一事が万事とまでのことではない。

 しかしそれは、まるで。

 ――そばにいることを、常に確認しておかないと気が済まないような。

 そこまで考えてしまって、首を横に振るクラウディア。

 二人がレポートにかかりっきりで、こちらを見ていないことが幸いだった。

 どことなく胸が苦しくなって周囲へ意識を向けると、他のテーブルの雰囲気は悪かった。

 日頃から下に見ている生活魔法が題材の上、教師の態度も悪いときては、ぎすぎすするのも当然だった。

 では、こちらのテーブルはどうだろう。

 そう思って視線を戻すと、ペンを置いた二人の姿が目に入る。

「ありがとうございます、できました」

「フェルネス嬢のおかげ」

「それは、ようございました」

 日頃から地味な特技だと自嘲気味に思っていたものが助けになり、クラウディアは胸が満たされるのを感じた。

 ふと、クラウディアの視線が王女殿下のレポートに落ちる。

 一文を把握すると、首を傾げてしまった。

 自分が目を通した時はそんな題材ではなかったはずで、さらに確認すると厚みも倍以上となっている。

 セドリックを見ると、返ってきたのは達観したような小さな笑みだった。

「提出してくる」

 その隙に、席を立つブリジッタ。

 クラウディアの制止も間に合わず、レポートはトビアスに渡され、そして――。

 「セドリックの万年筆と私の羽ペンのダンスが情熱的な理由」というレポートは、トビアスの大爆笑をかっさらってその日の「大賞」となったのだった。

 その様子に、ブリジッタ王女殿下は大変不満そうであった。

「どうして。胸を打つレポートのはずなのに」

「……それはレポートとは言いません」

 そしてクラウディアは、助力及ばず、と額に手を当てた。

IMEが執拗に「王女電化」を勧めてくる。

合ってるかもだけどさあ…。


読んでくださり、ありがとうございました。

↓の☆をぽちりとしてくださると、大変励みになりますので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ