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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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20/21

しかるべき処分

 一人、演習場を後にする者がいた。

「馬鹿な、馬鹿な。生活の一部だから、生活魔法で制御? そんな暴論が……!」

 敗北の重みを足取りに滲ませるその男の名は、ミハエル・トランジェスト。

「ま、まだだ。父上のお力をお借りすれば、まだ機会はいくらでも――」

「無理だと思うよー?」

 そんな声に、首筋を掴まれたように足を止め、ミハエルは振り返る。

「誰だっ!?」

「その言い方は悲しいなあ。何度も顔を合わせているじゃないか」

「トビアス・ノイハウス……!?」

「いやあ、そこは親しみを込めて、トビアス先生と呼んでほしいものだねー?」

 けらけらと。

 耳障りな笑い声がミハエルに届く。

 しかしミハエルは、先ほど言われたことを確かめずにはいられなかった。

「む、無理とは何のことだ」

「もう色々とわかっちゃってるんだよねー」

 トビアスの手には、分厚いレポートがあった。

「演習をひっかき回してくれたお礼に、さっき届いたものをわざわざ持ってきてあげたんだよ? 今が一番効くと思ってねー」

 怪訝そうなミハエルの前で、そのレポートが勝手にぱらぱらとめくられていく。

「学院向け備品調達の帳簿不正。一部の先生方への不適切な『贈り物』。それに――寮の運営で得た利益の、各所への供与」

 読み上げられるたびに、ミハエルの顔の青さが増していく。

 それと反比例して、トビアスの笑みは深まっていく。

「君の知らないところで、地味で優秀な人たちがちゃんと調べてくれていてねー」

 姿勢をぐらつかせるミハエル。

「すべての裏に、学院の会計監督官である君のお父上がいたこととか、ね」

「ち、違う。伯爵である父が、そのようなことを、なさるはずが」

 ミハエルは否定するしかない。

 なぜなら、一部には自分も関与しているからだ。

 あの二人を引き離すための、男子寮と女子寮への転居。

 それを成すためには、一教師であるコレットの発言力だけでは足りない。

 だから、その声を大きくするため、他の教師にも、そして寮を管理する部署にも働きかけねばならなかった。

 そしてそれは自分の発案を受けて、父が実行した結果だった。

 だから、露見を信じられず、ミハエルは否定するしかない。

 そうでないと。

 がくがくと震えるミハエルに、最後までレポートに目を通したトビアスは肩をすくめる。

「おとなしく、与えられる俸給で満足しておけばよかったのにね」

 トビアスのからかうような言葉は、一転、ミハエルに火をつけた。

「……お前に何がわかる……!」

 跳ね上がった視線が、苛烈にトビアスを突き刺す。

「先祖伝来の炎の血筋と言えば聞こえはいい。だが、父は領地を持たぬ伯爵にして、たかが学院の帳簿係風情!」

 ミハエルのその姿は、まさしく火を吹くようだった。

「その事実がどれほど、私の矜持を傷つけてきたと思っている……!」

「だから、王女殿下の御威光にすがろうって?」

「違う! 我がものとするためだ! そうして、それを足掛かりに……!」

「おっとっと、それ以上は色々はみ出しちゃうよ?」

「黙れ! だからこそ、あのような生活魔法使いごときではなく、この私が相応しいと証明せねばならなかったのだ!」

 ミハエルの手に炎が生み出されようとする。

 その目つきからして、明らかに目の前の相手に害をなそうとしていた。

 しかしその動きは、トビアスがいつの間にか手にしていた指示棒に阻まれた。

 跳ね上がった指示棒が躍ると、ミハエルの身体がバランスを失って横向きに転倒する。

 それは、トビアスの指示棒に従って解かれたミハエルの制服が、拘束衣のように編まれ直された結果だった。

 受け身も取れずに身体を打ちつけて呻くミハエルに、トビアスはへらへらとした笑みを浮かべて歩み寄る。

「ぐっ、卑怯な……!」

「いきなり魔法を撃とうとした君が、それを言う?」

 言葉とは裏腹に、トビアスの目にはさほど興味の色はなかった。

「だいたい、僕の授業でも言ったでしょ。生活魔法には散々恩恵を受けている、って。要するに、土台、足場なんだよ」

「黙れ……!」

「まあ、もっとも」

 トビアスはそこで、ミハエルをよく観察するように、しゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。

「君の足場は、ずいぶんと腐っていたようだから」

 信じられずに目を見張ったミハエルに、トビアスは言う。

「だからどうせ――姫君を支えられるほどでもなかったよ」

 その現実はミハエルを呻かせ――瞳から力を失わせたのだった。



「さて、申し開きはあるかね?」

 その扉をくぐった直後。

 コレットに投げかけられたのは、そんな問いかけだった。

 ごくり、とコレットの喉が動く。

 正面の壁一面の窓が開いていて、芽吹きの香りと優しい光を運んでくる。

 そして、その前にある重厚な机に陣取っているのは、この部屋の主でもある、魔法学院の学院長。

 ベネディクト・アイヒホルン。

 年の頃は六十代、恰幅がよく、丸眼鏡の似合う好々爺然とした人物である。

 部屋も、そこにいる人物も、穏やかな雰囲気をまとっていた。

 対して、後ろの扉付近では、付き添いとしてコレットを連れてきたペルーゼンが、表情を固くしていた。

 それらの状況が、真綿で首を絞めるようにコレットに迫ってくる。

 動かないコレットの前で、ベネディクトは調査結果に目を落とした。

「護送演習にて、阻害魔力の出力を異常値へ調整した件。トランジェスト君を介した魔力核への仕込み。どれも逸脱しておる」

 コレットは、膝が笑い、視線が落ちそうになるも、唇を引き結んで主張した。

「――わたくしは、間違ったことをしたとは思っておりません」

 ペルーゼンは顔をしかめた。

 しかし、学院長ベネディクトの笑みはそのままだった。

 挑むように、コレットは続ける。

「あの方は、神として降臨された身。その役目を阻む要素を排除しようとしたまででございます」

「それが生徒でもかね」

 ベネディクトの一言は、教師たるコレットの矜持を的確に抉った。

「――それでも、でございます」

 そして、その痛みを無視することを選んだ。

「ふむ、ネーベック先生や」

 ベネディクトは、豊かに伸びた顎髭を何気なくもてあそんだ。

「そこまで生活魔法が憎いかね」

 コレットの態度はひび割れ、身体がよろめいた。

「な、にを」

「ネーベック先生を調べるうちに、母君のご事情に突き当たってね。――生活魔法を授かってしまったそうだね」

「なにを、言い出すかと、思えば」

 はらり、とコレットの顔に一筋の髪が落ちた。

「憎いに決まっております」

 髪の間から、禍々しい瞳が覗く。

 血を吐くような低い声に、壁際のペルーゼンは思わず身構えた。

「わたくしが風魔法使いとして生まれたことで、母の名誉は回復したものの、それも束の間。母が『貴族の恥さらし』と蔑まれるのを、わたくしはずっと見てまいりました」

 ベネディクトはそれを、表情を変えずに聞く。

「母は、そんな身に生まれたことを、こんな母で申し訳ないと、ずっとずっとわたくしに謝って――とうとう逝きました」

 噛みしめた歯が、唇を破る。

「母を殺した生活魔法を憎んで、何が悪いとおっしゃるか」

 声が震える。

「神を望んで、神にすがって、何が悪いと。ようやく、母を苛んだ貴族たちもろとも、すべて滅ぼしていただける機会が訪れた」

 握り込んだ拳が、何者かの首を絞めるようだった。

「それを喜んで、何が悪いとおっしゃるのですか」

「なればなおのこと――アルヴェイン君を気にかけるべきではなかったかね」

 ベネディクトの瞳は、問いかけるように細まっていた。

「排除という君のやりようは、君が憎む貴族とやらの振る舞いと、何が違うというのかね」

「ち、違います」

 後ずさるコレット。

「これは、大義――」

「君は教職者で、ならば大義は生徒第一であるべきではなかったかね」

 ベネディクトは深いため息をついた。

「少なくとも、ネーベック先生の母君はそうであったと聞いとるよ」

 とうとう、コレットは膝をついた。

 母を苛んだ生家を乗っ取る形で侯爵を継いだ。

 そして母が選んだ道である教職に就いた。

 それで過去の憎しみを洗い流せた、と思っていたはずなのに。

 今年入学してきた生徒の中に、神の再臨がいた。

 そして、その傍らには生活魔法の使い手。

 それは過去の憎しみを掘り返し、新たな望みを芽吹かせるには十分だった。

 母の道を見失うほどに、目が眩んでしまった。

 悔やみはしない。

 けれど、どうしようもなく悲しかった。

「残念ながら、君の所業は学院で収まるものではない。しかるべき処分が下されよう」

「……はい」

 涙も心も乾き、うなだれるしかないコレット。

 扉が開き、数人が入ってくる。

 コレットは立たされ、それでも丁重に連行されていく。

 コレットは、それ以上は何も言わずにその部屋から姿を消した。

 残ったのは、難しい顔の数学教師ペルーゼン、目を細める学院長ベネディクト。

 ペルーゼンは、重いものを吐き出すようにため息をついた。

「トランジェスト家については、より詳細な調査が入るとのこと。結果は推して知るべし、でしょうが」

 そこでペルーゼンは、つとめて無感情にその推測を述べるのだった。

「おそらく――彼はもう、この学院には戻れますまい」

「それも受け入れるしか、あるまいて」

 教師も、生徒も、正しく導けなかった事実に、苦い沈黙が横たわる。

 後悔は尽きないが、それでも見出したものがあった。

「ラドフォード先生。あのお二人はどんな様子かね?」

「身体面は良好です。ただ、王女殿下が精神的に不安定でしたので、療養のため一時的に寮から移っていただいております」

「ふむ」

「それに伴い、アルヴェイン殿にも同様に、一時的な移動をお願いしております」

「仲のよいことで結構」

 ベネディクトの言葉に含みを感じ取るペルーゼン。

「それでラドフォード先生。どう見たかね?」

 その問いに、ペルーゼンは難しい顔で唸るしかなかった。

「……ただの生活魔法、と片付けてよい問題ではないと見受けられました」

 濁したかったからそういう言い方をしたのだが、学院長たる人物はそれを許してはくれなかった。

「具体的には?」

「……王女殿下のお力には、アルヴェイン殿が不可欠なのではないかと」

 それは、神として単独では立てぬ、と言っているようで、ペルーゼンの人生観からすると抵抗のある結論だった。

 しかし、そんな感情を込めて言葉にしたにもかかわらず、ベネディクトの語調は軽い。

「ほっほ。まさしく片翼じゃのお」

 それにペルーゼンは拍子抜けしたものだった。

 ベネディクトは、フェルネス家が提供した調査結果を閉じた。

「そして、ひたむきでもある。その姿勢は、学ばせる価値がある二人に見えるのう」

「ということは?」

「引き続き、一生徒として処遇せよ。改めて、先生方にはそう通達するように」

「かしこまりました」

 一礼し、ペルーゼンは学院長室を後にした。

 残った学院長ベネディクトは、一人呟く。

「仲がよい、だけではどうにもならないのが学院であり、人生。さてさて、あの二人、今後どうなるか。危ういが……楽しみでもあるのう」

 ベネディクトは、好々爺の笑みを浮かべた。

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