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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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19/21

雷の檻

 演習終盤の障害として、乱れた魔力の解放は予定されていた。

 目に頼りすぎてはいけないという教訓であり、緩みそうな気を引き締めるための仕掛けでもある。

 そのため、林の中には魔力流動装置が点在し、操作担当の人員も配置されていた。

 最終地点でそれらの人員を取り纏めるのは、いつも軽薄な態度を崩さないトビアス・ノイハウスだった。

 ペルーゼンに押しつけられた役目ではあるが、それでも適切にその任を果たしていた。

 しかし。

「――おやあ?」

 どうやらのんびりしてもいられない。

 そう思ったのか、それでも間延びした声を上げた。

「出力調整がおかしいね。なんで?」

 傍らの教師に声をかけると、慌てて場が動き出す。

 トビアスには見えた。

 先ほどまで適切な濃度だった、林に流されていた阻害性の魔力の流れ。

 それが変化し、濃く、荒くなっていく。

 トビアスの表情が面白くなさそうに変わる。

 そして、そばにいた別の教師に指示を飛ばした。

「ペルーゼンに連絡。あと、中止――と避難か。全域に呼び掛けるように」

 場がさらに慌ただしくなる。

 ――こんなの、柄じゃないんだけどなあ。

 そう思いはしたものの、さすがに口に出せず、トビアスもその場を駆け出した。



 異常は、至るところで発生した。

「うぅっ!?」

「いやあっ!?」

「い、痛い!」

 魔力が押し寄せてきた、と感じた瞬間、身体全体が断続的に揺さぶられる。

 それは、自分の魔力の流れを阻害される感覚、頭痛、手足の痺れ――といった様々な形で現れた。

 そして生徒たちだけでなく、運搬途中だった魔力核にも及び、色を変え、ひびを走らせた。

 しかしそれに構っていられる状況ではない。

 うずくまる者、駆け出す者が出て、統制どころではなかった。

「なにが起こっている!」

「魔力流動装置が暴走しているようです!」

 遠くから響く教師たちの怒号が、異常を伝えてくる。

 やはり、という確信。

 まさか、という不信。

 それらが生徒たちの間で渦巻いたが、今は誰も構っていられない。

 理解できたのは、これがもう演習ではなく、事故になっているということ。

 そして、それが過ぎ去るのを待つことしかできない、ということだけだった。



 そして異常は、ここでも発生していた。

 丘の上にいたのが幸いした。

 それでも、腰あたりまでの高さとなった魔力の津波が押し寄せてくる。

「後ろへ!」

 前に出たセドリックの後ろに、咄嗟に三人が集まる。

 津波はかざしたセドリックの手を避けるように、二つに分かれて横を通り過ぎていく。

「これは……!?」

 クラウディアが波から感じたのは、敵意のような感覚だった。

 そしてそれは、触れれば何が起こるかわからない危険性までを伝えてくる。

 セドリックは尽きない波を割りながら、その発生源を探ろうと感覚を伸ばす。

 その背に、ブリジッタが寄り添う。

 彼女はそうしながら、空に雲を呼んでいた。

「セド、どこ?」

「――あそこだ!」

 波を割っていた手で、指さした。

 波の向こう、丘の下、林の中の岩の影。

 ブリジッタは、セドリックの指す先へ雷を落とした。

 その瞬間、波は通り過ぎ、周囲を満たしていた圧も消えた。

 また別の波が来る気配もない。

 セドリックは警戒を緩めず、しかし疲労したのか膝をついた。

 ブリジッタは雷を落とした先を眺めつつ、セドリックの肩に手を添える。

 クラウディアは周囲に気を配っていた。

「……収まった、のか?」

 ミハエルの呆然とした疑問には、何も返ってこなかった。

 取り残されたように感じてしまったからだろうか。

 ミハエルは我知らず零していた。

「――こんな予定では」

「――トランジェスト殿。今、なんと?」

 聞きとがめたのはクラウディアだった。

 同じように、セドリックとブリジッタの視線もミハエルに向く。

 耐えかねたのか、ミハエルは後ずさりした。

 だから、誰もセドリックが背負っていた魔力核の変化に気づかなかった。

 魔力核が、光を撒き散らした。

「うっ!?」

 誰かが呻き声を漏らす。

 セドリックは、背中に感じた熱さに耐えかねて、ケースごと放り出した。

 背を向けていたセドリックが振り返ると、そこには目が眩んでうずくまる三人。

 そして、転がったケースの中で黒く変色し、砕け散っている魔力核だった。

「なにが起こったんだ……!?」

 わけがわからないセドリック。

 ようやく視界が戻ったクラウディアは、ミハエルの近くにいたブリジッタのほうが気になった。

 彼女はまだ視界が戻っていないように見え、何かをこらえるようにしている。

「王女殿下、ご無事――」

 そうやって近寄ろうとしたクラウディアは、突き飛ばされた。

 それをしたのはブリジッタだった。

 起きたことが理解できず、呆然と見上げるクラウディア。

「――離、れて」

 全身でこらえながら、そう言ったブリジッタは後ずさった。

「……ジッタ?」

 セドリックの声で、何かのこらえが切れたのか。

 ブリジッタを取り巻くように、雲から雷が伸びて、大地に突き刺さった。

「お願い、離れて」

 雷鳴の間から、懇願のような声が聞こえてくる。

 間近で見た雷に、ミハエルがおののきながら呻いた。

「な、なんだ? 何が起きた? こんなこと、私は知らない――」

「ですから、あなたは何をご存じなのです……!?」

 あなたが王女殿下をこんなふうにしたのか。

 そんな怒りが、クラウディアの声にこもる。

 その間にも、ブリジッタの周囲には雷が落ち続け、それは周りの人間を遠ざけていく。

「――神は、かくあらねばならない」

 後ろから聞こえたのは、そんな声。

 そこにいたのは、愉悦で全身を満たした、一人の女であった。

「……なにをした、貴様ぁっ!」

 ミハエルは、突進する勢いでその女――コレットの胸倉を掴んだ。

 コレットは怒りの形相のミハエルを、不思議そうに見返す。

「神の再臨を。そのために、魔力の暴走を促しただけです」

「そんなことを……!? 私には、いざという時の備えとしか……!」

「ええ、わたくしのね」

 その目はガラス玉のように、神の雷に見入っていた。



 だめ。

 お願い。

 収まって。

 自分を抱きしめながら、ブリジッタは落ち着こうとする。

 感情が高まると、何も制御できなくなるから。

 だから自分を殺すように、息を潜めるように、これまでずっと生きてきた。

 だから大丈夫、今もそうすればいいだけ。

 けれど、制御を離れた魔力が、心を荒らしていってどうしようもない。

 荒れた心は、無理やり雷を引き出していく。

 その間から、わずかに見える幼馴染。

 どんな顔をしているんだろう。

 お願い、どうか止まって。

 知らず、リボンに指が伸びた。

 ブリジッタは、そこで弾けた音に息を飲む。

 金色の長い髪が広がる。

 視界を流れていくのは、焼き焦げて断たれた、濃紺のリボン。

 セドの瞳の色を思わせる、せっかくセドがくれた、大事なリボン。

 手を伸ばすも、それはあっという間に雷の熱の中に消えた。

 ――いつかセドも、こんなふうに。

 ブリジッタは、自分の中の何かが切れた音を聞いた。



 雷の範囲は広がりつつある。

 それはまさしく、コレットが望んだ神罰の光景のようだった。

 駆けつけたペルーゼンに押さえつけられたコレットは、(たが)が外れたように笑う。

「あなたはなんということを……!」

「ほほ、ほほほ。これぞ、これぞまさしく……」

 そこで前に出たのはミハエルであった。

「諦めきれるものか! これを払えば、私のもとへきっと……!」

 炎が雷へ向けて振るわれる。

 だが、炎以上の熱に飲み込まれ、かき消える。

 その光景に、ミハエルは呆然とするしかなかった。

「ま、まさか。こ、これほどとは?」

「当然でしょう! 人が及ぶなど、ありえません!」

 コレットの瞳が、ぎょろり、とセドリックを向いた。

「もう戻ってこない……! 思い知るとよいのです、生活魔法使い……!」

 セドリックは答えない。

 広がる雷を前に呆然と眺め、なすすべがないようにも見える。

 なおも、広がろうとする雷。

「いかん、全員避難を……!」

 コレットを押さえたまま下がろうとするペルーゼン。

 おののくばかりのミハエル。

 もうどうしようもないように思える中、クラウディアはセドリックの後ろで見守っていた。

 目の前の光景は、いつか大聖堂で見た、絵画のようだった。

 雷の檻。

 それは人と神を隔てる、無慈悲な力の象徴。

 目にした時に感じたのは、虚しさだった。

 けれど、今のクラウディアの心は、凪いで落ち着いている。

 それは知っていたからだろう。

 ――その人の足が、前に出ると。

 その動きを見たミハエルが、セドリックに叫ぶ。

「まさか君は、あの中に飛び込む気なのか!?」

「そんなつもりはないかな」

 セドリックの言葉に意外そうにするミハエルに対し、クラウディアは納得したような顔だった。

「……そうでしょうね。セドリック殿は――ただ、おそばに行くだけ」

 返されたのは微笑みだった。

 訳がわからない様子のミハエルなどもはや気にせず、セドリックは歩き出す。

「待て、アルヴェイン殿……!」

 ペルーゼンの声と、何もできないと高をくくるコレットの視線を背に。

 ただセドリックは、幼馴染のもとへ行く。

「――来ないで」

 雷の檻の中、彼女は拒絶する。

 けれど、セドリックの歩みは止まらない。

「来ないで、セド」

 怯えるように縮こまる。

 そうすれば、逃げられると思っているように。

 後ろへ逃げればいいのに、彼女の足は縫いつけられたままだ。

 クラウディアはそれを、叫びのように思う。

 ――助けて。

 なのに、聞こえてきたのは、逆の言葉だった。

「来ないで、セド! 傷つけたくないの!」

 涙混じりの絶叫。

 クラウディアは、初めてそれを目にした。

 今まで、どんなことがあっても涙を見せなかった。

 今まで、どんなことがあっても、声を荒げたりしなかった。

 そんな彼女がただ、幼馴染を傷つける恐怖に、泣き叫んでいる。

 クラウディアは、そんな姿に涙を止められなかった。

 けれど、心は穏やかだ。

 ――きっと大丈夫。

 根拠なんてどこにもないのに、クラウディアはそう思う。

 その証拠に、セドリックの歩みは止まらず、手を差し出す。

 そんな彼を獲物と見定めたように、雷の檻は爪に姿を変えて襲い掛かろうとする。

「だめ……!」

 ブリジッタの絶望の声。

 重なる雷鳴。

 ――それはまるで、時間が止まったような光景だった。

 雷の爪は獣がお手をするように、セドリックの手のひらの上にとどまっていた。

 一瞬後、爪は形を失って無数の紫電の糸としてほどけて、セドリックの足元に落ちる。

 セドリックはそれにさしたる興味も持たず、また前へ。

 次々と襲い来る雷は、今度はセドリックの身体を取り巻いてとどまり、その後、足元に落ちていく。

「な、なんだ、あれは」

「……そんな」

 ミハエルの呻き声、コレットの呆然とした声。

 それらを聞き流しながら、クラウディアはのんきな感想を述べた。

「……雷が、懐いているみたい」

 そんな表現が相応しかった。

 幾本もの雷の塊が、セドリックの周辺に一時漂う。

 やがて満足したかのように役割を終え、住処へ戻るように影へ落ちていく。

「……セド?」

 涙に濡れた顔で、呆然と呟くブリジッタ。

 セドリックは、おかしそうに笑みを浮かべた。

「ジッタは、僕が得意なのが生活魔法だと知っているはずだけど」

「……そ、それはそうだけど」

「ジッタの雷が、僕の生活にどれだけ入り込んでいたと思うんだい?」

 大事な幼馴染の顔が、ぽかん、としたものに変わる。

 セドリックは、そんな表情も愛しく思う。

「そう、それはもはや生活の一部。だったら――僕の生活魔法の出番だと思わない?」

 だから、その歩みは止まらない。

 幾重にも及ぶ雷の檻を、手懐けては外していく。

 それは、差した傘に降る雨が、横へ流れ落ちていくかのようだった。

 そして、一番内側の最も堅牢な檻へ、ただ歩みを進めるセドリック。

 一際強い稲光が地上で爆発し、目が眩む。

 そうして視界が戻った時、クラウディアはそれを目にした。

 すべての檻から解放された王女殿下。

 その前で片膝をつき、ハンカチを差し出す執事。

「迎えに来たよ、ジッタ」

 ブリジッタは、それにすぐに答えられない。

 涙をこらえて、謝らなければいけないからだ。

「ごめんなさい、セド。リボン、が」

 けれどそれに、セドリックは微笑み返す。

「今度は僕が直接渡すよ。それに――」

 セドリックの瞳に映るのは、日差しを透かしてきらめく、長い金色の髪。

「やっぱり、そっちのほうが似合うからね」

 ハンカチを取った勢いのまま、セドリックに抱き着くブリジッタ。

「セドっ……!」

 それは喜びに泣き叫ぶ声へと変わる。

「うわあああぁぁぁんっ……!」

 静けさを取り戻した周囲に、ただの少女の泣き声が溶けていった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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励みにもなりますので、よろしくお願いします。

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