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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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18/21

魔力核護送演習

「クラウディア嬢、これを王女殿下にお渡しいただけませんか」

「……これは?」

 一年の締めくくりとなる行事の当日。

 それが始まる前、セドリックからクラウディアへと渡されたのは、夜を思わせる色合いの、濃紺のリボンだった。

「今日の演習は、髪を下ろしたままだと引っかかるかもしれません。これで纏めたほうがよいかと思いまして」

「セドリック殿から渡されたほうが喜ばれるのでは――」

 クラウディアはそう言いかけ、そうしないほうがよいことに思い至った。

 少しは落ち着いたとはいえ、まだまだ王女殿下とその執事を巡る噂はくすぶったままだ。

 そんな中、しかも演習前にそれが発覚したとなれば、枯葉に火種を投げ込むのと同義である。

 だから、偶然訪れた、人目のないこの機会となったのだろう、とクラウディアは思う。

 クラウディアの様子から読み取ったのだろうか、セドリックは苦笑した。

 それを目にして、クラウディアはそのリボンを丁寧に受け取った。

「必ず、お渡しいたします」

「お願いいたします」



 空はよく晴れていた。

 しかし、吹きつける風の向きが急に変わる。

 冬の名残と春の気配がぶつかり合い、空気が不安定だからだろうか。

 視線を下ろすと、目の前には緑が広がっている。

 今いる場所は、王都フルメリアにほど近い、広い林の前だった。

 つまり、ここは学院の外だった。

 魔力核護送演習という行事のため、実習服に身を包んだ一年生全員が集められている。

 そして少人数の班に分かれて佇み、教師陣による説明が行われるのを待っている最中だった。

 班は四人まで、誰と組むかは話し合いで決めてよい。

 ただし、組める相手は同じクラスの生徒に限る。

 そのようなルールのもと、ブリジッタ、セドリック、クラウディアは自然と集まった。

 そこへ四人目として名乗りを上げたのがミハエルであった。

「色々と学ばせていただきたい。特に――アルヴェイン殿の、器用なところなどを」

 含みなどないかのような物言い。

 当のセドリックはそれに懐疑的だったが、意外にもブリジッタは頷いた。

「……そういうことなら」

 セドリックを認めるというのなら、とクラウディアには聞こえた。

 そしてブリジッタがそういう姿勢ならば、セドリックは自分を称賛したミハエルに一礼するしかない。

「……よろしくお願いいたします」

 クラウディアも、もやもやしたものを抱えながら受け入れるしかなかった。

 それに、人数が増えると有利になる、という現実的な理由もあったからだ。

 そうして、今の組み合わせができあがった。

「注目!」

 手を打つ音とともに、重厚な声が上がる。

 そこには数学教師のペルーゼン・ラドフォードがいた。

 十分に注目が集まったのを確認し、彼は手を下ろして声を響かせる。

「これより、演習を開始する。趣旨は開示済みではあるが、改めて説明を行う」

 ペルーゼンは傍らに控える教師へ目配せした。

「ただし、その前にまずは全員に配布するものがある。各班の代表、前へ」

 一瞬の躊躇いの後、各班から代表が歩み出る。

「ここは私が。よろしいか?」

 ブリジッタの班では、いち早くミハエルが名乗り出た。

 セドリックとクラウディアが逡巡している間に、ブリジッタの小さな頷きがそれを後押しする。

 そうして前に出た生徒たちに配られていったのは、手のひら大の丸い水晶だった。

 それは淡い青い光を宿していて、ほのかに温かい。

「初めて見た者もいるかもしれぬが、これは照明などに使用される魔力核である。これを指定地点まで運搬することが、今回の主な趣旨――任務となる」

 その語尾は「ただの荷運びか」と軽んじる空気を、即座に打ち消した。

「国に仕える者の仕事は、魔力を振るうことだけではなく、多岐にわたる」

 ペルーゼンは胸を張り、続ける。

「皆さま方が今手にしている魔力核は、先ほども挙げた照明のほか、室温調整、水路の制御などにも使用される」

 生徒たちがその意味を飲み込むのを待ち、ペルーゼンは続けた。

「国や民に大事があれば、魔力核は真っ先に必要とされる。それを運び、届けることは、攻勢や防衛と並ぶ重要な役割である」

 ペルーゼンの声に、より力強さがこもる。

「軽んじることは国に背くことだと、まずは心得ていただきたい」

 それらの説明は、様々な形で生徒たちの心に届いたようだった。

 士気を上げる生徒もいれば、納得する生徒もいる。

 脅されたようで面白くなさそうな生徒もいた。

 気にせず、ペルーゼンは続ける。

「そして有事には、ただ届けるだけでも困難がつきまとうもの。それを想定し、今回は様々な障害が設けられている」

 ざわり、と生徒たちの間に流れるざわめき。

 それがさほど大きくならず、静かになっていく頃をペルーゼンは見計らった。

「想定される障害は、自然の脅威、人為的な工作、魔力漏れなどである」

 列挙された言葉に、生徒たちの表情が引き締まった。

 ただの運搬では済まない、という理解が広がっていく。

「評価対象は、それらへの対応内容と、最終地点に到達した時点での魔力核の状態だ」

 ペルーゼンが掲げたサンプルの魔力核が、徐々に赤く染まっていく。

 最後にはひびが入り、光が消えた。

「道中には、魔力核を劣化させる波長が発生する場所もある。加えて、この魔力核はそこまで耐久性が高いわけではない」

 想像より難易度が高そうな演習だと認識できたのか、生徒たちの間で、抑え気味のどよめきが走る。

「よって、これを保護しながら運搬する。もちろん、最終地点到達までの時間も評価対象となる」

 そして、背負うための帯が付いた保護ケースが配られる。

「それでは、しばし相談の時間を与える。準備できた班から出発するように」

 生徒たちのざわめきが大きくなった。

 その中には、戻って来たミハエルを交えたブリジッタたちも混ざっていた。

「ふむ、思ったより実戦的な演習だ」

「そのようですね」

 セドリックも、ミハエルに思うところがないわけではない。

 しかし今はそれを忘れ、クラウディアが広げた地図に注目する。

 それは、この林全域を表したものだった。

 丘陵地らしく、なだらかな傾斜があることも示されている。

 クラウディアが遠慮がちに提案した。

「何か起きた時に、誰が対処するかを決めておいたほうがよさそうですね」

「……何か壊すのは私」

「それは私も請け負おう」

 ブリジッタ、ミハエルが名乗りを上げる。

 そして、ミハエルの視線はセドリックに向いた。

「アルヴェイン殿には、荷の運搬をお願いしてよろしいか?」

「承知いたしました。クラウディア嬢は、地図を見てもらっても?」

「……は、はい」

 思ったより大きな役目をセドリックに振られ、クラウディアは言葉に詰まった。

 それでも受け入れる。

 そして、咄嗟に目を逸らした先で。

 ――舌打ち寸前の表情が、見えたような気がした。



 踏み入ってわかったことだが、林の中は足元が頼りなかった。

 伸びる枝葉で視界は薄暗い。

 うねるように根が張り、地面のへこみを落ち葉が覆い隠す。

 おかげでクラウディアは何度も足を取られ、一度は転びそうなところを、セドリックに手を取られて支えられた。

 その力強さに、どきり、としたものだった。

 ブリジッタからは心配そうな目を向けられたものの、口からこぼれたのは別の言葉だった。

「……ずるい」

 恐縮するクラウディアより前を行くブリジッタは、意外と身軽にひょいひょいと進んでいく。

 髪を纏めたリボンが頭の後ろで揺れていて、身軽さの一助になっているかのようだった。

「枝が突き出している。気をつけるように」

 先導しているのはミハエルだった。

 最初に危険を確かめ、足元を踏み固め、隣を行く王女殿下に手を差し伸べる。

「王女殿下、お手を」

「大丈夫」

 そつなく先導役を果たしてはいるが、お近づきになりたいという目的は達成されていないようである。

 ここまでくれば、クラウディアにもミハエルの内心は窺い知れた。

 合同魔法演習の三戦目でも王女殿下に近づいてきたように、今回もその機会を見出したのだろう。

 クラウディアには、そう思えた。

 この状況について、彼――セドリックの胸中はどうなのだろう、とクラウディアは思いやってしまう。

 そんなことを考えていたからか、またもや足を滑らせて倒れそうになり、その彼に支えられた。

「クラウディア嬢、今は」

 そして、そんな言葉まで添えられてしまう。

 彼は一見、平静だった。

 そうするしかないのだろう、と考えて、頷きを返して集中する。

 色々なものを、見逃さないように。



 道中を阻むのは、自然の道だけではなかった。

「ゴーレム……!」

 ミハエルの勇ましい声。

 岩に擬態していたそれが動き出し、身体を起こす。

 不意打ちにならなかったのは、妙につるりとしたその岩に、クラウディアが違和感を訴えたからだった。

 立ち上がっても人の身長ほどしかないゴーレムだったが、逃げようにも、木と足場の悪さが邪魔をする。

 それに、ゴーレムが塞いでいるのは目的地までの道のりでもあった。

「火は――」

 セドリックが声を上げた時には遅かった。

 ミハエルの手の中に生み出された炎が打ち出され、ゴーレムを一撃で四散させる。

 それだけを見れば鮮やかで、見事。

 だからミハエルは満足そうに振り返るのだった。

「何か言ったかな?」

「……燃え広がる」

 実際に答えたのは、土の魔力を練っていたブリジッタだった。

 彼女の冷ややかな視線は、クラウディアの足元に落ちている。

 クラウディアは、草に落ちた火を水魔法で消していた。

「……む」

 さらには、他の火を足で踏み消しているセドリックが目に入り、ミハエルは事態を飲み込んで唸る。

 非難が集まりそうな気配に、ミハエルは先んじた。

「……以後は、考慮しよう」

 歯噛み程度で抑えたのは、せめてもの矜持に見えた。



「止まってください」

 道半ばで、そう訴えたのはセドリックだった。

 ブリジッタ、クラウディア、ミハエルが足を止めて振り返る中、彼の意識は足元へ向いていた。

 妙に深刻そうな彼に、ブリジッタは首を傾げた。

「セドリック?」

「どこからか魔力が流れてきています。これは……あまりよくない魔力です」

「なんだと?」

 驚くミハエルを尻目に、クラウディアも感覚を鋭くする。

 見えない水のような魔力がたゆたっているのが感じ取れた。

 一度そこに意識を向けると、何かを阻害する弾けるような刺激まで拾ってしまう。

 それはくるぶしあたりまで浸かっているような感覚で、しかも徐々に水位が上がっているようだった。

「魔力核に害があるものかもしれません」

 セドリックは、魔力核をなるべく地面から遠ざけるように背負い直した。

 クラウディアは冷静に、地図と実際の地形を見比べて意見を述べた。

「真っすぐ行けば近いですが、谷のようになっている場所を通ってしまいます。丘を回り込むようにしたほうがよいかと」

「しかし、速度が落ちる上、そちらには別の脅威があるかもしれん。どう思われる、王女殿下?」

「セドリック。その魔力の流れは、制御できそう?」

「はい」

 言うが早いか、立ったまま地面に手をかざすセドリック。

 その途端、地面の魔力は彼を中州のようにして分かれ、後ろに流れていく。

 鮮やかな変化に、クラウディアは感心し、ミハエルは眉をひそめた。

 ブリジッタは頷き、今度はクラウディアを見た。

「クラウディア、谷を抜けるのにどれくらいかかりそう?」

「五分ほどかと」

「なら私は、そっちは避けたい」

 いつの間にか、ブリジッタが場の雰囲気を掌握しているようだった。

 その姿に、ミハエルの声は震えた。

「な、なぜです」

「あなたも言った別の脅威が、谷にもあるかもしれないから」

「し、しかし」

「谷は視界が狭くなる。脅威を見逃しやすくなる。魔力溜まりも深くなる。だから私はクラウディアの意見を支持する」

 正論を列挙され、とうとうミハエルは押し黙った。

 セドリックは主の賢明な意見に、自然なしぐさで一礼を捧げた。

 それを受けて、ブリジッタはミハエルに向かって小首を傾げて見せた。

「ほかに意見は?」

 ミハエルは、言葉を失ったままだった。



 ――こんなはずでは。

 せめて先導だけでも、と前を行くミハエルの内心は、焦りに染まりつつあった。

 王女殿下、執事、王女殿下のルームメイト。

 それらが班となるのは予想通りで、そこに自分をねじ込めたのも思惑通り。

 隣に置く。

 そこから奪う。

 その場面の証人にする。

 そういう配役としてしか考えていなかったのに、思うようにいかない。

 自分にとって有利な場面に導くための、地図を見る役はさりげなく別の者に割り当てられた。

 障害を除去するために力を振るえば、功を焦った形となり、見えない異常には気づけなかった。

 あげくに、意見は尊重されつつも、より深い考察を見せつけられて黙るしかない。

 そしてなにより、その手を取れない。

 それどころか、その意識は常に、後ろの荷物持ち風情にある。

 しかし、まだだ、とミハエルは思う。

 魔力核を受け取るときに、いざという時の種は仕込んだ。

 それは共犯者とでもいうべき、あの女からの提案。

 ミハエルは、いずれ訪れるその時を待つのだった。



 ――あの男は違う。

 コレットは林に潜み、そう結論づけていた。

 最初は同じ目的だと思っていたが、そう思わされていただけだと、やっと気づいた。

 あの男は、やたらとその手を取りたがる。

 それは神官が神の前に膝を折る類のものではない。

 個として見て、欲望のままにそばへ置こうとするその所業は、自分の考えとは相反するもの。

 あの方は女神なのだ。

 だから、その力は制御されるべきものではなく、強大に振るわれねばならない。

 選別なく、神罰を。

 そう望むコレットは、その思いのままに、自分に委ねられた職務を超えた。

読んでくださり、ありがとうございました。

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励みにもなりますので、よろしくお願いします。

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