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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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16/21

もう任務ではない

 窓ガラスの外側に、しがみつくような雪が見える。

 廊下は温かさが保たれているが、それでも時折、足元に寒気が忍び込む。

 そんな廊下の突き当たりには、生徒たちの憩いの場であるサロンがあった。

 給仕が控えていて、お茶も頼める人気の場所だ。

 セドリックもそういう場所があることは知っていたが、実際の利用は初めてだった。

 テーブルを挟んだ向こう側にはブリジッタがいて、給仕が注ぐ紅茶を興味津々に見つめていた。

 最近は紅茶を淹れる練習をしているらしいから、見て学んでいるのだろうか。

 そうなると、自分もおちおちしていられないな、とセドリックは思う。

 ブリジッタに紅茶を淹れるのは、まずは自分でありたい。

 それくらいの欲求は、セドリックにもあった。

 いつまでかは、わからないけれど。

 そんな思いが脳裏をよぎり、セドリックは打ち消す――いつものように。

「セド?」

 給仕は下がり、距離を取っている。

 他の生徒たちの姿もない。

 だからだろう、ブリジッタはそう呼び掛けてきてくれた。

 ブリジッタはあまり表情が動かない。

 けれど、その裏には豊かな感情があることを知っている。

 今も、気落ちしたような自分を気遣う温度が、その瞳に宿っている。

 そんな優しい幼馴染に心配をかけたくなくて、笑って返す。

「まだ少し寒いな、って思って」

 ブリジッタの視線は、テーブルにあるセドリックの手に落ちた。

 そして、そこに指を伸ばして触れてくる。

「……確かに、冷たい」

 無造作なのに優しく撫でてくるブリジッタの感触に、妙な恥ずかしさを覚えるセドリック。

 そんな彼の目に入ったのは、こちらに歩いてくる見覚えのある姿だった。

「ジッタ、クラウディア嬢だよ」

「あ」

 人目を考えて、セドリックはそっと手を抜いた。

 その名残を惜しむようなブリジッタの声が、セドリックの耳に届く。

 やがて近づいてきたクラウディアは、軽く一礼した。

「お二人とも、こちらだったのですね」

「……そう」

 わずかに目を細めたブリジッタに、申し訳なさと苦笑を混ぜた表情を返してくるクラウディア。

 彼女にも、ブリジッタが拗ねていることを読み取れたのだろう。

 そんな相手がそばにいてくれることに、セドリックは自然と目礼してしまう。

 そしてそれを正しく受け取ったクラウディアも、同じように返した。

 ブリジッタが余っている椅子を指し示す。

「座る?」

 クラウディアは、今度こそ申し訳なさそうにした。

「申し訳ありません、少し用事がありまして」

「残念」

「次はぜひ」

「はい、またお誘いくださいませ」



 クラウディアは、サロンを背にして廊下を歩く。

 社交辞令ではなく誘われた嬉しさと、後ろ髪を引かれる思い。

 それらを表に出さないよう、一苦労しながら歩いていた。

 しかし目的の場所――図書室の扉が見えてくると、その波は自然と去っていく。

 扉を開けて入ると、どこか圧されるような雰囲気に包まれる。

 重厚な本棚、少ない明かり、囁きを落としていく静けさ。

 クラウディアは小さい頃からそれが嫌いではない。

 むしろ古巣に戻ってきたかのような安堵すら覚え、まばらな人と本棚の間を巡り、目的の本を何冊か抜き出していく。

 手にずっしりとかかる重さを落ち着けようと、クラウディアはテーブルを探した。

 あいにく、空いているテーブルは見つからない。

 どうしようか、と思っていると目についたのは、見知った教師が一人座っているテーブル。

 そこに近づくと、その教師から静かな礼をされた。

 同じように返すと、なんとなく距離をあけてテーブルに本を下ろす。

 落ち着いた雰囲気の教師の興味は、もう手元の本に戻っていた。

 クラウディアも、とりあえず積み上げた本のうち一冊を手に取る。

 表題には「合同魔法演習記録」とあった。

 それは、王女殿下と挑んだ合同魔法演習の記憶を、否応なしに思い出させてくる。

 誠心誠意取り組んだつもりではあったが、その結果は惨憺たるものだった。

 それを悔いていた。

 もしまたあのような場面があるなら、今度こそお力にならなくては。

 そんな思いが、クラウディアを急き立てていた。

 その取っ掛かりとして、まずは資料を求めてここへ来たのだった。

 こういう資料に目を通し、自分なりに纏めていくのが性に合っている。

 以前はこんな地味な作業が得意な自分を、自嘲気味に思っていたものだけれど。

「クラウディアのおかげ」

 それを発揮するたびに、ルームメイトからそんな素直なお礼の言葉が飛んでくる。

 だから最近では、こんな特技も悪くない、と思えるようになっている。

 ――最初にそう感謝された時はまだ、「フェルネス嬢」と呼ばれていましたね。

 懐かしく思いながらクラウディアは、目と手を動かしていく。

 自分ならどう動くか、どう補助すべきか。

 そう思案しながら、レポートに纏めていたクラウディア。

 しかし、調べているうちに、違和感が積み重なっていった。

 その正体が何なのかわからず、悩んでいるうちに手が止まった。

 眼鏡を外して目元をほぐし、また眼鏡をかけ――ふと、その違和感の正体に気づいた。

 過去の合同魔法演習では、ペアはすべて無作為に組まれていたのだ。

 しかし今年は二戦目のみが無作為であり、一戦目は前の試験の順位順、三戦目はペア相手を選べる形式だった。

「今年から変わった……?」

 思ったより大きな声に自分自身でも驚き、咄嗟にあたりを見回す。

 幸い、周囲に聞こえた様子はないようで、注目はされなかった――同席の教師以外には。

 咎めるでもなく、不思議そうな、それでいて柔らかい眼差しが向けられていた。

 恥ずかしく思い、慌てて目を逸らしかけて、すぐに思い直す。

 再び教師に視線を戻すと、にこり、という笑みが返ってくる。

 それで、クラウディアは決心した。

「あの、イーダ先生。少しよろしいでしょうか」

「はいはい、何かしら」

 嬉しそうな囁き声が、弾んで返ってくる。

 ただし、図書室という場所柄に合わせた小さな声で。

 イーダ・ザクセンは孫がいてもおかしくなさそうな年代で、落ち着いた雰囲気の女性教師だった。

 神学担当だが客観視を重んじる歴史学者の側面も持っていて、ブリジッタを神ではなく一生徒として見る姿勢を崩さない。

 また、生徒に頼られることが嬉しいのか、笑顔を多く見せてくれるところも、クラウディアにとって好ましかった。

 だから疑問を聞いてみよう、と思える人物でもあった。

 しかし、穏やかな会話とは裏腹に、クラウディアの内心には無視できない胸騒ぎが積もりつつある。

「合同魔法演習は、今年からやり方が変わったのですか?」

「あら、そのことなのね」

 よく気づきました、と褒めるような笑顔を浮かべるイーダ。

「ちょっとやり方を変えてみないか、っていう意見が上がったの」

「……どのような経緯ででしょうか」

「うーん、それは全部は言えないけれど」

 考えを纏めているのか、視線をさまよわせるイーダ。

 クラウディアはそれを、辛抱強く待つ。

 やがて纏まったのか、イーダの眼差しがクラウディアに戻った。

「ネーベック先生が色々と意見を出してくれたの」

 クラウディアは、自分の胃が縮み上がったのを自覚した。

「力量の近い生徒同士を組ませるのが、初めてのペア演習としていいんじゃないか、っていう意見だったかしらね」

 イーダは思い返しながら続けた。

「それから、最後のペアは、選ぶ自主性を重んじてはどうか、っていう意見も通ったんだったかしら」

「……それが、一戦目と三戦目」

「そうね。二戦目は伝統として無作為が残ったわけだけど」

 ごくり、とクラウディアの喉が動いた。

「……寮への移動については、どうなのでしょうか」

「それを言っちゃうと、生徒の皆さんの不満がそこにぶつかっちゃうでしょ? だから、ごめんなさいね」

 イーダは申し訳なさそうにしながらも、答えを濁すのは早かった。

 その経緯については、もう散々聞かれたのだろう、とクラウディアは察した。

 それでも諦め切れずに食い下がろうとして――けれど、それを踏みとどまらせるものがあった。

 知らず、前のめりになろうとしていた姿勢を落ち着けた。

「――ありがとうございました」

「いえいえ」

 そして、図書室ということもあり、小声で挨拶を交わし、会話を終えた。

 そこからは気もそぞろで、纏めたレポートを手に早々と立ち上がる。

 そうして、図書室を出て扉を閉め、廊下へ向き直った。

「あら、フェルネス嬢」

 その人物を見た瞬間、クラウディアの心臓が跳ねた。

 コレット・ネーベックが目の前に佇んでいた。

 クラウディアは、反射的に手元のレポートを胸に抱きかかえた。

 コレットは瞳を瞬かせてから、苦笑した。

「失礼いたしました」

「……い、いえ」

 かろうじて返せたのはそれだけ。

 クラウディアは一礼し、なるべく平静を装って彼女の横を通り過ぎようとする。

「王女殿下のお加減はいかがです?」

 コレットの言葉が、背中に投げかけられる。

 それは何を意図しての問いかけなのか。

 理解できたのは、それが自分の身体の動きを止めたことだけだった。

 クラウディアは、胸元のレポートを抱える手に、力を込めた。

「……落ち着いておられるようです」

「……そうですか」

 クラウディアは軽く頭を下げて、歩き出す。

 それ以上の問いかけはなかった。



 自室の扉を開け、部屋に身体を滑り込ませる。

 そして、すぐに閉めた。

 その拍子に、手から零れたレポートが床に広がる。

 何かが追ってきそうな予感に、扉を咄嗟に押さえつける。

 そこでようやく、忘れていた呼吸を再開させた。

 心臓がひどくうるさい。

 しばしそのままでいると、時が過ぎていく。

 そうしてやっと、クラウディアは落ち着けた。

 同時に視界が低くなる。

 へたり込んでしまった、と気づく。

 そうすると、先ほどまでの光景が思い返されてくる。

 ――まさか、すべての裏にあの人が?

 そう、短絡的な答え合わせを迫ってくる。

 なんとか足に力を込めて立ち上がると、散らばったレポートを避け、自分の机へ向かった。

 そして監視の報告として、現状を訴えかけようとペンを持つ。

 けれど、それは止まった。

 ――本当に、そう?

 王女殿下に負担を強いるもの。

 自分は思ったより、その存在に腹を立てているらしい。

 だから、手掛かりを得た、と勢い込んだわけなのだけれど、それは確証ではない。

 それに、とイーダとの会話を思い出した。

 寮の事情を軽くかわされ、それでもさらなる手掛かりを得ようとした時によぎったのは、なぜかヨナスの顔だった。

「それ以上はまずいと思うぜ?」

 そんなふうに忠告された気がした。

 思い返すと、今ならわかる。

 あれ以上突っ込んでいれば、巡り巡ってコレット本人の耳に入ったかもしれない。

 王女殿下に近い自分が、あれこれ嗅ぎまわっていることを。

 そうなると、せっかく残されている手掛かりが、知らぬ間に握りつぶされてしまうかもしれない。

 冬の寒さが戻ったように、クラウディアは身体を震わせた。

 そして、監視報告として訴えた相手から、同じように漏れてしまわないか。

 監視の依頼主の真意を、クラウディアはまだ知らない。

 だから、その疑念がつきまとう。

 考えて考えて――クラウディアは、ペンを置いた。

 真偽不明、時期尚早。

 そんな報告を、中途半端にするわけにはいかない。

 「クラウディアのおかげ」と度々言われるうち、嫌いではなくなった地味な特技。

 その特技に抱いた微かな誇りにかけて。

 本来すべき報告を、クラウディアは心の中で破り捨てた。

読んでくださり、ありがとうございました。

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