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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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13/21

合同魔法演習・前編

 一年生たちが寮へ移ってから約二週間が経ち、年末が近づいてきた。

 生活のリズムも定着し、心は落ち着いている。

 ――表向きは。

 勘繰りすぎだろうか、とクラウディアは思うが、そうするだけの理由があった。

 今は歴史の授業中であり、教壇に立つのはコレット・ネーベックだった。

 黒板に向かい、どこか浮き立った手つきで文字を走らせる担任を見て、その内心を推し量る。

 授業に先駆けて、担任が提案したのは、なぜか席替えだった。

「なぜこんな時期に?」

 そんな疑問が生徒たちの間から湧き起こるのは必然だった。

 それに、コレットは澄まして答えた。

「固定された人間関係は、何かしら視野を狭めるもの。皆さまの見識を、少しでも広げて差し上げられたら、と思いまして」

 コレットの表情は、にこやかなものに転じた。

「時期も時期ですし、わたくしからの、ちょっとした贈り物でございます」

 年末が近づくこの時期には、無事に一年を過ごせたことを祝って贈り物をし合う習慣がある。

 コレットの提案は、その習慣に沿うものだった。

「ありがとうございます。コレット先生のお気遣い、誠に嬉しく思います」

 生徒たちの最前列で、立ち上がって恭しく頭を下げるのは、ミハエルであった。

 あまりに淀みのない反応に、クラウディアは一瞬だけ、台本をなぞるようだと思ってしまう。

 その後方で、顔を見合わせて頷き合う生徒たち。

 ――ミハエル殿が言うのであれば。

 いつの間にか、そんな空気が醸成されつつあった。

 クラウディアは、そんな雰囲気から逃げるように、そっと隣――セドリックを窺った。

 難しい表情と――その先で唇を噛むブリジッタの姿が目に入る。

「一生徒として、コレット先生の贈り物をありがたくいただきたいと存じます」

 皆を代表するかのようなミハエルの声に、クラウディアも奥歯に力を込めてしまう。

 そのように言われてしまえば、我を通すことも、ましてや王女としての意見を振りかざすことも難しい。

 そもそも、一生徒としてありたいブリジッタがそのようなことを言うはずもなく。

 そうして、ブリジッタとセドリックの席は、教室の正反対になってしまった。

 それが決まった時の、ブリジッタとセドリックが交わし合った視線を、クラウディアは忘れられない。

「――王女殿下のお身体が心配です。せめて、お近くの席にしていただけないでしょうか」

 だから、クラウディアのその言葉は、自分の意志に反して飛び出した。

 以前に王女殿下が倒れたこと、クラウディアが寮で同室であることを踏まえて、コレットはそれを受け入れた。

「……ありがとう、クラウディア」

 静かなブリジッタの言葉と、セドリックの感謝の眼差しに、クラウディアはなおさら不甲斐なく思う。

 そして今の席からは、遠いセドリックの背中が見えるだけになっている。

 ふと気づくと、隣にいるブリジッタの右手が、万年筆を持ったまま震えている。

 それは次の瞬間、もう片方の手に覆われ、息を飲む気配が伝わってくる。

 顔を上げると、震えはもう収まり、無理やり顔を黒板に向けたようだった。

 そんな王女殿下と、離れた執事へ、他の生徒たちの好奇の視線が時折向けられる。

 それが物語っている通り、まだまだ王女殿下と執事を巡る噂は消えてはいない。

 だからこの距離は、それを収めるのに一役を買うかもしれない。

 クラウディアは、そうしてよい方向に考えようとしたものの、それがうまくいくはずもない。

 ――なんて贈り物。

 そう、悪意を感じずには、いられないのだった。



「……あんなものでよろしかったの?」

「ええ、十分です。ささやかでよいのです。自然と、ゆっくりと。それがあの二人にはちょうどよい」

「知恵を……いえ、毒を回すのが、ずいぶんとお得意でいらっしゃるのね」

「それはひどい言いがかりだ。地に足をつけていただきたいという、ただの忠言ではないですか」

 女は胸の高鳴りを隠しきれず、男は面白そうに笑う。

 暗がりで、二人は囁きあう。



 息を潜めるように、年末年始は過ぎ去っていった。

 それもあってか、王女殿下と執事の噂は沈静化したように、クラウディアには見えた。

 けれどそれと反比例するように、徐々にブリジッタは元気をなくしていった。

 セドリックと会えてはいる。

 けれどそれはすれ違うほどで、以前のように同じテーブルで会話を交わす距離とは、到底違った。

 今も、食堂の入り口で鉢合わせたというのにどこか他人行儀であった。

 セドリックの隣にいるのは、クラウディアも知っているヨナス・グランツだった。

 彼は、測るように状況を眺めている。

 声をかける暇もなく、一礼して横を抜けていくセドリック。

 それを追って歩き出したヨナスはすれ違いざまに――何かを、クラウディアのポケットにねじ込んだ。

「セドリックからだ」

 そして、そんな耳打ちをクラウディアに残した。

 わけがわからず、振り返った時にはもう二人の姿は遠かった。

 隣には、セドリックを力なく見送るブリジッタの姿。

 それと、ポケットの違和感。

 クラウディアは、食事を終えて部屋に戻ると、おそらくブリジッタへのものだろう――小さな紙片を手渡す。

 ブリジッタは大事そうにそれを開き、見えた文字に指を這わせ、小さく何度も頷く。

「絶対に選ぶから、セド」

 それを境に、ブリジッタはその紙片を握り込み、早く眠りにつくようになってしまった。

 さながら、夢に逃げ込むかのように。

 あるいは、その約束の時に早く辿り着くためのように。

 かと思えば一睡もできない夜もあるようで、ぼうっとすることも増えた。

「――もう少しで」

 そんな呟きも漏らす。

 医者に診てもらうべきではないか、とクラウディアが思い始めたころ、その行事は訪れた。



 合同魔法演習。

 年の初めに行われるそれは、魔法制御試験の時と同じ演習場が使われる。

 一人一人に演習エリアが用意された魔法制御試験の時とは違い、大立ち回りをしても余裕があるほど、広い区画が割り当てられる。

「ありゃなんだ、セドリック?」

「ゴーレムだね。土魔法使いの先生が作ったんだと思うよ」

 人の身長の二倍ほどの大きさ、ずんぐりとした容姿の石造りの人形が、一つの演習場につき三体配置されている。

 質問するヨナスと、答えるセドリック。

 その周りには、大勢の生徒たちのざわめきが広がっている。

 そのざわめきが空気に溶けていく。

 冬を象徴するようにしんしんと降った雪が積もり、地面を覆っているからだった。

 雲も低く頭上を塞ぎ、心なしか薄暗い。

 鬱屈した空気の中、防寒着越しに伝わってくる寒さに身体を震わせ、ヨナスが大きなくしゃみをした。

「なんでこんな時期にやるんだよ……!?」

「環境も課題に組み込んでいるからだよ。って、ずいぶん前から説明されてるでしょ?」

「寒さで忘れたよ!」

「なら今、覚えてくれるかな。ペアで、あのゴーレムの身体に刻まれた紋章を狙う。時間制限付きで、連携や達成速度、命中精度なんかを競うんだ」

「要点を押さえた説明、ありがとよ」

「それくらいは理解してくれないと困るよ。何せ最初は、君とペアなんだし」

「……最初ってなんだ?」

 セドリックの呆れは、白いため息となって宙に溶けた。

「三戦するんだよ。最初は魔法制御試験の順位が近い者同士。二戦目は無作為、三戦目は生徒同士で決められる」

 ちゃんと理解できているか、ヨナスの表情を確認しながらセドリックは続けた。

「間違えないように言っておくと、一戦ごとに三体を相手にするよ。一戦で一体ずつじゃないから、ペース配分に気をつけてね」

「ああ、だから俺とお前の最下位組で、お姫様はあのミハエルってやつと――ってことか」

「……そういうこと」

 答えてから、セドリックは自分が気落ちしていることに気づく。

 初夏にあった魔法制御試験。

 セドリックは最下位、ヨナスはその一つ上の順位。

 ブリジッタが二位、ミハエルが一位。

 初めてのペア演習となる一戦目は、実力の近い者同士の組み合わせが適切だろう、という方針によるものだった。

 納得できる理由だった。

 だがセドリックは、遠くに見える幼馴染へ気が向くのを止められなかった。

「はいはーい、それじゃちゃんと並んでねー」

 こんな寒空でも陽気な生活魔法教師、トビアス・ノイハウスの手を叩く音が生徒たちを整列させる。

 セドリックも、ヨナスとともに列につこうとする。

 その時、もう一度だけセドリックは向こうへ視線を投げた。

 ブリジッタは別の列。

 だから、その姿はもう見えなくなっていた。



 ようやくだ、とミハエルは拳を握りしめる。

 横を見ると、幻想のような美しさを帯びた王女の姿がある。

 しかし、最近ではやや精彩を欠いているとも見て取れた。

 今も頭痛をこらえるように、こめかみに手を添えて、目を閉じている。

 少し身体が揺れているように見えるのは、おそらく地面に積もる雪のせいではない。

 だからこそ、ここで支え、見せつけなくては。

 そんな思いが、ミハエルに手を差し出させた。

「王女殿下、よろしければ、おつかまりくださいませ」

 目を開いた王女は、興味なさげに目をそらし、一歩前に出た。

 さほど期待もしていなかったが、ミハエルの心はざらつきを抑えられなかった。

 まあいい、と思って向き直ると、その先には三体のゴーレムがいた。

 それぞれが身体の一か所に丸い紋章を刻んでいて、そこが狙うべき点であり、動力源でもある。

 そして、ゴーレムはただ立ちすくんでいるわけではなく、歩き、拳を振るいもしてくる。

 それをかいくぐって近づくなり、または遠くから狙い撃つ必要がある。

 紋章の位置は無作為に決められており、そこ以外を壊せば減点。

 二体についてはここから確認でき、それぞれ腕と腹にあった。

 もう一体については見えない場所にあるようだ。

 同じ舞台が他にもいくつもあり、演習は同時進行する。

 王女をエスコートしながら、それらのどれより速く、華麗に対処してみせる。

 そんなミハエルの高揚を煽るように、開始の合図をまだ出さないのは、試験官のペルーゼンだった。

 しかし、ようやくその声が上がる。

「それでは、王女殿下、トランジェスト殿、開始されよ!」

 同時に、ミハエルの視界でまたたく小さな紫電。

 間近で神威を見られるか、と高揚するミハエルだったが、次の瞬間、彼は見た。

 王女の目が見開かれ、こらえるように閉じられると、その手の中の力がしぼんでいくのを。

 そして、誰にともなく、小さく首を横に振り――諦めたように、王女は歩を進めた。

 ――なんだ今のは?

 戸惑いつつも、ミハエルは王女の横に並ぶ。

 気を取り直し、炎を手の中に生み出すと、それを打ち出す。

 炎は狙い過たず、一体のゴーレムの腹に命中し、そこにあった紋章を消し飛ばした。

 最小の動きでゴーレムを地に伏させたことに、ミハエルは気分をよくする。

 まずは一体、そして次は。

 逸る気持ちのまま踏み出した足は、しかし、ぬかるみに取られたように滑った。

「なにっ」

 先ほど発射した炎の軌跡上の雪が、半ば溶けていたのだった。

 雪の見た目に大きな変化がなく、ゴーレムに意識を奪われていたことが、足を取られる原因となった。

 それに戸惑っている間に、残り二体のゴーレムが動き出す。

 ミハエルは舌打ちをして、溶けていると思しき場所を避け、回り込みながら距離を詰めようとする。

 そこでミハエルは、過ちを悟った。

 自分は右へ。

 そして王女は左へと駆け出したのだ。

 当然、ついてくるものとばかり思っていたミハエルの思惑は、外れた。

 さらにミハエルの動揺を誘ったのは、王女が放った魔法が風だったことだ。

 竜巻を具現化したような風の塊がゴーレムの近くへ飛ぶと、破裂して刃となって撒き散る。

 それはゴーレムの腕にあった紋章を削り取る。

 さらにそこを超えて、上半身を吹き飛ばすほどに膨れ上がった。

 すさまじい威力。

 ゴーレムの片腕と両足だけが残るような光景は、確かにそう思わせる。

 が、ミハエルは訝しがる。

 ――なぜ雷を使わない?

 そして次いで、一つの答えに辿り着く。

 ――まさか、制御ができない?

 だからこそ、自分にはついてこず、あえて離れたことも合点がいく。

 巻き込まないように動いている。

 そんな気遣いに、逆にミハエルは歯噛みする。

 こちらがエスコートするどころか、遠く距離を取られている。

 その事実は、強力な炎となって、手に集まるには十分であった。

 打ち出されたそれは、ゴーレムの片足を膝から吹き飛ばし、仰向けに転倒させた。

 見計らったように、積もった雪を貫いて石の三角錐が隆起する。

 それはゴーレムの背中を――そこにあった紋章を貫き、腹から先端を覗かせた。

 ミハエルが振り返ると、そこには辛そうに立つ王女の姿。

 彼女は手を突き出しており、それが土魔法を導いたからだと見て取れた。

 そしてその手は落ち、同時に踵を返した。

「王女殿下とトランジェスト殿のペア、演習終了」

 響く試験官の声で、ミハエルは我に返る。

 王女に駆け寄り、言わずにはいられないことを、それでも声を抑えて聞いた。

「お、王女殿下。なぜ、雷を振るってくださらなかったのです?」

 王女は一瞥してから、その問いかけに答えた。

「――疲れてるの」

 そう言われてしまえば、それ以上問い詰めようもない。

 が、ミハエルはそれをそのまま信じることはできなかった。

 確かにそれはあっただろう。

 ただでさえ雷は神威である。

 それを万全でない状態で放てばどうなるかはわからない。

 しかしそれが原因ではなく、まるで。

 ――値しない。

 そう言われているよう。

「さすが上位二人だな、見ごたえあった」

 対して、見学に回っていた生徒たちからは、そんな声が聞こえてくる。

 けれど、横を通り過ぎた試験官の声はこうでもあったのだ。

「連携に難あり。個々の能力は高いが、役割が競合」

 見た目は派手な勝利。

 しかし内実はそうではない。

 最後の炎は、怒りに我を忘れて狙いを外したものだった。

 そしてそれを無言でフォローされた形だったのだ。

 ミハエルは、その事実を舌打ちでごまかすしかなかった。



「王女殿下、よろしくお願いいたします」

「うん、クラウディア」

 ブリジッタの次のペア相手は、クラウディアであった。

 無作為の選出の結果に、ブリジッタの気配が緩む。

 それを察したクラウディアも、少しは元気を取り戻してくれたことに安堵する。

 そんな中、行われた二戦目。

 クラウディアも二戦目だったので少しは要領がわかってきていたが、それでもやはり力量の差というのは大きかった。

 遠慮もあり、声をかけることも十分ではなく、なにより、山のようなゴーレムに足が竦みもした。

 例えば、クラウディアが水の刃で足止めしようとした瞬間、ブリジッタの風が先に走り、互いの魔法が干渉して狙いが逸れた。

 そんな噛み合わなさを、ブリジッタからの信頼で埋めることはできなかった。

 結局、ゴーレム二体の紋章は削れたものの、時間切れという結果となってしまった。

「ごめんなさい、クラウディア」

「いえ、私の方こそ力及ばず」

 クラウディアにとっては、苦い二戦目となった。

「……王女殿下。三戦目は、ペア相手を選べるとのことですが」

「うん」

 クラウディアは、最初からそれが気にかかっていた。

 思い浮かぶのは一人しかいない。

 しかし取り巻く雰囲気はぎこちなく、その当たり前を霞ませてしまっている。

 そんなクラウディアの視界の隅に現れたのは、こちらに近寄ってくる赤い髪の生徒だった。

 演劇の男優のように堂々とした足取りで近づいてきた彼は――思いがけないものを見たように目を見開いて、歩みを止めた。

 それをわかっていたように、ブリジッタはそっと手を持ち上げた。

「セドリック」

「――ここに」

 いつの間にそこにいたのか。

 ブリジッタの手を取ったのは、背後に控えていたセドリックだった。

 クラウディアすら、セドリックがそこにいたことに気づいていなかった。

 突然の会話に驚いて振り返り――自然に寄り添うような二人に、思わず口元をほころばせた。

読んでくださり、ありがとうございました。

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