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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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12/21

新しい日常

「ねえ、フェルネス嬢。あのお二方、本当のところはどうなの?」

 廊下で足を止められたかと思ったら、聞かれたのはそんなことだった。

 眼前の令嬢が浮かべているのは、端正な顔に似合わない、嘲笑混じりの好奇心だった。

「おやめなさいな、はしたない」

「そうそう、王女殿下ともあろうお方が、まさか、ねえ」

 取り巻きのようについてきた二人の令嬢は、諫めるように声を重ねる。

 けれど、その声音は言葉の内容とは正反対だった。

 三人とも同じクラスの令嬢で、面識自体はあるが、話したことは数えるほどしかない。

 だというのに。

 クラウディアは、胸の奥が冬の廊下よりも冷えていくのを自覚した。

 教室で王女殿下が倒れた一件。

 それはもちろん、一大事件として学院を駆け巡った。

 しかしそれは疲れによるもので、むやみに騒がないようにと通達された。

 また、その身分もあり、いつまでも話題にするのは不敬だ、という空気もあってほどなく沈静化する。

 が、もう一つの噂については、ずっとくすぶり続けていた。

「王女殿下と執事は、どのような仲なのか」

「まさか、愛称を呼び捨てさせているとは」

「もしや、あの二人は――」

 そんな囁きを、クラウディアは何度も耳にした。

 二人の距離の近さについては、これまで禁句に近い扱いをされていた。

 それは、その姿勢があくまでも君臣のものに見えていたからだった。

 しかし、王女殿下が倒れた時に発したセドリックの悲鳴は、君臣以外の印象を植えつけるには十分だった。

 そして、これまで威厳と神秘の象徴だった王女殿下が、弱さを見せたという事実が拍車をかけた。

 抑え込まれていた何かが噴出したように、クラウディアには思えたのだった。

「それでどうなの、フェルネス嬢?」

 ねっとりとした問いかけと、くすくす、という追随の笑いがクラウディアに纏わりつく。

 クラウディアは眼鏡の奥の目を細めた。

「気になるのであれば、王女殿下に直接お聞きになってはいかがでしょうか」

 きょとん、と呆けた顔になる三人の令嬢。

 それはそうだろう。

 こんな地味で静かな人物が、三人に迫られて、毅然とした態度を取るとは思っていなかったに違いない。

 クラウディア自身もそうだった。

 そして、知らなかった。

 自分に、こんな好戦的な一面があるなんて。

「よろしければ、私がご紹介いたしましょう。ですので――改めて、ご家名とお名前を、正式にお聞かせくださいませ」

 ぎくり、と身体全体を強張らせた三人の令嬢。

 家名を名乗るということは、自らの態度が家絡みの問題へ発展しかねないということだ。

 三人は、今更ながらにそれに気づいたようだった。

「し、失礼いたしました」

 よろめくように後ろに下がり、それでも淑女の礼儀を守って、三人は静々と退散した。

 クラウディアはそれを見送って、周りに視線を巡らせた。

 遠巻きにしていた複数の人影が、気まずそうにして同じように遠ざかっていく。

 それを見届けたクラウディアは、深くため息を漏らし――今更ながらに、膝の震えを自覚した。

 しかし、言わずにはいられなかった。

 王女殿下が倒れた時、愛称を叫んだ?

 当たり前だ、大切な人がそうなって、体裁を気にする余裕なんてあるはずがない。

 王女殿下が弱さを見せた?

 当たり前だ、大切な人と引き離されそうになって、平静でいられるはずがない。

 やるせなさか八つ当たりか、原動力が何かはわからない。

 しかしせめて、自分があの二人をこれ以上貶めるきっかけにはならないように、とは思った。

 その思いを抱えたまま、クラウディアはなるべく毅然とした態度で――女子寮の廊下を歩く。

 準備期間の一週間が過ぎ、各生徒はそれぞれ、男子寮と女子寮に分かれての生活を始めている。

 クラウディアが向かっているのも、自分に割り当てられた寮の部屋だった。

 寮生活に不安を抱える生徒たちにとって幸運だったのは、いくつかの権利も認められていたことだ。

 その一つが、話し合いでルームメイトを決めてよい、というものだった。

 だから、辿り着いた自室の扉を開けると、机に向かう後ろ姿があるのは必然だった。

 そしてそれが、豊かな金髪を持つ人物であることも。

 クラウディアは、部屋に戻ってきたことを知らせようと口を開きかけ、途中で止め、扉を閉める。

 その背中が、周囲の何にも気づかず、必死に万年筆を走らせていると知っていたからだ。

 雪まじりの風が、時折窓を揺らす。

 その音に追い立てられるように、クラウディアも机に向かおうとする。

 それでも窺っていると、その後ろ姿の動きは、ぴたり、と止まった。

 そうして、ゆっくり丁寧に万年筆を机に置き、顔を両手で覆った。

 浅く苦しげな息遣いが、両手の間から漏れ聞こえてくる。

 クラウディアは見ていられず、せめて寒さだけでも、とカーディガンを手にした。

「――……失礼します」

 なるべくそっと、カーディガンを頼りないブリジッタの肩にかけた。

「……ありがとう」

 苦しそうにしながらも、それでも礼を返してくるブリジッタ。

 それが切なく、クラウディアは考えを巡らせる。

 そうして出てきたのは、案とも言えないものだった。

「……何か、落ち着くことをしませんか、王女殿下」

「……落ち着く、こと?」

 切れ切れではあっても、興味を向けてくれたようだ。

 手が顔から離れ、視線が上向く。

 苦しさから解放されることを願って、クラウディアはブリジッタの勉強の痕跡に目を向ける。

「根をつめていても、あまりよくありません。なにより――」

 その名前を出すか迷って、結局それが一番の薬だと思い直して口にした。

「――セドリック殿が、心配なさいます」

 カーディガン越しに、ブリジッタの震えが伝わってくる。

「……うん」

 そして、その目元が緩んだことにほっとする。

 けれど、続くブリジッタの質問に詰まった。

「……それで、なにをすればいいの?」

「……ええと」

 肝心なことを何も考えていなかったと気づき、クラウディアは目を泳がせた。

 その間をどう受け取ったのか、ブリジッタはみじろぎした。

「――クラウディアは」

「――はい」

「編み物をしたことは、ある?」

「……多少は」

「紅茶の淹れ方は知ってる?」

「はい、一応は」

「教えてほしい」

 ああ、これは。

 クラウディアは、なんとなくわかった。

 これはきっと、あの人にしてあげたいことだ。

 だからこそ、クラウディアは頷いた。

「はい、私でよろしければ」

 こんなふうに離れていていいはずがない。

 その距離を繋ぐ一助になるなら。

 そう思い、クラウディアは誇らしく答えた。

「……ありがとう」

 ブリジッタは、そっと万年筆に手を添えた。



 セドリックは、男子寮にある自室のベッドに寝転んで、考えていた。

 それはブリジッタのことだった。

 ちゃんと食べているだろうか。

 眠れているだろうか。

 無理はしていないだろうか。

 それらを思うと、クラウディアが同室に名乗りを上げてくれたことには、感謝しかなかった。

 他の生徒からブリジッタへ向けられる視線は、とても許容できるものではない。

 だからこそ、クラウディアの存在はセドリックにとっても僥倖と言えた。

 少し安心できた分、寒さが入り込んでくる。

 ――セド、と呼ばれないことが、つらい。

 そんな考えを中断させたのは、ルームメイトの唸り声だった。

「おいセドリック、助けてくれ」

 それは、ヨナス・グランツの切実な悲鳴だった。

 ルームメイトはクラスをまたいで選んでもよい。

 そう聞きつけたヨナスが頼み込んできて、セドリックが受け入れた結果だった。

 セドリックはベッドから起き上がって、茶色の頭をかきむしるヨナスに苦笑を向けると、彼の机に近寄っていく。

「それで、今度は何がわからないの?」

「数学だよ。頼む、俺を鬼のペルーゼンから救ってくれ」

 そんなに怖いかなあ、とセドリックは思う。

 だが、ペンの跡すら見られない惨状では、それも無理ないかと考え直した。

 しばらく教えると、ヨナスは理解を深め、苦戦しつつも今日の課題をなんとか終えて伸びをした。

「ありがてえ、助かったぜ、セドリック。今度、なんか奢るからよ」

「そんなに奢ってばかりだったら困るでしょ。いいよ、僕も復習になるから」

「ほんとにいいやつだなあ、お前は」

 素直な褒め言葉をむず痒く感じるセドリック。

 ヨナスは平民の出と聞くが、それとは関係なく、生来の気質なのだろうとセドリックは思う。

 ブリジッタにとってのクラウディアと同様に、セドリックにとっても、ヨナスがルームメイトとなってくれたことは幸運だった。

「お返しをしてくれる気があるなら、少し相談に乗ってほしいんだけど」

「なんだ、お姫様のことか?」

 少し、配慮に欠けるのが玉に(きず)ではあるのだが。

 セドリックは、困ったように笑った。

「当たらずとも遠からず……かな。色々お世話になっているクラウディア嬢に、何か贈り物をしたいんだけど」

 それは、先ほど思いついたことだった。

「律儀だなあ……俺が、貴族のご令嬢が好む物をわかるとでも?」

「何かの足しにはなるかと思って」

「ひでえ話だ。ま、けど、あえて挙げるなら……」

 考え込むヨナス。

 期待以上のものが返ってきそうな気配に、セドリックは瞳を輝かせる。

「今はやめとけ。余計な誤解のもとになる」

「……どういうこと?」

 贈り物候補どころか、それ自体を止められ、セドリックは戸惑う。

 やれやれ、とヨナスは肩をすくめた。

「何がとは言わないが、色々と噂されてるんだろう? そんな中で、クラウディア嬢に贈り物をするところを誰かに見られてみろ」

 セドリックが理解するまで、一瞬の空白があった。

「余計こじれるし、クラウディア嬢も渦中の人物になっちまうかもしれねえ」

 セドリックの背筋に、つららが落ちたような冷たさが走った。

 考えていなかったことだった。

 ただ、感謝を示そうと思っていただけ。

 それが誰かの致命傷になる可能性を、まったく想像もしていなかった。

「……ありがとう、ヨナス。僕は、取り返しのつかないことをしてしまうところだった」

「お返しができたようで、なによりだ」

 軽い思いつきで言ったことだったのだろう、白い歯を見せて笑うヨナス。

 しかしセドリックは、ぎこちない笑みで返すしかない。

 今は止められた。

 けれどもう、誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりしたこともあるかもしれない。

 それが今の状況を導いたのだとしたら。

 必死にやってきたつもりだったけれど、考えが浅かったのかもしれない。

 これ以上、離されないために、何ができるのか。

 考える機会を与えられた気がした。

 そんなふうに考え、セドリックが深いため息をつく。

 それをどう受け取ったのか。

「それに、お姫様が嫉妬するかもしれないしな?」

 茶化すようなヨナスに、セドリックは見直しかけた気持ちも失せて呆れた。

「……君は数学より、配慮を学ぶべきだと思うよ」

「似たようなこと、クラウディア嬢にも言われたな、確か」

 笑うヨナスに、セドリックは少し、救われた気がした。

読んでくださり、ありがとうございました。

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