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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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11/21

祈りの行き先

 朝一番の通達がもたらした波紋は大きかった。

 教師側もそれをわかっていたのか、最初の授業は、説明や不安を受け止める時間に置き換えられた。

 一週間。

 それが入寮までの移行期間であり、制度改革の一環であると説明された。

「ここからは、学年主任のラドフォード先生からの説明となります」

 コレットが退いた場所に、ペルーゼン・ラドフォードが歩み出る。

「以前からあった構想ではあるが」

 そんな前置きで始める彼の雰囲気は、どこかぎこちない。

 今回の制度改革に納得していないように見える――そう感じるのは、クラウディアの願望なのかもしれない。

「生徒一人一人の自立を促す、というのがその最たる目的である」

 聞けば納得できそうな理由ではある。

 そこで、最前列の生徒が手を挙げた。

 ミハエルだった。

 彼はペルーゼンの許可を得て口を開いた。

「なぜ今なのでしょうか」

「よい質問である」

 それは確かに、全員が抱く疑問だった。

 もっとも、クラウディアの内心で渦巻くのは、否定的な「なぜ」でしかない。

「それについては、いずれ訪れるはずだった機会が今だった、と説明するしかない。しかしそれでは、納得されないことも承知している」

 ペルーゼンの発言の後半は、前半を聞いて身を乗り出しかけた生徒たちを、抑えるためのものだった。

「これはひとえに、学院側の配慮のなさが招いたこと。そこはお詫び申し上げる」

 並んで深々と頭を下げるペルーゼンとコレット。

 これまで威厳ある教師として振る舞ってきた二人の謝罪に、生徒の間からざわめきが漏れる。

 その中には、納得し、溜飲が下がったような気配もあった。

 頭を上げたペルーゼンに、ミハエルの次の質問が飛ぶ。

「では、なぜ一年生だけなのでしょうか」

「この方針の効果はまだ未知数。よって、広く適用するには時期尚早だという意見が、大勢を占めたからである」

「つまり、実験対象というわけですか」

「その批判は甘んじて受けよう」

 ミハエルが代表して質問し、ペルーゼンが答える。

 いつの間にか、そんな構図になっていた。

 問いも、引き際も、あまりに整っている。

 まるで、どこまで聞けば場が納得するのか、あらかじめ知っているかのように。

 それを眼下に捉えるクラウディアは、言い知れない危機感に胸を騒がせた。

 このままではいけない、そう追い立てられているのに、何も思い浮かばない。

 そんな彼女の視界で、赤い髪の男子生徒が肩をすくめる動作だけが、妙に浮いて見えた。

「であれば、受け入れるしかありませんな。……一生徒の我々には、どうすることもできませんでしょう」

「ご納得、痛み入る」

 再度、今度は感謝の意として頭を下げる、ペルーゼンとコレット。

 広がっていく納得と理解の空気に、クラウディアも「仕方がないこと」と飲み込まれそうになる。

 その時だった。

「――ジッタっ!?」

 隣から、セドリックの悲鳴のような声が聞こえた。

 視線の先には、机に顔を伏せた王女殿下の姿があった。

 力を失い、だらり、と手が垂れ下がっている。

 セドリックは、伏せていたブリジッタの身体を抱き起こすと、顔色を確かめた。

 クラウディアは見た。

 気を失ったブリジッタの顔が、生気なく青ざめていることに。

「なにごとか!?」

 教壇から駆け上がってきたペルーゼンが近寄ってくる。

 その段階になって、教室がざわめきだした。

「殿下、失礼いたします」

 セドリックはブリジッタを横抱きにした。

「ペルーゼン先生、王女殿下を医務室に運びます」

「私も同行しよう。ネーベック先生、生徒たちをお願いしたい」

「お任せくださいませ」

 慌ただしく、場が動き出した。

 青ざめたブリジッタを抱きかかえ、セドリックは駆け出す。

 その顔は焦燥と不安に満ちていた。

「私も行きます……っ!」

 クラウディアは反射的に立ち上がり、それを追いかけた。

 何ができるかも、わからないままに。



 身体にも魔力の流れにも異常はなく、ブリジッタは気を失っているだけだと診断された。

「よほど精神的な負荷がかかったのでしょう」

 診断に添えられた一言が、現状を物語っていた。

 しかし安静が必要とのことで、そのまま医務室でしばらく様子を見ることになった。

 ペルーゼンは詳しい状態を聞くために、医務室担当の教員とともに席を外していた。

 ベッドに眠るブリジッタのそばに佇むのは、セドリックとクラウディアだった。

「……ひとまず、安心いたしました」

 クラウディアがまず思ったのは、それだった。

 先ほどまでは生きた心地がせず、今になって、心臓が激しく動いていることを自覚したほどだった。

 その言葉には、何も返ってこなかった。

「……セドリック殿?」

 呆然としていたセドリックは、それで我に返ったようだった。

 ぎこちなく頷いた後、やっと唇が動き出す。

「……はい。本当に」

 無理もない、とクラウディアは思う。

 自分でさえそうなのに、セドリックのほうがよほど心配だったに違いない。

 改めて見下ろすと、そこにはベッドにうずもれるような少女の姿がある。

 その姿は小さく頼りなく、儚く感じるほどだった。

 王女としての責務を担い、そして神として崇められているとは、とても信じられない。

 だからこそ、誰かがそばにいなければならないのに。

 そして、その誰かを思った時、クラウディアの視線は自然に動いた。

 その先の彼は、悔いるように唇を噛み、少女に視線を注ぎ続けていた。

 けれど、彼は一度目を閉じ、再び開いた。

 その瞳は、決心を宿したものに変わっていた。

 セドリックは、ベッドのそばに椅子を引き寄せると腰掛けた。

「……セドリック殿?」

「クラウディア嬢。これからのこと、秘密にしていただいてよろしいでしょうか」

「あ、はい」

 反射的に了承してしまったクラウディア。

 それに安堵したセドリックは、毛布の上に力なく投げ出されたブリジッタの手を、両手で包み込む。

 その動作に、クラウディアの胸がどきりと跳ねた。

「――ジッタ」

 囁くようなその呼び掛けには、何がこもっていたのだろうか。

 クラウディアにわかったのは、それが切ないものであり、確かに届いたということだった。

 ブリジッタのまつげが震え、セドリックの手を握り返す。

 そうして目を覚ましたブリジッタは、視線をさまよわせ、そこにセドリックを見出す。

「――セド」

 もう片方の手が持ち上がり、セドリックの両手を抱きしめるように引き寄せる。

「どうしよう、セド」

 ブリジッタのその姿は、セドリックにしがみつくようだった。

 涙を流しているわけではない。

 顔を大きく歪めているわけでもない。

 ただ困ったような様子だった。

 その裏に、どれほどの感情があるのだろうか。

 クラウディアは、よろめかないよう踏みとどまるだけで精一杯だった。

「交換しよう、僕の万年筆と、ジッタの羽ペン」

「うん」

「栞、僕にも分けてくれる?」

「うん。予備のリボン、持っていて」

「じゃあ、僕の予備のネクタイも」

「手帳、もっと書き込んで」

「うん。それから――」

 クラウディアはもう、涙をこらえられなかった。

 おかしい、こんなの。

 心を埋め尽くすのは、それだけだ。

 ジッタ、セド。

 そう呼び合うほどなのに、どうしてこうなってしまったのか。

 ああ、雲にまします母なる(いかずち)よ、どうしてこんな――。

 祈ろうとして、クラウディアは愕然とした。

 目の前の少女は、神の再臨とされている。

 すなわち、神そのもの。

 それならば――この二人は、何に祈ればいいのだろうか。

 お互いにしがみついているように見える二人を前に、クラウディアは思った。

 ――いつから、二人は祈るのをやめたのだろうか、と。



 中庭に面したその廊下には、寒さが直接入ってくる。

 だから今の時期、この廊下に人通りはない。

 雪は、ちらつく程度だった。

 けれど雲は分厚く影を落としていて、幻想的というより、鬱積しているように見えた。

 まるで今の自分のようだ、とセドリックは自嘲する。

 王女殿下の容態を教室に伝えるため、医務室を出る時の光景を思い出す。

 泣きはらした目で、ひどく気落ちしたクラウディアに気づいた時は驚いたものだった。

 理由をはぐらかされたが、そんな顔ではしばらく教室には戻れない。

 だから、ブリジッタにはクラウディアが落ち着くまで、そばにいてもらうことにした。

 ブリジッタのほうも、クラウディアと話すことで少しは気が紛れるか、と思ったこともある。

 それくらいのことでしか、幼馴染の心を守れない自分に、ほとほと嫌気がさす。

 力なく歩く自分を自覚し、執事とはかくあるべし、とばかりに背を伸ばす。

 そんな彼の前に、待ち構えているかのような人影があった。

 いや、事実そうだったのだろう。

 彼は壁にもたれ、暖を取るように手の中で炎を揺らしている。

 ミハエル・トランジェスト。

 その姿を認めたものの、気にしないふりをして、軽く一礼してから通り過ぎようとする。

「なるほど、いつもはああ呼んでいるのか」

 しかし、セドリックの歩みはそんな言葉で止められた。

 セドリックの視線がさまよう。

 ミハエルは、唇の端をつり上げた。

「王女殿下の名前を略すなど、実に不敬な話だ。正されるべきだと思わないかい?」

 それは、ブリジッタが倒れた時に、そう呼んでしまったことを指しているのだろう。

 迂闊だった。

 セドリックはそんな悔いを抱きながら、ミハエルを見返した。

「なにを言いたいんです?」

「指摘されないとわからないのかな?」

 その笑顔は、差し出された炎の向こう側で揺らめいた。

「本当に王女殿下のことを思うなら、離れるべきではないのかな。……一人立ちできるように、ね」

「……まさか」

 セドリックの声に力がこもる。

 そこにあったのは、疑念と警戒だった。

 ミハエルは、それをむしろ嬉しそうに受け止めた。

「君はそんな顔もできたのだな。そちらのほうが、好感が持てるよ。――が、どちらにしろ、あの姫君と並ぶには不足」

 ミハエルの手の中で握りつぶされ、炎は散った。

「――よく、自覚されてはいかがかな」

 セドリックは答えられなかった。

 その反応を、ミハエルは満足そうに捉えた。

「王女殿下の容態は問題なさそうだね。それは、私がコレット先生に伝えておくとしよう。君はせいぜい……ここでゆっくりしていくといい」

 そう言い残し、ミハエルは廊下の奥へと消えていった。

 セドリックの手が跳ね上がり、近くの柱へと叩きつけられた。

「……知ってるよ、そんなこと。もう、ずっと前から……!」

 伝わってくる痛み。

 それ以上のものが、胸の奥からこみあげてくる。

 セドリックは、それをどうすることもできなかった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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