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雷姫《いかずちひめ》は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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10/21

そして冬へ

「いつまで待てばよいと言うのですか……?」

「少し落ち着いてください、コレット先生」

 コレットとミハエルの二人は、とある教室の暗がりで話し合っていた。

 コレットは教師であり、侯爵位を持つ落ち着いた年齢の女性である。

 ミハエルは今年入学したばかりの生徒で、伯爵の息子にすぎない。

 しかしその立場や年齢にもかかわらず、癇癪持ちの子供をなだめる大人の図にしか見えなかった。

 もちろん、あふれ出そうな感情をこらえるコレットが、子供の側。

 そして、肩をすくめるミハエルこそが、大人の側だった。

「早すぎる。物事にはちょうどよい時期というものがある、と私は考えております」

「……あなたが仕掛けろ、とおっしゃったのではなくて?」

 コレットは自分から問いかけたにもかかわらず、返ってくる視線が咎めていることに気づき、歯噛みして目を伏せた。

 以前、ミハエルの進言に従い、王女と執事を引き離したことがある。

 だがセドリック・アルヴェインは一筋縄ではいかず、ミハエルは以後、遠目に測ることにした。

 一方のコレットは、王女の圧に負けて目的を果たせず、感情だけを募らせている。

「……それなら、どうしろと言うのです?」

「あの距離は近すぎる」

 問いに直接答えず、ミハエルは前々から感じていた事実を口にした。

 それに対し、コレットは深く頷いた。

「だからまずは距離を置かせる」

 ミハエルの語り口は、いつの間にかコレットを前のめりにさせていた。

「そうして、いずれ私が彼の代わりとして隣に立ちましょう。私なら、彼よりよほど、あなたの望むしるべになれると思いますが、いかがでしょう?」

「おお……!」

 堂々と言うミハエルに、コレットの瞳が希望を見出したように輝いた。

 その反応に満足感を得ながら、ミハエルは前々から考えていたことを切り出す。

「次の演習は、その舞台として相応しい。ですが、下準備は必要です。こちらも伝手を動かします」

「そのようなものが……」

「あなたには、教師陣の意見が自然にまとまるよう、根回しをお願いしたい」

「な、何を」

「それは――」

 語られる内容に、コレットは納得の色を深めていく。

 ミハエルはほくそ笑む。

 そのさまは、神託を伝える神官と、それを恭しく受け取る信者のようであった。



 冬服への衣替えから、約一か月。

 その日、学院は休みだった。

 自室の机に向かっていたセドリックは、ふと肌寒さを感じて肩掛けを手に取り――ほつれに気づく。

 席を立つと手近な棚から裁縫箱を取り出し、そこから針と毛糸を手に取る。

 毛糸は肩掛けと同じ、優しい青。

 手早く繕い終えて、裁縫箱を元の場所へ戻す。

 そして肩掛けを羽織ると、不揃いな縫い目に指を添わせる。

 セドリックが去年を思い返していると、控えめなノックの音が響く。

 その覚えのあるリズムに、頬が緩むのを自覚する。

 近寄って、扉を開けた。

「いらっしゃい、ジッタ」

 扉を開けたセドリックが最初に見たのは、茶器が載ったワゴンだった。

 その向こうにはブリジッタの姿があり、彼女はワゴンを押して入ってきた。

「え、ええ?」

 戸惑いながらワゴンに道を譲るセドリック。

 廊下から冷気が入ってくるのに気づいて、慌てて扉を閉める。

 そうして部屋の中に向き直ったセドリックは、改めてブリジッタの姿に戸惑った。

 彼女は一礼した。

 ――身に纏ったメイド服の、スカートの裾をつまんで。

「お世話しに来た」

 口調はいつものブリジッタで、まったくメイドらしくはなかった。

 ただ、いつもは背に流している金髪を、今日は頭の後ろで一つに纏めている。

 そのことから、それなりに気合が入っているようではあった。

「……えっと?」

 セドリックの脳裏に、盛大に疑問符が飛び交う。

「その、お世話って? しかもその格好は……?」

 尋ねながらも、なんとなく予想がつくセドリック。

 ブリジッタはセドリックの前に立つと、彼の肩に手を伸ばし、ずれかけた青い肩掛けの位置を整える。

「今日はセドの誕生日。だから、私がお世話する」

「いや、『だから』の意味がわからないよ?」

 今日が自分の誕生日ということはわかっていた。

 その日はいつも幼馴染が訪ねてきてくれて、ささやかに祝ってくれる。

 だから今日も、浮き立つ自分をなんとか宥めながら待っていたのだ。

 戸惑うセドリックを、ブリジッタはじっと見つめた。

「学院でもお世話してくれるから、今日はお返し」

 ブリジッタはいつも言葉少なだ。

 しかしそこには常に芯がある。

 そして、その芯に灯る思いが、セドリックを温めてくれるのだ。

「ありがとう、ジッタ」

「こちらこそ、いつもありがとう、セド」

 だから、じんわり、と想いが募る。

 今日の誕生日は、もうこれで十分。

 そう思うほどだった。

 けれど、もちろんブリジッタはそれで終わらせる気はなく、ワゴンの引き出しから包みを取り出す。

 それからセドリックの手を引いてソファーに座らせると、その横に座って包みを差し出した。

「十五歳の誕生日、おめでとう、セド」

「ありがとう。……その、開けても?」

「うん。……あんまり、自信はないけど」

 恥ずかしさからだろうか、目を伏せるブリジッタ。

 それを微笑ましく思いながら、そっと包みを開くと、肩掛けと同じ色が見えた。

「あ、手袋だね」

 セドリックは目を輝かせた。

 手に取ると、温かそうな毛糸でできていた。

「ありがとう、部屋が冷えるときに使わせてもらうね」

「……ん」

 頷き、手袋とセドリックの顔の間で視線を行き来させるブリジッタ。

 そこに催促の気配を感じ取り、セドリックはその手袋をつけてみた。

 左右で微妙に大きさが違うが、ちゃんと指の曲げ伸ばしもできる。

 なにより温かい。

 セドリックの口元がほころんだ。

「すごい、よくできてるよ。大きさもぴったりだ」

 手を広げて見せたセドリックに、ブリジッタは安心したのかため息を漏らす。

 そして、何を思ったのかセドリックの両手を取り、自分の頬を包ませた。

「……あの、ジッタ?」

「ちょっとちくちくする」

「……毛糸だからね」

 不満そうにセドリックの両手を解放するブリジッタ。

 セドリックは、何をしたかったんだろう、と思いながら、いったん手袋を外して大切に包みに戻す。

 そんな彼をよそに、ブリジッタは立ち上がった。

「じゃあ、お世話開始。まずは紅茶を淹れる」

 気合を入れたのか、ブリジッタは胸の前で、むん、と両手を握った。

 そこに頼もしさより、心もとなさを感じたセドリックだった。

 そうしてお茶の用意を始めるものの、やはり手つきは危なっかしかった。

 茶器を落としそうになる、熱いケトルに触れそうになる、手順も怪しい。

 そのたびに、セドリックは立ち上がりそうになる。

「て、手伝おうか?」

「いい。セドリックは座ってて」

 そして断られる。そんなやり取りを繰り返すことになった。

 ブリジッタの真剣さに、セドリックも強くは言えない。

 こっそり生活魔法で手助けしようにも、きっとその魔力に気づいてしまうだろう。

 そう思うと、はらはらし通しの時間に耐えるしかないセドリックだった。

 やがてなんとか、セドリックの前にティーカップと、こじんまりとしたケーキが並んだ。

「……どうぞ」

「ありがとう、ジッタ」

 礼を言ってティーカップを口に運ぶと、予想通り、少しぎこちない味ではあった。

 それでもセドリックは、嬉しさを隠せず感想を述べるのだった。

「美味しいよ」

「……次は、もっとちゃんとするから」

 しょんぼりと眉を下げたブリジッタ。

 セドリックは、それにただ頷いて返す。

「ケーキは作ってもらったものだから大丈夫」

 ブリジッタは、セドリックの近くで床に両膝をつくと、ケーキを切り分けた。

 セドリックが不思議に思っていると、フォークに載った小さなケーキが口のそばまで運ばれてくる。

「でも、それ以外は私の仕事」

 ケーキの下に添えられた手、膝をついたまま伸ばした背が可愛らしい。

「あーん」

 何もそこまで、とセドリックは言えず、されるがままケーキを頬張った。

 そうしてセドリックは、ブリジッタに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、その危なっかしさと可愛さを噛みしめることになった。

 しばらくして、セドリックはベッドの上でうつ伏せになり、ブリジッタのマッサージを受けていた。

「気持ちいい、セド?」

「うん、最高だよ」

 最初はどぎまぎしていたものの、たどたどしくも心遣いの伝わる手つきに、いつしか眠気に誘われる。

 ――こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

 そんな思いとともに、いつしか眠りに落ちていた。

「……セド?」

 ブリジッタはセドリックの耳元に顔を近づけると、囁くような声で呼ぶ。

 それは起きてほしいからではなく、眠ったか確認するためだった。

 穏やかな寝息を確認すると、セドリックの背から静かに退く。

 そうして、そっと身を寄せ、セドリックに密着するように横になる。

 すぐ横には、あどけない寝顔。

「……ふふ」

 ブリジッタは、小さく笑みを零す。

 息も触れ合うような距離と、そして温かさ。

 その心地よさが、もう少し寝顔を見ていたい、という望みとは裏腹に、眠りにいざなっていく。

 ブリジッタがかろうじてできたのは、セドリックの背中に手を添えること。

 そうして、ブリジッタも安らかな眠りに落ちた。

 ――やがてセドリックが目を覚ました時には、すぐ近くに一緒に眠ってしまったブリジッタの顔があり、大いに慌てたのだった。



 今年も、吐く息を白くする冷えがやってきた。

 コートを着込んでいても、寒気が肌までしみ込んでくるようで、身体を震わせる。

 分厚い雲が雪をちらほらと降らせてくる中、クラウディアは今日も学院の門をくぐった。

 そこで、近くの馬車寄せから歩いてくる、見慣れた姿が視界に入る。

 こちらを見かけたのか近寄ってくる二人の姿に、クラウディアの頬は知らず緩んだ。

「おはようございます、王女殿下、セドリック殿」

「おはようございます。今日も寒いですね」

「おはよう、クラウディア嬢」

 いつも穏やかな黒髪の執事と、あまり動かない表情の王女殿下が、挨拶を返してくる。

 セドリックがクラウディアを名前で呼んでいるのに気づいたブリジッタは、それなら自分も、と呼び方を変えていた。

 その時にクラウディアは「やはりセドリック殿が基準なのだな」と思ったものだった。

 それは、ブリジッタの誕生日でもある降誕祭のあとの、夏頃のことだった。

 もう、かなりの時間が経っている。

 それでも、かの王女殿下に名前で呼ばれることは面映ゆく、同時に恐れ多い。

 まだ慣れそうにない、とクラウディアは感じていた。

「今日は、何かの発表があると聞いた」

「私も聞きました。なんでしょうね」

 ブリジッタが挙げた話題に同調したクラウディアだったが、思考の半分以上は別のことにある。

 ちらり、と王女殿下の姿を盗み見てしまう。

 小さな雪が舞い散る中を、しずしずと歩くその姿。

 雪どころか天候を従えるような神々しさ。

 そして、同居する可憐さに目を奪われてしまい、自重するのが難しい。

 それは近くを歩く他の生徒も同じようであり、憧憬の眼差しを投げかけられているのを感じる。

「食堂のメニューが増えたとかだったらいいのに」

「私は野菜類が増えることを希望いたしますが」

「……むー」

 知らぬは当の本人ばかりであった。

 拗ねて唸る王女殿下に、小さく笑みを向ける執事。

 いつものそのやり取りに、クラウディアも笑みを誘われた。

 そうして温かな校舎に逃げ込み、もはや定位置となって久しい教室の最奥へ向かう。

 担任のコレットが入ってくると、教室が静まるのを待ってから口を開いた。

 彼女の雰囲気は、どこか冷ややかだった。

「皆さまもお聞き及びかと思いますが、学院の教育方針に変更がありましたので、お知らせいたします」

 舞台女優のように、腕が振られる。

 その動きに応じて、黒板に文字の羅列が浮かぶ。

 どよめく生徒たち。

 クラウディアは、その文字が指す意味を認識して、目を見開いた。

 咄嗟に視線が、隣のセドリックへ向く。

 彼の表情は凍りついていた。

 その向こうにいるブリジッタの姿は、彼に隠れて見えない。

 クラウディアはもう一度、黒板を見返した。

 その内容は、一年生全員に対する、男子寮と女子寮への転居通知。

 例外は認められない、との一文に、クラウディアは息を飲んだ。

 そう、それは――たとえ王女殿下と、その執事であっても。

読んでくださり、ありがとうございました。

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励みにもなりますので、よろしくお願いします。

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