表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

銀髪の介入、そして絶望のフェルゼン脱出

執務室の空気が、一瞬にして氷結した。

「……誰だ、貴様は。私の許可なくここへ入った不届き者は」

ベリウスの顔から、余裕の微笑みが消え失せる。彼は素早くデスクの下に隠された魔導警報を起動しようとしたが、その指が動くよりも速く、銀髪の少女が指先を小さく振った。


カチリ。


乾いた音と共に、ベリウスの周囲の空間だけが物理的に「静止」した。彼の手も、喉も、そして執務室に仕掛けられた無数の罠も、銀色の薄い膜に覆われたかのように沈黙する。


「……私の『栞』をただの通行証代わりに使った挙句、勝手に殺そうとするなんて。相変わらず下品ね、フェルゼンの裏差配人さん」


少女はユーマの隣まで歩み寄ると、その華奢な手で彼の泥に汚れた頬を撫でた。ユーマの「知力28」が、彼女の周囲に渦巻く魔力量を計測しようとするが、数値が桁外れすぎて脳が真っ白に発光する。


(……測れない。……この人の魔力……、街一つを丸ごと浮かせられるくらいの密度だ……!)


「……君、ユーマと言ったかしら。知力28……その若さで脳を焼くような演算を繰り返して、よく正気を保っているわね。感心したわ」


少女はベリウスの机の上から、あの『深淵の魔導書』を平然と素手で持ち上げた。カイルが「触っちゃダメだ!」と叫ぶが、少女が触れた瞬間、あれほど禍々しく脈動していた禁書が、まるで怯えた仔犬のように静まり返る。


「さて、ベリウス。この子たちが持ってきたのは、本物の『深淵の魔導書』よ。報酬を支払うのは当然の義務。……ただし、あなたの用意した『偽物の薬』と、追跡魔法付きのゴミはいらないわ」


少女は虚空から、瑠璃色に輝く小さなアンプルを取り出した。

「これが本物の『聖灰の雫』。おばあさんを救いたいなら、これを持っていきなさい」


その時、ベリウスを拘束していた空間魔法が、彼の怒りに呼応するように砕け散った。

「……増援を! この女も、ガキ共もろとも殺せ! 一人としてこの地下から出すな!!」


ベリウスの叫びを合図に、執務室の壁が崩れ落ち、完全武装した「番犬」たちがなだれ込んでくる。その数、優に五十。さらには魔導銃を構えた狙撃兵たちが天井の梁に陣取った。


「カイル、動ける!? ……無理やりでも、立って!」

ユーマは少女から渡されたアンプルを懐に押し込み、震える脚でカイルを支えた。


「……おうよ! 薬を手に入れたんだ、ここでくたばるわけにはいかねえ……!」

カイルは、折れた腕の痛みをアドレナリンでねじ伏せ、戦斧「黒鉄」を構え直した。その瞳に、野性的な闘志が再燃する。


「ユーマ、カイル。出口まで私が道を作ってあげる。……でも、ついてこれなかったら、そこで終わりよ」


少女が軽く手をかざすと、彼女の背後に無数の「銀色の剣」が魔力で形成された。

「――『銀河の葬列アストラル・レクイエム』」


閃光。

次の瞬間、狭い地下通路を埋め尽くしていた武装兵たちが、一太刀も浴びせることなく左右に弾き飛ばされた。

ユーマは自身の「知力28」を限界まで絞り出し、少女が放つ魔力の余波を「盾」として再利用する計算を開始する。


「カイル、少女の歩幅に合わせろ! 彼女の魔力障壁の隙間は、左斜め15度……そこだけが、僕たちが生きて通れる唯一の『道』だ!」


「分かった! お前を背負ってでも、離れねえ!!」


三人は、阿鼻叫喚の地下水道を駆け抜ける。ベリウスが叫ぶ罵倒も、放たれる魔導弾も、少女の振るう銀の輝きの前では無力だった。しかし、ユーマの視界は、過負荷により赤く染まり始めていた。MPマイナス8という未踏の領域。脳細胞が一つ、また一つと死滅していくような、焼けるような痛みが襲う。


(……あと……あと三百メートルで、地上への出口……。……そこまで、僕の意識を持ってくれ……!)


地下水道の入り口、廃工場の格子蓋が見えた。

少女はそこで足を止め、背後の追っ手を一瞥すると、指を一鳴らしして通路そのものを崩落させた。


「……ここまでよ。ここから先は、自力で村まで帰りなさい」


「……待って! ……君は、誰なんだ……? なんで、僕たちを……」

ユーマが必死に声をかける。


少女は雨の中に立ち、濡れるのも構わず、いたずらっぽく微笑んだ。

「……私はエルザ。……君たちが、その『知力』と『腕力』で、この腐った世界をどう変えるのか、特等席で見守っているわ」


彼女が銀色の光の中に消えると同時に、フェルゼンの街全体に、非常事態を告げる大鐘が鳴り響いた。


「ユーマ、門が閉まるぞ! 走れ!!」


カイルはユーマを抱え上げ、閉まりかけたフェルゼンの北門へとスライディングで飛び込んだ。背後で、重厚な石の門が「ゴォォン」と音を立てて閉ざされる。


外は、依然として激しい雨。

だが、その手の中には、確かにおばあちゃんの命――「聖灰の雫」が握られていた。


「……はぁ、はぁ……。勝った……勝ったんだな、俺たち……」


カイルは雨の中、泥まみれの地面に大の字に寝転んだ。

隣では、ユーマが意識を失い、静かに寝息を立てている。

鉄錆と黄金の都フェルゼン。その残酷な洗礼を生き延びた二人の少年の顔には、もはや村を出た時の面影はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ