摩耗する心身、泥濘の歩み
宿場町リガを出てから、単調な荒野の道が続いている。
ユーマは歩きながら「魔力の糸」を編み直していたが、その指先はわずかに震えていた。知力28という「頭脳」が導き出す理想の動きに、14歳の少年の「肉体」が悲鳴を上げ始めていた。
「……カイル、足並みが乱れている。あと三センチ、歩幅を広げて重心を低く保てと言ったはずだ」
「……分かってんだよ、そんなこと! けどな、頭じゃ分かってても足が動かねえんだよ!」
カイルが毒づきながら、街道の脇に戦斧を放り出した。その掌は、慣れない「精密な斧捌き」の特訓による摩擦で血が滲み、何度も皮が剥けては硬くなるのを繰り返している。
ユーマは足を止め、自分のステータスを虚空に展開した。
そこにある数字は、昨日から何一つ変わっていない。
(……効率が落ちている。精密演算で導き出した最適解をなぞろうとすればするほど、筋肉の疲労が計算を狂わせる。知力が高すぎることが、逆に自分の身体の『不完全さ』を強調してしまう……)
前世でも経験した、あの感覚だ。
どれほど効率的な学習法を見つけても、結局はそれを実行する「自分」という器の限界にぶつかる。この世界に来て、チートじみたスキルを手に入れたつもりでいたが、結局のところ、筋肉を鍛え、神経を繋ぐには、物理的な「時間」が必要なのだ。
その日の午後は、魔物の襲撃さえなかった。ただひたすら、照りつける太陽の下、単調な素振りと魔力操作の反復。
ユーマは短剣を振るうが、昨日よりも一閃が重く感じる。
「カイル、もう一度だ。共鳴を繋ぐ。僕の演算を君の感覚に流し込むから、それに合わせて……」
「……いや、今はやめとこうぜ、ユーマ。」
カイルが珍しく、静かな声で遮った。
「お前の『正解』は凄すぎるんだ。けど、それをずっと見せられてると、自分がどんどん下手糞になっていく気がする。……今は、ただの『素振り』をさせてくれ。」
ユーマはハッとして、魔眼を閉じた。
自分の「知力」という暴力が、相棒の心の余裕まで削り取っていたことに気づく。努力とは、常に右肩上がりのグラフではない。泥を這いずり、一歩も進んでいないように感じる「停滞」の時期こそが、最も過酷な修行なのだ。
その夜、焚き火を囲む二人の間に会話は少なかった。
ユーマはステータス画面を閉じた。レベルも、能力値も、スキルレベルも、昨日と同じ場所で止まっている。
(……焦りすぎた。おばあちゃんの時間が限られているからといって、僕たちが壊れてしまっては意味がない。今は、この『変わらない時間』に耐えるしかないんだ)
ユーマは、ガルドから貰った短剣を丁寧に布で拭った。
ステータスには表れないが、掌のタコ、筋肉の微かな熱、そして思い通りに動かない身体への苛立ち。それらすべてが、いつか「数字」を押し上げるための澱となって溜まっていく。
「……カイル。明日の朝は、特訓を休みにしよう。少しだけ、長く寝ようか」
「……。……ああ、そうさせてくれ。腰が死にそうなんだ」
おばあちゃんの命、残り二十六日。
一歩も成長していないように見える一日。だが、この「無意味に見える反復」こそが、次にステータスが動くための唯一の条件であることを、ユーマは魂で理解し始めていた。




