帰る方法
薄く唇を引き延ばし、可憐に笑う姿に後光が差すように提灯の光が照らされる。その周りだけ喜びを表すように光が踊る。その人が、神様なのだと、目に映る全てが告げていた。
「縁花神、ここから出る方法はどうしたら教えてもらえるんだ」
「えー! もう本題に入っちゃうの!? もっと、僕とお話ししよーよー!」
癇癪を起こした子供のようにジタバタと手足を暴れさせ、篤志と銀の周りを忙しなく動き回る。銀はその様子に頬を引き攣らせていたが、篤志は静かな瞳で神様のことを見つめる。
「俺たちは元の世界に戻らなきゃいけない。だから、知ってることは教えてほしんだが」
「えーん! 君ってばそんなにつまらないやつになっちゃったのー!? ……いや、実はあんまり変わってないかも?」
「いいから早く教えろよ……」
駄々をこねる縁花神に銀は胡乱げな瞳を浮かべ疲れたように肩を落とす。しかし、縁花神は銀の声は聞こえていないようで、あくまで篤志のことだけをじっと見てくる。
「教えるのは別にいいけどさぁ…………その代わりに君は何を僕に差し出してくれるの?」
前髪の奥できらりと黒い瞳が光る。深淵を覗くような、深い闇に考えも何もかもが奪われていくようだった。
「俺にできることなら、なんでも。あぁ、でも、あくまで元の世界に戻るためだから、無事に戻れない感じのやつだと嫌だな」
「篤志!? な、何言ってるの! あくまで、こんなガキくさくても、一応、神様なんだぞ!」
「君ってば、なんでそんなに僕に対して失礼なの? 不敬罪で訴えたら、神様である僕が勝つんだからね」
縁花神はニコリと笑顔で威圧するが銀は篤志のことしか目に入っていないようだった。
怒ったように目を剥く銀に篤志は体をガクガクと揺さぶられ若干の気持ち悪さを感じながら、銀の手に自分の手を添える。手が触れた瞬間、何かを悟ったように銀の動きが止まる。銀は戸惑うように顔を歪めると、渋々といった様子で手を離す。
「ありがとう、銀。でも、俺はお前と一緒に帰りたいんだよ。帰って、また普通の生活を送りたいんだ」
「……わかってる。でも、それでも、俺は…………!」
訴えかけるような銀の瞳の奥には、篤志ではない誰かが写っているようだった。その重ね合わせた誰かのことを問い詰めたい気持ちをグッと堪え、神様に向き直る。縁花神は二人のやりとりを先ほどとは打って変わり、優しく微笑みながら見守っていた。
「ふふ、これぞ親愛だねぇ。僕はそういうの大好きだよ!」
ニコニコと笑う神様に篤志は決意を秘めた目で見つめる。すると縁花神は心得たように小さく頷く。
「大丈夫、そんなに心配しないで。僕は何も君の命を望んでるわけじゃないんだから」
縁花神が手を前に差し出すと、そこから無数の金色に光る糸が伸びる。光のカーテンが空を覆い、懐かしい景色へと変わっていく。それは大社を超えて町中に伸びていき、隣にいる銀とも繋がっていた。美しくも儚いその光景に篤志は息を呑んで見守る。すると、目の前に一本の細い糸が伸びてくる。
「僕が望むのは君との縁さ!」
その糸は恐る恐るといった様子で篤志に近づくと、篤志の体の周りをぐるぐると回る。そして、握手を求めるようにそっと篤志の目の前で揺れた。
「君の話を聞かせておくれ――君が何を見て、何を知り、何を思ったのか」
篤志はその糸を受け入れるように手を伸ばす。
「僕は、君の話が聞きたいんだ」
糸の先と篤志の指先が触れた時、篤志の脳内にたくさんの映像が流れ始める。膨大な量の記録に、一瞬眩暈がして、平衡感覚を失う。ふらついて倒れそうになった体を、険しい表情を浮かべる銀が優しく抱きしめる。微かに震える手には不安と心配、そして淡い期待が込められていた。
ここがどこかわからなくなった時、遠くの方で楽しそうな声が聞こえてくる。
多くの人の声。
妖たちの声。
神様の声。
何もない小さな場所だったけど、そこには暖かく優しい空気で満ちていた。
たくさんの人に囲まれて、大切な家族に恵まれて、不満なんて抱きようがなかった。
それなのに、彼は――篤志はその全てを断ち切ってしまった。
「――!」
誰かが篤志の名前を呼んだ。それは、聞き覚えのない名前だったのに、確かに自分の名だと思った。振り返ると、幸せそうに笑いながら手を振る銀がいる。
(あぁ、そうだ。俺は、ずっと昔に――)
忘れていた記憶のカケラが戻ってくる感覚に篤志は身を委ねる。体の奥底から力が湧き上がってくるのを感じた。
光の向こうで、一人の人物を中心にみんなが縁を結んでいる。
篤志が置いてきてしまった過去が、そこにあった。
「それでも君は選んだんだ」
神様の声が聞こえる。悲しそうな、寂しそうな、複雑な気持ちをはらんだ声色だった。
「だから、今度も君が選ぶんだ」
痛みに耐えるように笑った縁花神は篤志の背中を押す。
「縁を結ぶか、それともまた全てを捨てるのか」
その言葉に篤志は小さく頷くと、世界は白い光に包まれる。
「……し!」
縁を寄るべに、もう一度この世界へ――。
「篤志!!」
ハッと目を開けると焦ったように篤志の顔を覗き込む銀と目が合う。銀は淳が目を覚ましたことで少しだけ緊張の糸が切れたのか、ホッと胸を撫で下ろす。
「それは、君がかつて手放した縁」
縁花神の声がどこからか聞こえてくる。篤志は銀の手を借りながら体を起こすが、縁花神の姿はどこにもなかった。先ほどまで見えていた無数の縁の糸も闇に溶け込むように消えてなくなっている。
「現世と《幽世》は縁の糸で結ばれているよ。迷わずにあちら側に帰るためには、その縁の糸を太く、強いものにしなきゃいけない」
周囲を見渡し、空を見上げる。二つに重なった月が煌々と世界を照らしている。
「《幽世》の住人たちの願いを叶えて、新しい縁を結ぶといい」
鈴の音のような清らかな声が大社中に響き渡った。
「君の話をたくさん聞けることを楽しみにしてるよ」
耳元で縁花神の優しい声が聞こえる。篤志はわずかに目を見開くが、振り返ることはしなかった。
「ようこそ、《幽世》へ!」
それは祝福のようでもあり、宣告のようでもあった。
その声と共に、神様の気配は完全に消えてしまう。大社に取り残された二人は、その余韻に浸るようにしばらくその場にとどまり続けた。




