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変わることへの恐怖

 一方で、前を向いて歩き出した篤志の横で銀が不安そうに視線を彷徨わせていた。その迷いから目を逸らし、銀はいつも通りの気の抜けたような笑顔を篤志に見せる。


「緊張してないか? あー、ほら、かつての自分の住んでたところなんて、人生何周してもなかなか訪れることってないだろう?」

「俺は人生何周もするほど繰り返してるのか?」

「いや、そこまで極めたら神様だって辞めれちゃうんじゃね」


 冗談を真面目に返す篤志に、ぎこちなく笑い返すと、銀は次第に言葉を失っていく。銀は戸惑うように手を伸ばしかけて何度も止めた。その様子を篤志も見ていたが、あえて自分からその手を握ることはなかった。きっと篤志が前に進み続ける限り、銀の恐怖の根本を取り除いてはあげられないと感じていた。


「俺が、誰かと縁を結んでいくのは怖いか?」


 篤志の指摘に銀は小さく息を呑む。震える唇を噛み締め、深く息を吐き出すと顔を上げて篤志の方を向いた。



「……怖い。怖いよ、篤志」



 正直な銀の気持ちを篤志は正面から受け止めると、「そうか」と小さく頷いた。


「でも……それでも、篤志がそうしたいなら、俺は止めない。昔も今も、篤志の進む道を守るのが、俺の役目だから」


 自己犠牲にも取れるその覚悟に、篤志は辛そうに眉間に皺を寄せる。篤志はまだ銀の覚悟に返せるだけの答えを持ち合わせていない。


「ありがとう。俺のことを尊重してくれて。銀がいてくれてよかった」

「……はは、俺ってばいいように使われすぎかも。そろそろ篤志からのご褒美が欲しいなぁーってね」


 その言葉を聞いた篤志は、元気なさそうに萎れている耳に手を伸ばす。ゆっくりと耳の先端から付け根、そして頭を何度か優しく撫でる。篤志は銀の顔を覗き込んで全てを許すような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。その笑顔を目の当たりにした銀は大きく目を見開いた後、耳をピンと立て、瞬間的に顔を真っ赤に染めた。



「なっ!? な、なに!? なんで急に!」

「俺が撫でたくなったから?」

「は、はぁーー!?」



 銀は篤志の手から逃げ、自身の耳を守るように両手で押さえる。そして、少し離れたところから「破廉恥! 恥知らず!」とトマトのように顔を染めながら抗議の声を上げていた。周囲を歩く妖たちに変な目で見られていたが、銀を襲った衝撃はそれ以上だった。



「おまっ、こ、こんな往来で何するんだよ! 何気に撫で慣れてるし! 俺、そんな子に育てた覚えはありませんよ!?」

「実際、お前には育てられてないけどな」

「そーいうことじゃないでしょー!」



 二人はピタッと止まって顔を見合わせるとどちらともなく笑い出す。お互いの目尻に涙が滲むほど心から笑うと、銀はゆっくりと姿勢を正し篤志を見つめる。その瞳に迷いはなく、どこまでも篤志に付き合うと伝えていた。彼の決意を受けて、篤志は申し訳ないなと思いながらも、決して視線を逸らすことはなかった。


「あーあ、全部欲しいなんて、俺の神様は本当に強欲でいらっしゃる!」

「それでも、俺についてきてくれるんだろ?」

「そーですよ! 可哀想な篤志様のお供は、来るなって言われてもしがみついてやりますよーだ!」


 いーっと歯を見せながらも銀は篤志の手を握った。今度は迷うことなかった。触れた指先から伝わる熱に篤志は自然と顔を綻ばせる。


「前は、篤志が俺の手を引いてくれたんだ。だから、今度は俺の番!」


 前、というのがいつのこと指すのか定かではなかったが、吹っ切れたように篤志の手を引いて走る銀に羨望の眼差しを送る。


 篤志が《幽世》に来てからも平常心でいられるのは、間違いなく銀のおかげだった。銀は過去に引きずられて、気がついていないようだったが。頼れる人がいなければ、こんな普通じゃない場所で落ち着いてなんていられるわけなかった。ましてや、前世と向き合うことなんて到底無理だっただろう。


 言葉で伝えてみてもよかったが、タイミングを間違えると銀は調子に乗ってしまうから。今は、篤志はあえて感謝の気持ちを伝えなかった。


 この件が一段落したら、もう一度銀の頭を撫ででもいいかもしれない、と味をしめながら二人は妖たちで溢れる町を進んでいく。

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