思い出
そこは懐かしさを感じる境内だった。
蹴鞠を蹴って遊ぶ座敷童子の少女はムキになった狐の男と一緒に笑っている。
その様子を篤志のちょうど反対側、社の階段に座り込んで微笑む男が見守っている。
男に呼ばれた少女は弾けるような笑顔で駆け寄ると、頭を優しく撫でてもらっていた。嬉しそうに、幸せそうに。ずっとこの時間が続くのだと、信じて疑わず。
男は着物の懐から小さな桐箱を取り出す。その中には花の彫刻がされた淡い桃色の櫛が入っていた。
少女はそれを受け取ると、嬉しそうに顔を綻ばせる。
『ずっと、ずーっと、大切にする! だから、どうか――』
その時、現実に引き戻されるように、世界が急速に遠ざかっていく。暖かいその景色だけを、遠い過去に残して。
『――どうか、私のこと忘れないでね』
少女の願いを最後に、篤志の意識は今に戻ってくる。
「篤志、お前……なんで、泣いてるんだよ」
隣から銀の手が伸びてきて、そっと目元を拭われる。頬を伝う冷たい感触が、寂しく、胸を締め付けるから余計に涙が溢れてきた。
「わか、らないっ。なんで、涙がこんなに、溢れるのか。でも、これは……」
この櫛に残されたものは――。
「――俺が、手放してしまった縁だ」
手の中の櫛を壊れものを扱うようにそっと胸の前で握りしめると、篤志は静かに涙を流し続けた。
神様だった篤志が、何を思って人間に生まれ変わったのかはわからない。だけど、前世の篤志の選択が、多くの誰かに傷を残しているのだとしたら。それは今世の篤志にも無関係とは言えないのではないか。
そう、たとえば、ずっと支えてくれていた銀が寂しそうに笑うのも。
それは全部、篤志の業なのではないか。
「俺は、平気だ。どんな形であれ、篤志のそばにいられたんだから」
潤んだ視界で銀の綺麗な金色の髪を見つめる。その間からぴょこっと生える二つの耳が、彼の感情に合わせるように伏せている。
「でも、もしかしたら、あの子供は篤志との縁が途絶えて、道を見失ってしまったのかもな」
その家の幸福を願った少女。
明日も続くと信じた暖かい日々。
そんなある日、帰るべき場所を失った座敷童子はどこへ向かうのか。
縁を頼りに生きる彼らが、縁を失った末路には誰の心にも残らない最後しか残っていない。
篤志はそのことをちゃんと考えていなかった。
「あの子が、俺との縁を欲しがったのは、もう一度ただいまを言える場所が欲しかったのか」
静かに涙を流しながら、篤志はその想いをたしかに受け取った。
「お兄さんの、行くべきところはわかったのかい?」
その場に漂った重たい空気をものともせず、ダンが口角を少しだけ上げる。篤志は乱暴に涙を拭うと、しっかりと前を見据える。
「あぁ、あの子に伝えに行こう――ただいまって」
目指すはかつての自分の帰る場所だったところ。
思い出の社へ。
迷いを捨てて歩き出した篤志の背中をダンは期待するようにじっと見つめる。思うところがあったが、それを振り払うようにダンは頭を振って二人へと背を向けて歩き始める。




