約束
「……それで、座敷童子の子供はどこで見たんだ?」
二人の応酬が一通り終わったのを確認して篤志が本題を切り出す。ダンはしばらく答えるのに悩んだ後、ポンっと手を打つ。
「タダでやる情報ほど高い買い物はないんですよ、お兄さん」
「……つまり?」
「お兄さんからも何かくださいな」
肩を揺らしながらダンは篤志に手を差し伸べる。
情報に見合った代償を――。
ダンは言外にそう言っていた。
その要求に、銀は毛を逆立たせ、威嚇するように尾が大きく広がる。瞳孔は細く、鋭くなり、震える唇の合間からは獣の牙がのぞく。
「お前……今ここで八つ裂きにされたくなければ、その言葉を撤回しろ」
「やだなー、俺は狐のお兄さんに話してるんじゃないんですよ。人間のお兄さんに話してるんだ――外野は黙ってろよ」
一触即発の雰囲気がその場に漂う。怒りからか銀の手の爪が鋭いものに変わっていく。あと一歩、どちらかが動けば乱闘が起きる寸前。篤志は銀を止めるように前に出てダンとの間に立つ。守るべきその人が割って入ってくるのを見た銀は一瞬、混乱した。その後ろ姿から銀には篤志が次に言うことが手にとってわかるようだった。
銀は篤志を止めようと口を開きかけたが、当の本人の瞳を見て思い留まる。その瞳は、キラキラと輝き、これから起こる何かに対してとても楽しそうだった。
「いいよ、銀。俺は大丈夫だから」
「……はぁ、そうじゃないんだけどなぁ。なんでお前は俺に守られててくれないのかなー」
怒りの矛先を納めると銀は拗ねたようにそっぽを向く。数時間前にも見たその表情に篤志は思わずクスリと笑ってしまった。笑われたことも不満なのか銀は軽く篤志の肩を小突く。
「銀に守られてばっかじゃ、カッコ悪いだろ? 俺だって、カッコつけたいんだよ」
どこか楽しげに唇の端を持ち上げた。普段は見られない篤志の表情に銀は胸を射抜かれ、心臓のあたりを抑える。そして、「ぐぅ……ず、ずるぅ…………」と篤志にはよく理解できない言葉を呟く。篤志のかっこよさに銀の心を満たしていた怒りはいつの間にか消えていた。
「話はついたっすか? 俺の話を進めてもいいですかい?」
「あぁ、それで、ダンは俺に何を求めているんだ?」
「簡単なことですよ」
体を揺らしながらダンが篤志に歩み寄る。篤志の後ろでは銀が警戒するように睨んでいたが、篤志が手でそれを制する。
ダンは篤志の手をそっと掴むと自身の口元までゆっくりと持っていく。そして、契りを交わすように篤志の薬指の根元に口付けを落とした。
「――俺が、望んだ時に、一つだけ願いを叶えてくれ」
軽いリップ音と共にダンの顔が離れていく。ダンはフードの下から黒曜石のような煌めく黒い瞳をのぞかせる。
否定しないでくれ――どうか、受け入れて。
そんな願いがこもった瞳の熱に篤志は快く頷く。
「いいぞ――俺にできる範囲であれば、ダンの願いを叶えるよ」
なんの疑いもなくそう言い切る篤志に、ダンは眩しいものを見るように一瞬息を呑む。異形の者と結ぶ縁に躊躇しない人間。その純粋な心にダンの琴線が震えた。そしてすぐに体を丸め、声をあげて笑い出す。
「はははっ! お兄さん、絶対に早死にするタイプでしょー! こりゃあ、そっちの狐のお兄さんが警戒心むき出しになるのもよくわかる!」
「そうか? 俺はよく慎重そうだなって言われるけど……」
「それはきっとみんながお兄さんの本質を理解していないだけですよ! こんなにも、脆くて危うくて、輝く宝石の原石なら誰だって隠したくもなる」
腹を抱えて笑い続けるダンに、痺れを切らした銀が間に入ってくる。
「あーもう、これ以上はダメ! お前も、篤志に話し終わったならいい加減離れろ!」
威嚇するように歯を見せる銀に篤志は宥めるように背中を撫でる。その手の温もりが気持ち良かったことは銀だけの秘密だった。
「はは、楽しい余興をありがとう。それじゃあ、俺が知ってることを教えますよっと」
ダンは懐から一つの櫛を取り出す。それは手のひらに収まるほど小さな彫刻入りの櫛だった。先は丸く、淡い桃色で染められた背には花の彫刻が施されている。
「それは……?」
ダンの手から小さな櫛を受け取ると篤志と銀は確認するように回して見る。明らかに女の子の子供が使うサイズで篤志には関係ないはずなのに、なぜかその櫛からは懐かしい気配がした。
「これは、あの座敷童子の子供が落とした物ですよ」
篤志の手の中にある櫛にダンがそっと手を沿わせる。触れたところから熱を帯びるように、じんわりとした温かさが手に伝わってくる。
「想いを依るべにして縁が道を示す」
その言葉に導かれるように、篤志の見る景色が変わる。




