魔王と勇者・それから
さて。人間どもの前で最初の自作自演を披露してから……えーと、たぶん、百五十年くらい経った、と思われる昨今。
「…………おかしい」
魔王城二階。定期的に行う散歩の最中、火炎放射の罠の視認でき具合やら火力やら発動のタイミングやらを確認し、つぶやく。
「ん? この程度なら城自体が燃えるわけでもないし、火力に問題はないと思うけど?」
向きの問題? と、首を傾げるのは、暇なときにときおりこうしてともに魔王城の罠巡りに繰り出すようになったスヴェイ。こやつも知っておることだが、魔王城は城自体が余の魔力でコーティングされておるので、外的要因による傷なんぞつきようもない。ゆえに火力ならもうすこし強めても……って、そうではない。
「いや、おかしいのは罠ではない。欲を言えば発動のタイミングをもうすこし早めると、対処の猶予を縮めて良いのではないかと思うが」
「あー、確かに。視認できないよう噴射口を壁に隠したのはいいアイディアかもしれないけど、そのせいでひと手間分起動に遅れが生じてるのは事実だし」
「うむ。壁の一部が動くときの音がしてから火炎放射までの間で、避けるなり障壁でも展開するなりも可能になってしまっておるしな」
「いっそ連続して設置すればいいんじゃないか? まあ、来た方向に避けられたら意味ないけど」
そうさな。このあたりはもう一度考え直す余地があるようだ。
「……って、だから違うと言うておるのに!」
「いや、真面目に乗っかってきておいてキレられても」
「キレておらぬぞ。余は存外温和で温厚な魔王だからな」
余をキレさせたら大したものだ。というのはなにかのフラグになると以前言われたことがあるので、もう言わぬようにしておる。
それはともかく。
「おかしいのは罠ではなくてだな。人間どもだ」
「勇者の育ちが悪いって?」
「それだ、それ」
わかっておるではないか、と続ければ、割と定期的に言われればわからないわけがないと返された。むう、仕方なかろう。スヴェイ以来、いまだ人間どものだれひとりとして余のもとに辿り着いておらぬのだから。
人間三世代分くらい待つぞと思っておったが、三世代って具体的にどのくらいなのだろうな。
「まあでも、成長はしてると思うけど。現に、この城までは辿り着けるようになってきたんだし」
確かに。遅々とした歩みではあっても、堅実に力をつけてきておるというのは否定しない。ちょっと様子見をするとすぐにだらけだすゆえ、定期的に演目を変えつつ自作自演を繰り返し、緊張感を煽ってやっている余たちの努力も決して無駄にはなっておらぬのだ。
ヴィアやラズアも定期的に姿や偽名を変えては勇者業を盛り立ててくれており、気づいたらこの城にあやつたちの部屋ができておった。これまた定期的に報酬を与えておるので、そのどこかで希望されたのだ。どのくらいの頻度で使っておるかは知らぬが、あやつらを城内で見かけることも増えた。
それゆえか、最近はスヴェイと顔を合わせても殺気立つことはなくなったように思う。友好を育めておるかどうかまではわからぬし興味もないが。
「しかしなあ、結局余のもとまで辿り着けんのであれば、余の目的は果たせておらぬし」
「なら、罠を全撤去すればいいんじゃないかな。ストレートで上ってこられるけど」
「いや、この程度の罠をかいくぐってこられぬのであれば、余のもとまでこられたとして、瞬殺してしまうだろう」
殺さぬが。
そうこたえれば、スヴェイは面倒くさそうに……こやつ、余を上司と思わぬ態度に磨きがかかっておらぬか? 余の目の前で堂々と溜息を吐くでないわ。
「……いっときの惰弱っぷりからみればだいぶ持ち直したと思うけど、この罠を自力で解くための魔法を多くの人間が使えるようになるには、あと五十年はかかると思う」
「五十年……」
「まあ、罠の解除は諦めて、ほかの能力を上げるって手もあるだろうな。ドワーフの技術は衰えるどころか進化していっているんだし、罠だけ魔法具に頼るというのもありなんじゃないか」
なるほど、それはそれでよいな。うむ、作戦勝ちだ。
ちなみにドワーフの技術は、余が推奨し支援をするようになってから、一層の進歩を遂げてきておるらしい。特段魔族が占有しておるわけでもないから、人間であってもアオナギ共同区域などの特定の場所であれば容易にやりとりも可能だ。
「俺が異質につくられていただけで、いまの人間の技術や能力は俺の時代ともそう変わらなくなってきたと思うよ」
「そうなのか……」
うーむ、さすがに当時のスヴェイの状況を知った以上、あれはちょっと引くしな。当時のスヴェイが特殊だっただけで、ほかは軒並みいまの人間程度であったと言われれば納得いく気もするし、人間の進歩具合も致しかたないかなーと思えなくもない気もする。
下手に人間同士で諍いあうような暇があるなら、余の討伐に尽力する姿勢を保っておるだけでもよしとすべきか。というか、それを利用してどこかの人間の国が別の人間の国を攻めようとしたこともあるにはあったが、余がちょいと出向いてかるーく脅しをかけてやめさせたりしておるので、戦争などにはいたっておらぬという背景もあったりはするのだが。
どうあれ、人間どもの実力は総じてまだまだといえよう。であれば、そう。
「……そろそろ、出向くとするか」
スヴェイに声をかければ概ね手合わせに付きあってくれるし、なんならスヴェイのヤツこそ着実に実力を上げてきおって、かなりよい死合いとなってきておるので余は大変愉しませてもらっておるのだが、それはそれ。人間どもがまだまだであるならば、余は……いや、オレは、あやつらの尻を叩いてやらねばならぬのだ。
というわけで。オレの勇者業、現在進行形で健在だったりする。
ヴィアやラズア同様、定期的に姿を変えてはちょこちょこ勇者として人間どもの士気を上げに赴く日々。……いや、本業魔王は忘れておらぬので、魔王業の合間を縫ってということになり、いうほど出向けてはおらぬのだが。相変わらず、ベイズの拘束がひどい。
相変わらずといえば、ベイズは変わらずともに繰り出してくるし、変化のための魔法を覚えたスヴェイもまたついてくることもあるようになった。そのぶんフェイアがいまはもう勇者業のほうについてくることがなくなったが……おかしい。もうオレ、だいぶ勇者業慣れてきたと思うのだが。
気まぐれについてくるスヴェイはともかく、ベイズの監視はもうなくてもよくないか?
「まあ、前回から考えてもそろそろ許されそうな時期か」
「だろう?」
「……勇者業あると、魔王業への取り組みがかなりよくなっていいってクーベルハイズ言っていたなあ……」
ぼそりとつぶやかれたスヴェイのことばは聞こえなかったふりをする。ベイズのその意図に気づかぬ余ではないが、下手に藪をつついて余計なものを出したくはないのだ。
余は勇者業が継続できればそれでよい。
……いやでも、余、もともとそれなりに魔王業ちゃんとやっていたと思うのだがなあ……。
ともあれ、そうと決まれば散歩が終わり次第、ベイズに打診をしに行くとするか。
いつか余に挑める勇者が大量に育つそのときを目指し、余は地道にかつ堅実に、勇者の普及とそやつらの実力向上のため、勇者業に精を出すのだった。
ここまでおつきあいくださったかた、本当にありがとうございました!




