魔王と勇者・2-2
現場は比較的人間の住まう都市に近かった。いや、がっつり街中の可能性もあったかもしれないと思えば、まだ動きやすくてよかったと思うべきだろうか。
世界を壊したいと願うなら、街中でこそ邪神を生み出して、まずはその場に居合わせた人間と周囲の建物でも一掃することからはじめてみればよかったものを。ひとまず本当に生み出せるか確かめたかったのか、それともなんだかんだとすぐに手を下すということに尻込みでもしたのか、はたまたなにか別の理由をもってだれもおらぬ草原を選んだのか。
余には推し量る術もないが、なんとも半端だと思う。
とはいえ、ここは人間の領域と人間が主張する場であることには変わらん。ついでに、邪神の図体だけは大きいから目立っておることだし、討伐隊らしき騎士やら傭兵やら冒険者やらのギャラリーが集まっておるのは必然とも言えるやもしれない。
邪神は、有能な余の眷属が姿を隠したまま結界内に閉じ込めておるため、なにをすることもできずにいるようだ。だがそれは結界という壁で隔たれた人間にしてもおなじこと。ゆえに奇妙な膠着状態となっておるようだった。
これだけ人間がおるところに、まさか魔王として登場して邪神をどうにかする行動を取るわけにはいかぬ。そんなことをしたら、先の自作自演が台無し一直線になってしまうゆえ。というわけで、オレはいま勇者バージョンでこの場に居合わせていた。
ここに来た理由はひとつ。セツヤと落ちあうためだ。
余がなすべきはここで行うつもりはないが、まずはセツヤに会い、説明をせねばはなしが進まぬ。もしかしたら、はなすまでもなく理解をするやもしれぬが、それならそれで構わん。
とりあえずセツヤを待つ間、ついでだしと邪神の鑑定もしてみた。容貌は……うーん。余、見た目とかあんまり気にしないゆえ、詳しくどうこうとも表現しかねるが、大きくて黒くて翼の生えた獅子……獅子? たぶんそれが最も近かろう。そんな姿をしたものが、負を靄のように纏っておる。
能力的にはベイズにもスヴェイにも大きく劣るし、ヴィアやラズアにも劣る程度。まあ、それなりに実力のある魔族相手に呪詛なんぞかけようものなら返り討ち一直線でしかないから、飲み込まれたものたちがどれほど力になれる能力を有すものたちだったかというと……察するに易かろう。つまりは、強くなどなりようもないと。現実は無常よな。
ともあれ、そうして飲み込まれおったものどものために、こうしてわざわざ手間のかかる方法を選ぶことになったのだから、ひとまずそやつらの状況を確認する。これが鑑定の目的だった。
で、結果はちょっとマズそう。こうして飲み込まれておるということは、当然邪神のほうが強いという証左で、であればどれだけ抵抗し自分を保っていられるかというのは時間の問題でしかないわけだ。
……これ、もしかしないでも、いくらか救出間に合わんのではなかろうか。
いやでも救出作業はするわけだし、それで間に合わんぶんは余の責任ではないよな。な。
「あ、あなたは、ルウさん! それにフェイアさんも!」
ベイズの意向はひとまず聞かずにおこうと内心で決めたところで、ふいに声をかけられそちらを向く。えーと、あの人間はオーラムではなく、ユフォルでもなく……。
——アンサーさんですわ。
おおう。フェイアが素早く思念を送ってきおった。
…………で、だれだっけ?
——シルヴィちゃん……この邪神を生み出した子の父親です。
追加の情報がきた。
ふだんならこころを読むなというところであるが、今回は良い。痒いところに手が届く、というヤツだ。
………………いやでもやっぱりこころを読むのはやめてほしい。
オレの名を呼びこちらまでやってきた人間は、縋るようなまなざしを向けてきた。
「る、ルウさん……! ああ、本当に……また会えるなんて……っ! お願いしますっ、お願いしますっ! 娘を……、娘を助けてください! ルウさんなら娘を助けられますよねっ⁉」
いや別にまだるっこしい上辺だけの挨拶とかどうでもよいが、それにしても用件のみに偏りすぎではなかろうか。これ、事情もなにも知らんかったら「は?」で終わると思うのだが。
ついでによくよく考えれば、いまの偽りのオレのステータスを前にこれほど縋るというのもどうなのだろうな。よく覚えておらぬが、それだけ素晴らしい活躍を見せたのだろうか、オレ。
というか、オレの両腕をがっしり掴んで下方から見上げてくる人間、距離近すぎん? 焦点もあってなくない?
「アンサーさん、落ち着いてください」
既知だからだろう。フェイアが比較的穏やかに人間をオレから引き離す。ベイズもともに来ておるのだが、そのベイズがさっきから飛ばし出した殺気に怯みもしないとは、この人間、よほど混乱極まっておるようだな。
ちなみに、なんかメルナもついてきおったが、スヴェイは当然待機だ。人間どもに顔が割れたばかりでオレが連れ歩いたら全部台無しだし。
フェイアに諭され、人間はよろよろと数歩後退ったあと、片手で顔半分を覆う。見開いた目を向ける先には地面しかない。
「あ、ああ……すみません。取り乱したりして……。娘が……シルヴィが、あの化物に取り込まれてしまって……」
「いや、アレを生んだのは貴様の娘だろう」
はっきりきっぱり言いきってやれば、弾かれたように人間が顔を上げ、その傍らでフェイアが咎めるように眉根を寄せた。
なんだ。妙な腹芸で無駄にする時間なんぞありはせんぞ。
「ご存知、なのですか……」
「メルナが呪具を渡されたしな」
情報源をぼかすくらいはもちろんする。オレはあくまでいち人間の勇者であるという体を装ったままでおらねばならぬからだ。
ある程度は勇者だからでごり押すことはやめぬが、そうするにしてもさすがに無理が過ぎることは避けるにこしたことはなかろう。
そのあたりの采配がオレの主観であることは否定せぬ。
というわけで、解に辿り着くのに最も適しているだろう理由だけを上げれば、人間は慌てた様子でメルナへと向く。
「ああ……っ、あの子は、なんてことを……っ! すまない、すまないメルナちゃん。なにか異変や異常はないかい?」
「メルナは無事だから気にするな。それよりアレだろう」
邪神をアレと呼ぶのは念のため。人間が化物呼ばわりしておったから、もしかしたら邪神と知らぬのではと思ったのだ。知らぬのであれば教える必要もあるまい。説明、面倒だし。
オレが意識を邪神のほうに戻させようと促せば、人間はあっさり戻ってきた。
「そう、そうなんです! だれかはわかりませんが、いまは結界を張ってくれたかたがいるようであの場に留まっていますが、いつどうなるか……。いまのうちに、どうにかして娘を取り戻したいんです」
いやいや、取り戻したいもなにも、その娘が元凶だろうが。
そう思い呆れた視線を向けたが、視線だけで留めたのは単に面倒だったからにほかならぬ。まあそもそも、こやつに絡まれていることがすでに面倒以外のなにものでもないのだが。
「あれー? 呼ばれて来てみたら、なんか取り込み中?」
どこか間延びしたような、のんきそのものの声を上げて割り込んできたのは、このタイミングゆえ言うまでもなさそうではあるが、セツヤだ。
魔力もほぼほぼないようなこやつが常に割と早めの行動ができておるのは、先々代関係の協力者による支援があるからでしかない。フェイアを主とした協力者から情報を得、転移魔法を使える協力者によって即座に移動する、というのがセツヤのやりかたなのだ。
「ああ、こやつは気にせんで良い。それよりセツヤ、アレだ」
「あー、アレ。はなしは聞いてる」
放っておいても良いと言い捨てた相手である人間が取り縋ろうとするが、フェイアによって止められた。まったく。おそらくついでに娘とやらも解放されるだろうから、煩わせるでないわ。
オレは人間を無視してセツヤとの会話のほうを進める。
「アレの負を取り払って、飲み込まれたものどもを解放する。手を貸せ」
というか、先々代の力を貸せ。言外に含めて言えば、セツヤはわずか目を瞬かせたあと、なるほど、と理解をする。
うむ、察しがよいな。
「吸わせるのは構わないけど、アレ自体はどうするんだ? あれでいて生まれた以上は……あー……消せないんじゃないか?」
たぶん、眷属だろうと言いたかったのだろう。視線がちらりと動いた先には人間がいたから、ことばを濁したのだと察した。
ともあれそれなー。邪神って、一応余の眷属だからなー。余も消滅させるのはマズいと思ったのだ。
ぷちっとはほら、大事の前の小事というか、まあ仕方のない犠牲でいいよなって思ったのだが、ほかを助けるとあらば邪神だけ消滅させるというわけにもいくまい。なにせ余、存外温和で温厚な魔王ゆえ。
というわけで。
「そのへんの加減は任せる」
余は魔王ゆえ、余の眷属たる魔族に対して責があるのも事実なのだが、本質としてはそのへんどうでもよかったりする。なんかこう、存外温和で温厚であるがゆえに条件があってしまえば守ることもやぶさかではないが、基本的には放置でいいんじゃないか? という精神が、実は強い。
ほら。魔族って実力主義だし。なにがあろうと自分の実力で自己責任がデフォルトってこともあるし。
片っ端から救いたい守りたいなんぞという、魔王らしからぬ聖人君子の領分は先々代のみのもので、であればそういった領分に踏み込む案件は先々代の関係者こそが担当すればよいではないか。
そんな余の判断のもと下したことばに、セツヤは若干頬をひくつかせた。こやつ、先々代信奉者代表ゆえに先々代の思想を継ごうと躍起になってはおるが、その実魔王らしい魔王が前世であった過去は伊達ではない。
本質的には余よりよほど冷酷で無慈悲なのだ。
本質を知っていようと、けれどその存在意義を先々代にこそ置いていることも知っている以上、余としては利用できるものを全力で利用することに手は抜かない。そんな余に、セツヤは一度盛大に溜息を吐いてから頷いた。
「…………わかったよ」
いやー、自分で自分に、自分にはあわない枷をつける意味がわからんな。余はベイズという枷だけで腹いっぱいだ。
「うむ。では任せたぞ」
「はいはい。……兄さんによろしく」
よろしく言われても伝わる相手ではないがな、などという空気の読めぬことは言わぬ。ふ、できる魔王なのだ。
ひとまずこちらは任せて、あとは余が余にしかできぬことをしに行くか。




