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魔王と勇者・2-1


 まあ、うん。単刀直入にいこうか。



 結論。人間の思考や行動は余には理解が難しい。



 というわけで、半ば一笑に付す感じでまさかなーと思っておったフェイアの仮説は、現実だったと報せが入った。


 いやあ、やるなあ人間。やっていることがグリードとおなじって、余も恥じるべきかな、魔族のトップとして。


 フェイアの報告では、既に邪神を生み出そうとしている段階は過ぎていたらしい。あやつにしては珍しく後手ではないかと思ったが、どうやらそれを目論んだ人間の行動が迅速に過ぎたとのこと。

 戦争を余が阻止した直後には行動に出たようで、なんなら自棄でも起こしたのではなかろうかと思えるスピードらしい。フェイアとしてもまさかそんなことをするなんて、という先入観を拭えなかったこともあり、情報を得るに遅れたという。

 フェイアの情報網って確かに有能ではあるのだが、それでも個人の手法をもってしてのものには違いない。であればフェイアの心理状況が影響を与えるのは仕方ないといえよう。それでも情報として取り扱うものの信憑性自体には私情を挟まないようにしているだけ、信頼度は高いとも思っておるが。


 言ってしまえば、情報云々とか、いざとなればあんまりあてにせずともなんとかなるからどうでもよくなってしまう、というのもある。余、魔王ゆえ。


 とにかく。その邪神だが、たぶんあんまり強くはない。なにせ世界に溢れ、あぶれた負がさほど増えておらぬからな。感覚でもわかるにはわかるが、一応先々代の器で視認もしてきたところ、前回からすっごい増えたということもなかった。

 よって。



「放っておけばよいのではないか?」



 邪神自体は特段珍しいというほどのものでもないし、それがそんなに強くないともなれば、わざわざ余が出向く理由なんぞなにもない。そう、余、全然興味がわかないのだ。

 そやつ相手に死合えるとも思えんし、それならスヴェイに手合わせしてもらったほうがよっぽど有意義だと思うんだよな、余。

 という内心を隠す気もなくさらっと告げれば、フェイアにくっついてきたメルナが声を上げる。



「そ、そんな……っ! お願いします! シルヴィちゃんを助けてください!」



 ………………………だれだっけ。



「メルナにあのブローチを渡した人間のこどもですよ」



 む。フェイアまで余のこころを読みはじめたか。いやそれ勘弁してほしい。そういう心臓に悪いの、ベイズだけで充分なので。



「なんだ。その人間が自分で生んだ邪神を律せず飲み込まれでもしたか」


「……ええ。そのとおりですわ」



 興味もないままくちにした可能性を、フェイアが一瞬目を見開きながらも肯定する。

 なんだ。余にとっては敵ともならなかろうと、邪神としてこの世に顕現できただけの存在だ。たかが人間ごときに律することなんぞできなかろうから、その負に飲み込まれるのは必然とも言えように。

 わかりやすく高い可能性をくちにしただけで驚かれる意味がわからん。

 そんな余の抱いた謎は、スヴェイよって解明された。



「え、こども? こどもが呪術を使って邪神を生み出したのか?」



 なんと。問題は術者がこどもであったことのほうだったのか。


 いや、人間がどのくらいの年齢で呪術なり魔法なりを使えるようになるのか知らんかったし。余、生まれてずっと魔王だったから、成長過程とかわからぬし。

 なんにせよ、できるできないは個人差であって、そこに年齢を考慮するという考えはまったく浮かばなかった。


 そうかー。人間のこどもは呪術を使えると驚かれるものなのかー。



「ええ、わたしもてっきり、父親のほうが術者なのかと思っていたわ。いまは結界を張ることに長ける魔族たちに頼んで、人間には認識されない位置から結界内に閉じ込めるよう頼んでいるけど、あの子の目的はこの世界を壊すことにあるようでした」


「いや、無理だろう」



 即座にきっぱり否定する。なにせ余がいるし。世界を壊すとか、余並の能力を持つわけでもないのに無茶が過ぎる。

 余のこたえにフェイアが頷く。



「ええ。世界は無理でしょう。ですが……人間の国なら、すくなくともいくつかは壊滅させられるはずです」



 えー。ちょっと人間、束になってでもがんばってみせよ。そんな強くもない邪神一柱にいくつか国が潰されるって、むしろ引くわ。騎士団なるものとかはどうした。

 やれやれ。仕方ない。今後の可能性の芽がこんなことで潰されるのもおもしろくないし、余は存外温和で温厚な魔王でもあるゆえな、助けてやるか。



「仕方あるまい。その邪神、ぷちっと潰すか」


「……っ! ま、待ってください! そんなことをしたら、シルヴィちゃんが……」



 そう言われてもなー。そやつ、もう邪神に飲まれたのだろう? なら、ぷちっとしてやったほうがいっそ救いなのではなかろうか。

 邪神に飲まれる、というのはことばのとおり。邪神の成す負に飲まれ取り込まれることを示す。いつまで生きていられるか、自我を保っていられるかはそのものによるようだが、行き着く先は邪神の一部と化し融けるのみ。


 まあ人間ごときの知識ともなれば、そんなつもりではなかったとか、そんなことになるとは思わなかったとでも言いそうだが、知らず分不相応なものに手を出したのであれば自業自得だろう。知っていてその覚悟をもって臨んだのであれば、その覚悟やよし。となるだけで、じゃあ飲み込まれた以上消されても仕方ないよな、という結論には変わりない。


 というわけで、どちらにせよ自己責任。ぷちっと潰されて文句を言える立場にはなかろう。


 メルナが余になんの理想を抱いておるのかは知らんが、こやつは魔王という存在をなにかはき違えておるのではなかろうか。思わず溜息が吐いて出た。



「……余は魔王だぞ。魔族相手ならともかく、人間ひとりに手間を割いてやる義理もなければ必要もない。余は余のために勇者として活躍しておるが、人間のために行動をする気なんぞ微塵もないな」



 そう、余は余のため……まあ、ときに魔族のためならば動くが、人間のためになんぞ動く気は当然のごとくさらさらないのだ。先々代のような博愛主義なんぞ怖気が奔る。

 いくらなんでもそこまでの思い違いはしておらぬだろうと、余の視線はフェイアを射抜いた。

 フェイアはぐっとなにかを飲み込む素振りを見せたあと、静かに目を伏せる。



「……ええ。そうですわね。魔王様は魔王様であらせられますので」



 まるで自分に言い聞かせるかのように、フェイアは改まって畏まった。


 先々代に縁深いものたちは往々にして魔王という存在に先々代を重ねたがる。先々代こそが魔王として異質なのだと知っているクセに、理解をしているクセに、それを求めるのだ。

 それだけ先々代が好まれておったという証左かもしれぬが、偶像崇拝甚だしいな。人間でもあるまいし。

 余は存外温和で温厚ゆえ、わざわざ自ら破壊活動に興じる気はない。だがそれだけだ。それが先々代と縁深きものたちの望むものと結果だけだが重なるものもあるというに過ぎぬ。ゆえに、特段衝突も起きておらぬだけ。

 言ってしまえば互いに衝突する理由もないからこそ、不干渉という立場に落ち着いているのだ。

 そう、監視こそ勝手にしておればよいと思うが、それはあくまで余に特段不都合などないゆえのもの。調子に乗って余の行動に不必要な干渉を行うとあらば、余とて黙ってはおらぬ。


 メルナが絶望的な表情を浮かべたが、こやつもこやつで余に妙な理想を抱いておるようで鬱陶しいことこの上ない。



「そもそも、メルナ程度のものが、余に意見なんぞ烏滸がましい。連れてきたフェイアともども、思い上がりが過ぎるぞ」



 ちょっと突き放すように言えば、フェイアもメルナも揃ってはっとした表情を浮かべた。余は存外温和で温厚であるし、必要以上に身分を振り翳してもおらぬゆえ、定期的に調子に乗るものが現れるのは事実でもある。

 それでもフェイアはもうすこし賢いと思っておったのだがな。



「……申しわけ、ありません」



 フェイアと、やや遅れてメルナが頭を下げるが、別に謝るようなことではないと思う。あんまり調子に乗って、あたりまえのように余の行動……それもよりにもよって慈善活動をするよう押しつけてくるのが鬱陶しいなーと思っただけだし。

 と、そんなやりとりをしておったとき。余の執務室の扉がノックされた。



「入れ」



 入室の許可を与えれば、姿を現したのはリカルドという名の魔族。主にベイズのもとで諜報活動を行う吸血鬼(ヴァンパイア)の男だ。


 うむ。一概に吸血鬼といっても、当然ながら皆が皆グリードのような阿呆ではない。むしろ断然リカルドのほうが有能なのだが、人間どもの目に留まるかたちで目立ったのがグリードであったため、四天王とかいう薄ら笑いが出そうになる称号はあやつがゲットしたのだろう。

 たぶん、リカルドはそんなもの欲しがらぬだろうから、かえってよかったのやもしれぬが。ヴィアとラズアもすっごい不本意そうだったし。


 それはともかく。



「なにかあったのか」



 ベイズが問えば、リカルドは一礼し、それからこたえる。



「はい。件の邪神ですが、どうやら数名、魔族も取り込んでいることが判明いたしました」


「魔族を?」


「調査をした結果、特殊な吸収系の魔法を組み込んだ呪術をかけられたものたちが、種族を問わずあの邪神に飲み込まれたようです」



 え。遠隔で発動できる呪術だけでも手間なのに、さらにそんな仕掛けまでしておったのか? それは昨今の人間にしては随分と能力的にも見所があるものと評価を改めねばなるまい。


 だからどうということもないが。


 ちなみにそれ、手間と技術をそれなりに要すが、さほど特殊という手法でもない。むしろ邪神を生み出し、その礎となるようにするにはなかなかによい手段ではなかろうか。

 どういうものかというと、まず吸収できるための魔法を組み込んだ呪詛をかける。で、その呪詛を発動させ、対象を呪詛という負に侵させる。そうして負に侵された対象は、負で存在を成り立たせている邪神にとって格好の餌……もといエネルギーとなるから、吸収の魔法で引き寄せて飲み込ませる、という寸法だ。

 そのエネルギー変換によるパワーアップももちろん可能だが、伸びしろは飲み込んだ贄本来の能力や、呪詛による汚染具合などによる。らしい。


 …………うん? 呪詛で、遠隔で……贄……。



「……もしや、メルナがかけられていた呪詛は……」


「もはや調べる手段はありませんが、おそらく無関係ではないかと。それと、グリードの件も関係しています」


「……あやつ、利用されたのか」



 さすがグリード。まだ小物感を更新するか。


 魔族と人間とでは時間に対する認識に大きな隔たりがあるからな。気長に強い邪神を生み出そうとしていたグリードの成果は、途中で人間に奪われる運命にあったのだろう。

 まあ結果としてそれより先に、()()が潰したがな。



「しかし、グリードはともかく、メルナのときは呪詛返しをしたのだが。力技で。しかもちょっと過剰に」



 ちょっと過剰、程度であったとしても、あれを返されれば術者はまず死んだと思ったのだが。呪詛返しを防ぐのは、呪詛をかけたり呪詛を防いだりするよりももっと高度な能力を要す。余の全力には程遠いとはいえ、あのときの呪詛返しを防げるだけの人間なんぞおらぬと思っておったのだがなあ……。



「それが、首謀者の人間は、間に多くの人間や魔族を介し呪詛をばらまいていたようです」



 ほほう。過剰に返ってきた呪詛は、かけた本人に近しいものから順に代償を払わされる。無関係のものを間に介せば、自分まで呪詛返しが届くことはないと踏んだのか。

 いやあ、なかなかに狡猾よ。



「じゃあもしかして、アンサーさんが怪我をしていた原因って……」


「……だれだ、それ」


「…………護衛対象だった人間です」



 驚いた様子で声を上げたフェイアに問えば、ものすごい冷静に返された。

 いやだって、人間のなまえとかそうそう覚える気ないし。余に覚えさせたいのであれば、それなりの価値を示してもらわねば。



「……あのかた、確かシルヴィちゃんは治癒術師(ヒーラー)に治してもらうと言っていましたわ。もしかしたら、シルヴィちゃんの怪我に巻き込まれたのかも」



 なるほど。慎重を期して他人を間に挟んだというのに、その他人の周囲だけでは払いきれなかった代償を、多少なりとも縁を結んでおった呪術を教えた人間とその家族が支払わされた、と。

 それは想定外であっただろうな。どうでもよいが。


 にしても手当たり次第に巻き込んだようなことをしておったなら、もっと強い邪神が生まれればよかったものを。そうしたら余、もっとやる気出たのに。


 つまらん。これはもうさっさとぷちっと……。…………ぷちっと…………。



「あれ。ちょっと待て。魔族も飲み込まれておる、だと……?」



 えー。これちょっと、面倒な予感……。



「ええ。つまり魔王様。単純にぷちっと潰すわけにはいかなくなりました」



 やっぱり!


 無情に無慈悲にベイズに言われ、余は思わず頭を抱え込んだ。



「だよなー。余の眷属が巻き込まれておると知っておきながら、余がぷちっとするのはダメだよなー……」



 なにかしら余が制裁を与えねばならぬものどもというなら……いや、それでもやはりぷちっとはダメか。余は存外温和で温厚な魔王だし。いくら魔族が実力主義といえど、これはちょっと容認できん案件だしなー。


 なんの非もない余の眷属が人間なんぞの身勝手に巻き込まれたとあっては、仕方ない。…………仕方ない…………。……………………面倒くさい。



「魔王様」


「わかっておる」



 だからそう、やる気を削ぐ圧かけてくるのやめろ、ベイズ。



「……仕方あるまい。セツヤを呼べ」


「セツヤを、ですか?」



 フェイアがきょとんと訊き返す。それもそうだろう。いまのあやつには魔族の中ではなにもできぬといえるほどに非力も非力。あやつが役に立つのは、対余に関してのみ。

 その認識は間違っておらぬ。


 ただ、アレの持つ先々代の力は、()()()()()こういうときに応用が利くのだ。


 なにせ負を統べる魔王と、負で成り立つ邪神は、その在りかただけならよく似ておるのだから。


 いやもちろん、余は邪神のようにふわっふわとした存在ではないけどな。



「さて。では現地へ向かうか。……ああそうだ、メルナ」


「あ……は、はい」


「余の本意というわけでも、それが目的というわけでもないが、結果としてその方の望みも果たされるが……よいのだな?」



 まあ本来余が気にかけてやることでもないのだが、ちょっと気が向いたので確認する。直接ではないとはいえ、呪術をかけられ生死の境に立ち、さらにはもはや余裕もなかったのかなんなのか、直接呪具を渡されたりもしたメルナは、それでもその相手を救ってほしいと望むのか。それはおよそ魔族らしからぬ思考ではあるのだが……。



「……はいっ。お願いします」



 うーむ。若さかな。


 よもや先々代の生まれ変わり……と、このネタは殺意が向けられるか。

 ともあれ、たとえここでメルナが否とこたえようと、実行することには変わりなかったわけだが。

 うむ。つまりは本当になんの意図もない、ちょっと気が向いただけの問いに過ぎなかったりする。


 というわけで、それ以上は特段なにを言うこともなく、件の邪神のもとへと向かうのだった。





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