魔王と勇者・1-2
「はー。終わった終わった。まさかこんなかたちでまた表舞台に出る羽目になるなんて思ってなかったから、面倒このうえなかったなー」
「その割には乗り気に見えたが?」
「冗談だろう? 一字一句、ぜんぶ台本どおりに喋っていただけだけど?」
余の執務室に着くなり大きく伸びをし、息を吐いたスヴェイのことばに、余はフェイアから渡された台本を思い浮かべる。最初は大まかな流れのみで進めようとしておったのだが、スヴェイがどうでもよい、面倒くさいと言い放ち一切のやる気を見せなかったゆえ、台詞つきの冊子が用意されたという裏事情があったりする。
決まったからにはやる、と協力的になった要因として大きく占めるのは、台本どおりに喋ればいいだけだと言われたところにあるのだろうなと薄々察してはいた。
本人の言には一切の違いなく、確かにスヴェイは台本どおりのことしかくちにしていない。ゆえに口調がちょっと違う感じだったのはともかく、だとしてもあれだけ雰囲気をだせれば充分役者ではなかろうかと思った。
「まあスヴェイはともかく、余はできれば勇者側でやりたかったんだがなあ」
「魔王を不在にしてどうするんだって言われていただろう」
「だからそれこそスヴェイが」
「無理。一層面倒なことになる未来しか見えない」
どうせぜんぶ自作自演だし、魔王の姿を見たことあるヤツなんぞいまの人間どもの中にはおらんし、たぶんスヴェイの姿だって本物かどうかわかるものなんぞおらんだろうから、配役はいろいろごちゃ混ぜにしてもよかったと思うんだがなー。なんならヴィアやラズアが魔王役をやっても、あやつらの魔力量でさえ人間どもには脅威に変わらぬからバレやしなかったと思うのだが。
余の主張は、魔王役をほかに任せることだけは絶対許さぬベイズとヴィアとラズアに盛大に却下された。ちょっと魔王を崇拝しすぎだと思う。……ベイズもそんなところで魔王に拘るくらいなら、ふだんからもっと余を敬えと言いたい。
さて。
「それじゃあ余はそろそろ」
「どちらへ向かわれるおつもりですか?」
「げ」
ベイズとフェイアはその後の人間どもの動きをしばし確認してくる手はずとなっておったため、それを好機といまのうちにさっさと勇者業に繰り出してしまおうと考えた余。しかしひと足遅かったようだ……。
「もう一度お聞きしますよ。魔王様、おひとりで、どちらへ、向かわれるおつもりでしたか?」
おおう……。一句一句区切るでないわ。
というか、余の執務室にノックもなしに入ってくるってその方……。敬うと真逆に突っ走っておらぬか、コレ。
「いや、うむ。ベイズとフェイアを迎えに行こうかと思ってな」
「わざわざ魔王様のお手を煩わせてしまうところだったということですね。未遂で済んでよかったです。ええ、本当に」
「だなー……」
ははは。笑って誤魔化しておけ。ベイズの目が冷たいとか、そんなこと気づかぬふりだ、気づかぬふり。
「ああ、フェイアなら先程別れました。報告なら私ひとりで充分ですので、仕事に戻るそうです」
「ああうん、そうか」
「では報告に移らせていただきますので、どうぞ席にお戻りください」
「…………はい」
くそう、ベイズめ。帰還早すぎるだろ。もっとちゃんとゆっくりじっくり様子を見てこいよ。
「ああ、あまり長く魔王様のおそばを離れるわけには参りませんので、私とフェイアは初動だけを確認し、その後の詳細は追ってヴィアとラズアから報告が入る手はずとなっておりますのでご了承を」
いや了承したくない。全然したくない。
なにそんなしっかり段取りしておるのだ。余、聞いておらぬぞ。
「では、人間どもの動向ですが、ひとまずあの場は両国撤退と決めたようです」
まあ、それはな。そもそも戦意をもって立てているものがおらぬだろう。戦う以前の問題だ。
「両国の上層部まではなしが届くにはまだかかるでしょうが、現場の指揮官には魔王様の脅威と、魔王様があの場を去った要因が勇者にあったことは伝わったようです」
ふむ。あとはうまく事実としてきちんと広まるのを待てばよいわけだな。多く失神しておったとはいえ、証言者もそれなりにいるだろう。であれば、下手な情報操作もできはしまい。
ギルドに依頼が乗るくらい、冒険者や傭兵なんぞも召集されておるようだから、なおのこと。
「とりあえずは目的を達せたと見てよさそうだな」
「そうですね。人間が予期せぬ斜め上方向の行動にでも出ない限りは、まあ大丈夫でしょう」
自作自演とかいう手間もかかれば羞恥もひどいような行為に出てまで、人間どもに魔王の脅威と勇者の有用性をアピールしてきたのだ。きちんと実を結んでくれねば余が報われぬ。ついでにスヴェイやヴィアやラズアも。
だがしかし、斜め上行動なあ……。人間の考えることはわからんし、いかに愚かな人間といえど、魔王の脅威の前に同種間でいさかう無意味さは理解できよう。
……できるよな?
ちょっと不安になってきていたところへ、ノックの音が響く。だれか茶でも用意してくれたのかと思って入室の許可を出せば、そこにいたのはフェイアだった。
茶は持っていない。が、代わりに妙なものを持ってきたようだ。ベイズやスヴェイも訝し気にしておる。
「失礼します。魔王様、すこし問題が発生したようなのでご報告に参りました」
「そのようだな。なんだソレは。呪具か?」
フェイアが両手に乗せたそれは、なにかの装身具のようだが、どうにも呪詛がかけられておるようだな。ひとまずだれかがそれを抑えるために結界で覆ったようだ。
魔族にとってはさっさと呪詛返しをしてしまったほうが手っ取り早くて楽なのだが、余への報告のため証拠を残しておいたということか。
ふーむ。しかしまあ、さした強さもなさそうな呪詛だが、それでも持っていては呪われることに違いなかろうに、そんなものを収集する趣味のある魔族でもおったのだろうか。
奇特なヤツもいたものよ、と、フェイアに問えば、彼女は呆れたように溜息を吐いた。
「……ええ。魔王様にとっては些事でしょうから。お忘れだとは思っておりましたわ」
なんだ。その言いかただと、余がそれについて知っておるようではないか。
ちょっと記憶を確認してみる。
…………。
………………。
……………………。
いや、さっぱりわからぬ。
「こちら、魔王様に同道した勇者業で、護衛対象となっていた人間の娘がメルナに渡した品ですわ」
「ああ、そんなこともあったな」
たぶん。
いやちょっと、うん。どうでもよくて曖昧なのは否めない。でも思い出したふりをしておこう。なんとなく。
すこし黙したフェイアが目を細めたが、気づかなかったことにした。
「メルナって侍女見習の? なんで呪具なんて贈られたんだ?」
そういえばあやつ、侍女見習からスタートしたと聞いたな。スヴェイのことばで思い出す。
一応報告は受けたが、あやつのことはフェイアに任せたから、すっかり忘れておった。いや、ここ最近執務に追われつつ、勇者業に繰り出したい一心で生きておったから、ときおりスヴェイと手合わせする以外のことは割とどうでもいい認定をしていたのだ。
……謁見時に何度かベイズに注意を受けた記憶も飛ばしておく。
「呪具としてではなく、友情の証として贈られたの。母親の形見だそうよ」
そういうものだったか、アレ。しかしあのような呪詛がかかっておったなら、余が気づきそうなものなのだが。
……気づいていて放置したか?
「どうやら〝印〟だけつけて、遠隔で呪詛を発動させたようですわ」
「ほー。それはなかなか気概のある呪詛使いだな」
呪詛を発動する媒介となる〝印〟をつけ、必要時に呪具と成り呪詛を吐き出す品へと変化させる。難度的にはそこそこだが、手間を思えばよくやるな、というのが余の感想だった。
ちなみに術者を追えるかどうかはその術者の実力より上の能力を持つものであれば可能だ。余はできる。……さくっと返してしまったほうが容易だが。
それと、印の段階でも術者の腕次第で見破ることもできる。たぶん今回は興味もなかったことにあわせ、余……というか、多くの魔族にとってその呪詛の力が微弱すぎて気づかなかったのだろう。なにせ魔族は概ね呪詛のような負の気配とは相性がよいからな。どこまで耐えられるかは種族にもよるが、余にとっては馴染み深すぎて気にもならなかったのだろう。
「それで? 本題はなんだ?」
メルナのもとに呪具が渡っただけならば、わざわざ余に報告に来るほどのことでもあるまい。この程度の呪詛であれば余裕で返せるものがこの城には溢れている。それにより呪術師やその周囲がどうなるかは、それこそ余の知るところではない。
それがわからぬフェイアではないから、おそらくこれはなにかの前置きで、本題はこの先にこそあるのだろうと踏む。彼女との付きあいが長いベイズも同様の考えらしくらしく、黙して続きを待っていた。スヴェイはたぶん、興味を持っていない。
「この件をすこし、調べてみたいと思います」
「なにか気になることでも?」
「……確信があるわけではありませんし、杞憂ならばそれで構わないかと思うのですが……」
フェイアにしては珍しく迂遠な言い回しだな。さらに、言い悩むように間を空けるのも珍しい。
ひとつ、息を吐いてから、フェイアは意を決した様子で再びくちを開いた。
「……この件、邪神を生み出すための布石かもしれません」
……………………。
なるほど。言いにくそうにしておった理由はよくわかった。
フェイアの申し出に了承を返しつつ、余は思う。フェイアにしてはずいぶんと現実味のないようなことを言い出したな、と。グリードでもあるまいし。
そういえば、グリードのヤツどうしておるだろう。などと、ちょっとどうでもよいところに思考を飛ばしていた余は、まだまだ人間のことをすこしも理解できていなかったのだと思い知ることになるのだった。




