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魔王業・幕間その3-2


 城の最上階に、余の魔力でしか開かぬ厳重な鍵を施した扉がある。それを過ぎた先は、城で働く魔族たちも使用する転移装置のある小部屋とまったくおなじつくりの部屋となっていた。

 というわけで、ここにあるのもまた転移装置だ。ただし、魔王の魔力を決められた波長で流し込まねば発動しない、まさにどうあろうと魔王でなければ行くことのできない場所に繋がる転移装置なのだ。

 決められた波長で魔力を流すのは、転移装置に刻まれた魔法を発動させるに必要だから。その魔法は当然転移ではあるのだが……。


 これ、異空間に繋がっていたりする。


 異空間に飛ぶこと自体、魔王にくらいしかできぬ魔法なのだから、さらに魔王にしかできぬ要素だらけというわけだ。

 ちなみに、異空間はこの世界から切り離された、別次元の空間となるわけだが、一応座標のようなものが存在する。余が適当に使用する際はそのへんどうでもよいため、おなじ空間に見えて、いつもばらばらの空間に出ていた。


 という前置きで理解できただろうか。つまり、この転移装置は、とある異空間へのみ繋がる装置なのだ。


 うむ。だれに語っておるのだろうな、余。


 ともかくだ。そうして出た先はもちろんいつもの白い空間とおなじに見える空間で……。


 そこには、巨大な球体が、それを支えるに見合った台座の上にどんと存在していた。


 透明な球体の中には、四分の一ほど溜まった真っ黒いモノが揺蕩っている。ふむ、まだまだ余裕よな。



「うわ。大きいな。なにこれ」


「先々代だ」


「…………は?」


「先々代の魔王だ」



 はじめてコレを目にしたスヴェイに、さらりとこたえる。

 うむ、そのぽかんとした阿呆面、理解はできるぞ。



「さて。ではまず〝魔王〟について説明するか」



 スヴェイの理解は一旦スルーだ。順を追って解決してやる。



「魔王とは、この世界のバランスを維持するための〝システム〟だ」


「シス、テム……?」


「うむ。極端なもの言いをすれば、世界に溢れる善性と悪性だな。正にも負にも偏りすぎぬよう、世界のバランスを保つために存在するのが魔王だ」



 正か負、どちらかに偏れば、世界もまた偏る。一見すれば善性に満ちた世界というのは魅力的と思われることもあるようだが、それは()()()である、という一面においてのみ発揮されるものだろう。すべての常識だけではない。思考さえも、まるで最初からそうあるべきと……そうであって当然とばかりに()()()()()()()()()()。疑う余地もなく、そもそも疑うということすらしようとなど思わずに、だ。

 悪性なんぞは言わずもがなだろう。


 どちらであっても、個は個でなくなる。個がすべてで、すべてが個。それはもはや、生物に存在意義などどこにもない。



「そこで魔王がいるわけだ。魔王とはな、余分に集まった負の受け皿よ」



 正負でバランスをとる際、どうしたって負に偏るのはある種道理か。善性よりも悪性のほうにこそ偏りやすいゆえ、多すぎる負を受け容れるための場所が世界には必要となる。

 そうして生み出されているのが、魔王という存在。魔王は世界に溢れて偏りそうな負を容れる器であり、そういうかたちで世界に組み込まれたシステムなのだ。



「ゆえに魔王は死そうがすぐに新しく生み出される。世界になくてはならぬからな」


「……それで、魔王討伐に意味はないのか……」



 魔王がどういった存在かということ自体は特段隠してもおらぬが、それを人間に伝えたところで詮無くはあるだろう。魔族を脅威と見做しておる以上、そのトップたる魔王をどうにかすれば魔族からの脅威がおさまると思っておるらしいし。

 魔族のトップゆえ魔の王と称されることは事実だが、実のところ〝魔王〟が魔族のトップである必要はない。魔族が実力主義ゆえ、そこに混じればトップたり得る能力を有しておるからトップを張り続けているだけなのだ。たとえ〝魔王〟がいなくとも、別のだれかがトップになるだけでもある。


 ……うん? その場合、その別のだれかが魔王を名乗ることになるのか? 余のようなシステムが別の名を名乗ることになるだけで。


 いや、それは脱線か。



「それで、魔王は余剰の負を受け容れておるわけだが、それとて限度はある。ゆえに定期的に放出せねばならぬのだ」


「放出?」


「魔王は抱えた負を自身の魔力に変換できる。というか、魔王の魔力の源はその負ゆえ、魔王がその力をふるえばふるうほど、内に溜めた負は魔法として消化される仕組みだ」



 まあ、抱えておるものが負だからな。それは魔王も破壊衝動が強くなるというもの。ゆえにあちこちで暴れまわっては、さらに負を生むという悪循環も割と多かった。そのへん、システム自体の欠陥ではないかと余は思う。

 それを言ってしまえば、そもそもこんなシステムが必要となるこの世界自体が欠陥を抱えているといえなくもないな。いや、それこそ言っても詮無いのだが。


 ちなみに、余は定期的に異空間で適当に放出するという、実に平和的解決をしておるぞ。おっそろしくつまらん行為だが。


 余が余と戦える相手を求める理由の一因には、それもある。どうせなら楽しく放出できるほうがよいに決まっておるからだ。



「先々代はそのシステムを利用して、自身の存在すべてをかけて、器となることにした。そうして以降の魔王は、その身の内に直接負を溜める必要はないようにしたのだ」


「え。それ、魔法が使えなくなるんじゃあ……」


「いや。負を溜め込むのこそ先々代の〝器〟だが、回路自体は当代魔王と繋がるようになっておる。そうすることで()()()()()()()()のだからな」



 先々代は自らを器とすることで、以後の魔王が負に翻弄されることを防ごうと考えた。自身の内に負を抱え込まずに済めば、衝動的に破壊活動をすることもなくなるだろうと判断したのだ。

 そのためには先々代が魔王というシステムを利用して自身の存在を賭して器となる必要があり、だがそれにすべてを注いでしまうということは先々代自身が負を放出することはできなくなるということでもあった。さらに、ただ器になるだけでは先々代の存在はそのまま世界に残ってしまい、それでは次代の魔王も生まれなくなる。


 と、八方塞がりで悩んだらしい。このあたり、魔王が真に不死であったなら、先々代が強固なる意思を貫き通すだけで解決したのだろうがなあ……。いかに殺されにくかろうが、絶対に死なぬわけではないゆえ、どうにか対処をしたかったのだろう。


 うむ。実におそろしき善人っぷりよ。余は絶対真似できん。したくもない。


 先々代はただただ世界平和のために自身を犠牲にしたのだ。自身を器として、異空間に隔離することで世界と切り離す。そうすれば世界は魔王を失ったと誤認して、新たな魔王を生み出すわけだ。で、生み出された新たな魔王も、結局は魔王という名のシステムゆえに、先々代と繋がっている。

 人格は負を放出するための機関でしかなく、本体はあくまでシステムのほうだからだ。負を放出するために都合がよいため疑似的な人格を与えられているだけで、所詮魔王はひとつのシステム以上でも以下でもない。

 とはいえ、先々代というフィルターを通すだけでも、負からの影響はだいぶ抑えられている。完全に、といってしまうとさすがに過剰だが、自我を侵されるおそれはまずないだろう。充分、先々代の狙いに添えている。


 ともかく、人格云々は置いておくとして、だ。先々代以降の魔王は、先々代の中に溜まった負を放出することこそが役割となる。負による影響を受けないと同義ともいえることは先んじて述べたとおりだが、どれだけ負が溜まったか視認できるというのもメリットと言えよう。

 かつては知らず溜め込みすぎて自我を侵され暴走する、ということもままあったらしいしな。それが先々代に決意を促す理由でもあったと聞く。


 負も、溢れさえせねば適度に放っておいても特段問題はない。が、いくらこの場で溢れさせたとて、結局はその当代の魔王を介して外に漏れてしまうゆえ、そこまで放置してしまうと世界のバランスが崩れることは避けられぬ。

 最悪、その当代の魔王ごと異空間に閉じこもれば、そこまで溜めたぶんの負だけはどうにかなるやもしれぬが……。


 わざわざそこまで放置して自爆する意味はわからぬな。うむ。



「ということで、これで魔王がいかなるものかは理解できただろう」


「あー……一応?」



 そんな曖昧な。だがしかし、当人でもなければそんなものかもしれぬ。なにをどうしたところで、実感は持ちようもないわけだし。



「それで。これを知って俺はどうすればいいんだ?」


「側近ゆえに教えておいただけで、特段余からなにか要求があるわけではない。ただ……」



 ちらりとセツヤに視線を向ける。ここに来ると大体そうだが、あやつはただひたすら先々代を見上げ続けるばかりだ。


 別にまったく知る必要もないことではあるが、セツヤは前々世で先々代の前世の弟だったらしい。セツヤという名はそのときのもので、魔族となる際、今世の名のほうを捨てたと言っておった。

 ……ちなみに、前世は先々代のさらにひとつ前の魔王だったという、実に面倒くさい転生の仕方。当時それはもう魔王らしい魔王だったというセツヤが、おなじく魔王らしい魔王であった先代をその理由で殺したというのだから、なんとも言えぬ。



「必要と判じられたら、余もまた殺される対象になるゆえ、その際その方の判断もまたそれが必要であると下したならば、セツヤを頼れ。セツヤは先々代が溜めている負、すなわち魔王の魔力を使うことができるからな」



 そのために先々代が遺した魔法具がある。使われぬことを望みつつ、けれど魔王という絶対的な力に対抗し得る手段として、おなじ魔王であるがゆえに必要と判じつくったもの。

 まさか即座に次の代の魔王に使う羽目になるとは、先々代もさぞがっかりする案件だっただろうが、余には関係ない。



「え。あんた自称温和で温厚やめるのか?」


「自称とはなんだ。存外だ。存外温和で温厚だからな」


「いや別にどっちでもいいけど」



 なんと……! 余のポリシー? ポリシー……ポリシー? まあうむ。そういう系のアレを全否定とは。余が存外温和で温厚であることは、世のためにしかならぬと思うのだが。

 ……あんまり、余のためにはなっておらぬことからは目を逸らす。



「余は余の生涯、余でしかあらぬが、ゆえにどこでなにが琴線に触れるかわからぬし、ぶっちゃけセツヤ面倒くさいヤツだし」



 人間時にいろいろこじらせたのちに死んで魔王となり、魔王時にいろいろしでかしたのちに死んで人間となり、現状積み重ねてきたもののぶんすべてをこじらせておるヤツが、面倒でないはずがなかろう。こやつ、気味悪いほど読めなくて気味悪いんだよなー。


 まあ、それはそれとして。



「一応念のため、最も有効な手段を教えはしたが、死合うのはまた別のはなしだぞ。その方はいつでも全力で自分の力をもってして余を殺しにきてくれるとうれしい」


「……そういう言いかたされると気持ち悪いな」



 なんと! 余はただ純粋にできる限り手加減なくして死合いたいだけなのに……。気持ち悪いとか……。気持ち悪いとか……。



「大丈夫ですよ、魔王様。いくら気持ちが悪かろうが、仕事さえしてくだされば、私はそれなりに面倒見て差し上げますから」



 ……ベイズ、その方、フォロー入れるふりさえしないでさらに追いうちかけてきたな。しかもこのあとの流れに持っていくための転換が強引に過ぎんか?



「そんなことはありませんよ。必要な案内と説明はすべきですが、終われば仕事に戻るのは当然でしょう」



 余はときどき、ベイズこそが魔王だと思えてならぬのだが。


 とはいえ、確かにもう充分か。正直、余もちょっとはなし疲れた。というかこういうの、必要だということはわかるのだが、面倒よな。肩がこる。……気持ち的に。



「なあ、ベイズ。余、そろそろ」


「あ、割と大丈夫ですから」



 ……皆まで言わせぬか。


 余、いつになったら勇者業に戻れるのかなー。



 遠い目になりつつ、セツヤを回収し、余は側近たちとともにこの場をあとにするのだった。








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