魔王業・幕間その3-1
デスクワークづけで日々死んだ目どころか不死者的な気持ちで仕事をこなしていた余は、ある日唐突にベイズに言われた。
「リィナに挨拶に行きますよ」
リィナ? リィナといえば、アオナギ共同区域の代表の一角。先々代の魔王に縁があり、フェイアの幼馴染であり、ちょこちょこ余たちとも必要に応じて手を貸したり借りたりしている相手。
そういえば、名こそ聞けど久しく会っておらぬ気がする。しかしわざわざ余が出向く用もない気がするのだが。
「アオナギ共同区域は私たちにとっても重要な場所ですから、ほかは追々にせよ、あそこくらいはスヴェイに案内したほうがよいでしょう。というわけで、拾ってきたのは魔王様なのですから、ちゃんと面倒を見てください」
「……俺、いつまでペット扱いなんだろう」
ベイズのことばに、ともにいたスヴェイが遠い目をする。そのへんは仕方あるまい。ベイズはこういうヤツだからな。
それにしても、アオナギ共同区域か……。
「なあ、ベイズ。それより余、そろそろ勇者業に戻ったほうがよいと思うのだが」
「あ、そちらは割と大丈夫なのでお気になさらなくて構いませんよ」
「いやいや、せっかくがんばってきたのに、勇者が忘れられては元も子もなかろう」
「いえ、本当に。割と大丈夫ですから」
なにが大丈夫かまったくわからぬが、なんか割とという部分のほうが気になるぞ。なにがどう、割となのだろう。視線で問うてみても、割と大丈夫ですと駄目押しにこたえられるだけだった。……三回も言うか。
だがこうなったベイズの意見を変えさせるのは、なかなかに難しいことくらい理解はしている。まあ……うむ。この際、デスクワークから離れられるのであればなんでもよいか。
別にアオナギ共同区域に向かうのがいやということはないぞ。だが、中立を認められるあの地に、あまり無闇に余が行くことはよろしくない……らしいというだけだ。
魔王たる余が贔屓にしていると思われれば、中立を謳っておきながら実際は魔族に寄る地だと思われ、中立から遠退いてしまうとかなんとか。そういう細かいはなしは魔族には向かぬゆえ、フェイアやリィナ、ベイズに言われ、そういうものかと適当に了承しただけだったりするが。
今回はベイズが言い出したわけだし、余が行っても構わぬということなのだろう。スヴェイを正式に紹介すべきというのも理解できるし、行ってくるか。
本音はあくまで、勇者業こそをしたいのだがなあ。
あまり言ってデスクワークから離れられる機会さえも失ってしまっては仕方ないと、余は素直に諦めて、ベイズとスヴェイを伴いアオナギ共同区域に向かうのだった。
アオナギ共同区域。魔族にも人間にもその混血にも開かれた、種族の別なき中立を掲げたその区域内には、存外大きく、そして栄えた町がひとつある。種々の種族がそこに暮らす主要の地となるが、中には他者とあまり関わりたくないと、区域内の端のほうなどにひっそり許可を得て暮らすものたちもいる。
その成り立ちには先々代の魔王が深く関わっており、ゆえに区域の名には先々代の名にちなんだことばが用いられていた。
先々代はこの世界とは別の世界からの転生者だったと聞く。それ自体は実はこの世界でさして珍しいことでもないのだが、だからといって溢れかえるほどいるということもない。ゆえに、アオナギ、という名はあまりこの世界では馴染まぬ響きであることに違いはなかった。
余もその言語に詳しくはないのだが、アオ、が先々代の名を示し、ナギ、が先々代の性格を示しているのだと聞いている。先々代の名をそのまま用いるのは魔族側からすると不敬だとされ、先々代のもといた世界でおなじ意味あいを持つことばを代わりとしたらしい。
余は一応、先々代の本当の名を知ってはいるが、呼ぶ機会などまずないな。呼ぶなら先々代と呼ぶし。
そんなアオナギ共同区域の町の中を、余もベイズもスヴェイも極力魔力を抑え……人間に扮すときほどではないが、それでもかなり抑えて歩いていく。
「あれ。魔王様にクーベルハイズ様じゃないですか。お久しぶりです」
「あ、魔王様だ。こんにちは、魔王様ー!」
「魔王様、あとでうちの店に寄ってくださいよ。魔王様贔屓の店ってすれば、売り上げ伸びるかもですし」
先々代の尽力によって成り立ったここでは、魔王への親しみが一入だったりするので、割と皆フレンドリーな感じで接してくる。ここでばかりはベイズもあまり堅苦しいことは言わぬ。あまりに目に余ればはなしは別だが。
というか、どさくさに紛れて商魂逞しいヤツがおったな。ちょっと寄っただけで余が贔屓にしているとか謳ったら詐欺だろうが。しかもこの町で堂々掲げてよいのかそれ、とも思う。
「前に寄ったときも割と魔王……様、に、好意的な町だなあとは思ったけど、随分人気者なんだな」
感心したように漏らすスヴェイも、ベイズからこの区域のことは聞いているはず。ゆえに、当然といえば当然だろうけど、と続けられた。
ちなみに、対外的に余を様付けで呼ぶことに関しては、ベイズとはなして理解を示したようだ。……そのときのことはあまり深く追求しないほうがよいと余の本能が告げておる。
いまのことばで察しがつくように、スヴェイもこの町自体ははじめて訪れるわけではないらしい。ただ、会うとしても専ら人間側の代表者のみで、リィナとは面識がないと言っておった。
魔王討伐を掲げる身としては、この町はすこし居心地が悪かったゆえ、長居もせんかったらしいしな。
リィナに会って魔王について聞いておれば、おそらく魔王討伐をやめておっただろうから、余としては会わずにいてくれてよかったと思うが。
そのリィナは主に自宅ではなく職場にいる。余の仕事量には劣ろうが、この町を担う代表の一角ともなれば、それなりにやることも多いのだろう。そんな彼女に魔王たる余の片腕となる側近の顔見せをするわけだ。個人的に会う、というだけでは済ませられぬことくらい、余も一応わかってはおる。となれば、リィナに会ったあとはほかのふたりにも軽く挨拶くらいしておいたほうが、のちになにかの折にスヴェイが行動しやすくもなるだろうとベイズにも言われておるゆえ、そのつもりでいた。
余の本心としては別にわざわざリィナ以外を気にする必要もないと思うのだが、余は存外温和で温厚な魔王でもあるからな。相応に平和的に物事を進めることもやぶさかではないのだ。
というわけで、まずはリィナよ。幼馴染であるゆえフェイアもともに来るか訊いたら、個人的に会ってもいるからいいと返された。
リィナはフェイア同様、獣人の娘で、その獣部分は猫である。真っ白い髪や耳、尾を持つその色合いは、亡くなった彼女の祖父とおなじもので、彼女にとっての誇りなのだとかなんとか。
うむ。そういった感情的なものはちょっと余、わからぬな。
「久しいな、リィナ」
「ええ。お久しぶりです、魔王様」
にっこりと笑う姿は、おそらく艶然と表されるものだろう。フェイア曰く、昔はお転婆だったが、いまはだいぶ落ち着いた、だそうだ。先々代と関わりがあった当時はツンデレというものだったと聞いておる。ツンデレなるものがどういうものかよくわからぬ余としては実際に見てみたかったような気もしたが、余ではデレる相手にはならぬとフェイアに言われた。よくわからぬ。
「事前に連絡をしておったとおり、もうひとりの側近が見つかったゆえ顔を見せに来た。スヴェイという」
「はじめまして、スヴェイです」
「こちらこそはじめまして。この区域の魔族としての代表を務める、リィナです」
当たり障りなく挨拶を終えたところで、応接スペースのソファを勧められるが、さほど長居をするつもりではないため断った。
ベイズのヤツ、ここへ転移する直前になって、ついでに〝魔王〟について案内しましょうなどと言い出しおったのだ。
余の側近である以上、いずれはスヴェイにも見せるつもりではおったし、そうであるならリィナに会ったあとでという考えも、まあ理解できる。できるが、なぜわざわざそのタイミングになって、しかもなにかのおまけみたいに軽い調子で言い出しおったのだか。
……これ、一応、かなり重要なことなのだがな。
「なにかお急ぎの用事でも?」
「いや、急ぐというほどでもないし、あと回しにしても構わぬと余は思うのだが、ベイズがこのあと〝あの場所〟へとスヴェイを案内しようと言い出してな」
「そうなのですか……」
「リィナも来るか?」
あの場所はその性質と重要性から、その存在自体知っているものはすくない。余とベイズのほかには、フェイアとリィナ、そしてセツヤしか知らぬ場所だ。立ち入るにしても余以外のものは立ち入ることくらいは許されているというだけで、実際あの場に行くには余がおらねば不可能だったりする。
余はともかく、ほかのものはそうそう行くことも叶わぬゆえ、一応リィナの意向を問えば、彼女は静かに首を振った。
「……いいえ。仕事がありますから」
先々代の時勢など、当然のように余はおらぬから、その当時になにがあったとか、当時の関係者たちがなにを考えなにを思っておったとか、まったくわかる術はない。必要なことは情報として教えられたが、細かい部分なんぞわかりようもないのだ。
ゆえにリィナがなにを思い、先々代との間になにがあったかなど、余にはわからぬ。だが、かつてフェイアに言われたのだ。あの場所に行くときは、リィナのことを気にかけてくれ、と。
部下思いのよき上司たる余はその意を汲んでみせたわけだが、仕事とあらば仕方あるまい。内心どうあれ、仕事をせねばならぬときというものはあるからな。ちょっと遠い目で理解を示す。
「ところで魔王様、勇者という職の評価の向上、順調のようですね」
「ん?」
順調? いやまあ、順調といえばそういえなくもないのやもしれぬが、それにしてもそう評されるほどまだ勇者業をこなしておらぬと思うのだが。
すくなくとも、このアオナギ共同区域まではなしが届くほど、といえるとはさすがに思えぬ。いくらここが交易が盛んで、おそろしく下落していた勇者という職の評価が上向いたことに話題性があったとしても、わざわざリィナがくちにするほどとは思えなかった。
「先日、ヴィアとラズアが立ち寄っていったのですが、あのふたり、すごい人気でしたよ」
「!」
な、なんと……っ!
「そ、それは勇者として、か?」
「はい。なまえもステータスも変えていましたけど、もとの姿も見せてもらいましたし、ふたりで間違いありませんよ。魔王様のために勇者の株を上げるんだって張りきっていました」
おおう……。よろこぶべき……。よろこぶべきなのだろう、これは。
でもなんだろうな。なんかすごく複雑な気分なのだが。
「そうか……。ヴィアとラズアが……」
「ふたりとも美人ですしね。余計に人気が出やすいのだと思いますよ。最近はこのあたりでもよく勇者の活躍を耳にするようにもなりました」
あやつら全力すぎやせぬか? これ、余、霞んでおるのではなかろうか……。
というか、これ、ベイズ知っておったな。ちらっと視線を向けたら、ものすごく白々しく逸らしおった。おのれ……なにが割と大丈夫だ、この野郎。
「ヴィアとラズアって、あの?」
「なんだ。面識があるのか」
「うーん……まあ、一応……」
知らぬふりでとおすベイズに内心で舌打ちをしておると、スヴェイがなにやら煮え切らぬ態度をみせる。しかし、かえってその態度で察しがついた。
これ、戦いおったな。
まあ、魔王討伐を掲げる勇者一行であったなら、魔族と衝突があってもなんら不思議ではないが。
「会ったら襲われそうだなー……」
ふむ。勝ったのか。なら襲われても仕方あるまい。
「返り討ちにするにしても、殺すなよ」
「返り討ちにしていいんだ」
「当然だろう。魔族たるもの、実力がすべてだ」
余の側近として登用するくらいだ。ヴィアとラズアがふたりでかかってもまずスヴェイには敵うまい。
ベイズはともかくスヴェイの事情は先んじてリィナに伝えておるから、彼女も察したのだろう。余たちの会話には特段なにを言うこともなかった。
ついでに、スヴェイのほうにも勇者業についてのはなしはしてある。それをしようと思い立った余の理由を聞いたときには、ベイズのような視線を向けてきおったくせに、勇者の株が上がることに関しては心底どうでもよさそうだった。
ゆえに、いまもまたヴィアやラズアの勇者としての活躍はスルーなのだろう。
「リィナ、もしまたヴィアやラズアが訪れることがあれば、よくやってくれておると余が労っておったと伝えてくれ」
「わかりました。でも魔王様。ふたりとも魔王様と一緒に冒険ができることをとても楽しみにしていましたから、たまにはご自身で出かけてあげてくださいね」
「……余もそうしたいのだがな……」
「……あら。余計なことを言ってしまいました」
遠い目をした余に、すべてを察したリィナが失言とばかりに手でくちもとを押さえる。いやむしろもっと声高に言ってくれればベイズももっと余に自由をくれるかもしれぬのだが。
「魔王様、そろそろ」
くっ……。これ絶対邪魔しおったな。事前の牽制のタイミングに、ぐぬぬとなる。こういうところ抜かりないベイズは本当、余になにか恨みでもあるのかと問い詰めたくなってしまう。
……え。余、よい上司だよな? 魔王城、クリーンな職場だよな?
ともかく、余はとてもよい上司ゆえ、ベイズに促されるままリィナに別れを告げ、退出する。リィナ以外の代表にはささっとスヴェイのことだけ伝え、すぐさま城へと帰還した。
「あ。おかえりー」
……なんか、帰還したら随分懐かしい顔に出迎えられたのだが。
へらりと底の知れぬ笑みを浮かべ、余の執務室にて我がもの顔で茶と菓子を堪能している男を前に、ちらりとベイズへと視線を向ける。首を振られた。まあ、帰還早々来客を伝えてきたリリハのことばに、余と揃って首を傾げておったからな。ベイズの仕業でないことは事実だろう。
というわけで、その男の正面に座り、こちらもまた読めぬ顔でにっこりと笑うフェイアの独断だと判断する。
「おかえりなさいませ」
「その方だな。そやつを呼んだのは」
「ええ。だって彼なら行きたがるでしょうから」
まったく悪びれる様子もないどころか、さも当然とばかりにこたえられ、溜息がもれた。
「……スヴェイにはなしをするだけで、ほかになにもせぬのだが」
監視なぞいらぬと暗に告げるが、フェイアの笑みは揺るがない。
「いやですわ、魔王様。滅多にない機会ですもの。弟が兄に会いたいと思うのは自然なことかと思います」
やれやれ。こういうときは、先代魔王の魔王らしさを面倒に思うな。
フェイアも、もうそこまで余を疑ってはおらぬだろうが、それでも警戒はしておくということなのだろう。
それだけ、先々代の関係者は先々代に傾倒している表れでもある。
「まあよい。年中引きこもっておってもつまらぬだろうしな。なあ、セツヤ?」
人間どもが堕ちた聖者などと呼ぶ、四天王とかアレな地位まで与えられたもと人間。それが目の前におるこの男、セツヤだ。
「んー。それもあるし、フェイアの言っていることも理由だし、それに……」
くちもとの笑みをそのまま、セツヤの双眸がスヴェイへと移る。
「後輩ができたって聞いたから、見てみようとも思ってさ」
「……なにが後輩だ」
「えー。だって、わざわざ人間から魔族になろうってもの好きもそうそういないけどさ、存在書き換えられるのに耐えられただけの実力者ともなれば、気にはなるだろ?」
……なるほど。いざというとき障害となるか否か、そしてなり得るのであれば、どれほどの邪魔になるかを見極めに来たわけか。まったく、ご苦労なことだ。
フェイアやリィナならともかく、セツヤだけは絶対に、どれだけ些細であろうと情は割かぬ。だからこそこやつが遺されたのだから。
面倒だし、もう勝手にすればよいと、これ以上は放置を決め込んだ余に代わって、セツヤのターゲットはことばどおりスヴェイに移ったようだ。
「一応、ちゃんと挨拶しておこうか。オレはセツヤ。さっき魔王サマが言ってたように、ふだんはテキトーに引きこもってるから、そう会う機会もないだろーケド、よろしく」
「あ、えーと、スヴェイです。よろしく」
「……なんかおとなしくないか? その方」
「いや、なんか、もと人間としても、もと勇者としても事実先輩だと思ったら、なんとなく……」
微妙な態度のスヴェイに突っ込めば、戸惑うように頬を掻いた。
なんにしても割と淡白なこやつらしからぬ様子に思えるが、距離感が掴めぬというものなのやもしれぬな。いや、そのへんの機微はちょっと余には縁遠いので、的外れかもしれぬのだが。
「うーん、フェイアに聞いてはいたけど、マジですごい能力値だなー。よく見つけたよ、こんな逸材」
「まあな。ようやくベイズを納得させるに至るものが見つかって、余もひと安心というものよ」
「どーせデスクワークが減るからとかそういう理由だろ」
「あ、馬鹿者。そういうことはベイズがおらぬ場所で言え」
これでいやがらせ的にデスクワークが増やされでもしたら、恨むどころでは済まさぬぞ、セツヤ。
ちらっとベイズを窺えば、にっこりとイイ笑顔を返された。……おい、セツヤ、その方本気でどうしてくれるのだ。
「ま、魔王サマのことはどうでもいいとして。スヴェイがなんか驚いてるみたいだけど、オレのステータスでも見た?」
「え。あー……うん。これ、偽ってるわけじゃないんだよな?」
「ははっ。偽ったところで、こんだけ実力差があればすぐバレるさ。……オレは出涸らしなんだよ」
「出涸らし?」
「そ。ちょっと全力尽くしきって、すっからかんになってんの。本来なら自動でだって回復するはずの魔力も、その機能さえイカレたのか、どうにもならない状態」
「なにがあればそんなことになるんだ?」
「なにがあったっていうか、なにをした、なんだけど」
ちらりとセツヤから視線が向けられる。別に隠しているわけでもないし、どのみちすぐにはなすことになることではあろう。
構わぬ、とひとつ頷く。
「魔王殺し」
「…………は?」
「先代の魔王を殺した代償ってヤツ」
余の実力を知っているからだろう。いくら魔王が死なぬと聞いておるとはいえ、その現実味のなさから困惑したらしいスヴェイが目を丸くして余を見てきた。
「事実だ。先代はそこのセツヤと、側近のふたりが協力して殺した」
数すくない、他者に殺された魔王というわけである。
ちなみにもうすこし正確にいうと、その三人が〝先々代の力〟を使ってようやく殺した、となるのだが、それは〝あの場所〟についたらまた改めて教えよう。
「ま、当然無傷ってわけにはいかなかったからこそ、その側近ふたりは死んで、オレはこんな状態で生かされたってワケ」
「……生かされた?」
「そ。ひとりひとりならすぐ死ぬようななけなしの生命力を寄せ集めたら、辛うじてひとりなら生きるだけは生きられる状況だったんだよ」
魔力と生命力が深く結びついていることを利用し、己に残された微々たる魔力をすべてセツヤに譲渡し、こやつだけ生かすことを選択したということだ。こやつを選んだのは全員の総意だったと聞く。そうして任された役割を考えればベストだっただろうとセツヤ本人が言っていた。
結果、いまのセツヤは本当にただ生きているだけの能力しか持っていない。そのへんの人間相手なら、経験にものをいわせてどうとでも勝てるだろうが、たとえばオーラム程度の人間を相手に対峙してまともにやりあえば、オーラムに軍配が上がるだろう。
だとしても、魔王相手に討ち取っただけでなく、生き残ったということ自体がすでにすごいと余は思うがな。……たとえそれが、先々代の力があってこそだったとしても、だ。
「なんでそうまでして魔王を? 人間ならわかるけど、魔族がわざわざ魔王を討つ理由なんてあるのか? 実力を示したかった、とか?」
うむ。魔族としてならもっともな理由よ。あとは魔族の王になりたいとかな。そのあたりが、魔族が魔王を狙う主な理由となろう。過去に遡れば、仇討ちなどもあっただろうが。なにせ魔王が魔王として力を示すことに、種族の境などさほど意味をなさぬのだから。
魔族を統べる王などと言われようと、実質ちゃんと統べるという仕事をしておるのは先々代と余くらいのものだし。
先代が殺された理由はそこにあったりする。魔王らしい魔王であったがゆえに、先代はセツヤたちに受け入れられなかったのだ。
「先々代の魔王様は、それはやさしいかただったんだよ。端から見てると危なっかしいほどにさ。どうしてそこまで他者を思えるのか不思議なくらい、慈悲深かった」
「……魔王なのに?」
「関係ない。そういうひとが、たまたま魔王の自我として生まれたってだけのはなしだ」
〝魔王〟というシステムの本来の役割こそ果たせれば、人格は別にこうであれという決まりはない。魔王らしい魔王というのも、ただのイメージに過ぎぬ。そのイメージが定着するだけの理由もあるが、だからといって魔王だからと破壊と破滅に精を出さねばならんという義務はないのだ。
余が魔王らしい魔王と表すのはイメージの問題で、本来魔王に〝らしい〟などというものは存在せぬ。先々代が慈悲に満ちた人格であっても〝魔王〟としてなさねばならぬことさえなしていれば、魔王であることに違いなどない。
「そういう魔王様だから、魔族同様人間も慈しんで、不必要な破壊活動を禁じる執政を敷いた。そりゃあもう周りも巻き込んですっごい大変だったけど、昔と比べるまでもないほど世界が平和になったワケ」
「うーん……それ、クーベルハイズからもすこし教わったけど、正直俺にはあまりピンとこないな」
「はは。仕方ないさ。時代が違う。何百年も前のはなしをされたところで、いま生きている人間には身近に感じられないだろ」
言ってしまえば、余も生きている時代が違うのだが、余は魔王だからな。〝魔王〟がどういったものか身をもって知っている以上、阿鼻叫喚の地獄絵図、というものとて想像に易い。なにしろ、そのほうが断然楽なのだから。
魔王が率先して、しかもほかの魔族も巻き込んで平和主義を掲げれば、それは世界も生ぬるーくなるというものよ。
「で。その先々代の魔王と、先代の魔王が殺されたことはどう関係するんだ?」
「単純なはなしだ。先々代の魔王様の意向に反した。だから殺したってだけ」
……端折ったな。
一応、側近は先々代から引き継がれていたし、先代も何度も窘められたらしい。が、魔王の中の魔王であった先代は、それはもう唯我独尊の暴虐っぷりを遺憾なく発揮して破壊の限りを尽くそうとしていたようでな。実際行動に移したりもしたから、これは駄目だと殺されたわけだ。
「まあアレだ。こやつらは先々代の妄信者みたいなものだと思えばよい。ゆえに、余も監視されておる」
戦闘には向かぬフェイアやリィナ、そしてもはや生きるのみのセツヤ。主だったものはこの三人だろうが、この程度の戦力と侮るなかれ。こやつらほどではないにせよ、先々代と意をおなじくするものたちなら世界各地におるし、なにより、いざというときの奥の手はセツヤの手の中にある。
いわずもがな。〝先々代の力〟だ。
有事の際を見越して先々代が遺したそれが、正確にどのような形状をしていて、どのように発動するものか余とて知らぬ。が、別にどうでもよい。
「監視って……いいのか、それ」
「構わぬ。なにせ余は存外温和で温厚な魔王だからな。無為な破壊行動なんぞする気はない。ゆえに勝手に見ておればよいのだ」
きっぱり言いきってやれば、スヴェイは視線だけセツヤに向ける。セツヤはくちもとの笑みを残したまま、肩を竦めてみせた。
「ま、今代の魔王サマがアホの子なのは知ってるケドさ、念ためってヤツ」
「アホの子って……仮にもトップだろうに、そんな扱いなのか」
「え? アホノコってツチノコ様の仲間だろう? 光栄ではないか」
…………。
………………。
……………………。
おい。全員揃ってなんだその視線は。そう言いおったのはセツヤであろう。まさか余を騙したとか言わぬよな?
「ごほん」
「あ、ああ、いや、うん。魔王がツチノコ好きってちょっと意外でさ。びっくりしたー。あはははは」
む。なんだ、そういうことか。ベイズの急な咳払いはちょっと気になったが、それも驚いてことばを失ったスヴェイの意識を引き戻すためだったと思えば得心がいく。
「なにを言うか。ツチノコ様の神秘は数多の魔族を魅了してやまぬのだぞ。そもツチノコ様は」
「さあ、魔王様。そろそろ参りましょう。まだ仕事も残っておりますから」
「ベイズ、その方……」
せっかく余がツチノコ様の素晴らしさをスヴェイに説いて聞かせてやろうとしたというのに。三日三晩といわず、語りに語ればスヴェイも間違いなくその魅力にとりつかれようものを。
なににおいても基本関心の薄いスヴェイに、執心できる存在を与えれば、もしかしたらちょっと長生きしようかなとか思わせられるかもしれぬではないか。そうなれば、余は死合える回数が増えるわけだ。
む。本心はただツチノコ様について語りたいだけだったのだが、あとづけで考えてみれば、メリットだらけだぞ。
「よし、ベイズ。あそこに行くのは後日とする。今日はこれからスヴェイにツチノコ様について語るぞ」
「生涯デスクワーク十倍でよろしいですか」
「え」
「よろしいですね」
……くっ。この……この余が……。魔王たるこの余が、かようなわかりやすい脅しに屈するなど、そんなこと……。
「さ。では行くとするか」
真綿できゅっとされるどころか、ロープ状の魔法具で豪快に締め上げられる感覚を覚えれば、さすがの余もつらい。事実物理的にそうされた程度では全然平気なのだが、精神的負荷のたとえの問題だ。
なんでもかんでもデスクワークを出せばよいと思うなよ、ベイズ! とはこころの中でだけ抗議して、余は粛々と当初の予定を遂行することに決めたのだった。




