魔王業・幕間その2-2
当然、落ちきる前にちゃんと掴まえ、左手の上に乗せたが。血もな、あまりだぼだぼ零れても見た目的にさすがにちょっと恰好が悪いと余でも思うし、魔法で止血しておく。もちろん治癒術なんぞ使えぬから、熱して強制的に止めたのだ。魔王の性質も利用している。
で、人間を見やれば、呆然といった様子でことばを失っておった。
無理もあるまい。首を落としてなお活動できるものなど、余のほかには不死者か無機物から生み出したヤツらくらいのものだろうし。ベイズだって即死とまではいかずとも、首を落とせば死ぬぞ。
――余は魔王ゆえな。頭を潰したり心臓を潰したりする程度では死なぬのだ。
魔王とは、そういう存在だからな。
魔王がどういう役目を担っておる存在かまでは面倒なので置いておき、とにかく死ににくいのだということだけを思念で伝える。それに人間は、またあの気に入らぬ笑みを浮かべおった。
「なんだ。じゃあ、殺せないのか」
――なにを言うか。頭やら心臓やらを潰した程度では死なぬだけだ。殺せる手段くらいあるぞ。
でなければ代替わりなどするわけがなかろう。まあ、他者が殺すというのはなかなかに難しくてな。歴代魔王の中でも、他者に殺されたものはそう多くない。理由こそそれぞれであるが、魔王の最期は概ね自死だ。自分で自分を殺すほうが断然易い。
魔王とて殺せる存在なのだ。だからそう諦めるものではない。という意味を込めて伝えたはなしに、人間がどこか希望めいたものを浮かべる。
お、よしよし。これで戦意を完全に消失してしまったらどうしようかと思っておったが、杞憂に済んだようだな。
「それなら……俺も、死ねるのか?」
……………………え………………。
なぜだ。なぜそうなる……。そんなのがっかりもがっかり。テンションが突き抜けて沈み込むではないか。
はあ……。おもしろくないなあ。だが、自身を死ねぬと表現するのだ。死ぬ方法を模索しておってもおかしくはないのか。
……せめて余が満足するまで戦いきってからにしてくれぬかなあ。
「首を切っても、バラバラになっても、なにをしても気づいたらもとに戻っている。こんなの……化けものどころのはなしじゃない」
――うーむ。死ねぬという一点なら、魔王よりもその方のほうが上なのだろう。理を外れるということは理のうちには戻れぬということ。死もまた世の理であるゆえ、それはその方には与えられまい。まあ、それを言えば不死者どももおなじだからな。あやつらの最期も、正確には死ではない。死ぬことができぬゆえ、消滅しておるのだ。
ゆえに、こやつに能力だけ取り込まれた悪魔族もまた、理に返ることはできず消滅したのだと、余は判断した。
生きてきた軌跡も証もなにもかもをなかったものとして消え去ることは、世界からすればむしろ異物を消去できることと同義ゆえ、可能となる。が、明確な消滅方法をもつ不死者どもと、この人間とではそもそもの在りかたが違うゆえ、こやつが消滅するための手段は極端にすくなくなるだろうがな。
「消滅……。魔王になら、それができるのか?」
できる。当然だ。
しかしな、できるからといって、してやろうと思うほど余は甘くない。
だってほら、余はもっと戦いたいわけだし。その芽をなにゆえ余自ら刈り取らねばならぬのだ。
ゆえに余は手を下したくない。が、このように死に焦がれ続けておられては、実力の向上とかあまり見込めなさそうだよなあ……。
ううむ……。
――ひとつ、余から提案があるのだが。
「提案?」
うむ。これはある種この人間の望みも、消滅なんぞよりもっとよい方法で叶えてやれるものではある。
――その方、魔族にならぬか?
「魔族に……? それって堕ちた聖者のようにってことだよな?」
む。いや、うーむ。その人間がつけたふたつ名はちょっとやっぱりこう、変にむずむずする。まあセツヤはまだマシというか、理解できなくもないものであるぶん、まだよいかと思えなくもないが。
それにしても、事前に知っておいてよかったぞ。でなければ、いまここで変な笑みが漏れてしまうところだった。見た目に頓着しない余なれど、生首がそんな笑みを浮かべたらさすがに不気味だろうことくらいは理解が及ぶ。
と。ああ、そうか。もう充分よな。
生首に思考がいったことで思い出し、余は左手にある余の頭を首の上に戻す。するとすぐさまその首は自動でくっついた。自己回復能力を意図的に遮断しておらぬ状態であればこのくらい容易い。
「あ、それくっつくんだ。生えるのかと思った」
「生やすこともできるが、なんかこう、にゅっと出すのは、周囲にできる限りやめてくれと言われておってな」
なので、完全に潰れたりせぬ限りはどの部位であれくっつける方向で優先して治している。まあ、余としてはどっちでも構わんので、部下を思いやれる良き上司の道を選んだまでよ。
いや、それはいまよいか。
「で、魔族になるか?」
「それなんだけど、魔族になるってそう簡単にできることなのか? 堕ちた聖者の前例があると言っても、純粋な人間だった彼といまの俺とじゃあ、条件も違うだろうし」
「まあ、存在そのものを書き換えるから、容易くできることではないな。魔族にさせるための手段を用いるほうも、それ自体できるものは限られるし、魔族になるほうは自分の存在が書き換えられるに耐えうる能力と自我の強さを持たねばならぬ」
人間を魔族に変えられるものとして、人間どもの中でも有名どころは吸血鬼のものたちだろう。あやつらは人間に流れる本来の血液を、自身らの魔力を加えてすべてつくり変えることで、その性質を変質させ魔族と化させている。が、そもそも魔族の魔力に耐えきれる人間自体そういるものではないゆえ、概ね壊れてしまうのだが。
基本的には肉体がもたぬのだが、それに耐えきれたとて、今度は書き換えられていく自身の存在に自我のほうが確立しきれず精神的な崩壊を起こすことも多い。
吸血鬼どもが配下としておるのは後者だな。自我はなくとも肉体はつくり変えられているわけだから、内包させた自身の魔力でもって操作し、体のいい傀儡として使っているのだ。
「自我を失うというのは、意識もないのか? それなら死んでいるも同然かなって思うけど」
「いや、意識はあるようなはなしを聞いたぞ。もう殺してくれと魔力を介して伝わってくるそうだ」
前に吸血鬼に聞いたはなしをそのまま伝える。あやつらは自身が配下にしたものの思考は、その身に流した魔力から読み取ることができるらしい。気にせぬようだが。
「えー……そのデメリットじゃあ、いまと違いがなさそうなんだけど」
「なにを言う。余はそんな失敗をするくらいなら、最初から提案なんぞせぬわ。いまのその方なら、ちゃんと魔族にしてやれると判断したから持ちかけたのだ。……まあ、辛くないとも苦しまぬとも言わぬが」
セツヤのはなしでは、なかなかの痛苦は伴うらしい。たとえようもない感覚らしいが、ずっと世界が回り続け、その中で肉体といわず内臓といわず握り潰されるような感覚と、その上でからだも精神もぐちゃぐちゃとかき混ぜられる感覚、そして自分を見失ったり思考がよくわからないなにかに侵食され続けるのだとかなんとか。
うむ。まったくわからぬな。
「……で、メリットは?」
「理の内に戻ってこられる」
きっぱりこたえてやれば、人間は大きく目を見開いた。これだけで正しくすべてを理解したのであろう。
人間でありながら人間であることを逸脱させられ、世界の理から弾き出されたこやつを、魔族とすることで理の内側に強制的に引き戻す。それは魔王たる余であるからこそできることだと断言できる。
それだけの能力と権限を有する存在など、魔王くらいのものだからな。
そして理の内側に戻ってこられるということは……死に、弾かれなくなるということでもある。
「そ、れは……確かに俺にとって魅力的な提案だけれど。わざわざ俺のためにそうする必要性が見えないな」
「自惚れるな。だれがその方のためだなどと言った。当然、条件はある」
きっぱり返せば、それはそうだろうと言わんばかりに人間に見据えられる。おそらく、どれだけ足もとを見た無理難題を吹っかけてくるのかと警戒しておるのだろうが、別にそんな非道なことをもちかけたりはせぬぞ。
…………………………。
まあ、うむ。98パーセントくらい余のためでしかないことは認めるが。
「条件はふたつ。ひとつは、適当に余のストレス発散につきあうこと」
「具体的には?」
「なに。ちょっと全力を出して死合ってくれればよいだけだ。案ずるな、何度でも挑んでほしいゆえ、殺しはせぬ」
手加減ができるだけすくなくて済む死合いを何度もできるのであれば、余、本望。勇者業とかどうでもよくな……らぬな。数はいくらでも打っておきたい。こやつひとりに背負わせるのもさすがに忍びない、というのは建前で、せっかくならいろいろなヤツと死合いたいし。
余は存外温和で温厚ゆえ、建前もちゃんとうそではないぞ。きちんと配慮も欠かさぬ魔王なのだ。
「……それがストレス発散になるんだ?」
「うむ。嘆かわしくも、昨今の人間にも魔族にも碌に腕の立つものがおらなくてな……。腕の立つものもおるが、そういったものはそれはそれで死合ってはくれぬのだ……」
この悲哀が届くように、とっても憂えた感じを出してみた。
……おい、なんだその視線。よくベイズが向けてくるものに似たそのまなざしやめろ。碌なものではなかろう。
「あー……。うん、それは構わないかな。負けっぱなしは癪だっていうのは本心だし……殺しはしない、なんて余裕、なくさせてやりたいとも思わなくないしね」
お。なるほど、イイ笑顔もできるではないか。死にたがっている割には、そう獰猛にもなれるとは。なかなかに難儀な戦闘狂のようよな。よいことだ。
が、その笑みもすぐに消され、はなしは進む。
「で、もうひとつというのは?」
「余の側近のひとりとなれ」
「は?」
今度は随分な間抜け面よ。存外表情豊かなのやもしれぬな。
ベイズのヤツは能面か余を小馬鹿にするか余に呆れるか余を蔑むか余を小馬鹿にするか……あれ。あやつ、想像以上に碌な顔しておらぬぞ。
……なんかそう思い返すと、ベイズの負担がちょっとでも減ればよいのではという、良き上司の顔がうっかり引っ込んでしまいそうになる。しかしこれはなにもベイズのためを思ってのことだけではないのだ。むしろ正直なところ、余のデスクワークを減らしたいだけというのが純粋な本音ゆえ、本当に引っ込めてしまうわけにはいかぬのだが。
「えーと……側近?」
「魔王には本来両腕となる側近が二名つくのだがな。さっきも言ったように実力的に添うものがなかなかおらぬゆえ、現状ひとりしかおらぬのだ」
「それってあの、天空の覇者って呼ばれる、天神竜のこと?」
………………………………。
天空の…………覇者ぁ~?
「また人間は勝手な名をつけおって」
それが天神竜全体に対するあだ名ならともかく、ベイズ個人を示すのであれば、とんでもなくイヤそうな顔をするであろう。先々代の側近であった天神竜を崇拝する勢いであるゆえ、余計に。
「それは当人に言ってやるなよ。……知っておるとは思うが」
知っておったとしても、直接聞かされるのではまた違うだろう。触れねば済むものを、わざわざ直接耳に入れたりしたものなら、相応の態度を取ったり……いや、ベイズだし、ヴィアのように即暴力的手段に訴えたりはせぬ……と思う、が。まあでもなにかしらの態度には示しそうな気もするゆえ、やはり触れぬことこそがベストには違いなかろう。
「ああ、なんだ。ふたつ名って、本人が名乗っているものではないんだ」
「あたりまえだろう。そんなどんな顔をしていいかわからなくなるような名なんぞ自ら率先して名乗ってたまるか」
ふとグリードが思い浮かび、あやつならもしや……とも思ったが、蓋をした。
「ふーん? まあ確かに、そんなふたつ名勝手につけられたら俺もイヤかな。……とはいえ、俺は俺で負け犬やら、くちだけの雑魚やら言われたい放題ではあるんだけど」
「なんと……! 人間は本気でどこまでも愚かだな……」
そんなふうに言われてしまうのは、まず間違いなく余に負けたからだろうし、ゆえに勇者の株も落ちてしまったのだとは知っていた。が、何度も言うように、人間が余に挑めるだけでもはや偉業レベルのことなのだ。しかも身勝手に存在を書き換えるまでしておいてその仕打ちとは、愚かどころのはなしではない。
……いっそまるっと屠ったほうがよいのでは? という、なんとも魔王らしい思考が過ぎるが、理性で押し留めた。
余は、存外温和で温厚な魔王ゆえな。
別に屠ってもよいといえばよくもあるのだが、それは同時に屠らなくともまあよいかと同義であるうちは、率先して屠ろうとはせぬ。屠るしかないな! に傾いたそのときに屠ればまあいいかという考えだったりもするわけだ。
……あ、いや、うん。ちょっともう一度言っておこう。余は存外温和で温厚な魔王なのである。
「あー……うん。まあ、そう言われているのは、嵌められたのがもともとの原因ではあるけど……」
「嵌められた?」
「あのとき一緒に魔王城に乗り込んだメンバーが、我が身かわいさに、魔王討伐を成し遂げられなかったのをぜんぶ俺のせいにしたんだよ。ついでにそのうちのひとりがもと恋人で、そいつの口車に乗っていまのこの状態だったりするから、愚かだっていうなら、あいつらを信じた俺かもなあ」
おおう。愛憎とかいうアレか? 感情的なはなしを主軸にされると、途端に余は置いてきぼりをくらってしまうのだが。
とはいえ、謀られたとあらば、復讐してもおかしくないことくらいはもちろんわかる。
「そやつらは屠らんかったのか?」
一緒におったヤツらなんぞまったく覚えがないが、そんな真正雑魚はこやつひとりで軽々一掃できそうなものなのにな。
「自分の状態のことを知ったり、恋人や仲間だと思っていたヤツらに裏切られたり、守ってきたつもりだった多くの人々に手痛い仕打ちをされたりが重なりすぎて、あのときはなにも考える余裕がなかったんだ。言われるまま国外追放されて、あてもなく彷徨って、何度か死のうと試みては失敗しているうちに、なんかいっそどうでもよくなっていた」
「そういうものか」
「俺はね。思い返せば、もと恋人にしろ、もと仲間たちにしろ、それこそなまえさえ知らない大勢のひとたちなんて特に、強い思い入れとかそういうのなかったみたいでさ。わざわざ復讐してやろうっていう熱量がわいてこなかった。……ただ、このからだだけはどうにかしてほしいと願っていたけどね」
余は知っている。こういう人間のことを、淡白というのであろう。
にしても、騙されるほど信じておった恋人とやらにさえ、さほど熱を抱いていなかったとは……。信用と愛情は比例せぬ、ということなのだろうか。感情とは難儀よなあ。余、愛とか全然わからぬし。
「久しぶりに会話をしたからか、ちょっと饒舌になりすぎたみたいだ。俺の身の上ばなしとかどうでもよくて……えーと、側近のはなしだっけ?」
「うむ」
「俺、こんなんでも一応人間だし、そんなもと人間が魔族になって急に魔王の側近だなんて、許されるのか? 魔族に階級とか身分とかあるのかは知らないけど、さすがに魔王の側近ともなれば、それなりに立場のある身分になりそうだけど」
「許すも許さぬも、余の提案だぞ? だれに異を唱えられるものでもない。それと、魔族に明確な身分やら階級なんぞない。実力主義ゆえ、強きに従うだけのはなしよ」
「……俺の能力は、側近として遜色ないってことだと思っていいのか?」
「うむ」
「……ほとんど自前じゃないけど?」
「その能力はすでにその方のものとして定着しておる。その方を魔族として存在を書き換える際に大きく変化するものといえば、魔族として理の内側に戻れるくらいのものだろうな」
「あれ。でもそれって、この治癒能力が失われなければ、やっぱり消滅するしかないんじゃ……」
「その方のそれは治癒能力なんぞではない。立派な紛いものだ。死に弾かれるゆえ、自動再生させられておるだけのこと。魔族になれば、まあ人間よりはよほど強靭な肉体を持ち、自然治癒力も断然高くなるが、決定的な違いとして死に至るダメージを負えばふつうに死ぬぞ」
もとより頑丈な身なのだから、その頑丈さ自体にさしたる差は生じまい。ゆえに、変わるのはその先のみだろう。死に至る傷で死ぬか、再生するか。
「そっか……」
……安堵するか。まあどうやっても死ねぬというのは、なかなかにつらいものがあるのだろうな。長命だがいずれ死ぬ魔族にも理解の及ばぬ境地だろう。
精神を壊さなかったことがこやつの強さの証明の一端になるやもしれぬが、それはもしかしたら当人には救いではなかったやもしれぬな。
一拍。わずかだけ間を空けた人間は、ふっと表情を崩した。
好戦的なものでも、ましてやどこか諦めたようなあの嫌な笑みでもない、おそらくこれがこやつの自然のものなのであろう笑みを浮かべる。
「いいよ。側近、やってやる。ただし、魔王を敬ったりはしないけど」
「構わぬ。対外的にどうのと、もうひとりの側近がうるさかろうが、その辺はそやつとはなしてくれ」
「了解」
うむうむ。期せずしてもうひとりの側近が見つかるとは。これも余の日頃の行いがよいからか。
いや、魔族が日頃の行いをよくするというのはよくわからぬが。
ともあれ、これで余のデスクワーク地獄がすこしでもマシになればよいと切実に願うのみよな。




