魔王業・幕間その2-1
あの阿呆グリードの一件があったことで、魔族領の全域を一度見直すことにした、らしい。
ベイズの一存だ。余は別に悪知恵でも浅知恵でも、その後に感心できるなにかを成し遂げられるようであれば、わざわざこちらから探し出してまで摘み取らんでもよいのではないかなーと思ったのだが、余の想像以上に腹が立っていたのだろう。
まあ、あえて探さずともよいと思いはすれど、探して見つかって潰せてしまえたならそれはそれでそこまでの程度のものであったということにほかならぬから、潰されてしまっても仕方がない。わざわざ探さずともよいが、探したいのであれば探せばよいというのが余の意見なので、下手にベイズのストレスが溜まるくらいなら、すきにすればよいのではないかと沈黙したのだ。
ベイズのストレスがフリーでもメリットは特にないが、逆によるデメリットはがっつりある。言うまでもないかもしれぬが、余の仕事が増えるのだ。それはもう、当然のように。
ゆえに、いくらメリットがなかろうと、デメリットが回避できるのであれば、そのほうがいいに決まっていた。
……おかしいな。なにゆえ上司のほうがここまで部下に気を遣い続けねばならぬのだろう……。
ともかく、その結果としていくつか小賢しい真似をしておったものどもに灸をすえて回るよう手配を重ねてきたベイズだが、ちょっと一件気になるものがあったらしい。
なんでも、魔法具と魔法そのものを併用した結界を用い、器用かつ巧妙に隠れておる、もしくはなにかを隠しておるようだ、と。魔族が魔法具まで使ってそんなちまちま手の込んだことをわざわざするか疑問ではあったが、それもグリードという前例を思い返せばあり得ぬことではないし、昨今の人間には実力的に不可能ではないかという考えも、そのグリードに知恵を吹き込んだのは人間だったというはなしを思い返せば否定しきれるものでもないように思えた。場所も、よりによってアオナギ共同区域の領域の端にかかるという、なんとも種族の特定がしにくいところのようだ。
まあ、種族がどうあれ些細なものと余は思うが、それでも一応、どちらであるかによって対処は変わる。ゆえに、どちらかなーという程度くらいは事前に考えもしたのだ。結論は出んかったが。
いつもであればこの件は部下に一任する余が、今回はベイズを伴い自ら現地に向かうことにしたのは、そのあたりを理由に掲げてのことだったりする。名目上、一応、そんな不確定要素はきちんと自ら確かめておくべきだろうと、そんな言いわけ……もとい、言いぶんでのことだ。ちゃんと他者任せにしない上司という体を見せてみた。
事実はもちろん、これが魔族の仕業でも人間の仕業でも、すこしは腕が立ち、知恵も回りそうではないかと思い、矢も楯もたまらなかっただけなのだが。
だってほら、ちょっとわくわくするではないか。期待してがっかりすることが数多あれど、それでもやっぱり期待はしてしまう。
内心うきうきとこころ弾ませつつ、しかし魔王として傍目からはきちんと威厳を感じさせる体裁を保つことは忘れない。
そうして件の場所に辿り着けば、なるほど、確かによくできた結界を張っておるな。技術ももちろん、純粋に質も高い。これは期待も高まるというものよ。
などと。のんきなことを言っていられたのはそこまでだった。
きれいにこの結界を解除するなどというまだるっこしい真似は余には合わん。ゆえに正面から……いや、正面がどこかはわからぬが、ともかく。堂々と力づくでぶち破ってやった。と同時に、付与魔法で強化された飛び具が四方から高速飛来してくる。
「ぬるい。が、なかなかの質よ」
種々の飛び具を、それにかけられた魔法と同等程度の魔力を込めて放った衝撃波で払い落とす。うむ、くちにしたとおりではあるが、昨今そう見なくなったなかなか高レベルの付与魔法であった。罠としても悪くはない。魔王城に仕掛けるのであれば、もうすこし奇をてらってほしいところではあるが。
……というかこれ、余としては全然余裕で退けられたが、まかり間違って人間どもや中級程度の魔族がかかったら即死していたレベルの罠なのでは……。
そう思うが、そもそも前段階で、まずこの結界を越えられるものがそうそうおらぬだろうから、このレベルの罠が仕掛けられていても当然やもしれぬなと思い直す。まずもって、人間どもの多くや能力の低い魔族であれば、結界自体に気づくことなく知らず迂回させられたりもしておっただろうし。
いやしかし、踏み入ったら即殺すという意思はがっつり感じる罠ではあったので、ちょっとどうかとは思うな。それだけのなにかがこの先に待ち受けておると思うと、わくわくが止まらぬのだが。
内心を弾ませつつ先へ進もうとした刹那。
「っ、魔王様っ‼」
おおう。ベイズのこのような焦燥に駆られた声、久方ぶりに聞いたぞ。などとのんきに思いつつも、余もちょっとびっくりした。びっくりそのまま、障壁を薄い膜状に展開させて覆った右手で、二度三度……と、どんどん繰り出される襲撃に応じる。
そう、襲撃。余やベイズにまったく気配を察知させずに、その襲撃者は現れたのだ。
よもや余が奇襲を受けるとは。平和ボケが過ぎているとも思えるが、それでも魔王たる余に奇襲ができるなど、手練れもよいところだろう。とはいえ、余は魔王ゆえ、反射的に対処するにも長けてしまうのだが。
だが……ふむ。余が、反射的に対処した、か。
ぞくぞくと這い上がってくるこの感覚、興奮。自然、くちの端が上がってくるのがわかる。
「ベイズ、そこで待て」
言うが早いか、余と襲撃者を対象に魔法を編む。瞬時に気づいたらしい襲撃者が余から距離を取ろうと退いたが、遅い。まあ速度自体関係なく、余がそうと決めて放った魔法だ。外すわけがないのだが。
ベイズがおそらく余を呼んでいたが、知らぬ。もはやその声も届かねば、姿とて見えぬし。
余が放った魔法は、余と襲撃者を異空間に飛ばすもの。魔王たる余であるからこそ使える、超高位の魔法だ。
久しぶりの高揚に、ちょっとうっかり力加減とか間違えるかもしれぬので、環境破壊とかせぬよう配慮をしてみた。
ふ。こんなときでも存外温和で温厚であることを揺るがせない余、さすがよな。
というわけで、ここはもはや外部との接触が一切遮断された、本来存在するものとは別次元にある空間となるわけだ。ひたすらになにもない、ただただ広いだけの白い空間。ここでなら外からの影響を受けぬように、外に影響を与えることもできぬゆえ、暴れ放題ということになる。
最後にこの魔法を使ったのは、最後の勇者が挑んできたときだったから、百余年は前のことになるな。ちょっと感慨深い。
「ああ、またこの魔法か」
意味はなさなかったが、距離をとっておった襲撃者がぽつりとつぶやく。
……また、とな? この魔法はベイズでさえ使えぬレベルのものなのだが、体感したことがあるとでもいうのか。
警戒心はそのまま、けれどすぐに襲いかかってくる様子は見せない襲撃者を見やる。ふーむ……余の鑑定で見て、人間には違いないようなのだが……。
なんなのだろうな、このステータス。ベイズ並の能力値を示しておるぞ。
よもや余の鑑定を偽ることなどできようはずもないのだが、人間の身でありながらこの能力とは。
「その方、なにものだ」
すごいわくわくする。このような逸材が、まだ人間におったとは。
これからきっと、予期せず余の望みがちょっと叶えられるだろうと思うと、楽しみすぎて興奮が増してくる。その興奮をなんとか抑えつつ問えば、襲撃者はちいさく笑った。
……その、なにかを諦めたような、力ない笑みは気に入らぬな。これから魔王たる余に挑もうというのであらば、もっと覇気に満ちよ。
そもそも初手の奇襲もそうだ。得物は剣のようだが、それを振るう当人には一切の敵意も害意も殺意もなかった。余が反射的に反応せざるを得なかった要因はそこにもあろうから、一概に悪いというつもりはないが、余を倒すという意思くらい込めてくれねばその攻撃はどこまでも軽くなる。
……いや、うん。その辺の魔族程度なら、アレでも軽く一掃されてしまうだろうが。
ともかくだ。余と対峙するなら、対余仕様に本気でやれということが言いたい。せっかく久方ぶりに楽しめそうなのだ。がっつり本気でやってもらわぬとおもしろくない。余のわくわくに水を差すな。
「……なにもの、か。やっぱり、魔王には人間なんて取るに足らない存在なんだな」
「妙な言い回しをするではないか。それではまるで、余がその方に会ったことがあるように聞こえるな。余が魔王として人間と対峙したのは、もはや百余年前の勇者、が……」
言いながら、ぼんやりとそのときの勇者のことを思い出す。容姿はまあいつもどおり定まらぬが、その能力。当時の人間としても異様なまでに高い能力値を叩き出していたあのステータスは、確かにいま目の前におる人間くらいのもの……だった、よう、な……?
「いやいやしかし、しかしだな。人間の寿命はとうに尽きていておかしくなかろう。その方が人間のまま生き永らえておる、などと……」
「人間として定められた限界を悉く踏みにじった代償だと俺は考えている。呪いだよ、これは。俺は死ぬことも、年を取ることもできなくなった」
なんと。不老不死。愚かにも人間が夢見るというアレか。
しかし、ふむ。それを呪いだと言い切ったこやつはなかなかにその意味を理解しておるようだな。
魔族は種として長命ゆえ、わざわざそれを永遠としようなどと愚考するものはそうそうおらぬが、短命である人間には魅力的に思えるようだ。そんな無駄に時間を得て、どうしたいというのか。まったくもって理解に苦しむな。
……という余は、魔王であるがゆえ、基本それに近しいのだが。絶対に死ねぬということはないが、なにもなければ、あるいはある程度の怪我くらいのものであれば魔王に死を与えるには至れぬ。
ついでに言えば、魔王はその性質上、存在し続けねばならぬものであるので、その代の魔王が死したところですぐに次代の魔王が生まれるだけだったりする。ゆえに、魔王を殺したところで意味などないのだ。
まあこのシステムの本質を理解しておる人間なんぞおらぬからこそ、魔王討伐とかまったく理解し難いことを掲げてくるのだろうが。
いや、余個人としてはその目標、大いに歓迎するのだがな!
それはともかく。
「ふーむ。確かにその方の能力はおよそ人間とは思えぬほどではあるが、そのために付与魔法を重ね掛けしてみたのだとして、そもそもそれほど重複して効果をなすものではなかろうし、たとえ本当にできたとしても、過剰に与えられた魔力に肉体も精神ももつとは思えぬな」
「……そうだね。本来なら。俺が魔力を受け容れやすい体質だったことも一因にはなるだろうけど、もちろんそれだけじゃここまで能力を底上げすることなんてできない」
「…………まさか」
「契約魔法と代償魔法を知らない間に組み込まれていた」
うわあ……それは、うん、なんとも言えぬな。
契約魔法は主に悪魔族が捕食対象者を騙すか弱味につけこんで、魔力やら魂やらと引き換えに己が力を貸し与えるというもの。
代償魔法はその名のとおり、なにかの代償を支払うことで、それに見合った相応の能力を与えられるというものだ。
えげつないのは、どちらもともに条件さえ満たせばよいため、術者本人が対象とならんでもよいことか。とはいえ、だれでも容易に使えるというものではない。そもそもが割と高度な魔法ではあるが、当然といえば当然ながらに、契約相手の質を上げたり、代償魔法で得る効果を高めようとすればするだけ、その難度や必要となる技術、魔力量や代償として差し出すものも増す。目の前の人間本人ならばともかく、こやつの仲間や当時の人間どもに、さほど強力な魔法が使えるものがおったとは思えぬが。
……ふむ。
「随分な代償を支払ったか」
「そうだね。各国から大勢の罪人を集めたらしい」
なるほど。悪魔族と契約するには罪人の魂のほうが向いてはいるか。それ以上にそんなことを考えた輩の魂こそ好まれそうだが、どうでもよいな。人間にしても罪人の魂ならいくら失われようと構わぬという考えだっただろうことくらいは想像がつく。
うーむ。悪魔族より悪魔族らしく思える気がするのだが。まあ、人間なら平気で考え至りそうでもあるか。
で、代償魔法を組み込んで、契約魔法を使う、と。足りない魔力やらを罪人どもの魂で賄って相応に実力のある悪魔族とでも契約を結んだのだろう。
しかし、そうして悪魔族と契約を結んだとて、人間を人間のまま超越した存在せしめることなどできぬと思うのだが。余にだって無理だ。人間の枠では狭すぎて心身ともに壊してしまう。
人間でなくしてしまうのであれば、方法なんぞいろいろあるが。
というわけで、わからぬのであれば素直に聞くことにする。
「しかし、悪魔族と契約をしたところで、いまのその方の状態の説明にはなるまい」
正確には、そこまでの成果を得るには至れまい、が正しいが。
きっぱりと言いきった余に、目の前の人間は再びゆるくわらう。魔王たる余でさえ、うっかり背筋がぞわっとするような、末恐ろしいなにかを含んだ嘲笑だった。
うむうむ。さっきの笑みよりよっぽどよいな。なんか期待が高まる。
「そう……そうなのか。魔王だって、こんな方法考えもしないわけだ」
……どうやら人間どもは、魔族顔負けのえげつない方法でも使ったようだな。
「最初に言ったとおりだよ。契約魔法と代償魔法を組み込まれたんだ。俺は、俺のすべてを代償に、契約魔法を交わしたその悪魔の能力を植えつけられた」
……………………。
うわあ……ついことばを失ってしまった。
いやいやいや、魔族が倫理感とか笑えるが、ここはあえて言おう。
人間どもは、世の理やら人間や魔族の命や魂やら契約の重大性やらをなんだと思っておるのだ。
うっかり頭痛を覚える案件だぞ、これ。
「……なるほど、それでひとの身に余る能力を手に入れさせられたわけか」
高位の悪魔族の能力を得たとあれば、人間の身では耐えられぬ付与魔法の数々とて受け止められるだろう。
ただし、それは本人も言うように、人間の枠をはるかに凌駕したもの。すべてを代償にさせられた、というのも含めて、こやつは本当に……本当の意味で、世の理から外れてしまったのだろう。
いや、うむ、真実呪いよな、これ。魔法の一種である呪詛なんぞよりよほど性質の悪い、真正のヤツ。
ああ、ちなみにだが、人間と契約を結んだその悪魔族の末路なら理解が及ぶぞ。能力だけ奪われ、消滅したのだろう。そんな歪なかたちで能力だけ引き剥がされるなど、それとて世の理に反すもの。自身の存在をこの世界に定着しきれなくなっても不思議ではない。
存在の崩壊ともいえる。
騙し討ちを得手とする悪魔族の更に上をいった人間の性根の腐りようは、魔族も脱帽よ。しかも本来その悪魔族と交わした契約も軽んじたということになるわけで、それをさせられたかたちとなった目の前の人間、ちょっとしっかり鑑定かけようものなら、すっごく絡み合ったり歪んだりしていそうだな。存在そのものが。
契約というのは、本来それだけ重いものなのだ。そんなかたちで蔑ろになどすれば、相応の代償を支払わざるを得なくなるのは当然だ。
それは世界に弾かれても然りと思えてしまうよなあ。
「しかし、そこまでされて気づかんかったのか、その方」
「……それに関しては返すことばもないかな。あのときはまだ、ひとの善性を信じられていたし、特別信じられると思っていた相手もいたんだ。甘かったんだよ、俺も」
ふーむ。まあ深くはつっこむまい。人間同士の関係性とか、無駄に複雑で面倒なものも多いらしいからな。聞いたところでどうせ余には理解できまい。
人間の善性、とか、それだけでもうすでにわかりあえる気配もないしな。
どうあれ、利用された悪魔族も、目の前の人間も、どちらも自業自得な面もあれど、被害者には違いあるまい。ちょっと哀れにくらいは思う。
しかしそれはそれ。人間の身でありながらその異常な存在の在り様を理解しただけに過ぎぬ。
大事なのは、そう。
これから、ちゃんと戦う気があるかどうかだけだ。
「さて。その方の事情はともかく、このまま襲撃者として余に挑むつもりはまだあるのか?」
一応問う体裁はとっているが、こたえは是しか求めておらぬ。
頼む、是だ。是とこたえよ。
「……そうだね。正直なところ、俺はただひっそりここにいられればそれでいいんだけれど……」
おおう……なんと……なんということだ……。せっかく余のテンション上がっておったというのに……。
内心で嘆きに嘆いておったが、運は余を見放さなんだ。
ぶわり、と。あからさまな強い殺気が余に打ちつけられる。
その質の高い心地よさに、思わず口角を上げてしまった。
「負けたままっていうのも恰好がつかないし、せっかくそっちから出向いてくれたんだ。一矢報いるくらいはさせてもらおうかな」
交わす獰猛な笑み。なるほど、本来の立場は真逆なれど、存外余とこやつは似ておるのやもしれぬな。もしかしたらそういうものだからこそ、魔王のもとまで辿り着けるのかもしれぬ。
どうあれ、これこそ余が願い、望んだもの。よもやこのような場所でこんなかたちで叶うとは思わなんだが、僥倖には違いない。
「よかろう。存分に相手をしてやる。余すことなく全力でかかってくるがよい」
人間三世代ぶん待たずしてこのような台詞をくちにできるとは。
感無量と浸っている時間は、与えられなかった。
踏み込み一閃。ひとの身ではおよそ至れぬであろう速度をもって距離を詰めてきおった人間は、低く腰を落とした体勢のまま横薙ぎに剣を振るう。
「おっと」
ひとの身とは思えぬ速度だろうと、当然余にはその動き、しっかり見えておる。ゆえに、剣の切っ先が余の胴を捉えるよりわずか速く、軽く後方へ跳び退った。
とはいえ、その程度で動じる実力でもない人間は、返す手でそのまま追撃に移る。剣先は斜め上方へと斬り上げられ、それも避ければ素早く下方へ翻った。それさえ避けた余を補足するため、銀閃は絶え間なく軌道を刻む。ぐっと更に距離を詰め、正面から斬り上げてきた。
なるほどなるほど。速いな、これは。間髪入れずに瞬く間さえ与えぬ速度で繰り出される剣戟を、最小の動きで躱していく。余裕ぶっておるわけではないぞ。無駄に大きな動きは隙を生むに繋がるゆえだ。
つまりそれは相手の実力に敬意を表していることを意味し……この人間が、それに値するだけの実力を備えておる表れでもある。
ああ、本当に…………愉しくて、たまらぬ。
何度目の剣戟になるか。剣の振りにあわせるように……いや、それに隠すように、人間は短くなにかをつぶやく。
魔法か!
あいにくと魔族は魔法を使うのに詠唱なんぞという面倒な手間は要さぬ。ゆえに、魔力の流れから魔法の発動を予期することはできても、それがどういった種類のものかまではきちんと質を判断する間がなければわからぬ。ある程度高位であればその間も与えられようが、こうも短く発動されてしまってはな。
ただし、その魔法は発動までの短さに比例するように低位の魔法でしかなかった。しかも、明らかに余を害す意図を含まぬ、眼前で小規模な爆発を起こす程度のもの。
この程度で余に傷なんぞつけられようはずもないことくらい、人間にもわかっていよう。つまりこれは。
「程度の浅い目眩ましよな」
一瞬視界を奪われようが、どうということもない。
身を屈めてぐるりと回転、余の背後をとったその勢いのまま低い位置で薙ぎの一閃を放ってきた人間の剣を、軽く跳躍して躱す。
……まあ、ふつうは跳躍なぞ悪手であることくらいわかっておる。
その気になれば易々と飛翔もできる余はともかく、そうした能力を持たぬものは動きを極端に制限されてしまう行動だ。追撃を避けるには向かぬ。
ゆえに、当然のごとくかかる追撃。
ただしそれは剣によるものではなく、連続して弾ける爆発だった。先程と同系統ではあるが、あれよりも若干威力を増したその魔法は、しかしそれでも余にはなんの痛痒にもならぬものに変わりはない。
先程剣戟の影から放たれた魔法は、今度はそちらを囮としたらしく、爆発の中から鋭い剣先が突っ込んできた。
タイミングからして、自傷も厭わぬ一撃だ。
その動き自体は読みやすいものに違いないが、腕を捨てる気かと思えるタイミングといい、それを繰り出す人間としては異常なまでの速度といい、ぶれずに適切な角度や軌道を刻む技量といい、すべてがこやつの実力を押し上げていた。
さすがだ。やるな、人間。余が手を使ったぞ。
突き出された剣先が狙い過たず余の首を捉えるその直前。その刃をがしりと掴んで阻止をした。
硬質化の魔法を薄く編んで纏った余の手だ。怪我などまったくない。と、そうして止めた剣に一切の惑いも見せずに即座に飛んできた脚を、空いている手で止める。
おー。即断即決。素晴らしいな。それでこそ持ち得る速度を殺さぬというも……の……。
感心も放り捨て、すぐさま自身と人間の身を囲うように魔法で障壁を展開。直後頭上から降り注いだ雷霆に、さすがの余もちょっと肝が冷えた。
余の危険を感じたからではない。目の前の人間の危険を悟ったからだ。
雷霆はさほど長く降り続くことなく鳴り止んでいったが、我が魔力で編んだ障壁を穿つ勢いと鋭さ、威力に、そこそこ高位の魔法であることは察した。昨今の人間には扱えるものとてそうはいないだろうその魔法の魔力の流れと詠唱は、爆発の魔法とその際に生じた爆音に消しておこなったか。それにしてもその詠唱速度や魔力を紡ぐ速度、正確さや精密さには舌を巻く。
いや本当、人間業ではないな。
とまあ、改めて感心してから溜息をひとつ。
「……自爆は感心せぬな」
言いながら、剣と脚を解放する。むう、興が削がれてしまったではないか。
こやつが、最初から自分へのダメージを顧みぬ気など見せぬ戦いかたばかりしていたことには気づいておった。それでもまあ、爆発の魔法まではよい。だが、あの雷霆は駄目だ。直撃すれば割といいダメージとなっておったぞ。
いまの自分の存在を嘆き、自棄になっておるというのであれば幻滅もよいところではあるが、それであれば生じていたであろう無駄な動きや余計な意識の移ろいは、戦いの最中感じることはなかった。
つまり……ただただ自身に関心がないということなのだろう。その後など一切考慮に入れず、ただその瞬間に最も効果が出そうな手段を選び続けていただけ。自身の安全など、なんの抑止にもなり得ていなかっただけなのだ、と、余は考えた。
まあ……うむ。この戦闘に命を、すべてをかけておるのだと思えば、それはそれでアリやもしれぬけどなあ……。
余としては〝次〟を求めたい。
当人がどう思おうが知らぬ。〝今〟より更に実力を増す〝次〟を、余は望むのだ。ゆえに、余は余に挑めるすべてのものたちを生かして帰してきた。目の前のこやつとて同様よ。二度目だろうと関係ない。何度だって余は生きて帰そう。
だから何度だって余に挑んでほしい。切実に。
あからさまに戦意を霧散させた余に当てられてか、人間のほうも再び襲いかかってくる気配はない。が、別に剣を収めようとまではする気がなさそうなことは、なんとなく察せた。
でなければ、命を粗末にするまでの戦法なんぞとるまい。
自棄になっているわけではなくとも、捨てるつもりは満々か。……まあ、自分の在りようを死ねないなどと言うヤツだ。だろうなあとは思う。
うーむ……。どうしたものか……。
これを見せれば、あるいは……。……いや、しっかしこれはなあ……。万が一戦意すべてをこそぎ取ってしまったらもったいないしなあ……。
でもそれで諦めるなら、それはそれでそこまでということか。
まだちょっと後ろ髪を引かれるものもあるが、まあよい。なるようになるしかないかと、若干余のほうこそ自棄気味に覚悟を決める。
「ひとつ。その方の実力に敬意を表し、教えてやろう。余を殺すのは生半可な実力程度では叶わんとな」
言って、余は風の魔法で自分の首を切り落とした。




