魔王業・幕間その1
それは魔王業としては久しぶり……そう、ここ最近のデスクワーク漬けを思えば、本っっっ当に久しぶりにのんびりと外に出ていたときにやってきた。
魔族内異種族抗争、コボルト対牙狼族、食うか食われるかの領土問題を現地の守備隊が解決したとの報を受け、これ幸いと視察をでっちあ……ごほん。ごり押して現状を見てきたのだ。
うむ。外はやはり良い。終わりの見えない書類の山に囲まれる日々に荒んでいたこころが解放される気分よ。
というか本当、勇者業に繰り出していることを理由に、必要以上……絶っ対に本来の量よりも何倍も多くなっている仕事を押しつけてくるの、いい加減やめてくれないかなー。余だって辛いものは辛いんだぞー。
と、面と向かってベイズに言えぬ余の嘆きを、それでもちょっとは汲んでくれての今回の視察に対する了承でもあるのだろう。もうちょっと飴の割合増やしてくれてもいいと思うのだが、下手につついて全部取り上げられたらたまったものではないので、黙っている。
……余、本当に魔王ぞ。魔族を統べる王ぞ。
…………いや、うん。なんとなくな。なんとなく、ちょっと主張してみたくなった。
とりあえず視察というのは体のいい言いわけではあったが、それでもできる魔王である余はしっかりと仕事をしてきた。わざわざ余が出向いたことで、両種族とも恐れおののいておったが仕方あるまい。余、魔王だし。威厳出して、お互い適切に共存するよう言っておいたことからも、余が存外温和で温厚である片鱗も見えよう。
それ自体は時間的にそうかかるものではなかったゆえ、ちょっと近くの森を散歩……もとい、ここもちょっと視察してから帰ったのでもよいかベイズに確認したころ、見事許可を得られたゆえ、内心うきうきと森の中を歩き、ストレスの発散につとめることにした。
……帰り次第、また書類の山に泣かされることを見越しての、ベイズのちょっとした飴の一部でしかないことくらいわかってはいたが気づかぬふりをする。
で、ここではなしは戻るわけだ。
とりあえず、段階的に衝撃を緩和させるバリアを張る。強度はそれほどでもない、魔力で編んだ不可視の薄い膜だ。それは一枚、二枚、三枚と、張ると同時に吹き飛ばされていく。
まあでも、それでちゃんと役割を果たしておるので良いのだが。
七枚、八枚、九枚……うむ、まあこんなものか。
ひとり頷き、自身に衝撃を吸収する付与魔法をかけた。と、ほぼ間を空けず。
「魔王さまーっ!」
どん、などと軽いものではない、ずどんと重く響く衝撃。これでも段階的に緩和させたし、余自身が多少吸収して和らげもしたので、周囲の地形も突撃犯も無事だ。でなければ、このあたり一帯に巨大なクレーターができておったし、余が衝撃を吸収せずに相殺、もしくは反射すれば、突撃犯が大ダメージを負っていた。いくら存外温和で温厚な余とはいえ、それだけの衝撃をわざわざまるっと受けてやる道理はないので、最大限の譲歩といえる。
まったく、毎度のことながら、動く天災のようなヤツよ。
「落ち着け、ラズア」
突撃そのまま、余の背に腕を回しぎゅうぎゅう抱きついてくるひと型の少女。名をラズアという、本来の姿は半身が蛇であるラミアの娘だ。
ちなみに、余だからぎゅうぎゅうだなどとかわいらしい表現で済ませておるが、これ、ある程度実力のある魔族であっても容易に粉砕する膂力をもってして抱きつかれておるからな。蛇の巻き付きは大概すごいらしい。
ぽんぽんと、余の胸あたりにある頭を軽く撫で、興奮状態を落ち着けようと試みる。が、えへへ、などと笑いながらさらに絞めつけてきおった。
「いい加減にしなさい、ラズア。不敬でしょう」
突撃犯ラズアの来た場所から、もうひとりの少女が顔を出す。見た目に頓着しない魔族からするとその違いはよりわからぬ、ラズアの片割れ、ヴィアだ。
ふ。しかしできる魔王たる余はそこらの魔族とは違うぞ。ふたりの違いなど、瞬時に見分けることができる。
右目が赤く、左目が緑であるのがラズアで、逆がヴィアだ!
………………。
あれ、逆か?
いや、こうして抱きついてくるのはいつだってラズアで、それを窘めるのはいつもヴィアだから…………うむ。合っておるな。見た目はそっくりでも、性格はかなり違うゆえ、動けば判断も易いヤツらではある。
まあ、性格とて似ておる部分もあるのだが。
ともかく、ヴィアに窘められたラズアは、余に抱きついたまま視線だけを姉に向ける。
「ヴィアだってこうしたいクセにー。イイコちゃんぶっても損するだけだよー」
「ふ・け・い・だと言っているの! 離れなさいっ!」
「あだだだだっ! 暴力はんたーいっ!」
近づいてきたヴィアに頭をがしりと掴まれ、ラズアの腕が余から離れた。……頭蓋骨、みしみしいっておるぞ、アレ。
そのまま引き摺られるように余から離れ、適度に距離を開けたところでヴィアが跪く。ラズアはそんな姉に睨まれてから、渋々といった様子で跪いた。
「お久しぶりにございます、魔王様。妹が大変無礼な真似をいたしまして、申しわけございません」
うーむ。これもう定型文よな。ヴィアの心労は計り知れぬが、ヴィアやラズアであればそこまで畏まらずともよいと言っておるのだが。
「気にするな。もはや慣れておるし、その方らはその程度許されるだけの実力を有しておる。不敬だなんだと狭量なことは言わぬぞ」
「ほーらほらほら、魔王様はいっつもこう言ってくだぐぶっ」
ずどん、と、ラズアの頭が大きな音を立てて地にめり込む。
……結局、ちょっとしたクレーターはできてしまったな。
「あなたはっ! 自重ということばをっ! 覚えなさいっ!」
うむ。本能で生きる魔族には、およそ縁遠いことばよ。
「本当に、いつもいつもお見苦しいところを……重ね重ね申しわけございません」
「よい。気にしておらぬから、ラズアを離してやれ」
「……はい」
渋々といった様子のヴィアの手が離れたことで、ラズアが勢いよく顔を上げた。地面は抉れようと、ラズアはまったくの無傷。まあ、こやつくらいの実力があれば当然だ。
傷などついておらぬゆえか、ラズアが気にしたのは髪や顔の汚れのようだ。忙しなくぱたぱたと手で払っておる。
「もー。ヴィアはすぐ暴力に訴える。魔王さまの御前だっていうのに、土とかで汚れてるとかサイアクでしょー」
いや、余、見た目とかどうでもよいが。ヴィアやラズアは割と気にするタイプらしい。ラズアなどはなにかにつけ、やれ髪型を変えただの、装飾品をつけただのと報告をしにきたりするのだが、正直全然わからん。
「あ、クーベルハイズ様もお久しぶりです!」
「お久しぶりにございます。ご挨拶が遅れて申しわけありません」
ラズアを窘めたりなんだりで忙しかったヴィアはともかく、ラズアよ……その方、そんなおまけみたいなもの言いはどうにかならんのか。
とはいえ、ラズアは概ねいつもこんな感じなので、ベイズも気にした様子はない。これもまた、その程度が許される実力を有しておる証拠よ。
「気にしなくていい。それよりも、今日はどうした。なにか報告でもあるのか」
「あ、いえ。ご報告しなければいけないことがあるわけではないのですが……」
「魔王さまにお聞きしたいことがあったからお城まで行ったら、フェイアがこっちのほうに行ったって言ってたんで、追いかけてきちゃいました!」
ベイズの問いに、すこし困った様子で視線を迷わせるヴィアと違い、ラズアのなんと堂々としたことよ。片手をぴっとまっすぐに上げ、この上なく自己を主張する。
「聞きたいこと?」
「はいっ! 実は魔王さまが人間に扮し、勇者としてご活躍されているって耳にしたので、本当かどうか確かめたかったんです」
情報源はおそらくリィナか。まあよい。ヴィアやラズアであれば知られてもなんの問題もないゆえ、漏らしたのであろうしな。
情報が漏れることで問題が生じたらそのときはそのとき。必要なところを黙らせれば済むだけのはなしであるし。
「うむ。事実だ」
「ええっ⁉ どうして魔王さまがっ⁉」
「差し出た真似とは重々承知しておりますが、わたしも愚妹同様魔王様のご真意を伺いたく存じます」
ふーむ。まあそうくるよなー。なにゆえ魔王ともあろうものが人間ごときに扮し、しかも勇者なんぞ騙っておるのか、と。
魔族であれば当然抱くだろう疑問に対するこたえは、余にとってまったくもって隠す必要もないため、あっさりとこたえてやる。
「いや、最近骨のあるヤツがおらんからな」
「……え?」
お。この顔はそっくりもそっくり。余計に見分けがつかなくなるな。
ぽかんと半分くちを開けて余を見つめる双子に、内心で頷く。
「魔族も大概腑抜けてはおるが、人間のそれは目も当てられぬ。魔王に挑めるものといえば勇者と相場は決まっておろうが、その勇者が最後に余に挑んできたのも百年は越えておる。聞けばその百年のうちで人間どもは勇者の株をだだ下げたというではないか。それでは余に挑むものがおらぬというのも道理」
一気に言い放ってなお、ヴィアもラズアもぽかんとしたまま。まあ、うむ、ここまでは過去の事実を語ったに過ぎない。だからどうしたと思われようと仕方あるまい。
そう、重要なのはここからだ。
「余は余に挑めるだけの強者を求めておるのだ。魔族の本能そのままに、存分に戦える相手を欲しておる」
……そういえば、余に挑んだ最後の勇者はどうなったのであろうな。生きて帰らせたのはもちろんだが、そうして帰ったところで人間どもは不当な評価をしおった愚かものばかりだったようだし、なんならキレて大暴れしておっても不思議ではないと思うが。
ふいにそんな考えが浮かんだが、それももう百余年は前のこと。人間の寿命を考えれば、もはや詮無いことでしかあるまい。
というわけで、ちょっと考えてみたものの、そんな思考はあっさり霧散したのだった。
「ゆえに余は、勇者の株を上げ、再び勇者として余に挑む気概ある人間を生み出すための礎を築いておるのだ」
どうだとばかりに胸を張って言いきり、大満足する。
ふむ、と満足のひと息を吐いたところで、ラズアが声を上げた。
「なるほど! そーいうことだったんですね! じゃあじゃあ、あたしたちも勇者やります!」
「なんと」
「……は?」
ラズアの急な宣言にさしもの余も驚いたが、傍らでベイズが低い声で唸ったのは聞き逃さなかった。
たぶん、あの「は?」は、ものすごい呆れたような、馬鹿にしたようなまなざしでもって放たれたに違いない。……ベイズよ、言い出して、しかも実行しておるの、余なのだが。
「勇者という存在を人間たちに知らしめ、腑抜けた人間たちがこぞって勇者となり実力を磨き、魔王様に挑めるように尽くせばよろしいのですね。たかが人間ごときにそこまで至れるものがどれほどいるかは甚だ疑問ですが、魔王様のお望みのためとあらば、わたしも全力を尽くす所存です」
「……ラズアはともかく、ヴィアまでなにを言っているんだ……」
いやベイズ、その方のもの言いのほうがどうかと思うぞ、余。
「これは魔王様の単なる思いつきで、享楽でしかない。お止めしたところで勝手にはじめるだろうから、せめて見張れるようにしてお好きなようにさせているだけで、魔王様としての仕事をきちんとさせるための潤滑油というか、体のいい人質扱いとして利用価値がある程度のことでしかないんだぞ」
ベイズーーーーーっ‼ そんなふうに思っておったのか⁉ ある程度理解していたつもりだったが、更にその上をいきおったな⁉
「利害の一致ですよ」
さらりと言いきりおったな。
その方、対外的にそれアウトだと思うのだが。だが!
「ヴィアとラズアが相手であれば問題ないでしょう」
まあ、そうだよなー。このふたりは、ベイズの余に対する態度の悪さ、理解しておるし。
……………………で、いい加減内心を読むの、やめよ。
「いえ、魔王様の御心に添うのは、臣下として当然のことですから」
「そうそう、ヴィアの言うとおりです! あたしたちもがんばって勇者として活躍するので、魔王様、一緒に冒険しましょうねっ!」
……うん? ん? なんかいま、ちらっと本音が……。
「もちろん毎回なんて贅沢は申しません。ただ、時折でよいのです。時折、わたしたちも魔王様とご一緒させていただけたらうれしく思います」
「フェイアや新人ちゃんだって一緒に冒険したんですよね? あたしたちだって魔王さまと一緒にあちこち行きたいです!」
……うむ。なるほど。さすが魔族。本能に忠実よ。
ああ、なるほど、などと隣でベイズもものすごい得心気味に頷いておった。悪意しか感じぬ。
ちなみにベイズやらフェイアやらがアレだから、余の威光とかカリスマとか疑わしく思われがちやもしれぬが、実力主義の魔族の王は伊達ではない。ゆえに、ヴィアやラズアのように尊敬をもって慕ってくるもののほうが大多数ではあるのだ。
あからさまにあれほど態度で示せるのは、性格的にも実力的にもラズアくらいのものではあるが。
「しかしな。勇者業をすると言っても容易なことではないぞ。見た目を変じるのはともかく、実力を隠し、抑え、相応の行動制限もかけられる」
ベイズが視線を向けてきおったが、無視だ無視。
ヴィアはともかく、考えるより行動派のラズアにはちと難しいのではと余は思うのだがな。しかし、ふたりのやる気はどうやら余の危惧を上回るようだ。
「大丈夫です! ちゃーんとフェイアに教えてもらって、しっかりこなしてみせますから!」
「ラズアの抑止も怠りません」
「なんであたしだけ!」
「自覚がないならなおのことよ」
うーむ……。どうしたものか。やる気だけは買えるのだがなあ……。
余が悩んでいるうちに、あろうことかベイズが勝手に許可を出しおったわ。
「構わん。詳細をきちんとフェイアに聞き、魔王様の酔狂……お望みに叶うよう尽力するように」
「はいっ!」
……ベイズ、隠しもせずにその方……。
すごくイイ返事をしおった双子に水を差しても仕方がないと、いろいろ諦めた余。安定のできる上司よ。
「よかったですね、魔王様。これで多少効率が上がり、魔王様のお望みが叶う日がすこしは近づくでしょう。お仕事により一層精を出していただけるというものです」
……ベイズも大概本能に忠実よな。
いや、うむ。本能とは違う……と信じたいが。
本能で余の首を視認できぬ方法できゅっとしたがる部下とか、ちょっと本気で勘弁してほしい。……見える方法であれば大いに歓迎するのだが。
ともかく。
「ヴィア、ラズア。よく励むように。その成果次第で、時にはともにパーティを組んで勇者業に励むのもよかろう」
「ありがとうございますっ!」
ぱあっと揃って表情を輝かせる双子に、やはり違いはわからぬかも、と思う余であった。




