勇者業・3-8
とまあ、そんなことをしておったため、ちょっとばかりグリードのもとへ訪れるのが遅れてしまった。
宴? どうでもよいので適当に疲れたからとか嘯いてサボった。ベイズは割り当てられた部屋を無人にして、もしも人間が訪ねでもしてきたら迷惑……不都合が生じるため、そういったときのために部屋で待機をしている。ふたり揃って宴に不参加を示したら若干食い下がられたが、貴様らの仲間を救出してやるのに疲れたのだと暗にがっつり告げれば、それ以上はなにも言えぬようだった。
とりあえず、なんにも役には立っておらぬが、毒について詳しく教え伝えた功績を買って、オーラムたちはパーティメンバーだということを伝え、あやつらをもてなしてやれと言っておいた。人身御供というヤツよな。
とにかく、そんなことよりグリードの件だ。
転移魔法にてグリードの居城へと移動し、狙い過たず玉座の上へと現れたあとは、とりあえずそこに座っていたグリードを華麗に蹴り飛ばして目の前の段差から転がり落とす。で、空いた玉座に座ってやった。もちろん、片肘をついた魔王の頬杖謁見スタイルでだ。
……ふむ。なかなかよい椅子を使っておるな、グリードのくせに。
そもそもグリードのくせに玉座を使用していることが生意気極まりないと思うのだが。
そう思うとちょっとイラっとしてきたが、表面上は悠々と魔王の謁見スタイルを決め込む。できる魔王だからな、余。そんな余に、玉座から転げ落ちていたグリードが慌てて体勢を整え向き直った。
「な、なんだ⁉ いったいなにご……っっ!」
ちょっとだけ魔王オーラを出す。グリードはひゅっと息を飲みのけぞった。この場にいたほかの魔族どもは情けない悲鳴を上げたり、悲鳴さえ上げられないまま、とにかく一斉にひれ伏す。
うむ。まあこの中ではまだグリードでも力あるほうだが、余からすれば等しくどんぐりよ。こんな場で伸ばしおった無様な鼻は、これからさくっとへし折ってやろう。
「……久しいな、グリード」
「は……はっ! おおお、お久しぶりにございます!」
慌てて膝をつき頭を垂れるグリードは、余の来訪に困惑してか、まったく気の利いたことばも出さない。
やれやれ。おもしろみさえない男よな。
内心でつまらぬヤツよと吐き捨てつつ、魔王の謁見スタイルをキープしたままグリードを見下ろす。絶対王者の風格、ばっちりだ。
あ、念のため、いまさらではあるが、いまはちゃんと魔王の姿をしておるぞ。これは魔王業の一種ゆえな。
……すべての仕事がこういうちょろいものならよかったのになー……。というのは、このあと城に戻ったら待っているであろう、書類の山からの現実逃避にほかならない。
「さて、グリード。その方、なにやら愉快な目論みをしておるようだな」
びくり、と思いきり肩を跳ねさせつつことばを探すグリードに、この程度で知将とか呼ばれるのは魔族がなめられるだけだから本気で勘弁してほしいと思った。
……まあ、うん。こんなヤツがひっそりこっそりやっていた行為に気づかなかったという事実が、余にとって一層痛手になる気がするということには見て見ぬふりである。
「余の統治が不満か」
「い、いえ、そのようなことは……」
「なるほど。余に偽るか」
「ひっ……」
……グリード、その方、本当に愚かすぎるだろう。
ちょっと訊いた程度でそれほど怯えて、それでよく余の目を欺き余を倒す術を手に入れられると思ったな。
これ、運よく邪神を生み出せたとして、御しきれず殺されて終わったのではないか……? グリードの小物すぎる小物具合にいっそ不安になる。
「も、ももも申し訳ありません‼ だ、大それたことをっ‼ どうか、どうかお赦しください!」
……せめてちょっとくらい食ってかかってこい、魔族なら。
本当、こやつを見ておると、魔族も心配で仕方がなくなるわ。
「ふむ。ときにグリード、此度の目論見は、その方の起案か?」
「そ、それは……」
いまさら言い淀んでどうする。呆れつつ、放出する魔力をちょっと強めて、言外に脅しをかけた。グリードから、ひっと情けない悲鳴が上がる。
「に、人間ですっ! 旅人らしき人間から、邪神についてはなしを聞きました!」
「人間だと……?」
別に人間が邪神に詳しかろうと珍しいわけではない。特に、呪いなんぞに手を出すような輩であれば、むしろ率先して調べていそうなものでさえある。
問題なのは、魔族のクセに人間ごときのはなしに乗せられ、まんまと踊らされたことにこそあろう。
魔族の名折れにも程がある。
「して、その人間は?」
「そ、それが……気づいたら忽然と姿を消してしまっていまして……」
使えぬヤツめ。思わず舌打ちしたくなったが、あまりそういう態度を下々に見せるとベイズの小言が酷くなるからな。内心だけで留めておいてやろう。
余は別に気にしないのだが、魔王としての威厳やらイメージやらを守るため、らしい。やれやれ、上に立つというのも楽ではないな。
ともあれ、その人間だ。わざわざ魔族を誑かす強かさは評価に値するが、そこではない。ついでにこんなんでも四天王などと呼ばれておるらしいゆえグリードに目をつけたのやもしれぬが、期待外れで残念だっただろうということもどうでもよい。
あえて問題視する点といえば、その目的であろうな。そ奴自身が余以上の実力を備える邪神を生み出したいと望んでおるのかどうかは、現状手元にある情報だけでは判断するに早計だ。そのあたり、グリードが無駄に目標を高く掲げすぎた可能性もあるだろうし。だがそれでも、邪神を生み出そうとしたこと自体には間違いなかろう。わざわざその方法を示したとあるのだからな。
ふーむ……邪神が余にとってかわって魔族を統べたとして、人間の利になるようなことなんぞなさそうなのだが。存外温和で温厚な余と違い、生まれ堕ちた邪神によっては問答無用で世界を滅ぼしにかかりそうだし。
とはいえ、ここで考えてみたところで人間の考えなんぞわかる由もないか。だが、そうさな。グリードは手段も方法も粗末に過ぎたが、もしもうまいこと立ち回ることができ、余をも凌ぐ実力を有す邪神を生み出すことができたものなら……。
愉しそうだな! それはもう、すごく!
いやほら余、もともと全力で戦いたい願望が強いわけだし。人間や魔族の実力が上がることにも期待はしておるが、それはそれとして強大な力を有す邪神が生まれたとあらば、余の最大の欲求が満たされることには違いない。わくわくするな。わくわくするぞ。
よし、その人間がなにを企んでおるかは知らぬが、せいぜいうまく立ち回って、良い感じに邪神を生み出してくれることを願おう。
ただし、魔王としても勇者としても、必要となれば邪魔はせねばならぬ。まあ、その邪魔さえものともせず成し遂げられずして生み出す邪神なんぞたかが知れる程度のものでしかなかろうから、そんなものはお呼びでないゆえ消してしまってまったく問題はないのだが。
余の邪魔さえかいくぐって生み出せてこそ、強大な邪神が生まれるというもの。がんばれ、人間。
と、内心で見も知らぬその人間に全力でエールを送りつつ、表面上はきちんと魔王業をこなしにかかる。ふ。余はできる魔王だからな。
「ときにグリード、その方、先程おもしろいことをくち走っておったな」
「……え?」
「ゆるせ、と。魔族の王たる余に、慈悲を求めたか」
「あ。そ、それは……」
「余は存外温和で温厚ゆえ、なにやら思い違いをしておるようだな」
すこしずつ、すこしずつ。じわじわと放出する魔力を高めていく。グリード以外の魔族は耐え切れずにばたばたと倒れはじめた。
この程度の魔力の圧でその様とは……嘆かわしいな。
やれやれ、と思いつつ、ちょっと段階飛ばして魔力を強めた。圧におされるように、グリードもべしゃりと無様にその場へ身を沈める。
さて。意識が残っておるかどうかはわからぬが、とりあえずゆったりと威厳やら威圧感やらたっぷりにそのそばまで歩み寄ってやるか。で、魔王の肩書に相応しく怜悧に見下ろしてやる。……いや、そうしたところでその様子をきちんと目にできる魔族はこの場におらぬのだが。
「その方には、魔王が如何様な存在か、すこしばかりわからせてやらねばならぬようだな。……なあ、グリード?」
これまたたっぷり威圧感を込めてそう吐き捨て、種々の意欲や気力を削ぎ落とす絶対的な実力差でもって絶望のなんたるかを味あわせてやった。
まあでもほら、くちではそう言っても、あくまで余は存外温和で温厚には違いないからな。ちゃんと慈悲はあったぞ。消滅はさせなかったし。
グリードは不死者ゆえ改めて死ぬということが難しい身であることを悔やむような目には遭わせたし、当然二度と表裏ともに阿呆な企てなんぞする気も起きないようにはしておいたがな。
なにしろ、この程度はしておかねば、ベイズがなにをするかわかったものではないのだ。なんなら、これでいて余はグリードの阿呆を守ってやったと思われてもよいくらいだと思う。
今後一切グリードがその姿を表に出すことはなく、数年後には人間どもからも四天王とやらの評価を取り下げられるまでに落ちぶれたりもするのだが、それはまあどうでもよいはなしよな。




