勇者業・3ー7
正直疑っていた……というよりも、実は自称でしかないことを期待していた、イズラーグはグリードの腹心説。……事実だったかあ……。見張りの魔族の弾んだ声音とは真逆に、オレの気持ちは残念無念に沈み、思わず遠い目をしてしまった。
「いや、ええっと……こいつら、いや、このかたたちは……」
「ここに囚われておる人間どもを解放しに来た勇者だ」
「…………は? ユウシャ……?」
うむ。ぽかんと晒された阿呆面は紛うことなくイズラーグの部下っぽい。
「そうだ。勇者だ。……よく覚えておけよ?」
しっかりと言い含め、そして……。
さくっと瞬殺した。
いや、殺してはおらぬが。
とりあえず手加減に手加減を重ねて加えた当て身一撃で昏倒させる。
「な、な……な……」
一瞬の出来事にぱくぱくとくちを開閉させ驚愕と困惑を露わにするイズラーグ。さもありなん。この程度であっても、ステータス詐欺をちょっとだけ教えてしまう過剰戦力だしな。
まあでもこの程度の詐欺であらば、押し通すまで。
「ふ。目に見えるものがすべてではない。なにせオレは勇者だからな」
大丈夫。このくらいならハードル上げすぎにならない。人間どもにだって充分到達可能なら領域の範疇だ。……というか、この程度ならさくっと乗り越えてもらわねば、余が困るのだが。
とにかく、だ。必要な主張はきっちりとしたし、事実実力……いやまあ加減を重ねたものではあるが、効果を発揮するには充分であるだけのものは示した。
であれば、イズラーグの役割ももう果たされきったというもの。というか、この先いられるとむしろ困るので、ここでリタイアしておいてもらう。
「人間どもは返してもらうぞ。安心しろ、明日には解放されるようにしておいてやる」
言い終えるや否やのタイミングで拳をひと突き。こやつの部下に対するものとおなじ手法でもってイズラーグのほうも昏倒させた。で、揃って纏めて拘束用の魔法を時間制限付きでかけておく。
ちょっとこの辺、勇者としてという以前に人間として扱える魔法として器用すぎる気もするが、その辺も大目に見て大丈夫ということにしておいた。ほら、そういう魔法具使ったとしておいてもよいし。実際そういった魔法具があるか否かまでは知らぬが。
「さて。ではさっさと人間どもを解放せねばな」
「ではそれが終わり次第、僭越ながら私が名代としてグリードのもとへ向かいましょう」
「いやむしろ貴様、留守番だからな。ひっそり再起不能にして適当に言いくるめようとか許さぬぞ」
「……………………ちっ」
おいこら舌打ち。ようやく終わりが見えてきたタイミングを狙ったのであろうが、駄目だぞ。いろいろ腹に据えかねていたものをちょっと晴らしてやろうとかされると、グリードの命に関わる。余は存外温和で温厚な魔王なのだと言うておろうに。
やれやれと溜息をひとつ吐き、洞窟の奥を目指す。とはいえ、さほど広い洞窟でもなかったようで、人間どもはすぐに見つかった。
この辺に見張りがおらぬのは、単に人間どもをなめておるからだろう。まあ、概ねその認識で間違っていないことも事実だが。
それにしても……。
「うーむ。これはちょっと面倒だな」
囚われていた人間どもは総じて虫の息といったところか。確かに生かしてはおるな。ついでにまあ、この状態で生きておるというのは、絶望するにも良いのやもしれぬ。こういう絶望とは縁遠いゆえ、よくわからぬが。
ちなみに余に絶望を与えたいのであれば、大量の書類をもってして、デスクワークにて忙殺を狙ってくるとよい。全力で泣く。
と、ちょっとばかり脱線したが、ここでグリードにとって残念なおしらせだ。
邪神の邪の字も感じぬほど、この場の空気はさほど澱んでもおらぬぞ。
うむ。攫われて痛い目をみた人間どもにもいい迷惑よな。ここよりよほど、メルナにかけられた呪詛から発生した瘴気のほうが多く害になる澱みだった。なんなら比べるまでもない。
たぶん、これもまた魔族が長命であるせいなのだろうなあと思う。余に挑めるだけの勇者育成に人間三世代分くらいとりあえず様子を見るこころ構えの余が言うのもなんではあるが、グリードもどれくらいの年月をかける気でおるのやら。呪詛を覚えたほうがよほど手っ取り早く済むと思うぞ。アレは魔族の性質と相性もよいし。
グリードは余の中で阿呆ものの株をぐんぐんと上げていくな。いっそ呆れかえって放置でもよいかなと思えてくるが、咎めがなにもなしだとたぶんひっそり勝手に消されることだろう。言うまでもなく、ベイズに。
余は存外温和で温厚な魔王ゆえ、グリードのような阿呆まっしぐらな小物だろうと見捨てはせぬ。ただし、二度目はない。
さて、ではそろそろちゃんとはなしを進めるか。
「ベイズよ。オレはすこしステータス詐欺をしようと思う」
「いまさらですね。ですがよろしいかと思います」
だよな。この状況を見れば許されるだろう。
いやだって、ぱっと見十人はおるだろう瀕死の人間どもをいちいち担いで運ぶとか苦行でしかない。ステータスの設定上、オレにとれる行動とするとそれしかないが、手間だ。このあと臨時の魔王業が控えておることを考慮すると、無駄に時間を浪費するわけにもいくまい。
イズラーグどもにかけた拘束魔法が解けるのは明日。それまでにグリードへの仕置きを終えねばならぬのだ。
とりあえずベイズの同意も得られたし、まずはそう。最も重要なことをせねばならぬ。
「聞くがよい、人間ども。貴様らを助けに来たぞ」
声高に告げれば、多少なりとも動けるものからの視線が向けられた。ふむ、動けなかろうが、意識はきちんとこちらに向けておけよ。大事なはなしなのだからな。
「よいか、よく覚えておくのだぞ。貴様らを救ってやる存在、それが勇者であるということを」
ことさらに勇者を強調してことばを紡ぐ。ふ、これでこやつらは勇者への感謝を禁じ得まい。勇者の株、だだ上がりだな。
「ものすごく尊大で恩着せがましいというオプションもついてきそうですけどね」
なんと! 内心を読んだであろうことはこの際突っ込まぬとして、恩着せがましいとはなにごとか。このオレが手ずから恩を売ってやっているのだ。感謝に咽び泣きこそすれ、恩着せがましいなどと思われる筋合いはなかろう。
そんな意味を含んだ視線をベイズに向ければ、ああそうですねと軽く返された。適当感が半端ではない。
「まあ救出の事実は事実としてきちんと広まるでしょうから、さっさと済ませてしまいましょう」
安定の、ベイズのオレに対するこの態度。こやつの中の上司ということばの意味がどうなっているのか知りた……いや、知らずにおこう、うん。
気力も体力も底をついているだろう人間どもの反応は特に求めず、必要な宣伝……宣言も終えたゆえ、ひとまず人間どもを魔法で眠らせる。信憑性を得るためにはきちんと最後まで見届けさせるべきなのだろうが、過剰な能力を見せるにはデメリットが大きすぎる。
勇者になる意欲を奪う的な意味で。
まあこの状況でこやつらを救える存在なんぞオレとベイズしかおらぬから、助かったイコールオレたちのおかげにはなるだろう。手段なんぞ重要視せずとよい。むしろ知られないよう眠らせたわけだから、問われようと素知らぬ顔して押し通すだけだが。
「ではベイズ」
「はい。失礼します」
ひと足先にベイズが転移。移動先は人間どもの村の近く。そこで目撃者やら魔族やら野生動物やらが近づかぬよう結界を用いて空間を確保させる。
ベイズにかかればその程度容易なことゆえ、オレはオレでこの場の人間どもを皆、片っ端からベイズのもとへと転移させていった。ベイズの魔力という、たとえ抑えていようとオレになら問題なく察せる目印があるゆえ、転移先の狙いはつけやすい。
そうしてさっさと人間どもを転移させたら、オレもあとを追って転移し、念のため結界を解かせてからベイズに村のものを呼びに行かせる。
……うむ。このくらいの小間遣いならベイズとてするぞ。アレでいて、本当にちゃんと余の部下だからな。
とにかく、救出してきた人間どもは村のものどもに運ばせ、オレたちも一度村へ戻ることにした。凱旋は勇者の功績を知らしめるためにも重要だ。
…………はて。なにか忘れておるような…………。
村から連れてきた人間どもに、救出してきた人間どもはとりあえず生きておることは伝えた。であるから、この先はもうオレには関係ない。
感謝のことばやらなんやらは聞き流す。勇者の株が上がることは大事だが、鬱陶しく纏わりついてこずともよいのだ。
村についてからは村の長を主とした村人たちに簡単に経緯を説明してやった。面倒ではあるが、依頼として受けておる以上最低限は仕方あるまい。勇者の活躍も知らしめねばならぬしな。
とはいえ、当然ながら全部をありのまま説明するわけにはいかぬので、イズラーグに関しては隙をついたことと、有用な魔法具を持っていたことにしておいた。
評価があまりプラスにならなさそうだが、致しかたあるまい。
それでも一応、勇者すごいという認識は一定程度得られたであろうと思われるので、それでよしとする。……これが草の根運動というものだろうか……。
それから、どうやら今夜は感謝を込めて宴を開くそうだが、正直人間どものそういう催しはどうでもよい。だが、泊まる場所を提供するという申し出は都合がよいゆえ受けることにした。
依頼達成の報告をするためにはギルドへ赴かねばならぬのだが、この村に来るまでにかかった日数や手段を考えれば、数日かけて馬車で帰らねばならぬだろう。グリードのもとへ転移するのに、不自然なく消えるためには馬車は適さぬ。であれば、宿にこもれるというのはやはり都合がよいことにほかなるまい。
……む? 徒歩で帰るふりをして必要日数魔王城に戻ったほうが良い気もするが……。
うーむ。なぜかその選択肢が思い浮かばなんだな。いや、確かに戻ればそのぶんデスクワークが待っておるだろうし、それがいやだということも事実ではあるが、そうではなくて……。
うーむ。やはり、なにかを忘れておるような……。
「あー! ルウさん! ベイズさん!」
はて、と、ちょっと首を傾げつつ、用意された宿へと向かう途中。騒々しく呼び止められ、ようやく忘れていたことを思い出す。
「む。オーラムたちではないか」
危ない危ない。とても大事なことをうっかり忘れてしまっておった。
「よし。では毒について聞かせてもらおう」
「いや、よしって……。ルウさんもベイズさんも、あの状態の俺たちを放置って酷いだろ!」
「なんだ。毒消しならちゃんと飲ませただろう」
結界のことはあえて言うことはできんでも、言われたとおり回復のための行為はしてやったのだから文句を言われる筋合いはない。そう含めてくちにすれば、ユフォルがなぜか青褪めて手でくちを塞いだ。
「いやいやいや、毒消しを草のままくちに押し込むって、鬼畜の所業だって。薬草と混ざって苦味やら臭みやらで、ユフォル、しばらく動けなくなってたんだぜ」
「ふむ。毒消しが草であることは知っておったが、どれがその草かまではわからなくてな。オーラムの荷物にあった草を纏めて食わせたのだ。薬草と混ざったのであれば、効果が上がったのではないか」
「ひとのからだを調合道具みたいに言わないでください!」
むう……。どうせ混ざったのであればその程度のことはどうでもよかろうに。細かいヤツよ、ユフォル。
「ちょっと待って。それってもしかして、ルウさん、毒消しがちゃんと加工されたものって知らなかったってこと?」
「知らぬ。なんだ、草を加工するのか」
「あー……そういえばルウさん、毒効かないとか言ってたもんなあ……」
ふむ、聞こえておったか。
シアラの問いにさっくりこたえてやれば、オーラムが自分の持つ荷物を漁り、なにかの液体が入った小瓶を取り出す。
「これ。この緑の液体が毒消しな」
「ほう。これが。ドワーフの技術にしか関心が向かなんだ」
「へ? ドワーフ?」
まあ聞いたところでオレの関心はあくまで瓶の構造にしか向かぬが。なにせ毒消しなんぞどうあってもオレには無用の産物だからな。
ちなみにイズラーグからはつっこみが入った、毒など効かぬオレの体質の設定については、オーラムたちはスルーらしい。ふ、このあたりの順応力は評価してやろう。
「で。毒消しなんぞどうでもよいから、毒そのものについて教えよ。毒を喰らうとはどのような感覚なのだ?」
「……いや、ほんと……ルウさん、マジで俺たちに興味ないよな。俺たちがあのあとどうしたとか、なんで村に戻ってきていたかとかは……」
「どうでもよい。毒だ毒。毒についてはなせ」
なにゆえオーラムたちの動向なんぞ気にせねばならぬのか。そんなものはよいからと、オレは毒を喰らうということについてをこころゆくまで子細に、どっぷりと、じっくりと聞き出すのだった。




