勇者業・3-6
その間に、オレはオレで勇者としての仕事をこなしてくるとするか。
さっと終えてさっと戻ってきて勇者の株を上げたら、毒について詳しく聞くという楽しみが待っておるしな。
「さて。では待たせたな、イズラーグ。攫った人間どものところへ案内するがよい」
ゆったりと、ベイズに捕まるイズラーグのもとまで歩み寄れば、恐怖を色濃く宿した顔が向けられる。
……ベイズ、これちょっと脅しすぎではなかろうか。
「て、テメエら……いったいなにもんだ……?」
「テメエ?」
「ひっ……! あ、あなたがたはいったいなにものでしょうか⁉」
…………ベイズ…………。
いや、もうよい。多くは言うまい。
思わず溜息だけ吐いてしまったが、それにはイズラーグがびくりとからだを震わせる。いや、この溜息はベイズに対してのものなのだがな。
とはいえ、わざわざ教えてやるほどのことでもないし、むしろもっと大事なイズラーグからの問いのほうにこそこたえてやる。
「なにものとな? 覚えておくがよい。オレは勇者だ」
「…………え、勇者…………?」
胸を張るオレに、ぽかんと阿呆面を晒すイズラーグ。しかしそれも一瞬のこと。すぐにベイズの手にぐっと力が込められたのがオレにもわかったくらいなので、哀れなほど竦み上がるはめになっていた。
「い、いえっ! すみませんっ!」
これたぶん、反射的に謝ったのだろう。ベイズのヤツ、オレには散々アレコレと駄目出しをしておいて、自分はこれか。まあ、問答無用で塵に変えたりしなかっただけマシとは思うが。
「よいからさっさと案内せよ。……ベイズ」
「はい」
名を呼べばそれで理解したベイズが、ひとまずイズラーグを解放する。そしてあからさまに安堵に表情を緩めたイズラーグへ、それはもうおそろしく低い声で釘を刺した。
「余計なことは考えず、従順に役目だけ全うしろ」
「っ、は、はいぃっ!」
……オーラムたちが死にかけておってよかったやもしれぬな、これ。
そのオーラムたちだが、このまま放置ではそのへんの野生動物やら、このあたりを棲家としておる魔族たちに襲われかねぬことくらいはわかっておる。ゆえに、この場を離れ次第、イズラーグに察せない範囲で結界を張っておいてやることにした。
さすがにイズラーグにわかるよう結界を張るわけにはいかぬし……まあ、結界の強度の程度によってなら、もはやベイズがやらかしたあとである以上構わぬような気もするが、それでもオレは偽ステータスを……それなりには順守するぞ、うん。
オーラムたちのレベルなら結界を張ってやっても察せぬだろうし、察せるものが近づいたとて、だれが張ったかわからなければ問題はあるまい。
イズラーグのレベルを基準に考えた強度の結界を張っておいてやれば、とりあえずは安全だろう。結界から自力で出られるほど回復したなら、それはそれでなにかあっても自分たちで逃げられるだろうしな。
うむ。この配慮。我ながらなかなかに勇者っぽいのではなかろうか。ちょっと悦に浸る。
そんな内心はさておきながら、イズラーグの案内で森を奥へと進みつつ、先程解決しなかった問いを改めて投げかけることにした。
「で。イズラーグよ。なにゆえ貴様らは人間どもを攫うのだ?」
「そ、それは……」
ベイズの殺気、発動。
「邪神を生み出すためですっっ‼」
……ちょろすぎるだろ、貴様……。
生存本能に忠実といえばそうだろうし、実力主義の魔族としても正しい姿には違いなかろうが。いくら不死者だと言っても、さすがにきれいさっぱり存在抹消されればそれまでだしな。
それにしても。
「邪神を生み出すだと?」
なんかつい最近どこかでそんなはなしをした気もするが……。
ああ、あれか。メルナが呪われていたとき。可能性のひとつとしてベイズとはなした気がするな。あのときは状況から見て違うと判断したが、もしやあれもグリードの仕業だったのか?
「い、いまの魔王は腑抜けてるからな。もっと魔族らしい魔族を頭として生み出そうとしてるんだよ」
――ベイズ。
――……………………はい。
これは一等危なかったぞ。幾度も地雷を踏み抜いてきたイズラーグなるが、今回のは本当に危なかった。
たぶん、必要な情報を全部引き出したあとだったなら、オレの制止も聞かず消されておったことだろう。
しかし、ふーむ……魔族らしい魔族を頭に、なあ……。
「そこはグリードが台頭するのではないのか」
「グリード様はどちらかというと頭脳派なおかただからな。邪神を生み出して、そいつを陰から操るおつもりなんだよ」
なんという三下精神……! おいこれ本気で四天王とやら考え直したほうがよいぞ、人間。
「このあたりの人間どもはシンコーシン? とかいうヤツが強いみたいだからな。マツラレている以上、神もいるだろうし、それなら人間どもを攫って生かさず殺さず絶望に絶望を重ねさせりゃあ、神も堕ちるってもんだろ」
神のくだりが曖昧なのは仕方ない。もとより魔族には理解できぬ存在であるし、あれはそういう存在でもあるからな。人間どもの祈りやらなんやらで存在し、その存在を維持する。ふわっふわしたものなのだ。人間どものシンコーシンが強いのであれば、確かにこのあたりに神は存在するのだろう。さっき森の中に魔力を巡らせたときには引っかからなかったから、たぶん、森の外に。
まあ、ふつうにしていて察せぬのであれば、さほど能力の高い神でもなかろう。神そのものに興味がないゆえ、特段必要のないいま、わざわざ探す気にはならぬが。
しかし、そんな程度の神を邪神にしたくらいでは、能力なんぞたかが知れていそうだがなあ……。すくなくとも、余に取って代わるにはほど遠かろう。まあ、より絶望的に叩き堕とすなりできれば、神であったころよりもよほど能力のある邪神に至れるであろうが。
……ふむ。なるほど。そこであの瘴気か。
「人間どもの絶望と、呪詛による瘴気か。グリードも多少は考えるな」
「は? 呪詛? 瘴気?」
おいイズラーグ。貴様、なぜそこできょとんとする。
「なに言ってんだ? グリード様は呪詛なんぞ使えねーぞ」
……………………。
「……では、人間どもの絶望だけで邪神を生み出すと?」
「それで充分だろ」
………………これは、余は驚くほどなめられておるのだろうか……。
――魔王様。あのときの呪詛がグリードに関係しているのであれば、グリードが無事でいられているとは思えません。
む。うーむ。そういえばあのとき、ちょっと過剰に呪詛返しをしたのだったか? であれば確かに、グリード当人が呪詛をかけたのであればいまごろ苦しみ抜いた末の変死を遂げておろうし、もしだれかを雇ったのだとしても、すくなからず影響を受けておるだろうからな。のんきにもう一度邪神を生み出そうなどと考えられるはずもないか。
ふむ。ではメルナの件とは別件で、やはりメルナの件に邪神は特段関係ないということだろう。
グリードをちょっと買い被ってしまったようで恥ずかしいので、軽く咳払いして誤魔化しておく。
「ごほんっ……。ところで、攫った人間どもはどこにおる? グリードの居城か?」
「はあ? ……あ、いえ、その、人間なんぞをグリード様とおなじ空間に置くわけにはいかないので、別の場所に囚えてます、はい」
うむ。たぶん脳も腐っておるのだろう。ちょっと経つと調子に乗りおるから、こうしてちょこちょこベイズに殺気を当てられ、分を弁えさせられるので丁度よさそうだ。
オーラムたちもおらぬし、今更ステータス云々は言わぬ。
とりあえずそれはそれとして、攫われた人間どもがグリードと別の場所におるというのは都合がよいな。なにせあやつは余の顔を知っておるし。まあ、いざとなればどうとでもするつもりではあったが、手間が省けるぶんには楽でよい。
ちなみにだが、イズラーグのはなしを聞く限りではグリードが人間嫌いのように思えようが、おそらく特段そういうわけでもあるまい。単純に、魔族らしく人間と反し、人間を見下しておるだけだろう。
うむ、大多数の魔族と同様なだけよ。
まあグリードの都合なんぞどうでもよい。ひとまず勇者として攫われた人間どもを救ったのち、ふざけた真似をした件に関しては魔王として質してやろうと思う。余に知られぬうちならそれはそれで手腕のひとつとなっていただろうが、知った以上は仕方あるまい。魔族として、実力のほどを思い知らせてやらねばな。
余に不満があるというなら、余以上の実力を示さねばならぬというのは、いついかなるときであろうとも魔族として当然なのだ。
今後の予定はともかく、グリードの目的もわかったことだし、いまはまず目の前のことよ。イズラーグの案内のもと森を進み、やがて鬱蒼とした木々の茂みから抜け出した。
魔族としてはこのような場合イズラーグの罠の可能性も疑うべきだろうが、魔族であるからこそ必要あるまい。
なにせ散々ベイズが実力差……いや、ベイズはベイズで抑えてはおったが、それでもそれが充分開ききったものであると叩き込んだことは事実。たとえほんの一部分だけだとしても、敵わぬ相手ということを身を以て思い知らされた以上、下手に逆らおうなどとは思いもせぬだろう。それでもなお、という気骨を見せたらそのときはそのとき。
覚悟の上だと判じる。
森を抜けるとすこし先から山となっており、どうやら目的はその山のふもとに開く洞窟のようだと気づく。おお、見張りもおるぞ。
「イズラーグ様、また人間を連れてきたのですね!」
様とな。




