勇者業・3-5
「そうだなぁ。まあ、そんなに知りてぇってなら教えてやってもいいぜぇ?」
お。とても魔族らしい陰惨な笑みだな。ちょっとだけ評価する。
イズラーグはこちらに向かい、すっと右手を伸ばしてくる。ふむ。なにをしてくるかはわからぬが、ちょっと様子を見てやろう。得るべき情報に繋がるやもしれぬしな。
……いや、だがこれで攻撃魔法とか放たれたら、オレはどう反応するのが正しいのだ? 反射……は、偽ステータス上無理がありすぎるし、かるーく避ける程度なら大目に見られるだろうか。
あえて喰らってやってもよいが、こやつ程度の攻撃では、うまい具合の適度な傷をつくってやるというのも労しそうだ。妥当なレベルがわからぬ。
うーむ、と悩んでいるうちに、周囲からどさどさとそこそこ重みのあるものが落ちるような物音が聞こえてきた。
「う、うぅ……」
「む。急に倒れるとは……腹でも壊したか?」
音の発生源はオーラムたちだったらしい。なにやら呻きながら地に伏す三人は、オレの知らぬ間に拾い食いでもしたのだろうか。
やれやれ。これだから人間は卑しいな。
「いえ。ルウ様。よく周囲をご覧ください。毒です」
「うん?」
む。言われてみれば……なにやら緑っぽい靄が立ち込めてきたような……。
おお! 確かにこれは毒霧だ。成分分析をしてみれば、なかなか効果の高い毒素を含んでおる模様。オーラムたち程度では確かに耐え難き毒となろうな。
理解と納得に頷いておれば、イズラーグが上擦った声を上げた。
「な、なんでだ⁉ ザコ人間ごときが、なんでこの毒霧の中、立っていられる⁉」
そんなの、魔王だからに決まっておろう。
とはもちろん言えぬので、焦りと驚きと戸惑いから奇怪なポーズをとってこちらを指さしてくるイズラーグに、余裕たっぷり鼻を鳴らしてこたえてやる。
「体質だ」
ついでに指さすのやめろ。ベイズに塵にされるぞ。
「た……体質……」
「うむ。オレにはあらゆる状態異常は効かぬ」
「そ、そんな人間がいるわけないだろう⁉」
「事実ここにおるではないか」
うむ。これで押し通す。余とてそんな人間など見たことがないし、そんな人間がおるのであれば是非とも即刻余に挑んできてもらいたいものだが、そううまいはなしはないものよな。だからこそオレがここにおるわけだし。
世知辛いはなしよ。
「ちなみにこやつはまったく効かぬというわけではないぞ。ものによって効かぬものもあるが、概ね非常に効きにくいだけだ」
まあ、ほぼほぼ効かぬで間違いないが、効かぬわけではないというのは当人たるベイズの自己申告であり、それは確かに事実ではあろうが、生まれてこのかたなにかの状態異常にかかったことはないというのも事実とのこと。
つまり、ステータス上無効や吸収持ちではないが、実質同等程度の耐性を有してはおるわけだ。竜種の上位だし、当然とも言えるが。
で、あれば……わかるだろう? オレにとってもベイズにとっても、毒に侵されるなどまったくもって未知なる体験。
そう。そうなのだ。未知。魔王たる余が、未知。だからこそ気になるのは当然というもの。
「イズラーグなるものよ。貴様に問い質さねばならぬことがあるのは事実だが、まあ待て。いまオレにはなによりも優先せねばならぬことができた」
「く、くそっ……。体質だかなんだか知らねぇが、毒にかからねぇくらいで、テメエらがザコなことには変わり……」
……おーい、ベイズ。それはちょっとステータス詐欺暴露に抵触せぬかー?
がっつり素早さの設定数値を上回る速度でもってイズラーグの背後をとったベイズが、がしっとその首を掴む。
不死者の一種、レヴァナントであるイズラーグは、首を落とした程度で倒せるような相手ではない。しかしながら、その身すべてを塵も残さず消滅させられてなおこの世に存在し続けることは、当然できようはずもないのだ。
不死者に対する最も有効な対抗手段は神聖魔法だが、アレはまあ当然のように魔族そのものと相性がよくない。なにせアレ、神への祈りがどうので加護がうんたらとかいう、ちょっと余にも理解できない……というか、論理的ではない精神論みたいなちからだし。神という存在そのものが魔族とは相容れぬというのに、その加護とかないわー、というヤツだ。
とはいえ、最も有効であるというだけで、不死者を滅す手段はそれしかないわけではない。そのひとつが、塵も残さず消滅させるになるわけだが、余やベイズの手にかかれば造作もないことよ。
もちろん、ステータス人間バージョンでなければ、のはなしだ。
ついでに、一般的には過剰な手段でもある。
……ベイズもオレ同様、毒がどんなものか気になるというのもあるだろうが、たぶん、イズラーグの言動が腹に据えかねておったのであろうな。
まあ、うぬ。致しかたないが、人間どもをうまくはぐらかすのは貴様がやれよー、ベイズ。
「……余計なことを言えば、即殺す」
うーむ。掴んだ首もとからじわじわ魔力を流しながら殺気ぶちあて……あ、これ、イズラーグに限定しておるから、人間どもがあてられる心配はないぞ。その辺、あやつ本当は器用だから。ともかく、その上で耳もとで低く脅されるって、イズラーグ、すでに生きた心地しておらんだろうなー。どう見ても半分気絶していそうだし。
……三分の二くらい?
ともあれ、これで邪魔も入らぬな。よしよし。
では改めて……。
「おい、オーラム。毒を喰らうとはどんな感覚だ? わかりやすく具体的に説明せよ。あ、ついでに心境も聞いておくか」
ぐったりと横たわるオーラムのそばに膝を折り、興味深くその様を観察しつつ問う。
ちなみに、状態異常を付与する魔法自体は余も扱えるが、わざわざそんなまだるっこしい手段とか使う必要もないので使ったことはない。それ以前に、そうした魔法を使うに値する相手さえここ百余年もおらぬから、こうして人間に扮する真似までしておるのだしな。
ゆえに、せっかく得られた機会を逃す手などないというわけだ。
「う……うぅ……。し、しぬ……た、たすけ……」
「いや、命乞いなどよいから、説明せよ」
「さ……さきに……たすけて……」
わからぬヤツよな。命乞いなどには興味がないと言っておろうに。
「オーラムでははなしにならぬな。おーい、ユフォル、説明せよ」
「…………」
返事さえない、だと? まったく、オレを無視するとは人間のクセに生意気な。
いや、魔族でも許されぬが。
「仕方ない。ではシアラはどうだ?」
「…………」
貴様もか。いくらオレが存外温和で温厚だとはいえ、ちょっとむっとするぞ。
「る、ルウさ……い、いまは、マジ……たすけ……」
蚊の鳴くような声でオーラムが改めて訴えてくる。
……ふーむ。よく見れば、すごい顔色になっておるな。緑っぽいような、青っぽいような……。毒とはこのような変調も引き起こすのか。興味深い。
そう思いつつ、ちょっとオーラムのステータスを確認する。次いでユフォルとシアラも。
……なんと! 全員が全員、いまにも死にそうではないか!
毒が生命力を奪うものというのは知っておったが、こうもあっさり死に至りかけるとは。脆弱なヤツらとは思っておったが、よもやここまでだったのか……。
しかし、さすがに死なれては困る。オレがいながらそうなっては勇者の株を上げるどころがだだ下げてしまうだろう。そのくらいの想像はつく。
仕方ない。ここは先に助けてやるとするか。
……リアルタイムの状況説明をしてほしかったのだがなあ……。
名残惜しく思いつつも、助けてやると決めた以上、それをちゃんと優先してやる。……だがしかし、ここで問題が生じるのだった。
「……オーラム。オレには治癒術は使えぬのだが?」
「ど……どうぐ、ぶくろ……どく、けし……ゆ、ユフォル、に……」
ふむ、道具袋とな。
横たわるオーラムを頭から足先まで観察。……ああ、この腰に提げておる鞄のことか?
とりあえずそれの中身を改めてみれば……ふむ。この回復薬だろう液体の入った瓶の加工は、余としても常々一目置いておる。なにせ耐久性がすごい。おそろしく割れにくいのだ。
もちろん、ドワーフの技術によるものなのだが、あやつらには感心させられてばかりよな。
と、ちょっとドワーフを称賛することに時間を割いてしまったが、改めて。オレには不要のものとはいえ、毒消しがどのようなものかくらいは知っているぞ。
ふむ……これよ!
……む? うむ? これは……。
毒消しが草であることまでは知っておったが、その形状までは些末すぎて知らなんだ。そんなオレの目の前には、草が三枚。どれも草には違いないが、かたちは違う……ような?
うーむ……。
「オーラム。どれが毒消しだ?」
目の前まで全部持っていって問うが、返事がない。目を開ける気もなさそうだ。
……もしや、すでに限界なのか? ええい。軟弱者め。
仕方なしと、一応ベイズに草を向けてみる。首を振られた。
……まあ、だろうな。ベイズにも必要なかろうし。ベイズがなんらかの状態異常にかかったときは、こんな草ごときでは治せぬだろうし。
ついでにイズラーグはベイズのおかげでそれどころではなさそうだが、どのみち知らぬだろう。必要のあるなしとか関係なく、賢さ的に。
やれやれ、仕方ないな。このどれかが毒消しには違いなかろうから、全部与えてみればよいか。
そう結論づけて、ユフォルのもとへと移動。どう与えるものかは知らぬゆえ、とりあえず接種できればよいのだろうと、三枚ともくちの中へ突っ込んでみた。
「うぐっ……⁉ ぐ、む……っ」
「おいこら、吐き出そうとするでない」
噛まずには飲み込めぬだろうから、とりあえず顎ではなくくちもとを押さえて吐き出せなくする。まったく、手間をかけさせるな。
「むぐぐ……むぐ……」
しばしもごもごとくちを動かしていたユフォルののどがごくりと動いたことを確認後、手を離す。直後、非常に聞き取りにくい声量と声質でぶつぶつなにかと言ったかと思えば、ユフォルのからだが淡いひかりを帯びた。
おお、治癒術だな。
ひかりが収まりすこしして、よろよろと肘をつき上体だけちょっと起こしたユフォルは、同様にぶつぶつとなにか……まあ呪文だろう、を唱える。すると今度はオーラムのからだが淡いひかりに包まれ、次いで再び呪文らしき声のあと、シアラのからだが淡いひかりに包まれた。
そこまでして力尽きたのか、がくりとユフォルのからだが地に伏す。よもや死んだのではあるまいなとステータスにて確認すれば、ユフォルもオーラムもシアラも著しく生命力は低下しておるものの、毒はきれいに消えておるようだった。
うむうむ。ひとまず安心よな。
あとはユフォルがさらに治癒術を使うか、オーラムが持っておった回復薬でも使えばなんとかなろう。




