勇者業・3-4
当然、倒そうと思えば全員倒せる。が、魔王が自身の眷属たる魔族を無意味に屠ってどうするのだ。歴代魔王ならばそういうことも平然とする魔王も多かっただろうが、余は存外温和で温厚と名高い魔王。そんな非道な真似などせぬ。
というわけで、オーラムのつぶやきなんぞ聞こえぬふりをして無視を決め込む。
「さて。捜すのはこどもだったな」
「はい。可能であれば、それ以前に行方不明となった村人たちも見つけられたらいいんですが……」
……おいユフォル。それ、依頼内容にはなかったぞ。
「そうできたらきっと、村のみなさん喜んで、ルウさん……勇者のことを尊敬してくれると思いますし」
む。勇者の株が上がるか……。現状なにもなくとも、いつかの未来のためにもしかしたらの可能性にかけ、あの村でも勇者の株を上げておくと決めたのだ。であれば、ユフォルの意見に乗るのもやむなしということよな。
なにやらベイズが妙な視線を向けてきおっていることには、気づかぬふりをした。
「まあ、うむ。ついでだしな。それもよかろう」
「ですよね! ルウさんならそう言うと思ってました!」
……うむ。これはアレだ。目的のための手段として当然取るべき行動に過ぎぬ。だからそう。決してオレがちょろいとか、そういうことはない。ないぞ。
だからその微妙なまなざしを向けてくるのはやめるのだ、ベイズ。
ちょっと咳ばらいをひとつ。それから改めて気持ちを仕事に切り替える。
さっきはうっかり荒っぽい方法を提示してしまったが、よく考えるまでもなく、オレにはこの森の全容を知る手段があるのだった。これを使ったところで、オーラムたちに察せられることがないことは、以前実証済みだからな。……まあ、あのときはこやつらも混乱しておったという事情もあるにはあるが、それを差し引いたところでこやつらの実力程度であれば気づくまい。
というわけで、オレはひっそりと魔力を薄く伸ばし、森全体に這わせていった。
ふーむ。地図のとおり、なかなかに広い森よな。さて。この中で人間の反応は……。
……む。……うーむ……。これは……。
――ベイズよ。確認だが、フェイアの報告では〝ここではなにも起きていない〟でよいのだな?
今回のこの依頼を受けたあと、この件に関しての情報をフェイアに確認すると言っていたベイズ。その結果はすぐにもたらされていた。
この辺りで気になる異変は特にない。それがフェイアの手もとにあるこたえであり、同時にベイズのもと……つまりは魔王が現状得られている情報のすべてとなるわけだ。
――ええ。お恥ずかしながら。申しわけありません。
――いや。これはその方らの責ではあるまい。グリードめが小賢しい真似をしおったのだろう。
あやつの仕業と確たる証拠はないが、まああやつの仕業だろう。この近くにあやつの住処があるとなれば、まず間違いあるまい。こういう小狡いというかみみっちいというか、底は知れるが一時ちょっと欺いてくるような小手先だけの小物感溢れる手法を取る魔族となれば、まさにあやつだといえよう。
――やれやれ。魔族のクセに魔法具を用いるとはな。人間を模すなど魔族としての矜持をどこへやった。
――…………ええそうですね。本当に。
おいなんだその含みのあるもの言いは。オレは魔族として魔族らしくあるための過程に〝オレ〟という手段を用いておるに過ぎぬ。あの小物と一緒にするでないわ。
――もちろん、あんな路傍の小石などと魔王様を同列視したりなどいたしませんよ。
……うん。こころは読まんでくれぬかなー。思念にもしておらぬぞー。
とにかく、だ。この森の出来事が報告として上がってこなかったのは、魔法具を用い、幻惑効果のある結界を張っていたからだったようだ。中の様子を外から見えなくするのと、人間どもが奥まで迷い込むような効果を敷いておるようだな。
魔法具というのは基本的に魔法に長けぬ人間が多く用いものゆえに、この森の状況はたとえ察していても、人間同士によるものと判断されても仕方がない。であれば、魔族がわざわざ介入することがないのも道理だ。
オレがこうして魔力を這わせるまで気にも留めなかったのは、オレはもともと状態異常などまったく効かぬゆえ、森で迷う効果なんぞ一切影響を受けぬし、人間にとってはともかく、魔族にとってはさしたる魔力で織りなされてもおらぬゆえ、改めて察知しようとせねば気に留めるようなことでもないと無意識に判断してしまっておったからだろう。些末なことなど気にせぬ、器の大きな魔王ゆえな、仕方がないのだ。
ちなみに、昨今の人間の程度では、いまのこの一帯に敷かれた状況など、実力的に気づきもせぬだろう。だからただただ迷い込み、捕獲されるのだ。
というわけで。
――よし、グリード、シメる。
――そうですね。再起不能でちょうどよいかと。
うむ。小細工による目眩ましなんぞ試みおったグリードに、ベイズもちょっとキレておるようだ。まあ余も大概だが、ベイズもベイズで忙しい身であるゆえ、その隙をついてこんな小賢しい真似をされたとあっては怒るのも無理はない。要らん手間が増えた的な意味で。
ともあれ、まずは人間の依頼から済まさねばな。ちょうどよいことに、オレが這わせた魔力に気づける程度の魔族はいたようだ。向こうから出向いてくるようだから、なんかいろいろ理由を考えてこちらから向かわねばならぬという手間は省ける。
よくやった、と言いたいところだが、グリードなんぞの手下をやっており、かつ余の意向を無視する行為に加担しておる時点で評価はがっつりマイナスをぶっちぎっていた。シメる。
「なんだなんだあ? 妙な魔力を感じて来てみれば、ザコな人間どもの集まりじゃねーか」
よし。評価、更にマイナスを突っ切っていく。
がさりとわざわざ下生えを踏みしめる音まで立て正面から登場してきたのは、そのことばからも察せるように、こちらを舐めくさっておるからにほかあるまい。
「ひっ……あ、不死者……!」
現れたのはひと型をした、見るからに血色の悪い男。まあ異常なまでに血色の悪い人間でごり押せなくもないのではなかろうかとオレは思うが、その認識にはちょっと無理があるやもしれぬな。オーラムたちに即行でバレておるし。
「おいおい。いくら下等な人間だからって、俺様をそこいらの不死者どもと一緒くたにするんじゃねーよ。俺様はレヴァナントのイズラーグ。グリード様の腹心よ」
腹心……! なんということだ……! この程度のものが腹心だなどと、グリードの程度が知れてしまうではないか……!
人間どもは、四天王とやらの基準を真面目に見直したらいいと思う。
ちなみに、それでもグリードは余の顔を知っておるが、その腹心を自称するこやつは知らぬらしい。オレも知らんヤツではあるので、お相子だな。知っていたら即座にくち止めせねばならんかったが、この辺りの領域で余の顔を知るのはグリード当人くらいのものだろう。ゆえにオレもベイズも事前の対処をまったくしようとさえしておらなかったのだ。
あー、でも、ベイズはそれでもまだ余よりは顔が知られておるゆえ、もしかしたらという可能性はあったか。いやでも魔力を抑えて実力も誤魔化しておるしな。見た目に固執するもののすくない魔族であれば、本当によく知っているレベルで知らなければ、いまの見た目だけで判断できるとは思えぬ。
自分で言うのもなんだが、まさか魔王がこのようなところで人間に扮して勇者業をせっせとこなしておるとも思わぬだろうし。
内心で自分の考えに頷くオレは、イズラーグなる魔族のはなしなどまったく聞いてはおらなんだ。とはいえ、魔族である以上は余の眷属。よほどでもない限りは名くらいなら覚えてやる。
「見たところ、冒険者だな。あんまり目立つと魔王に目をつけられるから、纏めて攫うのは避けるように言われているんだが……冒険者なら構わねーか」
――……ベイズ、抑えろよ。
――…………………………ええ。わかっておりますとも。
実力を偽っている以上仕方がないというに、オレをザコ扱いした時点でベイズの神経を逆撫でしたに違いなかろうが、それをとりあえず耐えたところに〝魔王〟呼ばわりとくれば、常時なら瞬殺されていたところだろう。跡形もなく。弁明も聞かず。
わかっていると返すまでのその間の長さに、やれやれと肩を竦めた。
「さ、攫うっ⁉ もしかして、この近くの村の住人の失踪は、おまえたちのせいだったのか⁉」
「ああ? そうだぜ? 俺様たちの目的のため、有効に使ってやってんだよ」
「なんだと……っ!」
激昂していまにも飛びかかっていきそうなオーラムを、手で制す。
貴様、情報源となり得る可能性のある相手を、それを引っ張り出す前に打ちのめそうとするでないわ。というか、単純に、力の差をきちんと理解しろ。あっさり返り討ちにあうだけだぞ。
一人称俺様とかさすがにないわあと思う、グリードのところのザコ全開ザコは、たとえ魔族としてはザコであろうとも、人間にとっては充分以上に脅威となろう。ザコだザコだと言おうとも、スライムやゴブリンどもよりはよほど格上となる魔族。スライムやゴブリンでさえも脅威とし得る昨今の腑抜けた人間どもには、少々荷が勝ちすぎる相手である。
……余としては、人間どもには、こやつ程度片手でひと捻りできるくらいになってもらわねば困るのだが。
ともかく。オレとしてもそうだが、余としても得られる情報は得ておかねばならぬ案件である。こやつ程度からどれほど引き出せるかはわからぬが、やってみるだけやってみねばなるまい。
「使っている、と言ったな? では攫った人間は皆生きておるのだな?」
「ああ、もちろん。生かしてはいるぜぇ?」
なるほど。つまり五体満足であるか否かや、精神面の保証などはせぬというわけだな。
うむ、まあよい。生きておるなら、ひとまずはそれでよかろう。
ユフォルも言っておった、その人間どももついでにあの村に帰してやれば、勇者の株もだだ上がるだろうことをきちんと覚えておるゆえ、生死こそ気にかけてやるが、それ以上は知ったことではない。
この際助けてやる人間が五人十人増えたところで些末よ。勇者の株をより上げるため、片手間にこなしてやろう。
ただし、その後は知らん。助けてやる人間どもがどんな状態かまではさすがに面倒をみてやるつもりはないゆえ、自分たちでどうにでもすればよいと思う。
ああ。だがその前に、もう一歩踏み込んで情報を聞き出してみるか。
「貴様ら、なにゆえ人間を攫う? 攫った人間どもをどうしておるのだ?」
「ああ? テメエ、さっきから調子乗ってんじゃねーぞ。たかがザコ人間ごときがこの俺様にそんな偉そうな態度取ってんじゃねえよ!」
いや、実際偉いのだが。というつっこみよりも素早く。
――ベイズ、抑えろよ。
――………………………………ええ。わかっておりますとも。
……うむ。これは危なかったな。間が一層長くなっておったぞ。
ザコ人間に偽っておるのだ。そう見えて然るべきとベイズもわかってはおるだろうに。
が、それはそれ。その程度も見破れぬというのに、調子に乗っておる阿呆には灸が必要であろう。
……ああ、うむ。もちろん、得るものは得たのちのはなしだが。




