勇者業・3-2
ふむ。まあどれだけ巧妙に隠そうが、隠しきれぬ威光というものもあろうからな。戸惑い畏怖するのもわからんでもない。その点の罪深きはオレだ、ゆえに許そう。
「あ、あ、あの……わ、私どもの村の近くの森で、最近神隠しが頻発しとって、いや、あの、おりまして。その……村のものが何人かいなくなっちまってるんです。それで、その……私の息子も森へ行ったまま帰らなくて……」
「ふむ、神隠しか」
昔から使われる名称ではあるが、神もとんだ迷惑よな。神がわざわざ好んで人間を隠したりなんぞせぬのに、なにゆえ神隠しと呼ばれるのか。
こういうものの多くは人間が勝手に道に迷い、戻れなくなったものではあるのだが、中には魔族が攫ったという場合もある。むしろ昔はその割合のほうが高かったようだし、なんなら神隠しではなく魔族隠しが正しかろうにとさえ思えた。
いや、現状の余の執政から考えるに、その名称がまかり通っていたらたぶん人間一度滅ぼすけど。一旦さらっとリセットして、再スタートさせるけど。
うむ。とりあえず名称なんぞはよい。最初になぜそう呼ばれはじめたかの理由も、その後が惰性で続いていそうだろうと、もはや触れぬ。別に神が汚名を着せられていようと、魔族には関係ないしな。
というわけで、多くは触れず先へ進む。
「それは単に道に迷っただけではないのか?」
「それは……村のもんたちも、最初はそう思っとったんですが、いなくなったもんはだれひとり帰って来んくて……。捜しに行ったもんたちは帰って来られたんですが、なんも見つけられんかったって……」
「そんな場所に何人も入っていったのか」
「そんなこと言われたって、村じゃああの森から採れる恵みを頼りに生活しとるんです。自分たちの生活に必要なもんも森から得ているし、よそに売る民芸品も、あの森で採れるもんから作っとるんです。森に行けんのは、村のもんには死活問題になるんですよ」
なるほど、理解できん。自分で自分の身も守れぬというのに、危険だとわかっている場所に拘るなど阿呆なのかとしか思えんからな。
まあ、脆弱なる人間の生活仕様は、およそ余の生活とはかけ離れておるだろうし、種族の差もあるからな、相互理解というのは難しかろう。別にそれを望んでもおらぬし。余は存外温和で温厚ゆえ、人間を害すことはせぬだけで、人間の生活やら思考回路やらを理解してやろうと思っておるわけではない。
もっとも、勇者業に必要なぶんだけは、理解できずとも譲歩くらいはしてやるが。
ともあれ、此度の件はすこし事情が変わりそうだな。
――なにか聞いておるか?
――いえ。関係ありそうな情報はまだ届いておりません。
とりあえず可能性からベイズに思念で問えば、ベイズもその可能性を考えておったのだろう、すぐにこたえが返ってくる。
昨今の神隠しの真相の大多数は人間自らが道に迷ってのものではあるが、魔族の仕業の可能性がまったくないとは言えぬ。余の統治のもと、そのような真似を大々的に行う阿呆はそうそうおらぬが、ひっそりと、余の耳に届かぬよう隠れて行う愚かものならばおらぬと言えぬのだ。
ベイズやフェイアの情報とて、細かなものまで余すところなくとはいかぬからな。そも、魔族はそこまで細やかな性分にはない。フェイアこそ魔族にしては細やかな類ではあるし、その情報収集能力も優秀ではあるが、さすがに世界全土を完璧に把握しているとまではいかぬ。
ゆえに、こちらに情報として伝わっておらぬからと、魔族の仕業ではないと言い切れるものではないのだ。であれば。
――魔族に責があれば、放置するわけにもいかぬか。
――そうですね……。とりあえず、フェイアにはなしを通し、その人間の言う村の場所を聞き次第、付近の情報を詳しく集めるよう伝えます。
――任せる。
やれやれ。これで魔族の仕業であったとしたら、魔王として処罰すべきか勇者として討伐すべきか悩むところよな。殺してよいのであれば勇者として討伐してしまえばよいだろうが、慈悲を与えるのであれば、二度と余の目を欺きそのような真似などせぬよう……そのような真似など到底する気も起きぬよう魔王として徹底的に躾けてやるよりほかなかろう。
どのみち関わらねばならぬのであれば、勇者としての株を上げられるほうも取ったほうがよいのは言うまでもあるまい。
というわけで、積極的に消極的だったはなしは、純粋に積極的に関わるはなしへと変化を遂げた。……心情的には、積極的に関わらねばならぬはなし、だが、細かいことはまあよい。
「よし、ではその依頼、オレが受けよう。その森に案内するがよい」
「ほ、ほんとうですか⁉ ありがとうございます!」
依頼人となる人間が何度も頭を下げるが、そんなことはどうでもよい。ついでにオーラムたちがなんか歓声だかなんだかを鬱陶しく上げたことも鬱陶しいだけでどうでもよい。重要なのは、ここで慈悲深く救いの手を伸べた勇者という体面ができたことにあろう。
どうせやらねばならぬことなら、利になることはなんでも利とせねばな。うむ、オレはただでは起きぬのだ。転んでもないが。
こうしてオレの三度目の勇者業は幕を開けたのだった。
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依頼人の住む村までは乗合馬車で三日をやや欠けるほどかかる場所であったため、それはもう鬱陶しかった。馬車の大きさ自体は前回のものよりも大きかったが、そこに詰められる人間の数を思えば、ひとり頭のスペースなんぞ前回と比べるべくもない。前回の馬車にちょっとしたケチをつけたオレだったが、アレがどれほど恵まれたレベルのものであったか身を以て知ることになった。
とはいえ、結局はどうあっても移動魔法の便利さこそを実感するだけなのだが。
レベルいくつまで設定を上げられれば、移動魔法を使ってもよくなるのか……。かつての勇者レベルなら可能だろうが、昨今の人間どもの腑抜けさを思うに、いつまで経っても使えなさそうだなあと、ちょっと気持ちが遠くなる。
そんなとんでもないストレスの中到着した人間の村は、まあ村だなという感想しかわかない、ザ・村であった。ゴブリンどものムラよりは村ということばがしっくりくる。
依頼人は村人たちだけでは行方不明者をどうすることもできぬから、大きな町にあるギルドを頼り、頼りになる冒険者を派遣してもらうことを考えたらしい。村にも一応警備兵が常駐しているらしいが、そやつらはあてにならんかったとのこと。気のいいヤツらではあるという情報はまったくもって不要だ。実力もなしになにを警備するというのか、いま一度己が力を磨き直して来いと思う。
とはいえ、そやつらが役に立たぬからオレたちはここにいるわけで、今回の件がもしも本当に魔族の仕業であった場合、それを知るに役立ったと考えれば、無能は無能で役に立つとも言えるやもしれぬな。
ちなみに、村ではオレが勇者であることを訝しまれるどころかこの上なく侮られた。歯に衣着せぬという表現がそのものであるくらい、堂々と侮られた。なんならベイズがちょっとキレて、殺気で失神者を数名出したくらいだ。とりなすのが、ちょっと面倒だった。
まあ、うむ。オレも勇者業をはじめたばかりだしな。これまでの勇者の評価を思えば致し方ない反応と言えよう。ちょっと慣れてきたとも言う。ただし、納得はせぬ。ゆえに実力をもってして勇者がどれほど優れた存在かをアピールしておこうと思った。
将来性を期待できそうな村人が現状見当たらなかろうが、今後もしかしたらという可能性はある。片田舎から這い上がる勇者というのがいないとは言いきれなかろう。……と信じることにしていた。
とりあえず無駄な時間を過ごす気はさらさらないゆえ、ちょっと休むといいと提案してきた依頼人と、それに乗ろうとしたオーラムたちを無視して、目的地である森の場所を聞き、さっさとそこに向かうことに決める。オーラムたちはなにが起きるかわからぬゆえ、万全の準備がどうのと喚いておったが、オレが身ひとつでいる以上の万全の準備などないわ。
と、内心では思いつつも、人間がいかに脆弱な生きものかは承知しておるので、最低限の準備時間だけは待ってやった。オーラムたちにはオレの活躍を宣伝させねばならぬからな。必要な譲歩というヤツだ。
そうして最低限の時間を確保してやったあと、問題となる森へと向かう。そこは村からすこし離れた場所から広がっていた。
「結構大きな森みたいですね」
「そうねー。これは迷いそうだわ」
「まあ、だからこそ深くまでは踏み入らないって村のひとたち言ってたしな」
森に踏み入るなり口々にそう言い出したユフォル、シアラ、オーラム。ふ、弓使いの名は、オーラムがくちにした時点で覚えてやっていた。ちゃんと覚えてやってもよいと判断したオレに抜かりはない。
まあ別に覚えなくともよくはあったが。
「俺たちも迷わないようにしないとな」
「そうね。でも大丈夫じゃない? なにせ私たちにはルウさんとベイズさんがついているんだし!」
……だからそう期待に満ちたまなざしを向けてくるな。面倒くさい。
そうまで全幅の信頼を得るほどのことをした覚えはないが、まあオレのカリスマ性がそうさせるとあらば仕方あるまい。理解できる。
ただ、そうさな。森で迷う云々のはなしだったか。
「最悪木を全部なぎ倒して一掃すれば視界が開け……」
「環境破壊反対!」
「というかそれ、勇者のやることじゃないから!」
……やれやれ。面倒な。
しかし勇者としてアウトであるなら、やらない方向にしておくか。
本当ならば転移するなり空を飛ぶなりすれば即解決なのだが、思いきり能力を制限されている現状では許されぬ力だしなあ。
…………あれ。もしや木をなぎ倒すことも、いまのオレにはできぬ設定なのでは……?
「でも、迷わないようにするというのはかなり重要だと思います。うっかり奥に入り込んで、森を抜けてしまいでもしたら、グリードの領地に踏み込んでしまいかねないようですから」
「げ。マジで? ここって四天王の領地との境界になるのか?」
「はい。地図で確認したらそうみたいです。この森自体が大きく広がっていることと、グリードの住まう場所までは森を抜けてからも離れているので、さすがに遭遇することはないと思いますけど」
オレがオレとしての能力の限界を改めて嘆いている間に、ユフォルとオーラムの間でそんな会話が交わされる。
グリードか。魔族にもそういう名のものがおるが、会話の様子からそやつのことだろうなと察しつつ、そういえばこの辺りに住んでおったっけ? と、微妙に定かにならない記憶に内心首を傾げた。
しかし事実あやつがこの辺りに住んでおるなら、此度の神隠しの件、あやつの仕業ということはあるまいな。ちょっと疑ってかかってしまうようなヤツであることには違いないが、それよりいまの会話の中の別の単語がオレの意識を強く引く。




