勇者業・3ー1
さて。護衛の仕事というなんの面白みもない仕事さえ完璧にこなした余であるが。
まあ、当然のごとくベイズに軟禁されているわけよ。
……想定通りだ。想定通りだったのだ。休息なんぞかけらも存在せずの、デスクワーク漬け。
だれだ、暇に全力で慣れようなどとしておったのは。そんなものに慣れたら慣れたぶん、魔王業がよりつらくなることなんぞ目に見えておっただろうが。
もう人目も憚らずに涙目になりたいところを、それでも魔王としての威厳とかそういうのをちゃんと考えて耐える余、偉いと思う……。
とにかく、そうしてまた一週間ほどみっちり仕事漬けにされた余は、そこでようやくベイズの許可が下り、三度目の勇者業へと繰り出せるに至ったわけだ。
……なんかこう、魔王業の回想の割合が徐々に減っていっておる気がするが、割合的に断然魔王業のほうこそやらされ……ごほん、がんばっておるからな。本業魔王、忘れておらぬからな。
なんかもう、本当に、もっと余のがんばりを評価してほしい……。余、褒められたほうが伸びると思うのだが。だが。
いや、うむ。せっかく勇者業に繰り出すというのに、いつまでもうだうだしておっても仕方がないな。よし、切り替えて此度の勇者業もこれでもかと完璧にこなしてみせよう。
ちなみに、今回のレベル設定は二十七。なんかちょっと小刻み過ぎぬか、これ。いまだメルナにも追いついておらぬのだが。
しかも今回もまた上がるのはレベル設定だけ。能力は相変わらず千分の一と限定されておる。一体どれだけ上がればもうちょっと実力を出してもよいと判断されるのか。
オレ、依然マッチレベルの魔法しか使えぬ。
まあ、千分の一の能力だろうと余裕で強いのだが、それはそれ。やっぱりできる限り実力を出して暴れたいのだ。
……国滅ぼすレベルでは収まらなくなるだろうが。
本当に、早く勇者がいっぱい育たぬかな。いまオレ、どのくらい勇者の株上げられておるのだろう。
とりあえずそんな余所事は置いておき、いまできることを着々と進めねば。勇者の道も一歩から。存外温和で温厚、忍耐強くもあるだけでなく、努力家でもあるオレに死角などない。
此度の供はまたベイズがするらしい。いい加減ひとりでもよいではないかと思うが、魔王たるもの供のひとりもつけずにというのは体裁が悪いという建前を今回もごり押された。建前を建前と言い切るのはいい加減やめたほうがいいと思う。
フェイアは残って前回仕入れた戦争についての情報を詰めつつ、魔王城の留守を担ってくれるそうだ。メルナはついてきたがっておったが、さすがに毎回ついて回らず、きちんと城での仕事を覚えるようフェイアに言われておった。まあ、そちらが本業ゆえ当然だろう。
というわけで、ベイズとふたり再び赴いたリアネスト王国。次なる依頼は討伐系がいいなと望むオレのランクは、前回同様Cのまま。やはり護衛なんぞでは実績を積むに至らぬか……と、それはまあそんなものだろうと割り切っている。
つまらぬ上に暇だったしな、当然とも思える評価だ。それでもあの依頼人の人間どもが勇者に助けられたと周囲に触れ回ってくれれば、あの依頼を受けただけの価値もあろう。
頼んだぞ、人間。
実際に届いてはおらぬだろう念を送り、ギルドへ赴いたその先で、オレたちは見知った顔に捕まった。
「あー! ルウさん! ベイズさん!」
……うむ。えーと、確か……そう………………。
「…………オーラムか」
「え、なんか間が長くなかった?」
うむ、思い出すのにすこし手間取った。しかし人間だというのに憶えておっただけよかろう。栄光に思え。
一応憶える価値ありと一度判断した相手だからな。忘れかけていようとも完全に忘れてはおらなかったのだ。
……もうしばらく会わずにいたら忘れていた可能性も無きにしも非ずだが、それはまあ知らぬふりをしておこう。
「いやでもまた会えてうれしいぜ! ルウさんたちも依頼受けにきたのか?」
「うむ。勇者として実績を積まねばならぬからな」
「おー。相変わらず勇者業に精を出してるんだな! ルウさんならすぐにでもできると思うぞ」
ふ、オレの実力を思えば当然よ。
だがしかし、こやつらが特段ちょろいのだろうという点もあわせて考慮し、すぐすぐ勇者への認識を変えるのは難しいとはわかっていた。大陸全土を揺るがすほどの大偉業を立ててしまえば勇者への認識自体は変えられようが、それだと今度はハードルを上げすぎてしまう。オレに続く勇者が生まれぬようになってしまっては意味がないのだ。
いくら地味で面倒であろうと、地道にこつこつとがんばることこそが、勇者の株をうまい具合に上げ、次代の勇者を生み出す近道になるとオレはきちんと理解していた。
とはいえ、人間も数が多い上にあちこちに存在するからな。この辺りで地道に勇者の評価を上げたところで、遠くまできちんと届くのにどれほどかかるものなのか。その辺、実はちょっと気になるところではある。
時間はいくらでもあるから気長にがんばるつもりはあれど、気になるものは仕方がない。余に挑んでくれるものが早く現れるなら、それはそれでよいことなのだ。
「あれ、ルウさん、今日はメルナちゃんは?」
……はっ。そういえばオレ、メルナに弓使いの人間の名を聞くのを忘れておった。
憶えてやるかと思いつつも、割とどうでもよいことなので失念していたのだ。
……………………まあ、いいか。
「あやつは留守番だ」
「え、そうなの? うーん、残念……」
……気のせいか、人間からの好感はオレよりメルナのほうが稼いでおるように思える。いや別に構わぬのだがな。オレが稼ぎたいのは好感ではなくて評価なのだし。
そう、評価が稼げればそれでよい。勇者の株さえ上がればそれで構わぬのだ。
……魔王と違い、勇者は孤高でなくとも構わないのでは、と、気づいたことには気づかなかったふりをした。
「ルウさんたちはこれから依頼を受けるんですよね? よろしければまたご一緒させてもらえませんか?」
「お! ユフォルいいこと言うな! 俺もそう思ってたんだよ!」
「いいわね! ぜひお願いしたいわ」
ええー……なんかすっごいきらきらした視線向けられておるのだが。うーむ。勇者として慕われておるということならばよいことなのやもしれぬが、こやつら、うるさいしなあ……。
ちらりとベイズを見やれば、涼しい顔して素知らぬふりをしておった。オレに判断を任せる、といえば聞こえはいいが、単にできうる限り関わるつもりがないだけだろう。
まあ、こやつらを連れてこなした依頼のときを思えば、勇者の株を上げるための宣伝をするのに人間を連れていくのは多少なりと効果が増すような気もするが……。
いや、事実どれだけの宣伝効果を上げておるのかあんまりよくわからぬな。こやつら、ちゃんと勇者の株を上げるための宣伝、しておるよな……?
そんな懸念も含め、面倒と煩わしさと、メリット部分とで秤にかける。うーむ……。
「あの……駄目ですか?」
「まあ待て。いま貴様らを連れ歩くことの煩わしさと秤にかけておる」
「わずら……ルウさん、相変わらず堂々正面からひでえ……」
いや、酷くはない。正直なのだ。奸計なんぞオレには必要ないからな。腹芸もする必要なんぞない。
「えーと、ちゃんとルウさんの邪魔しないからさ」
「……ふむ。また寄生か……」
「ひでえ!」
いや、邪魔はせずについてくるとは、オレの功績に便乗しようとしているとしか思えぬのだが。
「寄生とかそういうつもりじゃなくてさ。ただ単にせっかくだからまた一緒に仕事したいだけというか……」
「一緒に仕事なんて言って、前回私たち、なにもしていないんだけどね。ちゃんとはっきり言いなさいよ、オーラム。ルウさんの活躍、また近くで見させてもらいたいんだって」
「お、おい、シアラ……っ!」
ふーむ。ふうーむ。ふううーむ。
まあ、そうさな。それは仕方ない。当然とも言えるだろう。
ま、オレだからな。オレの活躍ともなれば、それは見たかろう。
うむ、ならばまあ、よいか。
「ではオレの邪魔はせぬことと、勇者の活躍を広めることのふたつを成すと誓うのであれば、ついてきてもよい」
「マジで! やった! 誓う誓う! よろしくな、ルウさん、ベイズさん!」
「よかったわね、オーラム」
「よかったですね、兄さん」
「おまえらなんで他人事なんだよっ! おまえらだってルウさんたちと仕事したがってたじゃねえか!」
…………おい、早速うるさそうなのだが。
しかしこの人間どもが絡むとなれば、この程度の煩わしさは想定内とせねばな。オレもさすがに前々回学習した。これで済むならば、勇者活動の宣伝効果を狙うためと我慢せねばなるまい。
ふ。オレも大概人間というものへの理解が深まってきたものよ。これもまた、より素晴らしき勇者業を営む礎となろう。
「それで、今回はどんな依頼を受けるんだ?」
「って、ルウさんもベイズさんも、ちょっと見ない間に、またレベル上がってない⁉ もしかして、ギルドのランクも上位になってたり……」
ごくり、と。揃いも揃って生唾を飲みつつ、ものすごい期待に満ちたまなざしを向けてくる。
……貴様ら、オレに課せられた制限を舐めるなよ。
「Cだ」
「し、え? あれ? C? って、え? ……あれ、変わって……」
おい、やめろ。顔を見合わせ、もう一度オレを見てまた顔を見合わせるな。言いたいことがあるなら言え。貴様らにそんな憐れむような微妙な顔を向けられる筋合などないわ。
くそっ、見ていろ、ちょっとその辺焦土に変えて……。
…………いやいやいや、駄目だ。いまのオレは勇者だった。このような小物どもの戯言のせいで、オレの壮大な目標を台無しにしてしまうところだったわ。
オレが存外温和で温厚な上、自制心の強い魔王でよかったな、人間ども。
「あ、え、えーと、それで、今回はどの仕事を受けるんだ?」
仕切り直したつもりか。言っておくが、その微妙な生暖かい視線に気づかぬオレではないぞ。
しかし、まあよい。些末なことと気にせずにおいてやろう。どうあれ仕事を選ばねばならぬことに変わりはない。さて、依頼の一覧を……ん?
「お、お願い、お願いします!」
なんだ騒々しいな。ばたばたと煩わしく音を立てて駆けこんできた人間が、思いきりカウンターを叩く。うるさいヤツだ。
「ご依頼ですか?」
「お願い! いますぐ息子を捜して!」
カウンターの向こうの人間のことばなどなんのその。食い気味に自分の用件を叫ぶ人間の余裕のなさは、なんとも醜い。
やれやれ、これだから人間は。と呆れつつ、オレはオレの用事を進めようと例のごとく依頼の一覧を見ようと思った。が。
「ルウさんルウさん。これ、ルウさんの出番だろ!」
「…………は?」
「確かに。あからさまに困っているひとを助けるのは、勇者としてのポイントが高まると思います」
……え。なにその面倒なはなし。
なんかすごい期待に満ちた目を向けてくるのだが、この人間ども。正直、あからさまに煩わしいのみ一直線の依頼なんぞ、前回だけで充分なのだが。
とまあ、積極的に消極的なオレではあるが、勇者の株が上がるともなれば致し方ないかと思えなくもない。
もうちょっとこう……討伐系のほうがよいのだがなあ。いや、うむ、当然相手は殺さぬが。レベル設定を偽っておるせいで、どうあれさした相手と戦えぬのも事実ではあるが、それでもやっぱり討伐系というだけで気の持ちようが違う。モチベーションが上がる、というヤツよな。
前回といい、今回といい、なにゆえオレが人間を助けねばならぬのか。くちに出したらベイズからそれなら魔王業に専念しましょうと言われかねないので、内心に留める。
勇者の道とは、かくも険しい道なのか。
溜息をひとつ吐き、積極的に消極的な案件に、表面上は積極的に関わりにいく。もはや積極的なのか消極的なのかわからなくなりそうだが、そうして心情を誤魔化しているとも言えよう。
「おい。そのはなし、詳しく聞かせろ」
意訳、下らんはなしだったら滅ぼすぞ。
冗談だ。
突然割り込んだオレに、騒々しくカウンターにやってきていた人間と、カウンターの向こうの人間が視線を向けてくる。ぽかんと阿呆面を晒した騒々しい人間に、辟易しつつもう一度告げてやった。
「はなしを聞かせろと言っている」
一度で聞け。そういう意味を含めて言えば、目の前の人間はなにやら急に顔を赤らめ、視線を彷徨わせはじめた。




