勇者業・2-6
ところで、つんでれというものは人間の中で一定の人気を誇ると聞いたのだが、であるならば余の勇者業にも取り入れるべきだろうか……。
これが最後となるであろう野宿の折、メルナと人間のこども、ついでに御者が休んだあとを見計らい、依頼主の人間をフェイアが呼ぶ。
「お休みになるところ、申しわけありません。ですが、お訊きしたいことがありましたの」
フェイアが念のため声を潜めながらもそう切り出せば、どうやら目の前の人間もなんのはなしを振られるのかわかっていたようで、視線を落としつつも頷いた。
「……ええ。今日の賊のことですね」
「やはり、彼らはただの盗賊たちとは違うのですね」
オレからすれば雑魚にどれだけ毛が生えようとも雑魚は所詮雑魚でしかないのだが、どうやらフェイアはあの雑魚に思うところがあったらしい。雑魚の見分けなんぞオレにはつかぬので、ここはフェイアに任せておくことにする。
「……あなたがたは、すべてわかったうえで、今回の依頼を受けてくださったのですか?」
「それは、ユグクラム王国とセーラン公国との間に起こるとされる、不穏な噂のことでしょうか」
む。それはアレだな。人間同士で戦争をしようなどと愚かなことを目論む国だ。
道中でちゃんとフェイアから聞いておいた。単体の人間なんぞいちいち覚えなくとも、勇者として動く以上、必要最低限の知識としてベイズに叩き込まれた国名が、ちょっと役に立った瞬間だった。
それはともかく、フェイアも随分と回りくどい言い回しをするものよ。これはアレか。人間がよくやるという、腹の探りあいとかそういうなにかか。
魔族がそういったことをせぬとは言わぬ。狡猾なものなどはよくそうした手段でもって余の機嫌を窺おうなどと目論んだりもするのだ。
とはいえ、余はそういう面倒くさいものは好まぬ。ゆえに、余に対してそうした手段を用い媚びようとするものは歯牙にもかけぬことにしておった。事前にベイズが門前払いすることも多い。
やれやれ、なにゆえああいった輩は、魔族は実力こそを重要視すると理解せぬのか。弁舌や浅知恵もまた実力のひとつとでも思っておるのやもしれぬが、それを評価するにはまず魔族として基礎となる相応の身体的、もしくは精神的実力こそを身につけてからなのだと理解せよと思う。
まったく、魔族にもああいった輩がいることは本当に嘆かわしい限りだ。
ああ、ちなみにだが、弁舌やら知恵やらが働こうともフェイアは別だぞ。余に媚びるつもりなんぞさらさらないというのはもちろん、戦闘に長けるわけではなくとも別の方面での実力……主に情報収集能力などに長けておるからな。
と、オレ自身は暇だからと脱線しすぎたか。ともかく、いまのフェイアが織り成すやりとりは、人間に扮しておる以上そのやりくちに倣っているだけなのだろう。うむ、ますますここにオレの出番はなさそうだな。
「やはり、ご存知だったのですね。そう広く知られているはなしではないはずですが、あなたたちなら不思議でもない気がします」
ふむ……。これは、オレたちの道中の活躍……いや、あの程度で活躍というのもどうかとは思うが、それはともかく。それを見て、なかなかに評価を高めたとみて間違いなかろう。
また一歩、勇者の株が上がったわけだ。
さすがオレよ。内心で悦に浸る。
「フェイアさんの仰るとおり、その「噂」のために、私はユグクラム王国から召集をかけられたのです」
「怪我を押してまで、ですか」
「そうですね。私が近接戦を得意とする戦士であったなら、この怪我は不要とされる理由となったでしょう。ですが魔法使いともなれば、前線に身を投じずともできることは多々あります」
うむ、まあオレも遠距離から国ひとつさっと滅ぼす魔法の十や二十使えるからな。
「それならば、わざわざ冒険者から護衛を募らずとも、ユグクラム王国のほうから護衛を用意してもらえたのでは?」
「……ええ。ですが、断りました」
「それはどうして……」
フェイアの疑問から、間が開く。しばし視線を落とした人間は、ややあってからその視線をまっすぐに戻した。
「信用ならないからです」
おお。きっぱり言い切りおったな。
まあ人間なんぞ腹芸を得意とする種族だし、信用云々といったら魔族などよりよほど得られぬことは事実。さもありなん、というヤツよな。
……いや、人間からすれば魔族であるだけで魔族のほうにこそ信用を置けないやもしれんが。
「……すこしはなしが長くなってしまうのですが、私が治癒術師を厭う理由が、妻を亡くしたことにあるのです」
「奥様を……」
「ええ。病でした。けれど、医療ではどうにもならずとも、治癒術師が早くに治癒魔法を施してくれれば、それは決して治らないものではなかった。だからこそ私は必死に金を集め、治癒術師を頼りました」
結果は、だれひとりとして治してくれなかったというものだったと人間は続ける。
「治癒術師を頼るには、相応の報酬を必要とします。怪我や病の程度によっては当然ながら高位の治癒術を使える治癒術師でなければならず、そうなれば必然的に要求される報酬も桁が違ってくるものです」
「奥様のご病気は、医療ではどうにもならなかったと……」
「ええ、つまり、その病を治すには莫大な金を必要としたのです」
ふーむ。人間とはかくも不便なものよな。脆弱にすぎるゆえ、治癒術を要すというのもそうだが、なにかにつけて金金と、煩わしいことこの上ない。
というか……え、この人間の身の上話って聞かないといけないものなのか? オレ、この上なく興味がないのだが。
「当時の私には、今ほど魔法使いとしての実力はありませんでした。収入も、ごく一般的な職に就いてのものだったため、どれだけ必死に金をかき集めても、足りないのひと言で門前払いだったのです。結果、妻は亡くなり、私は無力を痛感しました」
それが、魔法使いとして自身を磨くきっかけになったらしい。
うむ。オレとしてはその理由なんぞどうでもよいが、結果に基づく向上心は買うぞ。どうであれ、自己の研鑽は推奨する。すべての人間、ついでに魔族もそうあってほしいものだ。もちろん、その先で魔王に挑む気概を見せること前提ではあるがな。
「魔法使いとして知識と技術を身につければつけるほど、周囲は手のひらを返したように私に媚びを売るようになりました。どれだけ頭を下げても金を貸してくれなかった隣人が、私の魔法をあてに形ばかりの謝罪と同情と言いわけをしてへりくだる。治癒術師に護衛や警護を頼まれることもありました。そして今……国レベルで、この力が求められるまでに至ったのです」
ふーむ。まあ、オレからすればさしたるものでもなくとも、人間の中ではそこそこの魔法を使えるようだし、昨今の腑抜けた人間どもの中では役に立てる人間には違いなかろう。
人間の言う、国レベルというものの価値がいまいちピンと来ぬが、人間にしてはすごいものなのだろうと適当に思っておくことにした。
「なるほど、求めたときには救ってくれず、必要とするときには利用しようとする。それは確かに信用できませんわ」
「ええ。妻の一件以来、治癒術師に対する恨みはもちろん、人間そのものにも不信感を抱くようになりました。ですが、それはあくまで私の事情。娘が絡めば、またはなしも変わるのです」
「シルヴィちゃんのためなら、治癒術師に頼ることもすると仰ってましたわね」
「はい。あの子の怪我や病気であれば、治癒術師に治してもらいもしました。けれどそうしてあの子のためならばと思うこころは、弱味として付け込まれるものにもなり得たのです」
「……つまり、シルヴィちゃんを、人質とされたのですね?」
シルヴィとはだれだ、と、内心ちょっとだけ首を傾げていたオレをよそに、なんだか若干空気が重くなる。そうした変化くらい察することもできるが、まあ些末なことよな。
オレとしては、重い空気というのはこういうものではなく、そうとわかり、かつ血沸き肉躍るような高揚できる殺気こそでこそあってほしいものなのだが、あの空気とは百余年も出くわしていない。嘆かわしきことよ。
「……察しもよいのですね。そのとおりです。私は、娘の安全を守るため、ユグクラム王国に手を貸さざるを得ないのです」
ふーむ。その心理もまたオレには理解できぬものだ。オレにとって人質たり得る存在というものが思い浮かばないゆえかもしれぬ。
魔族は魔王の眷属ゆえ、ある程度は守りもするが、最終的には自分の身くらい自分で守れとなる。できずに散るのであれば、それはもう余の責任ではない。魔族とはそういうものなのだ。
「護衛をしてくれる方を、ギルドを通して募ったのは、そうして雇った相手のほうがあとくされもなければ、契約上の関係だと割り切れるからです」
うむ。割り切れる、と言いつつ、その実切り捨てられるを意味しておることくらい、オレもわかる。なにかあっても最悪消し去るという手段さえ用いられる相手、ということだろう。
まあ、その算段はオレたち相手にはどうあっても通用せぬがな。オレたちの実力を見抜けなかったことがこの人間の目算の誤りだろうが、だからといってオレたちがこの人間にわざわざ害をなすような真似なんぞせぬことで、そんな誤りなんぞどうでもよいことに収まるわけだ。
アレよな。結果オーライとかいうヤツ。
「今日の賊は、盗賊を装ったセーラン公国からの刺客ですね?」
「……おそらく、ですが。あんなにあっさり倒されたところを見てしまっては、すこし疑わしくも思えてしまいますけど」
うん? なんだ、雑魚に毛が生えた雑魚は、子飼いだったのか。
国が飼っている刺客があの程度とは……その国も程度が知れるな。嘆かわしい。
「まさかこちらの事情をここまで深くおはなしすることになるとは思ってもいませんでした」
うむ。オレもいち人間の身の上話をしみじみ聞かされるとは思っておらなんだ。
なにやら苦笑気味に言われたことばに、内心で同意し頷く。
……改めて思うが、これ、勇者業に必要な情報となるのか?
「あなたがたは不思議なかたたちですね。私の知る人間という像とは違うように思えます」
まあ、魔族だしな。
と瞬時につっこんで、はっとする。
もしや、気づかれたのではあるまいか、と。
それはそれでこの人間の実力がその程度はあるという証明になるので、であれば是非とも余に挑みに来てもらいたいと、ちょっと期待にわくわくする。
だが残念なことに、そういうわけではなかったらしい。
「私の依頼を引き受けてくれたのが、あなたがたでよかった。本当にありがとうございます。残りの行程はわずかですが、最後までどうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げたりとか、そんなの心底どうでもよい。そんなことより、わくわくを返せ。
まあ、ちょっとばかり期待もしたが、昨今の人間の有様を考えればこんなオチだろうと、言うほどには落胆することもなかったが。休息のために馬車のほうへと戻っていく人間の背を見送りつつ、それでも人間の程度の低さは改めて嘆かわしく思えてしまった。
やはり、勇者は必要だ。それもとても強いヤツ。
そんな感じでオレの活動意義の重要性を再認識しつつ、フェイアへと思念を送る。
——で。いまのはなしはなにか実になるものだったのか?
この場にいるのはふたりだけになったといえど、どこでだれが聞いているかもわからんので、この依頼を遂行している間は、人間に聞かれるべきではなさそうな会話であれば念のため思念でするようフェイアに提案されていた。
そう言われても、だれかが寄ってこようものなら間違いなく察知できるし、盗み聞きの手段に魔法を使われようとも余裕でわかるオレなのだが、それでも一応念には念を入れてというフェイアの顔を立ててやることにしたのだ。ほら、できる上司だから。
——……戦争に関して確実性を得られたことくらいでしょうか。とりあえずこの件を魔王様の勇者業にどう活かせるか、そして魔族にどう影響が出るか精査したいと思います。
——ふむ。任せる。
フェイアもそのあたりに関して、オレからの信頼も厚いからな。これで戦闘能力は低いというのが、本当に惜しいことよ。
ともあれ、これでようやく今回の勇者業も終わるわけだ。ギルドでの実績として、護衛任務もこなせると幅が広がるのは勇者としてはよいことだろう。
おもしろくもなんともないので、あんまり受けたくない依頼内容であることには目を瞑らねばならぬが。勇者の株を上げるというのはかくも険しい道なのだ。
…………とりあえず、これからまず間違いなく待ち受けているであろう、魔王業のあの怒涛の執務ラッシュについては考えないことにしておいた。
そんな現実逃避が許されたのも、翌日まで。最終日はなにがあるということもなく、さらっと目的地まで辿り着いた。
なんなら唯一面倒だったのは人間のこどもだったくらいだ。
「メルナちゃん……メルナちゃん……お別れ、したくないよう……っ」
「シルヴィちゃん」
ぼろぼろ泣きながらメルナに縋りつく人間のこどもに、メルナも涙ぐんでおった。
……貴様ら、いつの間にそんな友好築き上げておったのだ……。
ぐぬぬ。興味がないゆえか、オレはどうにも感情の機微とかそういうものに疎いらしい。まったく察しておらんかった。
いや、よいのだ。魔王とは孤高の存在。友とかそんなのアレだ。こっちから要らぬといってやる存在なのだ。だからそう、余計にどうでもよい。どうでもよいのだ。
………………。
………………だれか本当に早く余に挑みに来てくれぬかなあ。
「ほら、シルヴィ。メルナちゃんを困らせるんじゃない」
「う~……だって……」
人間に宥められてもぐずぐずと駄々をこね続けるこども。まあ別にオレとしてはメルナがここに残りたいというのであれば、それでよいのではないかと思うのだが。
……なぜかフェイアに睨まれた。解せぬ。
「シルヴィちゃん。きっと、きっといつかまた会いに来るから」
「……ほんと?」
「うん、約束」
あー……これはアレだ。ちょっと怪しい。
いや、感情論とかそういうものではないぞ。魔族は長命ゆえ、時間の感覚というものが総じて適当になりがちなのだ。寿命の短い人間と約束なんぞ交わしたところで、ふと思い出したときには相手が死んでいるなどということも、まったく珍しくない。
まあしかし、メルナが交わした約束はメルナのもので、オレにはなんら関わりがない。つまり責任もないわけだから、どうでもよいか。
「じゃあ……じゃあメルナちゃん、これあげる」
「これ……ブローチ?」
「うん。お母さんのなの」
「え⁉ そんな大事なもの、受け取れないよ!」
「いいの。メルナちゃんに持っていてほしいの。メルナちゃんは、わたしの大事なおともだちだから」
「シルヴィちゃん……」
……オ、オレにも友のひとりやふたりくらい……。
友……。ベイズ、は、違うな、うん。
友とは……友とは、なんであろうか……。
…………はっ。いやいや、余は孤高でよいのだ。いやむしろ魔王としては、孤高であるべきなのだ、うん。
ふう……あやうく魔王としての在りかたがブレるところであった。
「メルナちゃんがよければ受け取ってもらえるかい? シルヴィの大事なともだちに贈られたとなれば、この子の母親もきっと喜ぶだろうから」
「アンサーさん……。わかりました。シルヴィちゃん、このブローチ、大切にするからね」
「うん。きっと、きっとまた会いに来てね」
「うん」
……で。オレはいつまでこれを見ておらねばならぬのだ。
さっさとギルドに報告に行きたいのだが、フェイアが駄目だと阻止してくる。ちょいちょい思念送ってくるのやめろ。駄目です単発が定期的に来るの、なんかちょっといやだ。
そんなわけで、今回の依頼の完了報告をし、魔王城に戻れるに至るまで、それからまだしばしかかるのだった。
しかし希少種と聞いておるしなあ。どうあればつんでれと認定されるのかさっぱりわからぬ……。




