勇者業・2-5
そうそう。魔王を魔王とも思わぬ態度なのは、なにもベイズに限らぬ。基本的に先々代に親しかったものたちはその傾向にあるのだが、先々代関係であれば余もベイズも割と容認しておる。
渋々手間をかけて、馬車の進路上の人間だけ適当に退かす。ついでにちょっと忘れかけていた剣も回収しておいた。剣としてその機能を活かすことがなくとも、わざわざオレのためにドワーフに作らせたものであるというだけで、相応の価値があることは理解している。適当に捨て置いたらベイズになにを言われるかわかったものではない。
そうして馬車に戻る際、フェイアが御者に声をかけた。なるほど、出発の指示か。
気が利くな、と思いつつ馬車に乗りこむと、中にいたメルナがすぐに声を上げる。
「ルウ兄さま! フェイア姉さま! おかえりなさい!」
「うむ」
「ただいま、メルナ。お留守番、ありがとうね」
オレたちが戻ったときには座席の中央にいたメルナだが、オレたちの姿を目にするなり、すぐさまもともといた一番奥の座席に移動した。その隣に座りながら頭を撫でてやるフェイアにうれしそうに笑みを浮かべたメルナだったが、なぜかちらっとこちらにも視線を向けてくる。
なんだ? なにが言いたい。
なにが言いたいのかもなにがしたいのかもわからぬので放置を決め込もうとしたオレの手を、フェイアがさっと取る。そしてそのままオレの手をメルナの頭に乗せた。
「お兄ちゃんなんですから、ルウ様もちゃんと褒めてあげないと」
なんと……。余が魔王であると知っておきながらの暴挙。
いや、人間としての設定に忠実なのかもしれぬし、これはむしろ褒めるべきなのか……?
うむ。そうさな。そういえばオレは演技派なのだった。できる勇者としての行動をさらりととらねばなるまい。
というわけで、オレはメルナの頭を撫でてやることにした。
「よくやった、メルナ」
ことばもおまけに添えてやる寛大さ。どうだ、全角どう見てもできる勇者だろう。
ふふん、と内心で悦に浸るオレの目の前で、メルナが顔を真っ赤に染めて硬直していた。
……なんだ。もっとこう、なにかオレを称えるような反応をしてもよいというのに。
どうあっても顔を真っ赤に染めたがるメルナはともかく、とりあえずこれで役目は果たした。ので、手を引っ込めて席につき直す。というか、フェイアを挟んでのこの行動、ちょっと体勢に無理が生じておると思うのだが。
この一連の行動にさして時間がかかったわけでもないゆえか、そこまで見ていたとは思えぬが、丁度いいタイミングで馬車が動き出す。ついでに、こちらはちゃんと見ていた上でタイミングを計ったのだろう、依頼人の人間が、しっかり腰を落ち着けた頃にくちを開いた。
「ありがとうございました。お強いんですね」
「受けた依頼を遂行したまでだからな。礼などいらぬ」
この程度で強いだなどと言われるのは甚だ心外だが、まあ仕方あるまい。千分の一の実力で動く、レベル15……いまはレベル17だからな。
「それにしても、武器を投げてしまわれるとは。それにその剣、鞘から抜いていませんでしたよね? 剣士のかたかと思っていましたが、武闘家のかたでしたか?」
「見ていたのか?」
「ええ、まあ。なにかあれば、私がこの子たちを守らねばなりませんし」
ふむ。確かにステータス上、一番レベルが高いのはこやつだが……。
それ、信用しておらぬのに、オレたちを護衛として雇ったということにならぬか?
人間ごときに舐められたと思うと甚だ不服であるが、自分のことばでそれを察したのだろう、人間は慌てたように首を振った。
「ああ、申しわけありません。決してあなたがたを侮ったわけではないのです」
「構いませんわ。レベルを見れば、不安になるのもわかりますもの。でも、でしたらどうしてわたしたちを雇われたのです? 要望に至らないと思ったのであれば、断るという手もあったのではありませんか?」
……さらりとフェイアがくちを挟んできおった。おそらく、というよりもオレの不服を読み取ったのであろう。それを表に出させまいと先手を打ったものと思われるが、人間ごときに易々と怒りをぶつけるオレではないぞ。
……たぶん。
いや、怒りをぶつけるくらいならするかなあ……。滅ぼさないだけで。
「それは……」
人間の視線がちらりと傍らへ向く。人間の服の裾をぎゅっと握った人間のこどもが、じっと人間を見上げていた。
「……正直に申し上げますと、護衛をしてくださるかたは、最悪賊の足止めができる程度の実力さえあってくれればよかったのです。そうすればあとは私の魔法でどうとでもできますから」
ふむ。まあ確かに、最初からとっさのとき用の護衛が必要と言っておったからな。肉壁の役割を果たせれば、護衛などそれでよかったのだろう。
………………。
オレを肉壁だと! 滅ぼすぞ!
——落ち着いてくださいね、魔王様。
……フェイアのタイミングの良さは人間なんぞ比にもならぬな。
ちなみにこれはくちにも態度にも出しておらぬので、怒りをぶつけた扱いにはならぬ。ぶつけておらぬゆえ、当然よな。
「あなたがたにお願いした理由は、メルナちゃんがいたことにあります。シルヴィと同年代の、それにおなじ女の子となれば、この子の旅の負担も紛らわせるかと思ったので」
なるほど。その心理はわからぬな。そういうものと処理しておこう。
「ですがルウさんは想像以上にお強かったようです。……まるで、ステータスが偽りかのように」
人間の目の奥があやしい光を宿したのを見逃さなかった。あれはステータスにかけた偽装用の魔法を暴こうとしておるな。
ふ。しかし甘いわ。魔力差もさることながら、その行為自体をこちらに悟らせるようでは、この魔法を暴くことなど到底できはしまい。
ゆえに、オレたちはただ平然と気づかぬふりを通すだけでよい。そうすれば、ほら、諦めた。というか、単に見破れなかっただけなので、ステータスに偽りなどないと判断したに過ぎぬだろうが。
よし。ではここでひとつ、はっきりさせておかねばならぬことを伝えておくか。
それはもちろん。
「オレが強いのは当然だ。なにせオレは……勇者だからな」
ここだ。この勇者であることを告げる前の、一拍のタメが重要なのだ。
これがあることにより、勇者であることと、その特別性がより強調される。はずだ。
きりっと告げたことに満足し、内心でどうだと胸を張るオレに、人間はなぜかきょとんと阿呆面を晒してきおった。
「え……。あ、ゆ、え、勇者……ですか? え、それってあの、勇者、ですよね?」
「ほかになんの勇者がある」
やれやれ。人間の反応というのはどうにも面白味に欠けるな。もっとレパートリーを増やすべきだと思うぞ。
「いえ、でも勇者とは、廃れて久しい職業なのでは……」
「うむ、嘆かわしくもな。ゆえに、オレは勇者の株を上げ、勇者業の復興を目指しておる」
「……えーと……なぜわざわざそんな……」
「そんなもの、魔王に挑めるものを増やすため以外にあるまい」
「魔王に……? ルウさんは、魔王を倒したいのですか?」
だから人間はレパートリーが以下略と言っておるのだ。どうして魔王に挑むが、イコール倒すに至るのか。その思考回路はまったくもって理解できぬ。
「魔王を倒せるわけがなかろう。挑むものを増やしたいのだと言っておる」
「……はあ……」
なんだその気の抜けたような〝はあ〟は。こっちが溜息を吐きたいくらいだ。
「ですが、昨今、魔王は随分とおとなしくなったようで、魔族たちとて倣うようにおとなしくなっています。そんな魔王に挑んで、逆鱗にでも触れたら大変なことになりますよ」
「そんなことを言っておるから、人間は腑抜けたと思われるのだ」
「……え?」
「よいか。魔族がおとなしくなったと軽んじた結果、昨今の人間は揃いも揃って堕落しておる。かつての勇者と同等レベルの人間など、もはや見る影もないというではないか。まったくもって嘆かわしい」
「えーと……」
「そんな体たらくでは、いついかように滅びるともしれぬぞ」
「で、ではルウさんは人間の能力の低下を危惧し、その向上を目指すため、あえて魔王に挑むなどというたとえを使った、ということですか?」
「いや。滅びるというほうがたとえだ。オレはあくまで単純に、魔王に挑めるものが多く生まれればそれでよい」
まあ、あんまり酷ければ、発破をかける意味でちょっとだけ滅ぼすというのも手だと思うがな。……だからタイミングよく視線を向けてくるでないわ、フェイア。
「ルウ様のお考えについてはあまり深く考えなくても大丈夫ですわ。あくまでルウ様の目的はルウ様の目的。このお仕事をきちんと遂行することに対して、なんの障害にもなりません。ですから、このお仕事が終わった際、その仕事ぶりにご満足いただけたなら、そのときにはなにかの折に、勇者の活躍の宣伝をしてくださると助かります」
「はあ……。え、でも、勇者の活躍ですか? ルウさん個人ではなく?」
「ええ。勇者の株を上げたくて活動しているのですから、勇者の評価が上がるほうがよろこばしいのです。ね、ルウ様」
「うむ」
オレの考えについてとりあえず置いておいて、という流れがちょっと気になったが、まあ人間には理解しがたいようだしな。オレとしても勇者の株さえ上がればそれでよいから、フェイアの出した結論になんの異存もない。
ずっと阿呆面をキープしていた人間が、ようやく表情に締まりを見せた。
「わかりました。では無事ユグクラム王国まで辿り着けたその折には、勇者の活躍を多くに伝えられるよう尽力いたします」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
にっこりとそれは柔和に……見える……笑顔で締めくくるフェイアに、人間も笑顔を返し、とりあえずそのはなしはそこで終わった。
それからはひたすら馬車に揺られ、野宿をしては馬車に揺られで、想定通りのかたちでユグクラム王国とやらを目指し続けた。
寝る必要などない身なれど、さすがに寝ているフリくらいせねば怪しまれよう。ということで、夜間の見張り番は不自然にならなそうなローテーションで、フェイアと交代で行った。そこにメルナを混ぜることは本来ならばなんの問題もないのだが、いまは人間に扮しておる身。人間の幼子にしか見えぬメルナを見張り番のひとりとするのは人道的によくないとフェイアに言われ、除外した。
魔族に人道的が適用される日が来るとは、よもやオレとて想像もしておらなんだ……。
ともかく、さすがにこんなときまでベイズから呼び出しがかかってくることはなかったゆえ、ちょっとのんびりできた……というより、暇すぎてもはやどうすればよいかわからぬくらいだった。
馬車に揺られている間も、夜間も、暇で暇でどうしようもなかったのだ。それがこれでもかと続くものだから、そろそろ暇にも慣れてきてしまった。
……どうしよう。オレ、魔王業に戻れる気がしない。
という現実から目を逸らしての、ちなみにのはなしだが。道中、最初以外にも幾度か賊やら魔族やらに襲われることもあった。どちらも語るまでもないほどの雑魚どもだったわけだが、割合としては魔族2対人間8くらいだろうか。ここでも魔族への余の統治の成果が垣間見えた。
ふ。上に立つものとして、人間なんぞよりもよほど優れておるのだろうな。当然だ。
そんなわけで、馬車に揺られる、野宿する、馬車に揺られる、時折物資調達を行い、襲ってくる敵も撃退する、と繰り返し。ようやく目的地まであとすこし……といっても、もういちにち近くはかかるようだが、そのくらいまで近づいてきた頃。
雑魚にちょっと毛が生えた程度の人間に襲われた。
まあ、うむ。それでも雑魚は雑魚に違いない。ほかの雑魚人間どもに比べれば口数が極端にすくなかったことは評価するが、どのみちさくっとのしてしまったことに変わりはなかった。
で、これまたほかの雑魚を倒したあとと同様、馬車の移動の邪魔にならぬようせっせと退かし、馬車に戻る。
最初こそ驚いたり戸惑ったりしておった御者も、すでに慣れたようだ。平然と事の成り行きを見守るようになっていた。何回目かで腕が立つと感心されたため、勇者だから当然と勇者をアピールし、さらには勇者とはそういうものだと広めるようにも伝えておいた。
人間なんぞにこの程度で腕が立つのだと感心されるなど甚だ遺憾ではあるが、勇者の宣伝になると思えばまあ許してやってもよいと判断できる。ふ、寛大よな。
とまあ、今日の行程もさして特筆することなんぞなかったように思えたのだが、どうやら雑魚に毛が生えただけの雑魚は、ただ単に雑魚であるだけではなかったらしい。
が、魔王の威光は霞んでおらぬぞ。よいか、これらはあくまで余が存外温和で温厚ゆえに、広い器でもって許しておるから叶っておるのだ。その事実は努々忘れぬようにな!




