勇者業・2-4
ベイズはつんでれというものなのだろうとフェイアに言ったら、違うと言われてしまった……。どうやら昔はリィナがそうであったらしいが、いま参考とできるものはおらぬらしい。
結局本当にギリギリまで拘束され、それでもなんとか間に合った待ち合わせのとき。余……ではない。オレ、精神的負荷で、大ダメージを受けつつも依頼人の人間どもと合流した。
オレが望む、オレにダメージを与える方法は、もっと物理的なものなのだがな……。もう本当、このダメージは遠慮したい。全力で。
精神的にはぐったりしつつも、それを表に出すことはせず、フェイアとメルナを伴い依頼人の用意した馬車に乗り込む。馬車というものには乗ったことがないわけではないが、転移魔法を使えると必要性がなくなるからな。この馬車がどれほどの質のものかは判断つけられぬ。
ただ、オレたちと依頼人の人間とそのこども、そしてそやつらの荷物までも乗せてなおまだすこし余裕のある広さはあった。まあ、荷物自体はさほど多くもないのだが、それとて親子ふたりのものとして多いと判断すべきかすくないと判断すべきはわからぬし、正直どうでもよい。
御者は雇ったと言っていた。そういう業者のものらしい。一応、できる範囲で護衛するよう頼まれたが、当然オレにかかれば容易だな。勇者の株を上げるためにも、いざというときに見捨てるわけにもいくまい。そのくらいはオレもわかっている。
「個人でこのような移動手段を用意できるなんて、アンサーさんは名のある家のかたなのでしょうか?」
馬車で揺られはじめてすこし。片手を頬に当てながら、フェイアが問う。
ふむ。この馬車を個人で手配するには、すくなからず裕福でなければならぬのか。人間の金銭感覚はわからぬゆえ相場もわからぬオレには、くちの挟みようもない話題だ。
「いえ。身分などないようなものです。ただ、昨日も申しましたとおり、魔法を扱うことがすこしだけ得意なので、それを重宝してくださる方々がそれなりの報酬をくださるのです」
「まあ。ご謙遜を。きっと得意なのはすこしなどではありませんわね」
フェイアの指摘に、人間は困ったようにちいさく笑う。フェイアがそう言うということは、人間としてはそれなりに腕の立つ魔法使いということなのだろう。
余に挑めるほどかどうかというと期待はできぬだろうが、それでもちょっとだけステータスくらい見てやろうと思え、軽く確認する。
……ふむ。レベルは五十三。確かに、人間にしては魔法に長けていそうだな。あまり偏りもなく各属性魔法を扱え、上位クラスの魔法もいくつか扱えるようだ。
ちなみに、上位魔法にはさらに上が存在し、最上位クラスに分類される。そしてその上もまた存在し、それらはもはや魔族にとて扱えるものはほとんどいない。至源の魔法とされ、絶対的な威力を有す。
当然、余は使える。魔王だからな、当然だ。
しかしあれは駄目だ。軽くいろいろ吹き飛ばせてしまうからというのもあるが、それよりなによりコストがかかる。いくら魔王とて疲れるのだ、激しく。無尽蔵とも思える魔王の魔力を枯渇させることができるとすれば、その魔法を無駄打ちするとかだろうな。
魔法に長ける魔族でもそれだ。魔法を扱う面で魔族に劣る人間で見れば、上位クラスの魔法をいくつか使えるというのは、おそらく優秀な部類に入るだろう。もっとも、この程度ではまだまだ魔王に挑むには足らぬのだが。
ついでに、大体予想できていたことではあるが、治癒術は使えぬようだ。
ああそれと。ステータスの確認なのだが、多少魔法を扱えるものであれば、見ようと思えばある程度は見られるものだ。どれだけ子細に確認できるかは魔法への精通具合にかかっており、いまオレがしたように、その人物がどのような魔法を使えるかまで確認するとなるとそれなりの技量が必要となる。
ちなみに、どうでもよいことやもしれぬが、このステータスと呼ばれるものは、あくまで個人の能力を数値化したり、所有するスキルや扱える魔法などがわかるものであり、趣味嗜好や身体の特徴……そうさな、身長や体重などといったものなどがわかるものではない。それと、オレたちのようにステータスを改竄すること自体ならば、そうした魔法が扱えれば割と容易にできることなのだが、それ以上の能力を有するものであれば見破ることもできる。
つまり、オレが確認した目の前の人間のステータスは、偽りなくこの人間のものに違いないわけだ。
……せっかくならもうちょっと上いっていてほしかったなあ……。期待しておらぬとはいったものの、すこしがっかりした。
そんなオレの内心を察してか、フェイアがちらりと呆れたような視線を向けてきた気がしたが、気のせいということにしておく。というか、ベイズにしろフェイアにしろ、そう易々とオレのこころを読むでないわ。
なんだったか…………そう、プライバシーだ。プライバシーの侵害というヤツだ。
「ではユグクラム王国までも、お仕事で?」
「ええ、まあ、そんなところです」
それにしても、フェイアは昨日からぐいぐい聞き込むな。ギルドのシステムがどうかを知らぬが、それはありなのか? とちょっと思いもするが、そもそもこの依頼を受けた目的は情報収集にこそある。不興を買って依頼を取りやめられでもしたら本末転倒だが、フェイアが引き際を誤るとは思えぬしな。
現状、特に注意を受けるでも距離を取られるでもなし、フェイアに任せておけばよいか。
警戒されぬようにか、はたまたくちを軽くさせるため親交を築いておこうとしてか、フェイアは当たり障りのない談笑に切り替え、人間との会話を続ける。そんな彼女の向こう側では、メルナが人間のこどもにはなしかけていた。
見た目で言えば確かにおなじくらいの年齢に思えるかもしれぬ。ぎこちなさが見受けられるようにも思えるが、人間のこどもの興味もまたメルナに向いているようだ。
……ふむ。
オレ、暇だな。
乗り慣れぬ馬車の乗り心地は、快適とは言えぬ。基準がわからぬゆえ、これがふつうかどうかもわからぬが、どうあれ好んで乗りたいとは思えぬな。そもそも転移魔法が使えるというのにこれを使うのは効率が悪すぎる。
溜息を押し殺し、ぼんやりと窓から見える外の景色に視線を馳せた。最近はわずかな時間すら自由を許されずベイズに仕事漬けにされていたから、こうした手持ち無沙汰となる時間はどうにも持て余してしまう。
いや、あの地獄の時間が通常となっては非常にまずいので、全力で暇な時間を持て余すことに慣れる努力をすべきか。慣れというのは恐ろしいからな。オレ、割と柔軟だし、仕事をしていることがふつうで、していなければ落ち着かないようなワーカホリックになってしまうのを現状最も危惧せねばならぬだろう。
デスクワークはいやなのだ。
と、そんな感じで全力で暇に慣れようと試みていたところ、突如馬の嘶きとともに馬車が止まる。
む。暇に意識を向けすぎていたか。おかげで拾い損ねた矮小過ぎる気配がぞろりと馬車を囲んでおるぞ。
「ルウ様」
「うむ。オレが出る。メルナ、ここは任せるぞ」
「は、はい!」
「ではわたしは御者のもとへ行きますわ。パニックになられて邪魔をされては迷惑でしょう?」
「うむ、任せた」
ベイズほどではないにせよ、フェイアとも付き合いが長いし、阿吽の呼吸というヤツよ。全力で暇に挑んでいたが、やはりからだは動かすに限る。運動と呼べるほどの運動ができるとは思えんが、まあずっと馬車に揺られるだけよりはマシだろう。
というわけで、オレ、颯爽と馬車から躍り出る。勇者としてできうる限り恰好よくを意識してみたが、よくよく考えずともこの場で恰好よさのアピールをしても勇者志望が増える要素はなさそうな気がした。
……いやいや、こういうのはあれだ。チリツモというヤツよ。オレ、そういう俗語もちゃんと勉強しておるのだ。できる魔王はできる勇者にもなり得るからな。
そうして外に出れば、馬車が数人の人間に囲まれていた。さした能力もないくせに百も千も数を揃えられぬとあらば、死に急いでいるとしか思えぬ。
いや、この程度が千いたところで掃き捨てるのみなのだが。
「お。なんだなんだ。ずいぶん上玉が乗ってたんだな」
「見てみろよ、あの女、すっげー美人だぜ」
「男のほうも高値で売れること間違いねえな! そういう趣味の金持ちにでも売りつけりゃ、長らく遊んで暮らせそうだぜ」
ふむ。俗物的なことを学んでおるオレにもなにが楽しいかさっぱりわからぬとは、やはり根から低俗のものたちはレベルが違うな。これをおもしろいと思えるようになったそのときこそ、オレも一人前の人間になれたという証となるやもしれぬ。
「なんだか盛大に勘違いしていそうなので、やめてくださいね」
………………いや、オレいまくちに出していなければ、思念も飛ばしておらぬのだが。
相変わらずこころを読むという荒業を駆使してきたフェイアが、にっこりと制止をかけてくる。
まあ、さすがのオレも、げはげは笑うあの笑いかただけは生理的にちょっと……と思いもしたが。
フェイアは釘を刺すだけ刺して、なに食わぬ顔で平然と御者のもとへと向かう。その姿に触発されてか、人間どもが揃って武器をこちらに向けた。
「おいおい、妙な真似はすんなよ? キレーなお顔を駄目にしちまったら、値が下がっちまうからなあ」
「そうそう。おとなしくしてりゃ、手荒な真似はしないからさ」
「ま、奪うモンは片っ端からいただいちまうけどなあ」
「違いねえ! げははははは」
なぜ〝げ〟と〝は〟で笑うのか。魔族が品性についてどうこういうのもどうかとは思うが、それにしても品がなさすぎる。というか、頭が軽そうに見えるのだが。
人間の中では、自ら自分の品位を下げる行為が流行っておるのだろうか。
うむ、人間の心理はよくわからぬな。
どうあれ、とりあえずこやつらはのしておくべき輩だろう。護衛の仕事上。
「よし。ではオレは寛大だからな。許す。貴様らから打って出よ」
鞘に収めたままの剣を手に、人間どもへ告げてやる。ふ、オレの寛大さに咽び泣き平伏するのもやぶさかではないぞ。どうせこの程度のヤツらでは運動にもならぬからな。
と、最大限やさしさを発揮したオレの意を、どうやらこの人間どもでは酌めなかったらしい。げはは笑いをぴたりと止め、敵意を剥き出しにしてきおった。
……その敵意、せめてオレにとっても殺気と思えるくらいになれば、まだ見どころもあるというのになあ……。
「おいおい、兄ちゃん。あんまり調子に乗るなよ?」
「そうだぜ。ちょっとやさしくしてやりゃあ調子に乗りやがって。おい、おまえら! 顔だけ無事ならそれでいい! すこし痛い目見せてやれ!」
なんと。痛い目とやら、事実見せてくれるのであれば、オレとしては願ったり叶ったりではあるが、実力を顧みてもらいたいところだ。いきがるのはよいが、もちょっと実力をつけてくれねば、興も失せるというもの。
なにやら雄叫びを上げて一斉に襲いかかってきた人間どもに、心底がっかりの溜息を吐く。
魔族もアレだが、人間の質も大概落ちすぎだろう。がっかりだ。がっかりとしかことばが出ぬ。
千分の一呪文を延々こころの中で唱えながら、襲いかかってくる人間を軽く打ち据えていく。時折ちょっといいところに入れてしまうのはもはやご愛敬だろう。千分の一の能力でも、この程度の人間など一撃で仕留めることなど容易過ぎた。あ、殺してないけどな。
「な、なんだこいつ……!」
「ば、化け物か!」
うーむ。まあ、言い得て妙か? 魔族は人間からすれば化け物のようなものだろうしなあ。その頂点たる魔王ともなれば、化け物中の化け物に相違なかろう。
欲をいえば、もっと恰好いい言い回しを希望したいところではあるが。
大体三分の二程度を戦闘不能にしてやったところで、オレよりも御者を狙うものが現れた。馬車はオレが鉄壁の守りにて守っているため手を出せずにいたが、御者ならばと思ったのやもしれん。
……まかり間違っても、フェイアを狙ったのではなかろう。そう思いたい。
フェイアは戦闘を得意としない種族なれど、魔族である以上、そもそもの能力値が人間よりも優れている。この程度の人間どもに遅れなど取るはずもないのだが……まあ、人間だし。見た目で判断している可能性も無きにしも非ずということか。
ともあれ、どのみちオレがどちらも襲わせるわけがない。とはいっても、いまからそちらに駆けていきぶん殴るというのは、千分の一の領域からちょっと脱しちゃう気がするので、とりあえず仕方なしに剣を投げつけることにした。
鞘から抜いてないから刺さって殺すこともなかろうと踏んだのだが、ひどく鈍い音を立ててその剣が命中した人間は、蛙が轢き潰れたような……いや、オレ、実際蛙のそんな声聞いたことないのだが、ともかく。そんな無様な悲鳴を残して吹き飛んだ。
それはもう、想像以上に。
……あれえ……? 千分の一だったはずなのだがなあ……。
フェイアが呆れたような視線を向けてきたので、瞬時に視線を逸らす。と、オレが武器を手放したからだろう、目に見えて好機と捉えたらしい残る人間どもが、まとめて襲いかかってきた。
やれやれ。だから貴様らでは役者不足だというのだ。
剣なんぞ、見てくれだけのもの。本来オレに武器なんぞ必要ない。
というのを理解できるくらいなら、最初からオレに挑もうなどとせんかっただろう。最後まで溜息を吐かせる雑魚どもよ。
剣で行っていた作業を足に切り替え、残りの人間どもを悉く地に伏せさせる。剣を使うより急所に入りやすかったあたり、やはりオレに武器は合わぬのだろう。と、ちょっと現実逃避をしたが、大丈夫。死んでない。……死んでおらぬぞ、うん。
——魔王様、参考数値を送ります。レベルをふたつ上げてください。
襲ってきた人間どもをぜんぶ倒すと同時、フェイアから思念が飛んでくる。急にどうしたのかと訝るが、まずは言われるままにステータスを弄った。それから改めて疑問を呈す。
——急にどうした。
——敵を倒してレベルが上がらないのは不自然です。それだけ敵とのレベル差があるならともかく、魔王様の偽装したレベルではふたつくらい上がっているのが妥当かと思われましたので。
まあ、確かに。そういえば前回は同行していた人間どもにそれで騒がれた気もする。おなじ轍を踏む前にというのは納得ができた。
——今回の依頼人であるアンサーという人間、そこそこできるように思われます。ですので、すこし気を回すようにしたほうがよろしいかと。
——ふむ、フェイアがそう言うならそうしよう。ただ、オレには必要性がいまいち理解できぬ部分も多いゆえ、判断は任せる。
——ええ。かしこまりました。
いまのレベル上げも、オレでは判断がつかなかったからな。なにしろあの程度の雑魚なんぞ、経験値になろうはずもない。ふたつもレベルが上がる戦闘とは思えなかったのだ。
つまり、おなじ轍を踏まぬようにするには、フェイアの判断が必須ということになる。うむ、そのあたりは、ベイズよりも適していそうだな。魔族の感覚ならともかく、人間の感覚を細かく察するというのはいくらベイズでも難しかろう。
フェイアは思念による会話を閉じると、こちらに歩み寄ってきた。そして今度は肉声でもって会話をはじめる。
「お疲れさまでした、ルウ様」
「うむ。……疲れられるくらいだったらよかったのだがな」
「贅沢を言わないでください。それより、倒した人間たちをどかしましょう」
「ん? そのままでよいのではないか?」
「ある程度は。ですが必要ぶんはどかさないと、馬車を走らせるのに邪魔になりますから」
「……なるほど」
どこまでも手間をかけさせおるな。
いっそ魔法で塵も残さず消滅させたほうが早いし楽なのだが……いや、それ駄目だってわかっておるぞ。わかっておるから、そんな監視するようにじっと見るでないわ、フェイア。
希少種なのだな。つんでれ。




