勇者業・2-3
さて。魔王を魔王とも思わぬ態度のベイズだが、あれでいてあやつもほかのものが余をすこしでも侮ろうものなら、それはもう即殺す勢いだったりもする。
「ルウ様、ベイズ様にことば遣いについて注意を受けていたのではなかったのですか?」
町に繰り出し、しばらく。さきほどの件についてだろう、はなしはじめたフェイアに、わずか首を傾げる。
ちなみにフェイアが人間の街中でベイズをベイズと呼ぶのは、まあ当然だろう。あやつが人間に扮している際、ベイズと名乗っておるということもあるにはあるが、あやつの名は人間の間でもある程度は知れていようからな。長ったらしい本名でわざわざ呼ぶ必要はない。
まあ、いまおらぬヤツのはなしはよいとして、だ。
「うむ。で、あるから、〝オレ〟と〝貴様〟を遣っておる」
ふふん、と、鼻高々に宣言すれば、それはもう盛大に溜息を吐かれた。
いや、いまはアレだが、これでも魔王なのだが。
「……本来の偉ぶ……尊大なもの言いは、なさらないようにしてください。下手な詮索を受ける要因を増やすのは、今後の活動に支障をきたす恐れがあります」
……偉ぶった……。いや、事実偉いはずなのだが、余……。
ベイズといいフェイアといい、魔王を魔王と思わぬ所業、それこそ魔王の威光を貶めるからやめたほうがよいと思うのだがなあ……。ふだんは魔王らしい威光を云々とか言うくせに、これだから……。
多く理解されていようが、いまは人間に扮しておるから、などという正当な理由あってのものではないからな、これ。この態度、こやつら常にデフォルトにしておるからな。
だがしかし、フェイアの言いたいことも理解はできる。なにしろベイズが臣下というだけで、前回の人間たちから無駄に疑問を投げかけられたのだ。多少なりとそういったことを削れるならば、そのほうがよかろう。
決して。決して、そのうちボロが出そうだな、とか、そんなことはないぞ。余は魔王であれば、そんなヘマなどせぬわ。当然だ。
ごほん。そんな無用の心配はともかく、これに理解を示したのはただ単にアレよ。フェイアの顔を立てただけといってもよい。部下のことばもきちんと聞く。余はできた上司ゆえな。
「フェイアの言いぶんも理解した。善処しよう」
とはいえ、生まれてずっとこの口調だったゆえ、その線引きはよくわからぬのだが。まあなんとかなろう。魔王は割と万能なのだ。割とな。
「さて、それで。なんとか亭とやらはここから近いのか?」
「すこし離れてはいますが、それほどかからず着けるかと。それよりもユグクラム王国までの道程ですわ。彼の地までどういった移動手段を用いるかはわかりませんが、馬車を利用しても、途中村や町に寄りつつ、一週間ほどかかるでしょう」
「なに。そんなにかかるものなのか」
「ええ。乗合馬車ではなく、個人で馬車を用意し、野宿に切り替えてとなればもうすこし短縮できるでしょうが」
ふーむ。人間とはかくも不便なものよな。そんなもの、転移魔法を用いれば一瞬で済むというのに。
惜しむらくは「オレ」の状態ではその転移魔法を扱うことなどできぬということか。メルナももちろんだが、フェイアももともと使える魔法にない。おとなしく地道に行くしかないということだ。
「しかしそれほど城を空けるとなると、ベイズがなんというか……」
請け負ってしまってから言うのもなんではあるのだがな。
「いえ。そのあたりの報告はいたしましたから、心配ないと思いますわ。ええ。戻ってからまたしばらくルウ様が書類漬けになれば大丈夫です」
にっこり。満面の笑顔でとんでもないことをさらりとくちにしたフェイアに、オレ、思わず固まった。
ちょ、それ聞いてない。聞いていないぞ。
「やはり討伐依頼のほうが……」
「あら。このお仕事は信頼が大事なのですよね? 一度請け負った依頼を破棄などしてしまって、勇者の名に傷がつかなければよいのですが……」
「む。ぐぐ……」
おのれフェイア。痛いところを突きおって……っ。ただでさえ信用がなくなっている勇者という職なのに、これでオレが依頼の不履行なんぞしてしまえば、地にある信用が底をぶち抜いて落ちていってしまうことなど想像に易い。
フェイアをあっさり信用したオレの落ち度か……。いや、この依頼を受けること自体の必要性は確かにあるのだろうが、単純にその後に待ち受けるであろうデスクワークと秤にかけた際、デスクワークをやりたくないほうにがっつり傾いてしまうのがいけないのだろうな……。
でもデスクワーク、やりたくないのだ。せっかく解放されたのに、思い返したくないのだ。オレは悪くないと思う。
「ルウ兄さま。フェイア姉さまはきっとルウ兄さまのことを考えて、こうしたほうがいいって言ってくれているんです。だから、その……が、がんばりましょう!」
なぜかぐっと両手を握り、力をこめるメルナ。メルナが意気込んだところで仕方なかろうに、と思いはしても、それは単なる八つ当たりに過ぎぬことくらい理解している。
うむ、オレももういい大人だからな。それらしい対応もできようものだ。
まあ、魔王としてではできぬことだが、いまは人間であるということも考慮に入れた、それはもう妥当な行動だろう。
というわけで、メルナの頭を軽く撫でてやった。メルナは一度、それはもう大きな目をさらに大きく見開いたわけだが、次の瞬間には顔を真っ赤にしてうれしそうに破顔する。
ふ。さすがはオレ。できる魔王だからな。
「あら。ふふふ、まるで本当の兄妹みたいですわ」
そういう設定をつけられているのだ。さすがはオレ。演技派でもあるな。
と、そんな感じで他愛ない会話をしつつも歩を進め、辿り着いたなんとか亭。
うむ。覚える気などない!
「ではわたしが宿の主に依頼人のことを尋ねてきます」
そう言い終えてフェイアが入口奥のカウンターの向こうにいた人間のもとへ行き、なにやらはなしをする。すぐに戻ってきた彼女が、宿の人間が依頼人を呼んでくると言っていたと伝えてきたため、そのまま宿の一画で待機をした。
そうして依頼人と思しき人間がやってくるまでは、さほど時間はかからなかった。
「えーと、あなたがたが私の依頼を引き受けてくれた方々ですか?」
やってきたのはふたりの人間。男がひとりと、その腰にしがみついて半身を隠すこどもがひとり。
「うむ」
「……ルウ様、紹介状を」
「ん? ああ、そうだったな」
ギルドで依頼人に渡すよう言われていた紹介状を手渡せば、人間はひとつ頷きへらりと笑った。
ふむ。張り付けたような、ということばがあるが、ようなどころではない、がっつり張り付けた笑顔よな。どうにも悪魔族が好みそうな陰気な雰囲気だ。
「ありがとうございます。娘とともにユグクラム王国へ向かわねばならなくなってしまったのですが、あいにくこんなからだでして……。道中、娘を守るためにも護衛になってくれるかたを求めていたんです」
こんなからだ、というその人間は、どうやら右半身が不自由であるようだ。杖をついている。
「失礼ですが、そのお怪我は?」
「ああ、ええ、すこし前に、事故で。タイミングが悪いものです」
「まあ、それはお気の毒に……。治癒術師に治してもらうことはなさらなかったのですか?」
「……すこし事情がありまして。治癒術師というものにあまりいい感情を抱いていないのです。娘のためなら頼ることもありますが、私自身のことであれば、できうる限り頼りたくなくて……。この怪我も不自由はありますが、自分のことは自分でできるくらいですし、治癒術師に頼るまでもないと判断しています」
「そうですか」
淡々と、下手をすれば冷淡にものを問うベイズとは違い、フェイアの物腰はあくまでやわらかだからな。会話はしやすかろう。
ふむ、しかし、治癒術師に頼らぬとは。人間の能力として数すくない手放しで褒めてやれるものを利用しない人間もおるのか。魔族とは違い、自己治癒能力に長けぬであろうに、わざわざ難儀な道を選ぶものよな。
まあ、どうでもよいことだが。
「ただ、この怪我のおかげで、私だけならともかく、娘も守りながら長旅をするというのは少々厳しく、そのため今回の依頼をお願いしたのです」
「私だけなら? では自衛の手段はお持ちということですか?」
「ええ。あまり誇れるほどではないのですが、これでいて魔法はすこしばかり得意としているのです。ですがとっさの事態に対応しなければならない状況になった際、このからだでは不安が残りますからね」
それでも治癒術師に頼るくらいならば、護衛を雇ったほうがいいと思ったということか。
「そういうわけですので、念のため確認させてください。一応、ステータスを見させていただきましたが、みなさん、治癒術は使用されないということで間違いありませんか?」
「ええ。わたしたちはだれひとり、治癒術を扱うことはできませんわ。ですので、怪我や病気に対応するための薬は必需となります」
「ええ。もちろんそちらは用意してあります。ともあれ、懸念が払拭できてよかった。ギルドの必要要項に治癒術師は不可とすることもできたのですが、あまり大っぴらに彼らの反感を買うような真似はできなかったので。改めて、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ふーむ。これは治癒術が使えた場合、ここにきて依頼を取り消された可能性もあったのやもしれぬな。まあ、ありえぬ仮定を考えたところで詮無かろう。どうでもよいことか。
「ああ、そういえばまだ自己紹介もしていませんでしたね。失礼しました。私はアンサー・ロッド。この子は娘のシルヴィです。シルヴィ、ユグクラム王国までお世話になるかたたちだ。ご挨拶なさい」
「……シルヴィ、です。よ、よろしく、お願いします……」
傍らの人間に背を押され、おずおずとすこしだけ身を出してきたこどもが、窺うようにこちらを見上げながら頭を下げた。特段意識したわけでもないが、視線を下げたオレと目が合った瞬間、びくりとからだを震わせ目を見開いたこどもは、顔を真っ赤に染めてさっと傍らの人間のうしろに隠れこんだ。
「おや。すみません。そちらのかたがあまりに恰好よいから、照れているのだと思います」
「まあ。ふふ。そうね、見た目はとてもよいかたですから」
……おい、フェイア。なんだか悪意を感じるのは気のせいか。
「こちらのかたはルウ様。わたしはフェイア。そしてこの子はメルナといいます。こちらこそ、よろしくね。シルヴィちゃん」
フェイアがにこやかに声をかけるが、もはやこどもに出てくるつもりはないのやもしれん。かすかに頭が上下したのだけわかった。
「ルウ、様……? もしや高貴な身分のおかたでしょうか?」
「ああ、いえ。特に家柄がよいということはありません。わたしが個人でお仕えしているだけですわ。メルナはルウ様の妹になりますが、個人同士の主従ですので、わたしの主人はあくまでルウ様だけですし。ですがもちろん、メルナも大事であることに違いはありません」
「フェイア姉さま……!」
メルナがなにやら感極まった様子で声を震わせている。フェイアに預けたのは確かにオレだが、どうにもずいぶんと懐いているようだ。人間に扮している間はオレの妹という設定でいるが、実際にはフェイアの妹といったほうがしっくりくる。
「そうですか。事情がおありなのでしょうね。メルナちゃんはシルヴィとおなじくらいの年齢のようだから、仲よくしてくれるかい?」
「は、はい……! もちろんです!」
うれしそうに頷いているが、メルナ、貴様、そこなこどもと大概年齢が離れておるだろうに。魔族は長命ゆえ、年の取りかたが人間よりもよほど遅い種も多い。メルナの種であるハーピーとて例に漏れぬからな。これでいてメルナの実年齢は。
——魔王様。余計な水を差すものではありませんわ。
「!」
フェイアめ。急に思念を飛ばしてきおって……! こころのうちでも読みおったのかと思ったが、水を差すというのがなにを示してのものかわからず内心で首を傾げる。
まあよい。別にくちを挟む気などさらさらなかったしな。
なんか流れでフェイアがぜんぶ進めておるが、適材適所というものよな。フェイアはベイズとは違い愛想がよいから、人間相手であっても会話に向くのだ。
とはいえ、必要な決定権などはすべてオレにある。もちろんだ。ゆえに、オレ、空気ではない。
「ではお互いに自己紹介も済みましたし、仕事のおはなしに移っても構いませんか?」
「ああ、はい。もちろんです」
「今回の依頼ですが、移動手段はどうなさいます? 乗合馬車を利用するのでしょうか?」
「いえ。こちらで専用の個人向け馬車を雇いました。急ぐ旅というほどではありませんが、あまり悠長にする余裕もないので、町や村は素通りする予定です。……野宿となりますが、構いませんか?」
問い、というよりも確認といったところか。転移魔法が使える身としては野宿などそうそう必要とせぬが、人間の冒険者の多くがそれを要することくらい知っている。ゆえに、オレもその程度否と返すつもりはない。
……前回のゴブリンどものムラも、野宿とほぼほぼ変わらんかったしな。
フェイアがちらりと視線を向けてきたので、頷いて返す。こたえはわかっていようが、それでも決定権はオレにあるのだ。
「ええ、もちろんですわ。それで、護衛依頼ですから、道中の危険からおふたりの身を守ればよいのですよね?」
「はい。お願いします」
「ふむ。道中の危険、というと、やはり魔族か?」
ここにきてくちを開いたオレに、人間はすこしばかり目を見開いたが、すぐに表情を戻し頷いた。
「ええ。ですがおそらく、襲ってくるのであれば、魔族よりも人間のほうが可能性が高いかと思われます」
「人間か……」
ふーむ。まあ、人間同士で戦争をはじめようとしている可能性があるくらいだ。特段驚くことでもないやもしれぬな。オレとて、山賊や野盗の類の人間が、おなじ人間を獲物とすることもあることくらい知っている。しかしそれが魔族よりも脅威となっておるとは……。
やれやれ。魔王としての執政の行き渡り加減を喜べばよいのか、人間の愚かさに呆れればよいのか、悩むところだな。
どうあれ、だからこそ護衛依頼というものが存在するわけだ。とにかくオレはそういった輩を片っ端から打ちのめしてやればよいのだろう。
もちろん、加減は忘れぬぞ。……千分の一だな。千分の一……。
…………ちょっとそろそろもうすこし暴れたいという欲求は、ぐっと抑え込む。忍耐強さの見せどころよ。
いずれきっとこれが報われて、多くの勇者相手に日々楽しく暴れ放題となるその日が来ることを願い、オレはいまがんばっておるのだ。
「それで、出立はいつを予定しているのでしょう?」
「そうですね。では明日にでもお願いできますか?」
ちらり。フェイアの視線が向いたため、頷く。
「構いませんわ」
「ありがとうございます。では、明日の早朝、七の時頃に、南門で合流しましょう」
「わかりました。では、また明日」
ふむ。ひとまずはここまでか。本格的な依頼の遂行は明日からということだな。
なるほど。……なるほど。
……………………で。
「なにゆえ余は城でデスクワークをせねばならぬのだ!」
睡眠を必要としない余。つまりは夜でも完璧に起きていられるわけで、明日の朝まで時間が空いたと決まるや否や、すぐさまベイズからフェイア経由で帰還要請が届けられた。
いや、余も拒んだぞ。当然だ、ちゃんと了承を得て勇者業に繰り出した以上、きちんとそれでまた成果を出すまで帰らずともよいはずだったのだからな。
だというのに。だというのに……っ!
「一週間近くも留守にされるのです。できることはできるうちにしていただかなければ、こちらが滞ってしまいますからね」
「……余裕ができたと申しておったではないか……っ!」
「ええ。確かにしばらくの余裕は生まれています。ですが、それも永遠に続くものではありません。ストックは多ければ多いほどよいものなのですよ」
余の仕事を、ものかなにかみたいな言いかた……!
さらりと悪びれる様子もなく言いきるベイズに、ぐぬぬと思わずペンをへし折ってしまいそうになる。ちょっと前におさらばできたはずの紙の山の悪夢が、再び余の目の前に鎮座していた。
「ほら、魔王様。くちを動かされるのは構いませんが、手も動かしてくださらないと、明日の朝に間に合いませんよ」
「いや、優先は向こうだろう」
「魔王様。魔王様はご自身の本業をお忘れですか?」
にっこり。
それはもうイイ笑顔を向けられ、ことばに詰まる。
これは……こたえを間違えてはいけないヤツだ……! 間違えたら最後、二度と勇者業をさせてもらえなくなる……!
「く……。ええい! ならば全力で取り組むまでよ! 夜明けまでには必ず間に合わせてみせるわ!」
「ええ、その意気です。さあ、がんばってください」
くそう。余、魔族のトップなのに。魔王なのに……!
こうして勇者業としての二度目の依頼遂行をはじめるそのぎりぎりまで、余はこれでもかと机に齧りつかざるを得なかったのだった……。
余は知っておる。これが俗に言う、つんでれというものであろう。




