勇者業・2-1
昨今の風潮として男でも料理ができねばならぬと聞いてのことだったのだが……。
魔王の仕事は概ね一割視察、三割謁見、残りが執務やら雑務やらで成り立っている。とはいえ、それは先々代の魔王からのこと。さらにいえば、先代のことはすっ飛ばさねばならぬ。
つまり、先々代と余にとっての仕事、ということになるわけだな。
それはよい。別に歴代魔王がどうあれ、余は余としての魔王業をこなすまでのことだ。問題なのはもちろん、ベイズのヤツのせいで増えた執務にこそある。
六割がたの執務割合が、いまはもう七割がたになっておるぞこれ、絶対。そのうえ、だからほかの仕事が圧迫されて減った、などということはまったくない。そう、単純に総量が増えただけなのだ。
ベイズは絶対余を過労死させたいのだと思う。いや、せぬが。
普段は睡眠も食事も必要とせぬという特性が、思う存分ベイズに利用されておる気がしてならぬ。しかもあやつ、デスク上の書類が減ってきて、あとすこしで終わるというモチベーションアップ時を狙って、次の仕事を持って来おるのだ。それはもう、どこぞで監視でもしておるのではないかと疑うタイミングで。
終わりそうになると増える、終わりそうになると増える、終わりそうになると増える……まさに地獄のループに、余は日々死んだ目を一層深めておることだろう。ちなみに、いくらなんでもモチベーションアップは五回目くらいでなくなった。次こそは、次こそはと期待し、その悉くを打ち砕かれる余の絶望たるや、もはや世界を三度滅ぼしたとて晴らされぬと知れ。
でもまあほら、余、存外温和で温厚だからな。滅ぼすのは気持ちだけでにしておくが。
というわけで、絶賛魔王業奮闘中の余。たった二日さえも欠ける程度の勇者業と比較し、割合おかしいだろうと声を大にして言いたいことに、すでに一週間は城に軟禁されておる。もちろんベイズ以外に犯人などいない。
普段であれば長命である魔族ゆえ、時間感覚などさほどしっかり持っておらぬのだが、勇者業に繰り出したい一心で日の出日の入りをある程度しっかりと把握していた。
……もうアレよな。側近定員一名で募集をかけるしかないかなー、とか思ってたり。
書類選考でベイズが悉く払い落とす未来しか見えぬが。いや、まず魔族に書類書いてこいというのがなかなかな高難度ミッションか……。
そんな現実逃避に思考を飛ばしつつも、やることはしっかりやる余、偉い。全自動で書類を捌く魔法とか、だれか開発してくれぬかな。
ああ……また書類の山が減っていく……。ベイズが……ベイズがやってくる……。
ほら、きた。気持ち的な問題だが、魔力で事前に察しないよう、魔力感知をあえて遮断しておるのだが、それはそれでこうして響くノックの音にびくりとせねばならんから考えものよな。
ええい、余は魔王ぞ。書類ごときに気圧されてたまるか!
……でもできればちょっと寛大に容赦してほしい。
ノックに返事をしないのは、ちょっとした抵抗と、大部分が無言の抗議。だがベイズのヤツはどこ吹く風でまったく気にせずふつうに入って来おる。余、上司。
「お疲れさまです。さすが魔王様。すばらしい進捗具合ですね」
余には聞こえる。普段からそのくらいちゃんとやれよという、ベイズの副音声が。
いや、普段からちゃんとやっておるぞ! ちょっと、ほら、息抜きとか大事だよなあと思ったりすることがあるだけで。
ちなみに、余は一切顔を上げない。それだけ書類に集中しておる、というわけではなく、ベイズが持ってきたであろう書類の束を視認するのをすこしでも遅らせようと試みておるのだ。
無駄な足掻きと言ってくれるな。余の精神の安寧をすこしでも慮ってほしい。
「ここしばらく魔王様がしっかりと仕事をこなしてくださっているので、大変助かります。おかげですこし余裕もできてきましたし、そろそろ次の勇者業に参りますか?」
「なに!」
がばっと、思わず顔を上げる。勢いあまって思いきり立ち上がったせいで、書類がちょっとだけ散乱した。まあ、かわいいものだ。
ようやく目にしたベイズは、まさかの書類不携帯。手ぶらだ。
手ぶらだ!
ちょっと余、歓喜がすごい。
「そうかそうか、ようやく! ついに! 次の勇者業に繰り出せるのだな!」
「ええ。さすがにまだ始動したばかりでこれ以上間を空けてしまうと、勇者としての活躍を広める前に、再び勇者というものを埋没させかねませんし。初動で幸先よくスタートできた以上、たたみかけて名を広めたほうがよろしいでしょう」
「……たたみかけるには間を空け過ぎておる気がするのだが」
「気のせいですよ」
気のせい……だろうか。ふーむ、一週間というのが人間にとってどの程度の感覚で捉えられるものなのかがわからぬのが痛いところよな。
「それに魔王様にかかれば、一度の仕事で大きな功績を残すことなど容易でしょう。先の功績をさらに上塗りすれば、充分以上にたたみかけられますとも」
「む。そうか。まあ、余がちょっとやる気を見せれば、人間にとっての偉業など容易く成し遂げられような」
「ええ、当然です」
であれば、まあ、一週間くらい、よいか。
もう書類と睨みあわなくともよいという現実に、ちょっと浮足立っている感は否定せぬ。仕方あるまい。余はデスクワークが嫌なのだ。それから解放されるとあらば、魔王であろうと諸手を上げてよろこびたくもなる。
「魔王様のおかげで私もすこし楽ができ……ごほん。執務に余裕ができましたので、また数日程度でしたら勇者業に勤しんでこられても大丈夫ですよ」
ふむ。聞き逃さなかったが、聞き逃してやろう。
ベイズのヤツ、ちゃっかり多めに余に仕事を割り振りおったな。そんな気はしておったが、そうはいっても普段のヤツの負担を思えば、多少目を瞑ってやろうとも思ったのだ。
ほら、余、よき上司だから。魔王城はクリーンな職場というヤツだから。
「では残っている書類を片付け、明日にでも人間の世界に赴くとするか」
「かしこまりました。ああ、それと、今回は私が同行できませんので、代わりにフェイアをお付けします」
まあ、毎回余とベイズが揃って城を空けるわけにはいかぬとベイズ自身、申しておったしな。とはいえ。
「余はひとりでも構わぬぞ」
「いいえ。そうは参りません。決して魔王様を信じていないわけではありませんが、魔王様は目を離すとなにをされるかわかったものではありませんから。……というのは本音で、建前上、やはり魔王様に供のひとりもつけないというのはあまり体裁もよろしくありませんので。人間に扮するといっても、魔王様はあくまで魔王様ですからね。一応、魔族のトップという体も整えておこうという名目を被せておくのです」
「ベイズ……もはや繕いもせぬのか」
本音を堂々ぶちまけておきながら、建前の言いわけがひどい。常々思っておるが、こやつ、もしや余が存外温和で温厚だからとナメておるのではあるまいな。
「まあよい。それより、余のレベルの設定だが、此度も2というのは無理があるのではないか?」
本来の実力に合わせるというのはさすがにできずとも、前回の人間どもの様子を見る限り、このレベル設定はさすがに不自然だったと言わざるを得なさそうに思えた。またいちいち面倒な指摘をされてはかなわぬ。もうすこし上げたものにすべきだろう。
……決して。決して、ベイズのレベル設定に不服だったとか、そんなみみっちい理由ではない。
余の意見に、ベイズはふむ、とひとつ頷いた。
「確かにそうですね。昨今の人間のレベルを少々見くびり過ぎていたかもしれません」
「……といえるほどにレベルが高そうではなかったがな」
「ええ。ですが2はさすがにやりすぎだったようです。前回同行していた人間をひとつの目安として……そうですね、今回は15くらいでいきましょうか」
「15……」
それでもその程度なのか……。
「ああ、ですが、魔王様の能力の使用は変わらず千分の一に留めてください」
「なぜだ!」
「なぜもなにも……前回の様子から、あれだけ加減をしてなおレベル2としては異常だった様子でしたから、致し方ないかと」
「……むう」
加減って、しすぎるのはそれはそれで大変なのだが。実際やってみると、想像以上に手間で面倒だったのだが。
勇者業も楽ではないな……。
とはいえ、ベイズの言いぶんはよくわかる。そもそも人間のレベル2がどの程度なのかなど、余にわかるはずもない。魔族で言おうとも、スライムであってももうすこし強かろう。参考にはならなさそうだ。
であれば、妥当な力加減なんぞわかるはずもない。千分の一の指針を立てたベイズとて、それはおなじだったということだろう。ともに目算を誤ったわけだ。であればこそ、前回の能力の加減具合をそのまま此度のレベル設定にあわせて引き上げるわけにはいかぬ、ということである。
理解はできる。理解はできるが……。
難儀よなあ……。
「ステータスの設定は、魔法剣士を名乗っていた人間を参考にしましょう。あの者が実際どの程度の実力があったかなどわかりませんが、それを基盤にすこし手を加えておく程度であれば不自然さはないはずです」
「ふむ。ではそうしよう」
「ほかの必要な支度は私とフェイアで行っておきます。では、残りの執務をよろしくお願いしますね」
「む……。むう……。仕方、ないか……」
なんだろうな。この、終わりが見えたらそれはそれでやる気が削がれる感。
いままで積み上がっていた書類の束に比べれば、それはもう格段にすくないはずの書類どもが、いままでとは別ベクトルで忌々しく見えてきた。
それでもこれをどうにかせねば、明日の出立がなくなることは火を見るよりも明らかなので、余は渋々席につき直すことにする。
そんな余の頭からは、メルナのレベルというものに関してはきれいさっぱり抜け落ちていた。
うむ。器材がさっぱりだった。人間、細々しすぎなのだ




