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勇者業・1-18

流行り廃りなんぞどうでもよいが、勇者業を営む上では、多少なりとも認識くらいはしておいたほうがよいとフェイアに言われた。


 ……やはり下心がいかんのか。ベイズのヤツ、そういうところ妙に鼻が利くしなあ。でも仕方なかろう。余はデスクワークは好かぬのだ。


 思惑が外れたことを残念に思い、内心で息を吐く。それすらベイズは悟ったのやもしれぬ。



「では、フェイアが来てメルナの一件が落ち着いたら、仕事に取りかかれるよう即時に動きます」


「え。いや、ほら、明日からとかでもよいと余は思うのだが」


「いえいえ。魔王様も私も疲れてはおりませんし、やはり本業を蔑ろにすべきではないと思います。ええ、そうですよね、魔王様」


「……ソウダナー」



 ここで否とこたえたら、当然勇者業を廃業させられる。想像に易すぎる結末に、余は頷くよりほかないのだった。


 もう本当、ベイズは絶対に余を上司と思っておらぬだろう。


 若干遠い目になりながら、内心では泣く泣くであろうとも頷く。そんな余とベイズのやりとりをメルナがあわあわと困った様子で見ていることにも気づいていたが、いくら余でもここに来たばかりの、しかも中級魔族のこども程度のこやつに、さすがに余の執務を押しつけるわけにはいかぬことくらいはわかっている。


 わかってはいるが、恩返しをすると言うのであれば、是非ともその執務こそをどうにかしてもらいたいものだとは思ってしまった。いや、うむ、さすがに無理難題過ぎて酷いと思うので、くちにはせぬぞ。


 そうこうしておると、この部屋の扉がノックされた。



「フェイアです。お呼びとあり、参りました」



 ああ、フェイアか……。いや、呼んでおいてなんではあると余も思うが、なんかもう気力とか気力とかそのあたりのものがごっそり持っていかれてしまった現状、いろいろやる気が出なくなっておる……。特に、フェイアとのはなしが済めば、デスクワーク的な苦行が待っていると思うと、更になあ……。

 内心すっごく気乗りはせぬが、かといって呼び立てておいて放置というわけにもいくまい。



「うむ、入れ」


「失礼いたします」



 緩やかな動作で室内に踏み入ってきたフェイアは、獣人族の女性だ。余は自他の美醜、というよりも造形や性別などにまったく興味がないのだが、狐の獣人である彼女は獣人の中でも屈指の美女らしい。と、城のものたちや、外のものたちからさえも聞いている。

 フェイアはもともと先々代の魔王と知り合いだったらしく、どういう手段かは余さえも知らぬのだが、諜報能力に長け、その能力の高さゆえに度々魔王城で勤めてもらうためのスカウトを受けていたらしい。が、こうして実際に城勤めに至ったのは、余に代替わりをしてからのこと。それまではずっと断られ続けていたのだそうだ。


 しかしそれは余のカリスマゆえのことではない。

 フェイアはもともとリィナと出身がおなじだったのだが、その集落の住人たちが揃ってアオナギ共同区域に移住し、かつ、リィナがそこで落ち着いたことと、先代魔王の暴挙が理由で城勤めを受け入れたのだ。


 リィナの件は、フェイアにとってリィナが幼馴染兼友人で、かつどうやら妹のように大切にしておったらしく、一人前になるまでそばで見届けたというのが内情。で、先代魔王の暴挙というのが、先々代の意向に真っ向背く、実に魔王らしい破壊活動を示す。

 それ自体は先々代の魔王の側近たちなどがこぞって阻止にかかり崩御させたのだが、次代……つまり、余もおなじ道を進まぬとは限らぬと思ったそのものたちの総意により、余の監視目的で送り込まれたというのがもうひとつの理由である。


 というのをフェイア本人からも聞き知っておる余だが、なにせ余は存外温和で温厚な魔王だからな。探られて痛い腹などありはせぬし、フェイアの能力があると便利だというのであれば、いてもらえばよいではないかと特になにを気にするでもなく彼女をここに置いていた。


 ちなみに、魔王に挑んだのだ。先々代の魔王の側近たちのほとんどは先代魔王とともに死に至ったが、生き延びたものをおるにはおる。もっとも、そのものももはや戦う力などほぼほぼ残ってはおらぬので、フェイアに監視をさせたところで、なにができるのかは甚だ疑問ではあるのだが。



「改めまして、フェイア、参りました。魔王様もクーベルハイズ様も、無事にお戻りになられたようで、安心いたしましたわ」



 やわらかにほほえみながら、ゆっくりと小首を傾げる。基本的に物腰のやわらかな女性なのだ。


 ……まあ、うむ、外面は。



「わたしにご用と伺いましたが……そちらのかわいらしいお客様の件でしょうか?」



 フェイアが視線を余からその背後に移す。つられるように余もそちらへと一度視線を向ければ、そこにいたメルナが緊張からかからだを強張らせているのがわかった。

 これでフェイアの本性を見抜いてのことだとしたら、メルナはなかなかやると評価するのだが。



「……魔王様?」



 びくり。やわらかな声音にまったく変化はないし、その顔に浮かべている笑みにもまったく変わりはないというのに、妙な威圧を纏うフェイアに、思わず内心でヤバイと思った。


 これだ。このよくわからぬが、妙な威圧が余にまさかの恐怖を与えてくる。


 獣人族というのは戦闘に長けるものと長けぬものがはっきりとわかれる種族だ。その中でフェイアのような狐といえば、戦闘を得意とはせぬもののはずなのだが……。なんか、フェイアだけはこう、妙な威圧を放てるのだよなあ……。これ、なんかちょっとやなんだよなあ……。

 しかも割と余の内心を読むような真似もしてくるし。

 実は余の中で、ベイズと親戚かなにかなんじゃないかという疑惑があったりする。ハーフとかならともかく、生粋の竜族と獣人族とではあり得ぬはなしだが、結構似ておると思うのだ。ほら、突然変異とかそういう感じで。


 などと余所事を考えておると、フェイアの威圧が増した。視認できるほど、笑みも深まっておる。う、うむ、脱線、よくないな。



「う、うむ。こやつはメルナといって、見ての通りハーピーの子なのだが」


「はい。存じております。魔王様が呪詛からお救いになられた子で、リィナが一時預かっていた子ですよね」


「さすがフェイアよな。情報が早い」


「……ですがさすがにその子に呪詛をかけたものまでは調べられませんでしたわ。魔王様が派手に呪詛返しをなさったので、わかりやすい材料となるかと思ったのですけれど」


「ああ、いや、それは構わぬ。それより、そこまでわかっておるのならはなしも早いな」


「わたしがその子の身を預かればよろしいのですね?」


「うむ。任せてよいか」


「はい。では失礼いたしますわ」



 うーむ、さすがフェイア。どこから情報を仕入れておるのやら、すでに余たちの行動を把握しきっておったとは。先々代の側近が何度も勧誘を繰り返したというのも頷けるはなしよ。

 改めてフェイアの能力の高さに感心しておる余の隣を抜け、メルナのそばまで歩み寄ったフェイアは、身を屈めてメルナと目線を合わせる。



「はじめまして。わたしはフェイア。リィナの友人よ。改めて、あなたのくちからおなまえを聞いてもいいかしら?」


「あ……えと……め、メルナです。あの、よろしくお願いします」


「うん? なんだフェイア、メルナとは初対面か」


「ええ。はなしは聞いたことがありますが、実際に会うのははじめてですわ」



 ふむ。まあ、フェイアもそうそう頻繫にリィナのもとに行っておるわけでもないようだし、タイミングが合わねば出会うこともないか。

 それでも存在を知っておったというのは、リィナから聞いたということを抜いたとて、フェイアならまあそうだろうと思えることだ。



「ではメルナよ。ここにいたいのであらば、フェイアのもとで種々学び、働くがよい」


「はい! がんばります!」


「あら。素直ないい子ね。だいじょうぶよ、この城にはいい魔族たちしかいないから」



 まあ、そうさな。……魔族によい魔族という表現もちょっとどうかとは思うが。



「では魔王様、さっそく城の案内とみんなへの紹介に参りたいと思います」


「うむ。任せるぞ、フェイア」


「はい。御前、失礼いたします」


「あ、し、失礼いたします……!」



 緩やかに礼をするフェイアに倣い、メルナもぺこりと頭を下げる。そうして揃って去っていくふたりを見送り、余はひとつ頷いた。



「ふむ。これでひと段落よな」


「ええ、そうですね。ではお仕事をお持ち致します」



 ………………。


 余には落ち着く暇はないのかー……。


 たった二日留守にしただけというのに、それに見合わぬ量の仕事を持ってきおったベイズに、しばし執務付けを余儀なくされるまで数時間も猶予を与えられぬ余なのであった。





というわけで料理云々のはなしに行き着くわけだ。


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