勇者業・1-17
寝食を必要とせぬ余なれど、味覚はあるぞ、もちろん。
そうして戻ってきた我が城。人間の国から出たあと、あそこに向かった際同様転移の魔法で戻ってきたわけだが、この転移の魔法、実は結構に高度な魔法だったりする。余やベイズは容易に使用できるが、魔法を本能で使用できる魔族であってもこの魔法を扱えるものはそう多くもない。
という魔法をふつうに使えば、当然メルナは驚こう。なにしろ偽りの姿のオレはレベルが2、ベイズとて10としておるのだ。とてもではないが、転移の魔法など使えると思われていなかっただろうからな。
しかしながら、メルナの驚きはこの程度では済むまい。
「え、え……あ、あの、ここって……」
ふむ。いくらこどもとはいえ、魔族の端くれに違いはない。転移で出た先、さすがにこの城がなんの城かは知っておるか。
「ふむ、ここまで来たなら隠す必要もあるまい」
そう前置いて、余は変化の魔法を解く。ベイズも倣うように魔法を解いた。
メルナの大きな目が、さらに大きく見開かれる。とはいえ、さすがにまだ余が何者かまではわかるまい。人間に扮していたときよりはよほど魔力を放出しておるが、それとて充分すぎるほどに抑えておるもの。城で過ごすにも、城で働く魔族たちを無駄に威圧する必要はないから、この程度までは抑えるのだ。
そうはいっても、急激に溢れ出した魔力と、余はともかく、角を生やすベイズの見た目はとてもではないが人間には見えまい。であれば、メルナが驚くのは道理というものだ。
まあ、余やベイズの現在のステータスを確認すれば、余たちの素性も容易く察しがつこうが。
「え、え……る、ルウ兄さま……? ベイズさん……?」
「私はいいが、この御方をその名で呼ぶのは人間に扮しているときだけにしろ。いまのお姿のこの御方のことは名を呼ぶことさえ許さぬ。呼びたければほかのもの同様、魔王様、と呼ぶのだな」
「え、え……ええ……」
若干大人げなくも思えるが、まあ身分差的に仕方ないとも言えよう。上から目線の高圧的なもの言いで言い放ったベイズに、メルナがへなへなとその場に座り込んだ。
メルナ程度の魔族には、いまの余の魔力でも結構圧がかかっておろうし、告げられた事実を理解したなら腰が抜けるのも仕方あるまい。
城のものに不必要なほどの圧をかけない程度の魔力を漏らしている、といったが、そもそもこの城に詰める魔族というのは総じてレベルが高い。とてもではないが、メルナ程度のレベルでいられる場所ではないのだ。
気を失わぬだけ、まだ見どころがあるとも思えるがな。
「時期がくればわかると言っただろう。最初から言っていたように、余にはその方の恩返しなど必要ない」
「あ……」
「もう一度言おう。どこへなりとも行ってよいぞ。ただし……」
少しだけ、メルナへ向ける魔力を強める。
「余の正体は漏らすなよ」
これ、重要。まあ、メルナがなにを言おうが信じてもらえるかはわからぬだろうし、なんならメルナのほうこそ魔族だとバレておるオーラムたちにでも伝われば、むしろメルナのほうこそ疑われよう。とはいえ、要らぬ芽を野放しにする必要もなし、警告くらいはしておくかと判断したのだ。
……まあ、魔王から直々に魔力をぶつけられたのだ、脅迫と受け取られそうなものだとはわかっておるが。
メルナは顔色を悪くし、くちをぎゅっと引き結んだ。目に涙も溜まっておるし、恐怖を覚えておるのだろうと察するに易い。
ふむ。まあ、このあたりにしておくか。
そう判断し、魔力を当てるのをやめた直後だった。メルナは座り込んだままながらもぐっと身を乗り出してくる。
その顔は、決意に満ちて見えた。
「わ、わたし……! それでも、恩を返したいです……! お願いします、る……魔王さま、わたしを、お傍に置いてください……!」
む。なかなかどうして。存外やりおるな、メルナ。
がっつり本気とは程遠いながらも、余から魔力の圧を受け、それでもこうして意志を告げるか。その根性、評価に値する。
だとしても、余に恩返しなど必要ないことに変わりはないのだが。
さて、どうしたものか。
ちらりとベイズを見るも、メルナがリィナの関係者とあってか、ベイズがその処遇をどうこう言うつもりはないらしい。余としても、特段どうしても放逐したいというわけではない、し……。
……む? リィナの関係者?
ああ、そうか。なるほど。それなら適した場所があるな。
「よかろう。ではその方の身柄、一時預かる」
「!」
「とは言え、それは余が、ではない」
「……え?」
余の宣告に、一瞬ぱっと表情を明るめたメルナだったが、続けたことばにすぐに困惑を広げる。
「行けばわかる。ついてきたいのであればついてくるがよい。ああ、その変化は解いておくように」
それだけ言って、余は身を翻す。そのあとをすぐにベイズがついてくるのは確認せずともわかった。そしてメルナはというと……。
ふむ、やはり存外やりおるようだな。すこしだけ間を置いてから駆けてくる気配に、余はちょっぴり感心した。
根性だけでは実力を埋められはせぬが、それでも根性がない輩は目も当てられぬ。昨今腑抜けた魔族が多い中で、評価に値するものではあるということだ。
内心でひとり満足に頷きつつ、余は余の城の裏手へと回る。結界も張ってあるし、招かれざる客には見えもしない裏口は、来客用の出入り口だ。城内は特定の魔法を封じるつくりをしており、その特定の魔法には転移魔法も含む。もちろん、主に敵などを安易に出入りさせないためではあるが……きちんと城の罠くらい潜り抜けてこられぬようでは余に挑むなど到底できまいという、振るいとしての意味合いも多分に含んでおる。
もちろん、この城の罠は余直々に監修し、定期的にアップグレードしておるもの。殺傷能力に優れておることは言うまでもない。
つまり、よほどの実力者でなければ正面から入るということはそのまま死を意味する。
であれば、きちんと招き入れる客を殺すわけにはいかなかろう。ということで、そういったものたちが主だって使う入り口でもあるわけだ。もちろん、城に務めるものたちも使う。
余は罠の監修がてら、うろうろしつつ正面から出入りすることもしばしばあるがな。なかなかに楽しいものだ。
ちなみに、アップグレードの内情として、余の評価次第で特別手当も出るゆえ、罠を考える魔族たちも俄然やる気を出すからという理由もある。
それはともかく、この出入り口の先は小部屋となっていて、そこには上層部への直通転移装置がある。転移魔法は封じてあっても、それを用いた魔法具は起動するよう細工を施しておるのだ。でなければいくらなんでも危なすぎるということくらい、余も歴代魔王も理解くらいはしておるからな。
……いや、歴代魔王のほとんどは興味なかろうから、配慮し、こうした装置を設置したのは自身の安全を考えた配下たちだったのだろうが。
「あ、魔王様、クーベルハイズ様、おかえりなさいませ」
「うむ、いま戻った」
「ああ、ただいま」
裏口の衛兵に声をかけられ、大仰に頷く。魔王としてちょっと過剰なくらいにゆったりと大きく動くことは、なかなかに威厳があるように見える、らしい。皆の意見はある程度ちゃんと取り入れるのが余なのだ。うむ、できた上司ゆえな。
「あれ……魔王様、そちらのハーピーの子は?」
「拾った」
すぐにメルナの存在に気づいた衛兵に問われ、ざっくりとあっさり答える。なんかちょっと呆れたような視線をベイズが送ってきた気がしたが、気のせいとした。
あながち間違ってもおらぬだろうに。細かいヤツよ。
ちなみにベイズをベイズと呼ぶのは余くらいのもので、みなはきちんとあの長ったらしい名を呼んでおる。まあ、こやつも曲がりなりにも余の側近だしな、魔族としての位は余に継ぐのだから仕方ない。
せっかく余が愛称をつけたというに、ちょっとがっかりしておることは秘密だ。
「左様ですか。城に置くのですか?」
「本人の希望ではな。リィナの関係者というからフェイアに預けるつもりだ」
「ああ、そうなのですか。ではそのように記憶しておきます」
「そうしてくれ」
裏口の衛兵というのは地味ではあるが、とても重要な役割でもある。招かざる客には見えぬ出入り口とはいえ、万が一もあるしな。そうしたものを通さぬよう、招かざる客の判別ができる記憶力と判断力、そして力づくでも排除できるだけの実力を兼ね備えねばならぬのだ。責任重大よ。
ゆえに、当然ながら余からの信頼も厚い。
「ではな。励むように、ゴズウェル」
「はい。身命に代えて」
衛兵……竜族の一種、竜人族のゴズウェルの返事に満足しつつ、余は裏口に踏み入った。そうしてその先の小部屋にある転送装置を使い、上層階へ移動する。
転移先は転移前の小部屋と似たような小部屋となっており、そこから出れば見慣れた廊下が伸びていた。余同様ここを見慣れておるベイズはともかく、はじめて訪れるメルナはきょろきょろと落ち着かない。
とりあえずまずはそのメルナに関して落ち着けるか。
「あら、魔王様、クーベルハイズ様、おかえりなさいませ」
「む、ああ、リリハか。ちょうどよいところに。フェイアはおるか」
「ええ。お呼びしますね。どちらに向かわせましょう」
「ふむ、では余の執務室で頼む」
「かしこまりました」
廊下で最初に行き会った侍女の水妖精、リリハに言付け、余はベイズを伴い慣れた足取りで廊下を進む。メルナも慣れぬ場所に戸惑ってはおるようだが、きちんとついてきていた。
余談ではあるが、この魔王城に勤めるものは総じて実力者揃いだが、その種族は多岐にわたる。リリハのように、本来水辺など特定の場所を棲家とするものたちもおるが、どうしてもそういった場所に拘らねば生きてゆけぬレベルのものはここにいない。リリハとて見た目はほかの水妖精とさして変わらぬ華奢なものだが、その実力は一般的な水妖精のものを遥かに上回る。
魔王のもとで働く、というのは、相応の実力を要されて当然なのだ。余は存外温和で温厚ゆえ働きやすかろうが、ひと昔前の実に魔王らしい魔王たちであれば、その膨大な魔力を抑えることとてしておらんかったと聞く。
それはそれはえらいプレッシャーだっただろうと想像するに難くない。それに耐えうることが前提条件ともなれば、必然的に実力者しか務められぬようにもなろう。その流れがいまも続いておるのだ。
まあ、魔王の本拠地たる魔王城に、弱い魔族が犇めいていたら恰好もつかぬし。それに罠のことを考えなければ、侵入したい放題にもなってしまう。そんなかたちで余に挑むものが増えたとて、なんにも楽しくない。手間でしかなさ過ぎる。
とにかくそれはどうでもよいとして、廊下をさくさく進み、途中行き会う城勤めの魔族たちと挨拶程度の会話を交わし、そうして余の執務室まで辿り着いた。広さはそこそこ、本棚に壁を埋め尽くされ、あとは余の執務用デスクと、簡易の相談や会議用に応接セットが揃う程度の、最低限の用途がこなせるだけの部屋だ。歴代魔王の中でも、余と先々代しか使っておらぬ部屋でもある。つまり、先々代が用意した部屋ということだな。
ついでにきちんとした会議用の会議室はきちんと別途存在する。
「ではメルナ。その方の今後についてはしばし待て。預け先となる相手をいま呼び寄せおる最中だからな」
「預け先、ですか……?」
「ああ。そのものの意見を聞かねば確定はせぬが、そのものが許諾すればその方にはそのものの下につき、ここで働いてもらうことになろう」
「! ここで働かせてもらえるんですか?」
「まだ確定しておらぬと言ったはずだが」
「あ……ご、ごめんなさい」
ふむ、よほどここで働きたいのか。ここで働けば余に恩返しができると考えておるのやもしれぬな。
どうあれ、メルナは表情豊かに、顔を輝かせたかと思えば、目に見えて落ち込んでみせる。謀略には向かぬタイプだ。いや、どうでもよいことだが。
「ところでベイズ、その方はここにおってよいのか」
「そうですね。留守中の状況把握を行い、すぐさま魔王様用の執務をお持ち致したほうがよろしいとあらば、喜んでそうしますが?」
「い、いや、そういうつもりではなくてだな。うーむ、ああ、そう、そうだ、慣れぬことをしてきたわけだし、疲れておるやもしれぬと思ったのだ」
「お心遣い、感謝致します。ですが私は仮にも魔王様の側近。この程度で疲れようはずもありません。もちろん、魔王様は確認するまでもありませんよね?」
「う……。余はちょっと疲れたかなー……とか」
にっこり。それはもういい笑顔で無言の圧をかけられる。無言なのに、ふざけたこと言ってんなよ、的なことばが聞こえてくる気がするのは気のせいと思いたい。
「いや、全然、全然大丈夫だ。しかし執務はまだ待て。まだその時ではない」
というか、そんなはなしをするつもりではなかったのに。ちょっとこう、先に執務に取りかかってもらって、あわよくば余のぶんの執務を減らしてくれればとか、そういう考えがうっすらと横切ったというか……。
ゆえに余、料理もできる。やったことはないが。魔王だからな、やればできるだろう。




