勇者業・1-16
ふ。よい。王とは孤高であるものなのだ。そう、孤高、な。
「そ、そっか。俺もはなしでしか知らなかったからなあ……。でも、うん。ルウさん見てたら納得できるぜ」
「そうね。ルウさんならそうなんだろうって思えちゃうわよね」
それが勇者なのかあ、と、オーラムと弓使いの人間がともにつぶやき、ユフォルも交え納得気味に頷いていた。
ほかでもないオレがそうなることを望んだし、オレならばなんでもありだという認識はどこまでも正しくはあるのだが……この人間ども、チョロすぎぬか……?
まあ、都合がよいし、どうでもいいか。
「えーっと……あ、あの、申しわけありませんでした。とにかく、依頼完了の手続きをさせていただきます」
椅子から転げ落ちた人間は慌てた様子でそう紡ぎながら、椅子に座り直して改めてなにやら作業に取りかかる。ふむ、勇者がなんでもありの存在、というオレの暴論……もとい、強引な言いぶんに、こやつのほうは納得したわけではなさそうだな。
そうは言っても、これだけ全員でくちを揃えて言った上に、記録媒体にもきちんと示されているのだ。オレの仕事はオレがこなしたことくらいは理解したのだろう。
オレとしては主張すべきことは主張したし、此度はこの程度でよしとしてやる広いこころを見せてやることにした。魔王ゆえ、どっしりと構えてやるのが王者の貫禄というものよ。
ふ、できる魔王は違うのだ。
「お待たせいたしました。手続きが完了したのでカードをお返しします。報酬はどうされますか」
「どうとは?」
「現金でこのままお渡しすることも可能ですし、口座に入金も可能です」
「ふむ。口座か……」
もともと魔族に金銭の取引という概念は根付いておらなかった。まったくないとまでは言わないまでも、魔族の場合、欲しければ力づく、あるいは物々交換で済ませることがほとんどだったのだ。
そういった常識を覆す……とまではいかぬまでも、金銭取引の概念を広く周知し取り入れるきっかけとなったのが、アオナギ共同区域の樹立だ。あそこは他種族が集まり共同生活を送る区域だからな。スムーズな物流を確保するためには、金銭での取引のシステムを導入することが手っ取り早かったのだ。
あの区域は魔族側からも人間側からも自治が認められている場所ではあるが、当然鎖国体制を敷いておるわけではない。魔族とも人間とも交流があるゆえに、確固とした物流のシステムの基盤を設ける必要があった。自然、あの区域と交流を持とうとする魔族から、金銭を用いる取引方法が広まっていくというわけだ。
ちなみに人間の世でも国によって通貨が違うのだから、どこに合わせるということもできなかった共同区域は、独自の通貨を用意している。当然換金可能ではあるが、そのレートなどの細やかな部分はいくらオレでも把握していない。オレの管轄ではない区域だからな、よいのだ。
と、そんな事情ありきで、オレも金銭取引の諸々は知っておる。魔王として使用する機会はそうそうないが、だからといって金がないわけではない。
むしろ、なんなら結構ある。昨今はほぼほぼなくなっておるが、かつては無謀な人間どもが我が城で落としていったりしておったからな。……命とともに。
「口座などない」
「そうですか。ギルド登録者であれば、ギルドカードをキャッシュカードとし、ギルドを金融機関として利用することも可能ですが」
「ふむ? つまり、このカードがあれば金銭による取引を行うことができるということか」
「はい」
それは便利だな。どのみち、こうして勇者業を行うときにしか、オレ自ら金銭を用いることなどあるまい。いや、人間のものなど必要とする機会があるかもわからぬから、もしかしたら勇者業の最中だろうと金銭の使用などせぬかもしれぬが。
であれば。なおのこと、現金なんぞ持ち歩くのは面倒だ。
「ならばそうしよう。ギルドに振り込む」
「わかりました。ではそのように手配します」
ひとつ頷き、カウンターの向こうの人間は再びなにやら作業を行う。しかし今度のそれはすぐさま終わったようだ。
「今回の報酬の振り込みが完了しました。残高照会や引き出しに関しては各ギルドの端末をご利用ください。当ギルドのものはあちらになります」
示されたほうを見やれば、なるほど、壁際の一部にいくつかの魔法具が並んでおるな。理解したと頷いておく。
ちなみに、いまさらではあるが、魔法具とはその名のとおり、魔法を用いた道具のことだ。魔族が利用せぬ、ということはないが、もともとは魔法に長けぬ人間が開発したもの。オレは魔法で事足りるが、それでもその有用性と、なによりわざわざ魔法を道具に組み込み使用するという発想に感心し、なかなかに評価しておる。
さすが人間。小賢しいな、といった具合だ。もちろん褒めておる。
「それと、今回の功績から、あなたのギルドランクをCに上げさせていただきます」
ふむ? そうなのか。
「え、一気にC?」
「ええ、功績に見合った昇級なので、段階どおりではなくいくつか飛ばしてということは前例がないものではありません」
「いやでもそれはじめて見たぜ。さすがルウさんだな!」
なんかよくわからぬが、すごいことなのか。人間の評価なので心底どうでもよいが、オーラムが嬉々と絶賛してくるのでとりあえず頷いておいた。
よくわからなかろうと、魔王なのでさすがであることは当然と言えよう。
「え、でも、Bランクの依頼こなしたんでしょ? ならBランクに昇級になるんじゃないの?」
「そうですね……。実力的にはそうなるかもしれませんが、残念ながらまだ実績がありませんでしたので……。その、えーと、信用を積んでいただくことも必要となりますから」
弓使いの人間からの質問に、持ち直していたと思われた態度が再びしどろもどろになる。カウンターの向こうの人間はなにやらちらちらとベイズを窺いながら、ことばを選んでいるようだった。
ふむ、この期に及んでまだオレの実力を疑っておるということか。察したオレは、いくらことばを選び繕おうとも、その裏にある真意をオレと同様に的確に理解したベイズが不機嫌になるのを片手で制す。
「構わぬ。この程度の依頼であればいくらでも片手間でこなせよう」
「え! ……あ、い、いえ」
やれやれ。疑うのは勝手だが、ベイズの殺気を恐れるのであれば、せめてうまく繕うくらいは最後まで通せ。呆れて思わず溜息を吐いてしまったではないか。
「……とりあえず、報告はこれで終いでよいな?」
「あ、は、はい! えーと……次の依頼を受けますか?」
「いや、一度戻るからよい。行くぞ、ベイズ」
「はい」
まだ日も経っておらぬし、オレとしてはこのまま勇者としての功績をたたみかけてもよいのだが、本業が魔王であることは忘れておらぬ。此度は様子見程度で終いとして、一旦城へ戻るのがよかろう。
主に、ベイズの機嫌的に。
損ねると、勇者業がしにくくなりそうだからなあ……。いや、うむ、できる魔王であるからには、配下に気を遣うこととてできるのだ。魔王のイメージアップになるしな。
いや別に魔王のほうはイメージアップとかどうでもよいのか。むしろしてはいけないような気も……。だがうむ、やはり職場は気持ちよく仕事ができたほうがよかろう。余も含めて。
そんな算段を内心でしつつ、ひとまずギルドの入口付近まで戻る。そこで人間どもとは別れることにした。
「ではオレたちは帰る。貴様らも大儀であった」
なんにもしてもらってはおらぬが、この程度の社交辞令、人間に扮しておる間ならしても構わぬだろう。そのくらいの評価なら、この人間どもに対してしておるしな。
「ええっ、これでお別れになっちゃうの? このままパーティ組んでくれたりは……」
「先ほども言ったが、ひとまず帰らねばならぬからな」
「うう……そっか、残念」
弓使いの人間の申し出は、こやつらが楽をしたいからなだけではないかと踏むが、どうあれ断ることには違いない。がくりと肩を落としたのは三人全員だった。
その中で先んじて気を取り直したのはオーラムだ。
「でもさ、またこうして行き会えたら、声かけてくれよな」
「……機会があればな」
やれやれ。社交辞令もさすがにここまでだぞ。
そう思いつつこたえ、それからはたと大事なことに気づく。
「そうだ。おい、貴様ら、勇者についてはきちんと良いようにはなしを流すのだぞ」
「勇者についてのはなし? 確かに、今回のルウさんの活躍って最近じゃ全然聞かないようなすごいものだったし、ギルドの関係者の間で話題になるよな、絶対」
「そうですね。そうしたらぼくたち、しっかりとルウさんの活躍をみんなに伝えます!」
「いや、オレとしてではなく、勇者として伝えるのだ」
「勇者として……」
オレの活躍なんぞどうでもよい。大事なのはあくまで勇者の株を上げることなのだ。そう告げるオレに、人間どもは一様に首を傾げ、それからふと思い出したようにオーラムが声を上げる。
「ああ、そういえばルウさんの目的って、勇者の株を上げることだったもんな。わかった、そうはなすよ」
「そうね。ルウさんが勇者なら、私たちの思っていた勇者と本当の勇者は違うってことになるわけだし、いままでの勇者像じゃ全然ルウさんと合ってないもの。訂正くらいしないと」
うむ。それでよい。弓使いの人間のことばに満足して頷く。面倒ではあったが、こやつらを連れ歩いた苦労が報われそうだな。
「それでよい。では帰るぞ、ベイズ。メルナは……そうさな、ついてきて構わぬが、離れたくなったらその時点でどこへなりとも行ってよいぞ」
「いえ……! お礼、したいです」
「まあ、すきにせよ」
城に戻ればオレの正体がわかろう。さすれば礼などと言える相手ではないことも理解でき、去っていくとオレは踏む。その際には、オレの正体のくちどめだけしっかりとして、あとは自由に去らせるつもりだ。
「じゃあルウさん、ベイズさん、メルナも。またどこかで会えるといいな」
「私もそう願うわ。元気でね」
「きっとまたご一緒できると信じてます」
オーラムも、弓使いの人間も、ユフォルも、なんだか随分と懐いていないか……?
うーむ、オレは特段こやつらに特別なことなどしておらぬのだが……。ふむ、やはりカリスマか?
まあどうでもよいかと思いつつ、オレはベイズとメルナを伴い、ギルドと、そして人間の国をあとにするのだった。
孤独とは違うのだぞ、孤独とは。




